IM2前後のトニペパ。”A Fateful Encounter”の続きです。
トニーの秘書になって、早12年。
最初は、突然突拍子もないことをし始めるし、子供みたいに我儘なところもある彼に戸惑うことも多かったけど、内に秘めた強さと優しさと、そして孤独に気付 いた私は、彼のことを信頼し誇りに思うようになっていた。彼も私のことを信頼し大切にしてくれる。いつも私のことを守ってくれる…。
いつしか私は、彼をボスとしてではなく、一人の男性として愛するようになっていた。
私の前では昔から変わらない、飾らない自分をさらけ出してくれる。そしてそれを見られるのは私だけ。そう思っているから、私の目の前で他の女性と戯れていても、自宅に連れて帰ってきてそのまま朝を迎えていても、我慢することができた。
彼は私のことを、友達…いえ、戦友としか思っていないのかもしれない。酔っ払った彼が、私にキスを迫り抱きついてくることもあったけど、特に気持ちを伝えてくるわけでもなかったし、ただ単に酔いに任せて勢いで…と思うしかなかった。
彼への叶わぬ思いを内に秘めたまま、友達から紹介されたり、パーティで出会った男性とお付き合いしたりもした。でも、完璧な彼と比べると、目の前の男性がとたんにつまらなく見えてしまい、長続きしなかった。
そんな矢先に起こったあの事件。
アイアンマンとして活動し始めた彼は…いい意味でどこか変わった。
会社の経営方針もだけど、彼自身の生き方が大きく変わった。そして、何より私に対する態度が変わったのだ。テラスでキスをしようとしてきたし、酔っ払って ないのに私を『恋人』と呼んだことも…。そういえば最近、見知らぬ女性を自宅に連れて帰ってこなくなった。その代わり、私は彼の熱っぽい視線を終始受ける ようになった。
「好きだよ、ペッパー」
口では『好き』という言葉を言うけれど、はっきりとした態度で表してくれないから、その『好き』が仕事仲間としてなのか、男女としてなのか、正直私には分からなかった。でもそんなことを彼に問いただすわけにはいかなかった。
彼から社長の座を突然譲られ、私を取り巻く環境が大きく変わったから聞けなかった…というのは、ただの言い訳かもしれない。
チャンスはいくらでもあった。ただ、この問題について彼の口から真実を聞くのが怖かっただけ。
でも、ちゃんと問いただせばよかったのかもしれない。
そうすればあんなこと起こらなかったのに…。
***
一人悩む私の姿を見かねた友人が、ある男性を紹介してくれた。名前を出すわけにはいかないから、Aさんとしておくけど。
Aさんはとある会社の社長だった。スターク社のような巨大企業ではないけど、優しく紳士でそれでいて自信過剰な彼に思わずトニーを重ねてしまい、私は時々会うようになっていた。
三回目のデートは、通り沿いのオシャレなカフェだった。
「ポッツさん、やはりダメなのか?」
実は前回のデートの時、早くもプロポーズされたのだけど、お互いのこともよく知らないのに…と、お断りしていたのだ。トニーへの思いが強すぎて…というのが本音かもしれないけど…。
それなら、他の男性とデートなんてしなければいいのに…と思うかもしれないけど、私には言えない隠し事でもあるのか、最近イライラして自暴自棄なトニーの態度を見るのが辛かったから、Aさんの優しさに甘えてしまっていたのかもしれない。
「ごめんなさい…。あなたは優しいしステキだけど…その…」
俯き加減に答える私にAさんは
「…やはり彼か…トニー・スターク…」
と冷たく言い放った。
「え?」
その言葉に顔をあげるといつもの優しいAさんのそこにおらず、冷たい目をした男がいた。
これは誰?戸惑う私の手を掴むAさん。
「い、痛い!」
「せっかく忘れさせてやろうと思っていたのに!思わせぶりな態度しやがって!この女が!」
あまりの強さに彼の爪が手首に食い込む。その痛さだけではない、自分の不甲斐なさにも情けなくなり、自然と涙が出てきた。
そしてこんな状況でも思い浮かぶのは…。
やはり…。
(助けて…トニー…)
「おい。何しているんだ」
地を這うような…でも、私の大好きな声が頭上から聞こえた。
「トニー…」
彼は私の手を掴んでいたAさんの手を強引に離した。
「お前…ペッパーに何するんだ!」
そう言うなり、トニーはAさんの頬を力一杯殴り倒した。トニーの一撃で気を失ったAさんを彼はこの世ものとは思えない…私ですら見たことがないような冷たい目で一瞥すると、私の手を引っ張り、
「ペッパー、帰るぞ…」
と、車に押し込んだ。
沈黙が支配する車中。先ほどの出来事を思い出し涙を浮かべる私を、彼は気遣うようにチラチラと見るも、何も喋らない。
もうすぐ私の家に着くという頃、沈黙を破り彼が重い口を開いた。
