ペッパーは自動販売機の前の椅子に座っていた。泣いていたのか目は真っ赤だ。
声を掛けていいのかハーレイが迷っていると、それに気づいたペッパーはハーレイに座るよう促した。
「トニー…どこか具合でも悪いんですか?」
ペッパーの目に一瞬迷いが見えた。真実を告げていいものか迷っているようだった。しばらく黙っていたペッパーだったが、顔を上げた時には、その目には迷いはなかった。
「えぇ…。実はね…」
と、言葉を選ぶように話し始めたペッパーだが、それはハーレイの想像を絶するものだった。
アベンジャーズのメンバーと共に敵と戦っていた時のこと。敵のミサイルが直撃し、トニーは吹き飛ばされた。爆風で地面に叩きつけられたトニーだが、敵は容赦することなく傍の建物に次々とミサイルを撃ち込んだ。倒れたままのトニーの上に、建物の瓦礫が積み重なった。数時間かけて仲間が瓦礫を退かしたが、救出されたトニーは虫の息だった。何とか命は助かったものの、トニーの両脚はアーマーごと押しつぶされており、命を救うためには両膝から下を切断せざるを得なかった…というのだ。
「それが半年前のこと…。一時は危なかったのよ。全身の骨が砕けてたし、手術の間もその後も心臓が何度も止まって…。一週間以上意識が戻らなかったし…。でも、彼は頑張って戻ってきてくれたの。戻ってきてくれたけど、命と引き換えに両脚を失ったわ…。あれ以来、彼はずっとあの状態…。ベッドに横たわって生きているだけの状態よ…。彼は歩きたくても歩けない…。もちろんアイアンマンの活動も…」
震える声で何とか話していたペッパーだったが、言葉を切ると目から大粒の涙を流した。目に涙を溜めているハーレイに、涙を拭ったペッパーは再び話し始めた。
「私はね、彼が生きていてくれればいいの。一緒に笑って、話をして…辛い時は一緒に泣いて…それだけで十分なの。だから動けるようになった彼に家に帰ろうって何度も言ったわ。今まで通り、暮らしていきましょうって…。でも彼は…迷惑かけるって…。一人じゃ何もできない自分は迷惑をかけるって…」
自分の知っているトニーは何が起こっても立ち上がるヒーローだった。だからそのトニーが何もせずにいることが、ハーレイには信じられなかった。
「でも…でも…トニーは…いつだって負けなかった!7年前のあの時だって…」
ボロボロと涙を零すハーレイに、ペッパーは静かに首を振った。
「そうね、彼は強いわ。ずっと昔からね。何があっても彼は乗り越えてきた…。でもね、この7年間、いろいろあったの。彼は肉体的にもだけど、精神的にも限界だったの…。だから、彼はもう一度立ち上がることを諦めたの…。もう傷つきたくないって…。いいえ、自分は傷ついてもいいけど、二度と私たちを傷つけたくないって…」
『私たち』と聞いて、ハーレイは思い出した。あの事件の後、結婚した二人は子供にも恵まれたということを…。
何か言いたげなハーレイの背中をペッパーはそっと撫でた。
「彼はね、自暴自棄になったわ。一人で何もできない自分は生きていても迷惑をかけるって…。一度ね、なぜ助けたんだ…こんな状態になるなら、あのまま死んでもよかったと彼は泣きながら言ったわ。そして私と子供たちを突き放そうとした。でも、私には出来なかった。あんな状態の彼を一人には出来なかった…。それは子供たちも同じだったの。辛い時、支え合うのが家族だから。だから彼のことを何があっても支えていくと決めたの。いつかね、彼の心の傷が癒えたら、もう一度立ち上がって欲しいから…。でも…難しいわね…。彼にはその意思がないのだから…」
視線を伏せたペッパーはため息をついた。おそらくトニーに立ち直ってもらおうと、様々なことを行ったが、うまくいかなかったのだろう。
しばらくて、パタパタという足音と共に可愛らしい声が聞こえてきた。
「ママ?」
顔を上げたペッパーは笑みを作ると立ち上がった。
「あら?パパの所にいたんじゃないの?」
「パパね、じゅーちゅまだ?っておこってるよ」
アイアンマンのぬいぐるみを持った女の子はペッパーの足元に抱きついた。そして女の子の手を握っていた男の子は、ハーレイに気付くと頭を小さく下げた。
「ハーレイ、紹介するわね。エドワードとマリアよ。エドワードが5歳で、マリアは2歳になったばかりよ」
母親に紹介された二人は、ハーレイに向かって挨拶をした。
母親に似て意思の強そうで、それでいて父親に似たのだろう、5歳という年齢よりも聡明に見えるエドワードは、目の前の少年が『ハーレイ』と聞いて顔を輝かせた。
「あの…ハーレイって…。ポテトガンのお兄ちゃんですか?」
『ポテトガン』と聞いて思い出したのは7年前の出来事。あの時、初対面のトニーに披露し、その後ラボと共に贈られた改良版は、今でもハーレイの宝物だ。
「ポテトガンか…。そうだね、僕はそのポテトガンのお兄ちゃんだよ」
目を見開いたエドワードとマリアは、顔を見合わせるとハーレイに駆け寄った。そして父親そっくりのマリアは、たどたどしい口調でハーレイに必死で訴え始めた。
「おにいちゃん…パパのこと、たちゅけにきたんでちょ?パパがね、おはなちちてくれたの。ぽてとがんのおにいちゃんが、パパのこと、たちゅけてくれたって…」
縋るようなマリアに続けてエドワードも話し始めた。
「パパ…あの日からずっと笑わないんです。苦しそうなんです。一人になると泣いてるんです…。パパはいつも明るくて、楽しいお話を聞かせてくれてたのに…。だから、僕も妹もパパが歩けなくてもいいから、パパに元気になって欲しいんです。また一緒に笑ったり遊びたいんです。パパのこと、ちゃんと助けてあげるって決めてるんです。だから…」
「おねがいちまちゅ!パパ、たちゅけてくだちゃい!」
頭を下げる小さなエドワードとマリアを前に、ハーレイは何が何でもトニーと話をしようと決めた。
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