37. Spice

「ママのおなまえは、ヴァージニアでしょ?どうしてみんな、ペッパーってよぶの?」
ある日、娘に尋ねられたペッパーは、自分がそう呼ばれるようになった経緯を思い出した。
『ヴァージニア』という生まれもった名前があるのに、今では『ペッパー』の方が公にも知れ渡っており、今では本来の名前よりもペッパーの方が好きになっているくらいだ。
「ペッパーっていうのはニックネームよ。パパが付けてくれたの」
そう、『ペッパー』というのは、トニーが付けてくれたのだ。だからこそ余計に愛着があるのかもしれないが…。
父親が母親の愛称を付けたと知ったエストは、目を輝かせた。そうなると、ますます理由が知りたい。
「パパが?どうして?」
父親譲りの大きな目には抑えられない好奇心が溢れ出ており、ペッパーは娘を膝の上に乗せると遠い昔を思い出すように語り始めた。
「ママがね、パパと初めて出会った時よ。それまでママは違うお仕事をしていたんだけどね、パパに秘書になってくれって頼まれたの。その時に、パパはママにニックネームを付けてくれたの。そばかすが可愛いと言われてね、『ペッパー』はどう?って提案されたのよ」
「ふーん、そうなんだ」
物心ついた時から母親は『ペッパー』と呼ばれていたため、その名前が本名だと思っていた。だが、両親の出会いにそんな話が隠されていたのだと、小さいながらにエストは感心したのだった。
そこへ
「何だ?女同士で密談か?」
と言う父親の声が聞こえ、エストは母親の膝の上から飛び降りると、父親に飛びついた。
「あ、パパ!あのね、どうしてママのこと、ペッパーってよぶの?」
急にどうしたんだと首を傾げながらも娘を抱き上げたトニーは、ペッパーの隣に腰を下ろした。
「ママはパパの人生に刺激を与えてくれるスパイスなんだ」
母親の話とは違うようだと気付いたエストだが、当の本人であるペッパーも少々驚いていた。
「スパイス?」
首を傾げた娘の頭を撫でたトニーは、隣に座るペッパーの肩を抱き寄せた。
「あぁ、そうだ。ペッパー…つまり胡椒は、世界三大香辛料の一つで、スパイスの王様とも言われている。胡椒は同じ料理に三度使えるほど何にでも使えるし、昔は薬としても使われていた。つまり、胡椒は偉大なスパイスだ。ママもそうだ。ママはいつもパパのことをドキドキさせてくれる。人生に刺激を与えてくれるんだ。それにいつもパパのことを愛し支えてくれる。ママだけはパパのことを何があって信じてくれるんだ。つまり、ママはパパにとって完璧な存在だし、パパの人生を変えてくれた大切な人なんだ。だからママのことをペッパーと呼ぶんだ」

最初は違ったかもしれない。でも彼が『ペッパー』と呼ぶのには、そんな理由があっただなんて…。

「ママ?どうしたの?」
母親が泣いていることに気付いたエストは、小さな手で母親の頬に触れた。不安の色を隠しきれない娘を安心させるように、涙を拭ったペッパーはにっこりと笑みを浮かべた。
「ママ、嬉しくって…」
そう言うとペッパーはトニーの手をそっと掴んだ。
「あなたがそういう思いで『ペッパー』と呼んでくれてたんですもの。私、ますます『ペッパー』って呼び方が好きになったわ」
口元を緩めたトニーは、ペッパーと娘の額にキスをすると、彼にとって欠かせない存在を抱き締めた。

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