『今年のハロウィンの予定は?』
一文だけのメール。友人であるブルース・バナーからのメールを見たトニーは、彼の真意が読めず首を傾げた。
「なぁ、ペッパー。ブルースがハロウィンの予定を聞いてるぞ?」
2週間後が出産予定日のペッパーは、大きなお腹を抱えるとトニーの隣に腰を下ろした。
「今年はこの子も生まれるし…。会社のパーティーはあるけど、行かないんでしょ?」
毎年盛大なハロウィンパーティーを行っているスターク・インダストリーズだが、今年はもしものことがあっては…と、二人は欠席するつもりだった。
「予定なしだな」
頷いたトニーは早速友人に返信すると、すぐにメッセージが届いた。
『予定なしか。そうか、もうすぐ予定日だね:-) もしよかったら、我が家のパーティーに来ないか?スティーブやソーにロマノフ、クリントも来るんだ。』
ご丁寧にも顔文字入りのメールをペッパーに見せると、彼女は意外にも乗ってしまった。
ちなみにブルースの自宅はNY。臨月なのに飛行機に乗ってもいいのかと念のため聞いてみたトニーだが、『プライベートジェットなんだからどうにでもなるわよ』と一喝され、渋々『参加する』と返事を送った。
☆☆☆
ハロウィンパーティー当日。
何故か『仮装はしてこなくていい』と言われていたので、普段と同じような格好でブルースの家に向かった二人は車から降りると、玄関先に佇む仲間を見つけた。
「あら、スターク……って、ペッパー?!大丈夫なの?!」
トニーに続いて姿を見せたペッパーに、ナターシャは思わず大声を上げてしまった。
「えぇ、大丈夫。だって、せっかくのパーティーですもの。トニーもね、やめようって反対したんだけど、私がどうしても行きたいってお願いしたの」
ニコニコとしているペッパーだが、それとは反対にトニーは不安そうな顔をしている。すると…
「スターク、君は臨月の奥さんを飛行機に乗せたのか!」
背後から聞こえていた怒声にトニーは飛び上がった。恐る恐る振り返ると、仁王立ちしたスティーブ・ロジャースが、眉間にシワを寄せ立っているではないか。
自分は反対した、ペッパーが強引に行くと言ったんだと反論してみるも、スティーブは耳を貸さない。援護を頼もうとしたトニーだが、肝心のペッパーはナターシャやジェーンと楽しそうに話をしており、全く気づいていないではないか。
(…嫌な予感がする…)
某映画の台詞ではないが、今日は何かが起こりそうな気がしてならないトニーは、スティーブの小言に耳を塞いだ。
「お待たせして悪かったね」
10分程経った頃、玄関先から聞こえてきた声に振り返った一同だが、唖然としてしまった。
目の前には全身包帯姿の人。顔どころか目元さえも見えない人物だが、声からするとどうやらこの家の主でありパーティーの発起人であるブルース・バナーのようだ。
「おい、包帯男。実験に失敗したのか?」
軽口を叩いたトニーを小突いたペッパーは、包帯男…いや、ブルースに向かい微笑んだ。
「ブルース、ご招待ありがと」
「よく来てくれたね、ペッパー」
笑顔のペッパーと表情の全く見えない包帯男。楽しそうに近況を報告し始めた二人だが、残されたメンバーは本来の目的を思い出した。
「ところで、パーティーはまだか?」
ナターシャにどつかれたクリントが、二人に割り込むように問いかけると、ブルースはニンマリと笑った。だが残念なことにその笑顔は全く見えてないのだが…。
「今年は少し変わったパーティーにしようと思ったんだ」
と、パーティーについて説明し始めた。
今年のパーティーのテーマは『ホラーハウス』。お化けやゾンビの仮装でパーティーでもいいのだが、違うことがやりたいと自宅をホラーハウスにしたらしい。そこで、2人1組で2階においてあるコインを取りに行きタイムを競うということらしい。もちろん敗者には罰ゲームもお約束。
「罰ゲームも用意してあるんだ」
とククっと笑ったブルースは、早速メンバーを組み分けし始めた。
「みんな恋人同士で来てるだろ?だからそのままでいいと思うんだ。クリントはナターシャ、ソーはジェーンと。そしてトニーは…」
とここでブルースは気付いた。臨月のペッパーにホラーハウスは危険だと。それはトニーも同感だったらしく、ブルースの言葉に彼を睨みつけたトニーは、ペッパーを守るように立ちはだかった。
