病室に戻ると、トニーは相変わらずぼんやりしていた。
「トニー…あの…」
何から話せばいいのか分からず言葉を濁すハーレイに、トニーは肩をすくめた。
「ペッパーから聞いたんだろ?そういうことだ。私は君の知っているあの頃のトニー・スタークではない。残念ながら…」
自傷気味に笑うトニーにハーレイは思わず声を荒げた。
「そんなことない!トニーは…トニーは…いつだって僕の目標なんだ!トニーはあの時も…7年前全てを失った時も、諦めなかったじゃないか!何もないところから立ち上がったじゃないか!それなのに、何もせずに、どうして諦めるんだよ!僕の知ってるトニー・スタークは、何があっても諦めたりしない!」
目を閉じ聞いていたトニーだったが、パっと目を開けるとハーレイに向かって怒鳴った。
「お前に何が分かるんだ!お前に私の気持ちが分かるわけないだろ!この半年、私がどれだけ苦しんだか、お前に分かるのか!」
そう言うと、トニーは腰から掛けていたシーツを捲った。
話には聞いて分かっていたつもりだが、膝から下を失ったトニーを見るのは正直ショックだった。一緒に泣きたかった。だが、ハーレイの脳裏には自分に助けを求めるエドワードとマリアの姿が浮かんでいた。あの子たちのためにも、そしてペッパーのためにも、自分が真正面からぶつかることでトニーが立ち直るきっかけになれば…と、ハーレイは拳を握りしめた。
「あぁ、分からない!分からないよ!でも、一度も挑戦しないなんて、トニーらしくないじゃないか!トニーはアイアンマンだろ?ヒーローだろ?」
ハーレイの言葉に、それまで必死に耐えていたトニーの目から涙が一粒零れ落ちた。
「…私はヒーローじゃない…。それに…もう疲れた…。もう嫌なんだ…。ペッパーたちを傷つけたくないんだ…。このままじっとしていれば…もう二度と誰も傷つかない…。だから……」
シーツを手繰り寄せたトニーは頭から被ると、ハーレイに背を向けた。
小さく震えるその背中を見ながら、ハーレイはあの頃よりも深く傷付いたトニーの心を感じていた。
(トニーはまた傷つくことを恐れている)
だが、同時にハーレイは感じていた。トニーは前に向いて歩く時期が来ていることを分かっていると。自分の周りには、支え愛してくれる人々が大勢いるということを…。
ベッドのそばの椅子に腰かけたハーレイは、トニーの背中にそっと手を置いた。
「トニーの気持ち、僕には全部分からない。でも、これだけは分かる。トニーには支えてくれる人がいるじゃないか。ペッパーさんに、エドワードくんにマリアちゃんに…。ううん…3人だけじゃない。アベンジャーズの仲間もだろ?みんな毎日お見舞いに来てくれるって聞いた。それに今のトニーのことを知らないから何も言わないけど…トニーのことを知ったら、世界中のみんなが言うと思う。帰ってくるのを待ってるって。みんな、トニーに元気になって欲しいんだ…。笑って欲しいんだ。みんな、トニーのことを一生懸命考えてる。一緒に頑張ろうって思ってる。それなのに、どうしてそんなに簡単にあきらめるんだよ!」
ハーレイの言葉に、トニーはこの半年のことを思い返した。
意識が戻り痛みと戦う自分を、ペッパーと子供たちはずっと寄り添い励ましてくれた。
両脚を失ったことに気付いたのは、痛みが落ち着き1週間ほど経った時だった。いつまでも戻らない両脚の感覚。誰に聞いてもみんな口を揃えて言った。『両脚が潰される程酷い怪我だったから、まだ時間はかかる』と。だが違う気がした。不安になり誰もいない時にシーツを捲ると、あるはずの足がなかった。どうしてこんなことになったんだと、ショックのあまり泣き叫ぶ自分を、ペッパーは泣きながらずっと抱き締めてくれた。命を救うためだったと言われても納得できなかった。もっと方法はあったはずだと思いたかった。そしてその苦渋の決断をしたスティーブたちを責任を取れと怒鳴りつけてしまった。自分はもう何もできないのだと…今までの生活を二度と送ることはできないのだと思うと、気が狂いそうだった。みんなに迷惑がかかると思い、助かったことも、そして生きていることも嫌になった。だから一度は全てを突き放そうとした。ペッパーと子供たちを捨て、自ら命を断つことさえ考えた。だが、エドワードとマリアに言われた。『僕たちはパパがそばにいてくれるだけでいいんだ。パパが歩けないなら、僕たちがパパの代わりをするよ。だからパパ、ずっと一緒にいてね』と。その時気付いた。あの時、決断を下してくれなければ、自分はここにいなかったのだと。生きていなかったのだと。彼らも断腸の思いだったのだと…。泣きながら謝るスティーブたちに『命を助けてくれてありがとう』と頭を下げることができたのは、ペッパーとそして子供たちが支えてくれたからだ…。家族が、そして仲間がそばにいてくれる。何があっても必ず支えてくれる。だから前に進めるはずだ…。だが、分かっているのに、その一歩が踏み出せなかった。失敗したらと思うと怖くて動けなかった。ペッパーたちを傷つけたくないのではない、これ以上自分が傷つきたくなかったのだ。だから、誰かに背中を思いっきり押してもらいたかった…。
黙ったままのトニーにハーレイは7年前を思い出した。
あの時、彼を救ったのは自分の何気ない一言だったらしい。もしかしたら…いや、きっと彼は待ってるんだ…。あの言葉を言うのを…。
そう確信したハーレイは、大きく息を吸うと静かに言った。
「トニーはメカニックだろ?何か作れば?」
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