ペッパーには事情を話したトニーだが、子供たちには話さなかった。と言うのも、この計画は100%成功するとは限らない。期待させ失望させるくらいなら、隠しておいた方がいいと、二人は判断したのだった。
という訳で、一秒でも時間が惜しいとばかりに、トニーはここ一週間ハーレイとラボに篭りっぱなしだ。
運動会当日の今朝も姿を現さない父親に、エドワードは不安げに母親を見つめた。
「パパは?」
昨晩遅く、エクストリミスは完成した、明日みんなが出発してから投与すると寝室で告げられたペッパーは、トニーに抱かれながら「必ず帰ってきてね」と何度も告げた。彼の力強い腕と言葉を思い出したペッパーは、無意識のうちに昨晩トニーが刻み付けた証に触れると、息子の頭を撫でた。
「パパは大切なお仕事よ。でも、今日はあなたの運動会だから、必ず行くって言ってたわ」
「うん…。でも…」
父親が来ると聞いて嬉しそうな顔をしたエドワードだが、すぐに浮かない顔になってしまった。そして彼は言おうか言わまいか迷っていたが、やはり本心を両親には告げるべきだと思ったのか、意を決して話し出した。
「ママ、あのね…。僕ね、パパに運動会、来て欲しいよ。パパ、お仕事なのに来てくれるのは、すごく嬉しいよ。でもね、パパが来たらきっとみんな、パパに走ってって言うと思うんだ。そしたら、パパ、かわいそう…」
そうなれば、走れないトニーが可哀想だと思ったのだろう。目に薄っすらと涙を浮かべた兄の手を不安げなマリアはそっと握りしめた。
結局のところ、息子は足を失った父親のことを『可哀想』だと思っているのだろう。ペッパーもそしてトニー自身も、子供たちに自分は可哀想ではないと幾度となく話をした。例え足を失っても、命が助かり今共にいること、自分よりも大変な境遇の人、そして今だ戦っている人はたくさんいるが、みんな懸命に生きていること、だから決して『可哀想』ではないのだということを。
それに、例え今回の計画がなくても、トニーは必ず運動会に行くだろう。そして足の事が露見しても、彼は息子と走るという選択をしただろう。それがトニーの強さであり優しさなのだから…。
ペッパーは気付かれないようにため息を付くと、俯いている息子の肩を軽く叩いた。
「エドワード。パパのこと見くびらないで。パパは強いの。トニーは…パパは今まで沢山のことを乗り越えてきたの。それに、パパはママやあなたたちのためなら、どんなことでもやり遂げる。パパがヒーローなのはどうしてか分かる?パパはね、何があっても絶対にあきらめないの。必ず立ち上がるの。だから、パパのこと、可哀想だと思わないで。パパはね、自分に与えられた試練だって思ってるのよ。それも、必ず乗り越えられる試練だって…。トニーは今、その試練を乗り越えようと必死で闘ってるの。だから、パパのこと、信じてあげて…」
***
その頃、ラボに置かれたベッドの上でトニーはその時を待っていた。
トニーの腕に点滴を付けたハーレイは、エクストリミスの入ったシリンジを手に取ると、点滴のチューブに装着した。
「トニー、いい?」
最後に確認するように尋ねるハーレイに、トニーは思わず目を閉じた。
失敗すれば終わりだ。即ち、未完成ならばキリアンの部下のように爆発する可能性もあるのだ。もっと実験を重ねた方がいいのかもしれないが、時間がなかった。それに、トニーは確信していた。ハーレイが協力してくれたのだ。きっと成功すると…。
「J、ペッパーたちは出かけたか?」
トニーの静かな声に、ジャーヴィスも落ち着いた声で伝えた。
『はい、出発されました』
「そうか。ハーレイ、お前もここから離れろ」
巻き込む訳にはいかない。これは自分が乗り越えなければならない問題なのだから…。
本当ならそばにいてあげたい…。それはおそらくペッパーも同じだろう。だが、彼女はトニーの意思を尊重した。そしてトニーの気持ちを理解しているハーレイも同じだった。
「うん…。トニー、大丈夫。トニーならきっと成功するから」
そう言いながら、トニーの手をギュッと握ったハーレイは、ラボを後にした。
誰もいなくなったラボをトニーは見渡した。ここにいるのは、自分一人。いや、ジャーヴィスにダミーにユー、そしてアーマーたちと、自分が作り上げたものがある。
最悪のことは考えたくないが、失敗すれば、一巻の終わりだ。ペッパーと子供たちに別れを告げることもできない。跡形もなくなった自分に、彼女たちは何と言うだろうか…。せめて何か遺しておけるものはないかと思ったが、自分諸共作り上げた物も抹消するのは、トニー・スタークらしいだろう…。だが、せめて言葉だけでも遺したい。愛していると…、ここまで支えてくれてありがとうと…。
「J…もしも失敗したら……」
言葉を詰まらせたトニーに、ジャーヴィスは叱るように返答した。
『トニー様、私は確信しております。必ず成功すると。ですから、失敗した時のことはお約束できません』
「お前も頑固だな…」
ジャーヴィスの言葉に、弱気になった自分がおかしくなったトニーはフッと笑った。
大丈夫だ。成功する。ペッパーと子供たちが待っているんだ。エドワードと走るんだろ?弱気になるなんて、トニー・スタークらしくないぞ?
何度も深呼吸したトニーは、先日家族で撮った写真を手に取ると目を閉じた。
「よし…やってくれ…」
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