義足にも慣れ、以前と同じくらい日常生活を送れるようになったある日。それは、小学生になったエドワードの運動会まで後1週間という日曜日の朝だった。
「エドワードは何に出るんだ?」
朝食時に父親に尋ねられたエドワードは顔を伏せた。
「どうしたんだ?」
先ほどまで楽しそうに話をしていたのに、急に表情硬く黙ってしまった息子に、さすがのトニーも不安げだ。
「…何でもない…」
そう言うとエドワードは立ち上がり自分の部屋へと戻って行った。
「あいつ、何かあったのか?」
首を傾げたトニーはトーストを頬張るとペッパーに顔を向けた。事情を知っているのか、ペッパーの表情も硬い。知らないのは自分だけなのか?と目をくるりと回したトニーが口を開きかけた時だった。それまで黙っていたマリアが様子を伺うように言った。
「パパ、にいたんね、かけっこするのよ」
『かけっこ』と聞いて脳裏に浮かんだのはリレーと徒競走。それがどうして嫌なのかと、トニーはますます頭を捻らせた。事情が分からない夫に、ペッパーは言いにくそうに口を開いた。
「あのね、トニー。エドワードはリレーに出るの。でも問題はね、もう一つの競技なの。実は…」
妻の話を黙って聞いていたトニーだったが、やがて
「そうか…」
と呟くと、立ち上がり息子の部屋へと向かった。
「おい、いいか?」
息子の部屋を覗くと、エドワードはトニーお手製の彼専用の小さなラボで何やら作っていた。
「何作ってるんだ?」
隣に腰を下ろした父親に、エドワードは作製中の物を見せた。
「ロボットだよ。パパのダミーみたいにうまく出来ないけどね、この子も自分で動けるんだ。パパみたいにね、怪我をして困ってる人を助けるロボットなんだ」
子犬ほどの大きさのロボットを床に置いたエドワードは、スイッチを入れた。その場でくるくると動き始めたロボットだが、急に走り始めたかと思うと、壁に激突してしまった。
「おかしいなぁ…。昨日はうまく動いたのに…」
ロボットを抱えて戻ってきたエドワードはトニーにそれを渡した。
「配線の問題か?よし、エドワードくん、このトニー・スタークが調べてみましょう」
「うん!」
わざとおちゃらけている父親に笑ったエドワードは、工具を手に取ると、ロボットを分解し始めた。
しばらく作業に熱中していた二人だが、頃合いを見計らったトニーは話を切り出した。
「ママから聞いた。運動会の話」
「うん…」
先ほどまでとは表情を一変させたエドワード。笑みは成りを潜め、悲しそうに口を尖らせた息子の姿にトニーの胸は痛んだ。
エドワードが出場するのは、リレーとそして親子で行う障害物競争だった。幼稚園の運動会でも親子での競技はあったが、何でもそつなくこなすトニーはいつもヒーローだった。そのため、エドワードの友達は、今回も当然父親と走るものだと思っているのだ。
父親が申し訳なさそうに自分を見つめているのに気付いたエドワードは、慌てて言った。
「本当はね、他のに出たかったんだ。だって、パパやママに迷惑かけるでしょ?でも、僕は足が速いからって。それからね、みんなパパが運動会に出てるところを見たいって…。みんな、パパの足のこと知らないから…。でもね、運動会にはママが出てくれるんだ。ママも昔、リレーの選手だったんだって!だからね、パパ、心配しないでね」
「エドワード…」
無理に笑っていたエドワードだが、やがてその目には涙が浮かび始めた。
「本当はね、パパにも来て欲しいんだ…。僕がね、頑張ってるところ、パパにも見て欲しいんだ…。でも、無理だよね…。だから僕…」
そう言うと、エドワードはトニーに抱きつき声を上げて泣き始めた。
ずっと言えなかったのだろう。我慢していたのだろう。母親に似て我慢強く、そして自分に似て肝心なことは内に溜めこみがちな息子をトニーはギュと抱きしめた。
「ごめんな…パパが…」
謝罪の言葉を口にしようとした父親をエドワードは首を振り遮った。
「ううん、パパは悪くないよ。僕、パパと毎日ご飯食べたりお話したり、遊んだりできるからいいの。パパがそばにいてくれるだけでいいの…。パパね、毎日頑張ってるんだもん。だからね、僕、パパにお話しできなかったんだ…。お話すると、パパが悲しくなるかなって…。ごめんね、パパ」
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