「ペッパー…何であんな男といたんだ…!私が偶然通りかかったからいいものを!あいつは…以前うちを潰そうとしてきた会社の社長だぞ!君を利用しようと近づいたに決まっている!何でそんなことも分からないんだ!」
珍しく声を荒げた彼は、握っていたハンドルを腹立たしく叩き、口をへの字に曲げ黙ってしまった。
ショックだった。彼と会社のことは全て把握しているつもりだったのに…。そして、トニーの信頼を裏切ってしまったことに…。
「…ごめんなさい…トニー…ごめんなさい…」
あふれる涙を拭うこともできず、涙がぽたぽたと膝の上に落ちた。
気が付くと、車は家の前に止まっていた。
「トニー…あなたの信頼を裏切ってしまって…ごめんなさい…」
トニーは何も言わず、そのまま走り去った。
彼はやけに顔色が悪く、そして疲れきった顔をしているのが気になったけど、私の行動にショックを受けているからだろう…と、この時の私は気に留める余裕すらなかったのだ。
その後、彼とはすれ違いの日々が続いた。
一度だけ、最後に会った時よりもスッキリした顔の彼が私を訪ねてきたけど、素直になれなかった私は彼に素っ気ない態度しか取れなかった。
だけど、彼が死の恐怖と一人闘い、それに打ち勝ったことを、あの想いが通じ合い素直になれた夜に聞かされた私は、彼の気持ちを少しでも疑った自分を…そして彼が苦しんでいる時にそれに気づくことなく自分のことしか考えていなかった身勝手さを恥じた。
「ごめんなさい…トニー。あなたを信じられなくて…」
腕の中で涙を流す私を彼は優しく力強く抱きしめてくれた。
「私の方こそすまなかった…。ちゃんと君に自分の気持ちも状況も、全てきちんと話しておくべきだったな…。私こそ君を不安にさせて…一人悩ませてしまった…。すまなかった…」
その夜、彼は一晩中優しいキスをしてくれた。
それからの私たちは、今まで伝えられなかった気持ちをぶつけ合うかのように、たくさんたくさん愛し合った。
長年にわたり私たちの関係を静観していた友達や会社の人達は、「やっと素直になれたのね」と笑っていたけど、その暖かなエールでさえ、今の私には幸せだった。
***
そしてあの日。
彼に洋服を見繕ってくれないかと頼まれ、久しぶりの休日デート。
「トニー、これはどう?ステキよ」
今までも彼と洋服を買いに来たことはあったけど、『恋人』のために選ぶのは今まで以上に楽しくて、私たちは気付いていなかった。店の外から私たちのことを見つめる人物がいることに…。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、外は日が暮れ始めていた。
「トニー、ありがとう。こんなにたくさん買って貰って…」
腕に寄り添いお礼を言うと、彼は照れくさそうに、そして嬉しそうに私の頬に軽くキスをした。
「お安い御用さ。服を選んでくれたお礼だ。君に似合うのがあってよかったな」
店の前に停めた車の鍵を開けようとポケットを探っていた彼が、チッ!と小さく舌打ちした。
「しまった…ペッパー少し待っていてくれ。店にキーを忘れてきた」
そういうと、慌てて店へと引き返す彼の後ろ姿さえも愛おしくて、私は思わず赤面してしまった。
その時…
「ずいぶん楽しそうだな、ポッツさん」
と、背後で聞き覚えのある声がした。
振り返ると、あのAさん。優しかったあの面影はすっかりなりを潜め、その目にうつるは憎悪の炎のみ。
「Aさん…」
彼の目に狂気の色を感じた私は、後ろに後ずさった。
「ポッツさん…いや、僕のかわいいペッパー…。あの後何度も連絡したんだよ。でも、君はごめんなさいの一点張りで…。確かに君に近づいたのは、スタークから君を奪ってめちゃくちゃにしてやろうと思ったからだよ。僕の手でめちゃくちゃになった君をあいつの元に返したら、あのスタークがどんな顔をするか見たく てね…。でも、君は優しかった。君と過ごしているうちに、僕は本当に心から君を愛してしまったんだ…」
近づいてくる彼から逃げようとした私だが、後ろにある段差に気づかず、転倒してしまった。
「ペッパー…なんで僕のことを避けるんだ?僕なら君を泣かせない。実はね…誰にも邪魔されないように、僕たちだけの専用の部屋も用意してあるんだよ…。誰にも邪魔されない場所で毎日愛してあげるよ。一日中カワイイ声で啼かせてあげるから…。それとも、冷たくされても、そんなにあの男がいいのか?」
「と、トニーを…あなたなんかと一緒にしないで!」
震える身体を押さえつけ、大きな声で叫ぶも、彼はニヤニヤと笑うばかり。
その彼の視線が私の首筋で止まった。
慌てて首筋を…トニーが昨晩付けた紅い花が無数に散らばっている首筋を手で押さえるも遅かった。
