トニペパの出会いを捏造。
『スターク・インダストリーズの新社長にトニー・スターク氏』
各紙のトップニュースを飾ったこのニュースは全世界を駆け巡った。
アンソニー・エドワード・スターク。
通称「トニー・スターク」。
前年事故死した前社長ハワード・スタークの一人息子。幼い頃からその有り余る才能を発揮し、17歳でマサチューセッツ工科大学を首席で卒業。天才と呼ばれる男。
カリスマと言われたハワード・スターク亡き後、行き詰まった会社経営を立て直すため、経営陣はこの若干21歳の若き天才に全てを託すことにしたのだった。
新社長に就任したトニーは、会社の経営状態を調べ始めた。軍事企業として成り上がったスターク社だが、この平和な世の中。それだけで財をなしていくことが今後、不可能なのは目に見えている。まずは今後の方向性を決め直さなければ…。
「ハワード様は何か今後について言われていませんでしたか?」
重役達に言われるも、父親とは疎遠だったし、多くを語る父親ではなかった。何より会社のことなど話したこともなかった。
「知りませんよ。父は俺には何も話してくれませんでしたからね。父は偉大だった。それは確かです。でも、俺が社長になった以上、俺はさらに会社を発展させるつもりですから。」
自信満々に言い切る若き社長を、前時代からの重役たちは、羨望の眼差しで見つめたのだった。
それから数年、トニーはがむしゃらに働いた。とにかく、自分の力を試すには絶好のチャンスだった。
最初は行く先々で父親と比べられていたが、次々と画期的な新製品を生み出すうちに、トニー・スタークは世界に認められるようになっていったのだ。
やがてトニーの周りには多くの人が集まるようになった。
特にトニーが社長に就任して以来、彼の精悍なルックスに魅了された多くの女性が彼の秘書にと殺到した。いや、秘書ばかりではない。行く先々で多くの女性が 彼を取り巻く。しかし、所詮見た目や財産に目が眩み、あわよくば妻の座を…と狙っている者ばかり。一夜は共にしてもその後どうなるわけでもなく、いつしか トニーは『金持ちで女好きのプレーボーイ』と言われるようになった。
そんな時、彼の秘書…社長就任以来何十人目かの秘書が、「自分勝手で我儘な社長にはついていけません」と突然退職。真相は、秘書が色仕掛けでトニーに迫る も、あっさりと振られたからなのだが…。この数年、何十人も同じパターンで退職しているので、またか…と人事部は早速秘書の募集を始めたのであった。
一週間後、社長室で新製品を設計するトニーの元へ人事担当がやって来た。
「社長、今回の応募があったのは、百名少々です。うち、年齢や学歴、経験等を考慮して、この十人に絞り込みました。」
十人分の履歴書を受け取り、眺めるトニー。
「目ぼしいのはいたか?」
「えぇ、一人いました。ミス・モーリス。彼女は社長と同じ年です。優秀な成績で大学卒業後、数社で秘書の経験もありますので、何かとお役に立つかと…。履歴書は一番上に…。後は…正直どうかと…。ただ、百人も応募があって一人しか面接しないとなると…」
トニーは、「ふーん」と言いながら、一番上に置かれたそのミス・モーリスという女性の写真を見る。確かに聡明そうな顔つきだ。だが、こちらを射抜くような視線を写真だけでも感じ、トニーはまたこのパターンか…と小さく溜息を付き、他の履歴書を眺め始めた。
トニーの反応があまり良いものではないことに気付いた人事担当者は、額から零れ落ちる汗をそっと拭った。
パラパラと履歴書を捲るトニーの手が、十人目で止まった。
「彼女は?」
最後の一枚を抜き出し、人事担当者に見せる。
「え?えーっと…最後の一枚ですよね…。あぁ、そうです。彼女は確か秘書の経験はないです。それなのに応募してきたんです。九人じゃきりが悪いので、適当に選んだんですよ…」
「そうか…」