「おい、ブルース。ペッパーは大事な時期だ。驚いてその場で産気づいたらどうするんだ!」
他の仲間も同感だとばかりに頷いている。
「それもそうだよねぇ。じゃあ、ペッパーは僕とタイム測定をしてくれないか?」
「えぇ、そうさせてもらうわ。でも、トニーは誰と組むの?」
自分と組まないとなると、トニーは1人になってしまう。不安げなペッパーだが、その肩を誰かが突いた。
「大丈夫だ。私がいる」
そう、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャース。一人でどうしようか、だが誰も気付いてくれないと内心焦っていたスティーブは、ここぞとばかりにアピールし始めた。
「はぁ?なぜじいさんと男2人でホラーハウスで探索しなければならないんだ?」
と、文句を言っていたトニーだが、ペッパーに『頑張って』とキスされると、鼻の下を伸ばして了承したのだった。
最初はソーとジェーンの挑戦。
玄関のドアを開くと中は真っ暗。
「不気味ね…」
としがみ付いてきたジェーンを抱きしめたソーは、ムジョルニアを握り直すと豪快に笑った。
「怖がるな。俺が付いている」
だが…。
「キャー!!!!!!」
女性の悲鳴が響き渡ったかと思うと、辺りが一瞬明るくなった。
ゴロゴロゴロ………ドカーン!!!!
まるで天が裂けるかのような音と光に、一同はその場にうずくまった。特大の雷が落ちたせいで、周囲の家は停電となっているではないか。
ものの数秒で電気は復旧したわけだが、この騒動の原因はもちろんあの神様。
「…ソーね」
大袈裟にため息をついたナターシャは、玄関から転がり出てきたソーとジェーンに気づくと首を振った。
だが、あのソーが真っ青になりジェーンと抱き合い震えているのだ。ゴクリと唾を飲み込んだ男連中は、一体ブルースはどんなトラップを仕掛けたのだろうかと戦々恐々とし始めた。
「ソーとジェーンのタイムは…10分35秒よ」
まだ腰を抜かしている二人からコインを受け取ったペッパーは、弓矢を背負い準備万端のクリントに告げた。
「武器は持って行ったらダメよ。ご近所に迷惑がかかるわ」
「そうだね。僕も家を破壊されたら困るし」
だったらこんな恐怖の館を企画するなと思った一同だが、気にする風でもないブルースは、次の挑戦者にクリントとナターシャを指名した。
二人が家に入り数分後。家の中からは悲鳴どころか物音一つしない。
「さすが殺し屋カップルだ」
「そうだな…」
トニーとスティーブが感心している横で、ようやく落ち着いたソーとジェーンにペッパーは水を渡したりと介抱している。巨人や怪物相手に何十年…いや何百年と闘ってきたソーがどうしてそんなに怖がっているのか気になったトニーは、立ち上がったソーに尋ねてみた。
「で、そんなにホラーな作りなのか?」
家の中での出来事を思い出したのだろう、一瞬身体を震わせたソーは彼にしては珍しく声を潜めた。
「緑の友は恐ろしいものを作ったものだ…。いや…これから入るお前たちを驚かせてはいけない。これ以上は俺の口からは…」
モゴモゴと口籠ったソーは、今だに泣いているジェーンの横に座ると、彼女を抱きしめた。
「恐ろしい物?」
スティーブが眉を潜めた時だった。
「おい、あの二人、もう出てきたぞ」
トニーの声に顔を上げると、玄関から怒り露わなナターシャと、その後ろからすごすごとクリントが出てきたではないか。
「6分23秒?!早かったわ……どうしたの、ナターシャ?」
コインを台の上に放り投げたナターシャは、真っ赤な顔をしている。
「あんなオトコ!知らないわ!!」
頬を膨らませたナターシャは、少し離れた所の椅子にドカッと座った。
「おい、どうした……ブッ!!」
クリントの顔を見たトニーは噴き出してしまった。というのも、ナターシャに叩かれたのだろうか、頬には真っ赤な手形が残っていたのだから…。
必死で笑いを堪えているトニーとソー、そしてスティーブを睨み付けたクリントは、ため息をつくと口を尖らせた。