「ペッパー…それはまさか…。き、君は…僕というものがありながら、あのスタークに抱かれているのか⁈」
怒りで身体を震わせるAさんは、赤くなった私の表情ですべて悟ったようだ。
「そうか…なら仕方ない。この手段は取りたくなかったんだけど…。この世で結ばれないなら、こうするしかない…」
顔を真っ赤にし、逆上した彼はポケットから銀色に光る物を取り出し、私に向かって突進してきた。
足が震えて動けない…。このままだと…。
トニー…ごめんなさい…。
私…あなたのそばには…もういられないかも…。
顔を覆い、来るべき衝撃に備えた私を大好きな温もりがふわっと包み込んだ。
「大丈夫か…ペッパー…」
その声に目を開けると、大好きな人の姿。
「トニー…」
「…一人にして…悪かった…」
彼の顔を見た瞬間、張り詰めていたものが切れ、私は彼の胸に顔を埋めた。
「と、トニー…こ、怖かった…」
声をあげて泣きじゃくる私を彼は優しく抱きしめてくれた。
「…もう…大丈夫…だ…」
だけど私を抱きしめる腕は震えており、耳元にかかる息は荒く苦しそう。
彼の背中にそっと手を回した私は、そこで初めて気がついた…。彼の背中が生温かいもので濡れていることに…。
自分の両手を見ると、掌は真っ赤に染まっていた。
「と、トニー!」
「ぺ、ペッパー…だい…じょう…ぶ…だ…から…」
次の瞬間、彼の身体から一気に力が抜け、私の方に倒れこんできた。彼の背中の真ん中には、先ほどまでAさんの手元にあったはずのナイフが深々と刺さっている。
ずるずると下がっていく彼の背後で、全身血飛沫を浴び座り込んだAさんを、通行人らしき男性数人が取り押さえるのが見えた。
「なぜだ…なぜスタークが飛び込んでくるんだ…。ぼ、ぼくは…。ペッパー!早く僕と…」
警官に連れて行かれるAさんは、ずっと叫んでいたが、トニーを抱きしめ、ひたすら彼の名前を呼び続ける私の耳にその声は届かなかった。
***
幸いにも急所は外れていたため命に別状はなかったけど、青白い顔をして眠り続ける彼の手を握りしめ、私はひたすら祈った。
お願い…神様。
トニーを助けて下さい。
彼は私に…ううん…世界中の人にとって必要な人だから…。
お願いします…。
まだ彼を連れて行かないで下さい…。
まだ伝えきれてないことがたくさんあるの…。
気がつけば日付は変わり…そして太陽と入れ替わるように、大きな月が南の空へさしかかろうとしていた。
柔らかな月の光が差し込み始めた頃。ベッドサイドに置かれた彼の荷物の中に、リボンがかかった小さな箱があるのに気付いた。彼には似合わないピンク色のリ ボンがかかった小さな箱。気になって手に取ると、リボンには先程まで私たちがいたあの店の名前。そして…『ペッパーへ』 と彼の字で書かれたカードが挟まっていた。
『ペッパーへ
君と出会って今日でちょうど12年。
まっすぐで純粋な瞳の君にずっと救われてきた。ありがとう。そしてこれからも…。
愛と尊敬の念をこめて トニーより』
昨日の夕方の出来事ですっかり忘れていたけど、そういえば、今日は12年前、私が面接を受けた日…つまりトニーと初めて出会った日。
私にとって人生が一変した日。
目から溢れ出る涙をぬぐい箱を開けると、箱の中には指輪が入っていた。以前彼と一緒に雑誌を見ていた時に、私が「カワイイ指輪ね」と言っていたものだった。
指輪を手に取り眺めていると、裏に何か刻んであるのに気づいた。
「”tous les deux”…。いつも二人で…。トニー…」
指輪をはめ、もう一度彼の書いたカードを眺める。涙が落ち、カードの文字が滲んだ。
どのくらいそうしていただろう…。
「…ペッパー?」
背後から聞こえた声に振り返ると、目を覚ました彼が私の方へ手を伸ばしていた。
「トニー!」
伸ばされた手を包み込むように握ると、彼もそっと握り返してきた。
「今…何時だ?」
「え?えっと…23時58分よ。もうすぐ0時」
私が指輪をはめているのに気付いた彼は、指でその指輪を愛しそうになぞった。
「間に合って…よかったよ。君が無事なのも…この指輪を渡せたのも…」
彼はそのまま自分の口元に持っていき、指輪にキスを落とした。
「トニー、ありがとう。あの時も言ったけど…私を選んでくれてありがとう。」
ヤダ…涙がまた出てきちゃった…。彼が目を覚ましたら、笑顔でいようって決めていたのに…。
「ペッパー…」
「キャッ!」
繋がれた手が引っ張られ、私は彼の胸元に倒れこんだ。
「お礼を言うのは…私の方だ。ペッパー…いつもそばにいてくれて…ありがとう。いつも支えてくれてありがとう…」
そう言うと、彼は優しいキスを私の唇に落とした。
窓から入る月の光がキスをする私たちを優しく包み込んでいた…。