そうつぶやくと、黙ってしまったトニーを見て、人事担当者はそろそろ引き時だと判断し、面接の日時を伝え退室した。
一人残されたトニーは、十人目の履歴書を写真を黙ってじっと眺めていた。
***
面接当日。
最終選考の面接には、社長自らが参加するとあって、選ばれし女性たちは毎回ギリギリまで身だしなみに余念がなかった。
が、今回は違った。女性たちがお互いを値踏みし牽制し合う中、ただ一人片隅で静かに本を読む女性がいたのだ。
そんな中、面接は始まった。
トップバッターは、人事担当者一押しの、例のミス・モーリス。しなを作りながら入室した彼女は、トニーの目を見つめ…この方法で何人もの男を落としたと豪語する視線で…、質問にも的確に完璧に答えていく。
「さすが、経験豊富ですな。社長、いかがです|」
感嘆の声を挙げ、一斉にトニーを見ると…トニーはつまらなそうにあくびをした。トニーのあくびを見て、顔色を変える人事担当者たち。
『トニーがあくび=不採用』は、このスターク社では常識。
「申し訳ないが!ミス・モーリス…不採用です!」
「な!なぜですか⁈私は完璧なはずよ⁈」
ヒステリックな声をあげ、トニーの方に突進するモーリス嬢だが、そこは優秀なボディーガードに取り押さえられ、室外へつまみだされた。
「では、次|」
こうして面接は続けられるも、トニーはもはや聞いておらず、入室した途端、トニーが大あくびをしてつまみ出される者もおり、気が付けばあっという間に九人が終了。
「あと一人ですよ…」
「どうしましょう…」
「最後の一人は適当に目をつむって選んだ一枚ですよ…」
「今日決まらなかったら…また募集の用意をしておきますね…」
ざわつく室内の様子をトニーはチラリと見た。最後の一人。履歴書の写真を見て、なぜかは分からないが…気になっていた子だ。
その時、ドアがノックされ「失礼致します」という声とともに、一人の女性が入って来た。先程、部屋の片隅で静かに本を読んでいた女性だ。他の女性と違い、質素なスーツを着こなし、化粧も必要最小限に抑えられており、明らかに先程までの女性たちとは違っていた。
人事担当者たちは落胆した。やはり適当に選んだ一枚。派手好きの社長のためにと選んだ今までの秘書とは明らかに違う。これは適当に質問して、今夜から新しく募集をかけようと、そこにいる誰もが思っていた。
ただ一人を除いては…。
「名前は?」
「ヴァージニア・ポッツです。」
「なぜわが社の秘書に応募したんだね?経歴を見ると、君は秘書経験も何もないみたいだが…」
「あ、あの…確かに経験はありません。大学も卒業したばかりですし…。でも、貴社は世界に|」
「いいよ、もう」
声をかけたのは、あのトニー・スターク。
室内はざわついた。
今まで何年もこの面接は行っているが、社長が面接中に声を掛けたのは初めてだったのだ。しかもあろうことか、席を立って彼女の目の前にまで歩いて行ったのだ。
「あ、あの…もういい、ということは…」
突然の出来事に慌てふためく担当者たちを見て、ただ事ではないと判断したポッツは、私は何か彼を怒らせるようなことをしたのかしら…と内心ビクついた。
「いや、面接は終わりだ。それよりも…ポッツ君、時間あるか?よかったらドライブでもしないか?」
世の女性を魅了し続ける笑顔を向けられ、真っ赤になったポッツに、トニーは手を差し出した。
「どうかな?時間がなければ後日でも…」
「い、いえ!大丈夫です!今日は暇なんです!」
勢いよく椅子から立ち上がり答えるポッツに、トニーは愉快そうに笑うと、彼女の手を取りドアへ向かって歩き出した。
会議室を出る間際、トニーは担当者たちの方へ振り返った。
「手続き頼むよ」
そう言い残し、ポッツの手を取り外へ出て行った。
一方、残された会議室では…
「しゃ、社長が!」
「みなさん!これは奇跡ですぞ!」
「社長が!初めて秘書を自らお選びになった!」