「どうもこうもない。俺たちは非常に順調だった。順調にコインを取り、出口に向かっていた。すると突然ナットが立ち止まった。小さく悲鳴を上げたと思ったら、俺の方をもの凄い形相で振り返って言ったんだ。『あんた!こんなところでどこ触ってるのよ!!』と。それでこの有様だ。誓って言うが、俺は何もしていない。あいつに何かあったら困る。後で文句を言われるに決まってる。だから注意深く周囲を警戒していた。つまり、俺はナットの後ろにはいたが、背後にはいなかった。濡れ衣もいいところだ」
小さく唸ったクリントは、ペッパーから濡れたタオルを受け取ると、ナターシャの姿が見えない所に座り込んだ。
どうやらブルース・バナーは自宅を本気でホラーハウスに仕立てたらしい。
不幸にも次は自分たちの番だ。だが、はっきり言って関わりたくない。ペッパーの体調が心配から帰ると言おうかと迷っていたトニーだが、無情にもそのペッパーから名前を呼ばれた。
「次はトニーとスティーブよ。トニー、頑張ってね」
ソーもクリントも正直不甲斐ない姿を見せた。自分の夫であるトニーには情けない姿を見せて欲しくない。だが、あのキャプテン・アメリカが一緒なのだから、間違いなく大丈夫だろう…と、ペッパーは考えてた。
「スティーブ、トニーのこと、お願いね…」
こっそりとスティーブに耳打ちしたペッパーは、笑顔で二人を送り出したのだった。
玄関のドアをくぐった二人だが、室内は真っ暗だ。
「じいさん、年功序列だ。先に行け」
スティーブの後ろに身を隠したトニーは、スティーブの背中を押した。スティーブとて、実は怖くて仕方なかった。今まで数々の戦いを経験してきたため少々のことでは怖がらない彼だが、あのソーが怯えていたのだ。それにクリントとナターシャの件もある。きっとこの家には目に見えない恐怖があるのだと…。
二階へと通じる階段に一歩一歩近づくスティーブ。ガタッと音がし、スティーブはサッとシールドを構えた。いや、構えたつもりだった。だが『武器は禁止』と言われ置いてきたのだ。
「じいさん、盾はないぞ?」
からかうようなトニーの声にムッとしたスティーブだが、そんな彼にトニーは何か差し出した。
「ほら、盾の代わりだ。これでも構えておけ」
見るとそれはその辺りにあった鍋の蓋。こんな物が大事なシールドの代わりになるわけがないと思ったが、そのシールドの製作者であるハワードの息子トニー・スタークは、ニヤニヤと自分を見ているではないか。
どうやら彼は自分が怖がっているのを楽しんでいるらしい。
「…分かった…」
頬を膨らませながらも鍋の蓋を受け取ったスティーブは、ないよりマシか…と身体の前で構えると、階段をゆっくり上がっていった。
指定された2階の部屋に着いた二人は、部屋の中央に置かれたコインに駆け寄った。
「今、何分だ?」
スティーブに聞かれ腕時計をチラリと見たトニーは、ニンマリした。
「もうすぐ…3分だ。これならレゴラスくんたちを抜ける」
スティーブもトニーの肩を叩くと、同じようにニヤリと笑った。
「バナーの考えた罰ゲームは受けたくない。よし、戻るぞ」
トニーの背中を叩いたスティーブが
「それにしても何もなかったな…」
と、コインを取ったその時だった…。
ガタガタっ!!!!
ほんのり灯っていた灯りが消え、部屋の四方から大きな音が響き渡り、二人は飛び上がった。
「な、何だ?!」
鍋の蓋を構えるスティーブと、その背後にさっと隠れるトニー。何が出てくるのかと警戒していた二人だが、突然真っ黒い物が飛び出してきた。
「キャプテン!前だ!!」
その正体に気づいたトニーはスティーブの背中を軽く押したのだが…。
「ひぃぃ!!」
目を閉じていたため正体に気づいていないスティーブは、いつものようにシールドを投げつけた。だが、残念なことに彼が持っているのはシールドではない。ただの鍋の蓋だ。それでもさすがキャプテン・アメリカと言うべきなのだろう、鍋の蓋は謎の黒い物に見事命中し、正面の壁に当たり跳ね返った。
「お見事!キャプテン!」
スティーブの背後から飛び出しガッツポーズをしたトニー。が、暗い部屋の中では、跳ね返った鍋の蓋が向かってきていることにトニーはおろかスティーブでさえも気づいていない。
「早く出よう!」
そそくさと部屋を出たスティーブは、後ろからトニーが歩いてきているのを確認しようと振り返った。
ゴン!!…ドサッ!!
