30. 溶け合う躯

「ボストンの家は引き払うよう手続きした。荷物は明後日には届く予定だ」
早々に帰宅の途に着いた二人は、セントラルパーク近くのいかにも高級そうなビルへと向かった。
「あれ?引っ越したの?」
今まで足を運んでいた場所とは違う家。新しい家は、NYの夜景が一望できるペントハウス。
「ああ。これからは君と一緒なんだ。せっかくだからな?」
窓から見える夜景に感嘆の声を出しているペッパーを背後から抱きしめたトニーは、彼女の首元にキスをした。
「それから、子供が産まれても、しばらくNYにいろと親父に言われた。LAに帰ってみろ。君と子供のことはお袋が独占するのが目に見えてるからな」
苦笑したトニーは、窓に映るペッパーに向かってにやりと笑った。
「もう一つ大事な話だ。子供が生まれる前に結婚式を挙げよう。3週間後に予約したんだ」
「さ、3週間後?!」
怒涛の展開に目を白黒させるペッパーにトニーはすまして言い放った。
「6月の花嫁は幸せになるから、6月に結婚したいと言ったのは君だぞ?」
確かに言った覚えはあるが、3週間後でもギリギリだ。いや、結婚式というものは、入念に準備をして臨むもののはず。それを3週間でとは…。
呆気に取られるペッパーを他所に、彼女から身体を離したトニーは、杖を器用に操りながらペッパーの前に立った。
「それから、これが一番大切なことだ」
そう言うと、トニーはペッパーの目立ち始めたお腹にそっと触れた。
「よお、久しぶりだな。元気にしてたか?」
ペッパーに向けられるものとはまた違う優しい声と眼差し。そんなトニーへのペッパーの胸の高まりが分かったのか、お腹の子供はぐるぐると動き始めた。
「動いた!ペッパー!動いた!」
初めて感じる我が子にトニーは顔を輝かせた。
「パパの声を聞いて嬉しいのよ、きっと。いつも元気なんだけど、今日は特に元気だもの」
トニーの手を優しく包み込んだペッパーは、子供のようにはしゃぐトニーに笑いかけた。
「そうか…1か月半会えなかったというのは大きいな…」
しょんぼりと肩を落としたトニーだが、
「大丈夫、これからはずっと一緒にこの子の事を見守れるでしょ?」
というペッパーの言葉に再び笑顔を見せると、彼女を先導するように寝室へ向かって歩き始めた。

「そうだ、写真、ありがとな。あの写真があったから、君と離れていてもリハビリも仕事も頑張れたんだ」
大きなベッドに座り込んだトニーは、サイドテーブルにあるペッパーの写真を手に取った。
「でも、今日からは本物の君がそばにいるんだ。もっと頑張らないとな…」
隣に座ったペッパーの期待に満ちた瞳を捕えたトニーは、彼女の柔らかな唇を奪うとベッドに倒れこんだ。

久しぶりに触れ合う素肌は燃えたぎるように熱く、トニーは彼女をめちゃくちゃに壊してしまいたくなった。だが、最後に身体を重ねた時には見られなかった光景、すなわち大きく膨らんだ彼女の腹部に触れると、トニーの中で今までになかった感情が湧き上がってきた。
(あぁ、俺はこの子の父親になるんだ)
正直な話、今までトニーには親になる実感がなかった。日々身体が変化していく母親とは違い、身をもって実感することがない父親。加えて、彼女が母親になるという感情を培っていたこの1か月半、離れていた彼は触れることもできず想像でしか彼女の変化を受け止めることができなかったのだ。
だが今、トニーの中で何かが大きく変化していた。彼女を守らなければならないという気持ちに加え、子供を命がけで守るという意識が芽生えていたのだ。
トニーの優しく繊細な指使いに身体の疼きを抑えることができなくなったペッパーは、膨らんだお腹の下で見え隠れしているトニーの頭にそっと触れた。
「トニー…私…溶けちゃいそう…」
ペッパーの欲情しきった瞳を捉えたトニーは、ペッパーの負担にならないように位置を変えると甘く蕩けるようなキスをした。
「あぁ、ハニー。一緒にこのまま溶けても構わないさ…」

31.至上命令

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