鈍い音が響き渡り、ボンヤリ見えていた青い光が視界から消えた。
「スターク?!」
床に跪き手探りで探ったスティーブの首筋を何かがスッと撫でた。
「…え?」
ゆっくりと振り返ったスティーブ。目の前に現れたのは、ユラユラと揺れる白いものと、血塗れの女性の顔。
「わぁぁぁぁぁ!!!!!!」
断末魔のような叫び声を上げたスティーブは、その場に卒倒してしまった。
☆☆☆
「遅いわね…」
トニーとスティーブが向かい30分。何度か叫び声が聞こえたが、二人は戻ってくる気配すらない。
「スタークさんたち、大丈夫かしら…」
不安そうなペッパーに同意するように頷いたジェーンはチラリとソーを見上げた。
「見てこよう」
ジェーンに促され立ち上がったソーは玄関に向かって歩き始めた。それを見たナターシャは、ブルースから家の中の仕掛けを聞き、ようやく誤解が解けたクリントに告げた。
「ほら、あんたも行きなさい」
ナターシャに言われると動かざるを得ないのだろう。ナターシャの膝に頭を乗せ目を閉じていたクリントは、面倒くさそうに立ち上がった。
その時…。
「あ!トニー!」
ペッパーの声に振り返った一同は目を見張った。なんとトニーがあのスティーブ・ロジャースを引きずりながら出て来たではないか。
「おい!誰か手伝ってくれ!」
真っ赤な顔をしたトニーは、慌てて寄って来たソーとクリントにスティーブを任せるとペッパーに駆け寄った。
「心配したのよ?遅いから…」
トニーに抱きついたペッパーは彼の肩に頭を乗せた。そんな妻にキスをしたトニーは、彼女のお腹に触れると額の汗を拭った。
「おい、どうしてキャプテンが伸びてるんだ?」
未だに気絶しているスティーブを突いたクリントがトニーに顔を向けると、トニーは鼻を鳴らし話し始めた。
「どうもこうもない。コインを取った瞬間、蝙蝠が飛び出してきただろ?それに驚いたじいさんは、私がシールド代わりに持っておけと渡した鍋の蓋を投げた。蓋なのに見事だったぞ?だが、蝙蝠に当たった蓋の行方までは真っ暗な部屋では分からない。気付かなかった私も馬鹿だったんだが、蓋が後頭部に当たって私は倒れてしまった。一応心配してくれたじいさんだが、その後、ドアに掛かっていた血塗れの人形に驚いて気絶してしまった。しかも私の上に…だ。起き上がろうにもじいさんは重くてびくともしない。何とか抜け出した私は、苦労してこのじいさんをここまで運んできたわけだ」
大げさにため息を付いたトニーは、暑くて我慢できなかったのだろうか、包帯を取った元包帯男のブルースに向かって顎をしゃくった。
「で、罰ゲームは?」
☆☆☆
災難だったね…と苦笑いしたブルースだが、罰ゲームは罰ゲームらしい。
スティーブが目を覚ましたところで、ようやくパーティーが始まったのだが…。
「僕のお手製のピザだよ」
と言って出してきたのは、トニーの好きなペパロニピザ。
それに髑髏のイラスト入りのデスソースとハバネロソースをたっぷりかけると、ブルースは微笑んだ。
「さぁ、召し上がれ。他の料理にも君たち二人はかけて食べてもらうからね」
こうなってくると、もはや主旨が分からない。別にハロウィンでなくてもいいのでは…と思ったトニーだが、そんなことを言えばさらに辛い激辛ソースをかけられそうだ。
(だから今日は嫌な予感がしたんだ…)
「全く…。じいさんのせいだからな…」
隣でスティーブが悶絶しているのを見たトニーは、ソースがたっぷりかかったピースをさっとスティーブの皿に置くと、自分はあまりソースがかかっていないピザを頬張った。