「き、記念すべき日ですよ!」
「「バンザ~イ!」」
この出来事以来、社内ではこの日は「奇跡の日」として崇めたて祀られているのをトニーは知らない…。
トニーの運転する車に乗り、海岸沿いをドライブする二人。さすがに初対面なので車中は沈黙に包まれている。行き先も何も言わずに連れ出したトニーに痺れを切らしたポッツが口を開いた。
「あ、あの!社長!」
「何だ?ポッツくん?」
「どこへ向かっているんですか?」
不安そうな顔をしている彼女を見つめ、トニーは行き先を告げていなかったことに気付いた。
「どこに行こうか?そうだ、よかったら俺のコレクションを見にうちに来ないか?いや、初対面でいきなり家に来いというのは困るよな。とりあえず君の家まで 送っていくよ。ロングビーチだっけ?あそこならうってつけのドライブコースだ。話もできるし。明日から君は俺の秘書…それも専属の秘書になるんだ。仕事だ けではなくて、プライベートでも管理をお願いできたら…と思ってね。そうなると、お互いのことを知らなければ、仕事にならないだろ?」
ポカンと口を開けているポッツにニヤっと笑うと、ラジオの音を大きくした。
「俺の好きな曲だ。君は何を聞くんだ?あ、それから…」
「あ、あの!」
黙って聞いていたポッツが突然口を開いた。
「何だね?」
話の腰を折られ少々不機嫌そうにトニーがポッツの方を見ると、涙目になった彼女がいた。
「わ、私は採用されたんですか?」
その質問は車に乗る前にすべきではないのか?一瞬そう思ったらトニーだったが、彼女があまりに真剣な眼差しで自分を見ていることに気づき、茶化すのはかわいそうだと真面目に答えることにした。
「そうだよ。採用しないと、こんなことはしないだろ?ポッツくん、君は今から俺の秘書だ!さっきも言ったが、俺だけの秘書だからな。」
トニーの言葉に感極まったらしい彼女は
「あ、ありがとうございます、社長…」
そう言うと俯いてしまった。
チラリと横目で見ると涙を流しているようだ。話題を変えようと、咳払いをしたトニーは、あの履歴書を見てからずっと疑問に思っていたことを聞いてみることにした。
「ところで、ポッツくん、君は秘書の経験などないんだろ?見たところ真面目でしっかりした女性に見えるんだが、どうして応募してきたんだ?」
運転中なので彼女をじっと見るわけにはいかず、チラチラと盗み見すると、彼女はまっすぐで穢れのない瞳…それこそがトニーを引きつけた一因なのだが…をトニーに向けていた。
「正直迷ったんです。言いにくいんですが…社長はその…女好きで有名ですし、今まで何人もの秘書の方が辞められているんで…もしかしたら…と不安もありま した。…でも、私…。自分の力がどこまで通用するか知りたかったんです。それと…今日、社長とお会いして思いました。社長は噂で聞いていたような方とは違 うって。秘書の経験はないですが、社長のような方のそばでもっと自分を向上させたいとも思ったんです。」
「分かったよ、ポッツ君。君を選んだのは正解だったようだな。君なら俺のことを理解して受け入れてくれそうだ。つまり、君とはうまくやっていけそうだということだよ。」
照れ臭そうに頭を掻くトニーの横顔を見つめながら、噂で聞いていたトニー・スターク像は間違いだったとポッツも思い、急に恥ずかしくなって俯いてしまった。
「トニーだ」
「え?」
その言葉に顔をあげたポッツに、トニーは笑いながら
「社長なんて堅苦しい。トニーと呼んでくれ。君のことは…」
「ペッパーです。みんな、ペッパーと呼びます。」
「そうか、ペッパーか。ステキだな。よろしく頼むよ、ペッパー」
夕日のせいなのだろうか、顔を赤くしたトニーの横顔を見ながら、不安だった心がスッと軽くなるのをペッパーは感じた。
トニー・スターク28歳、ペッパー・ポッツ23歳。
これが二人の出会い。
この後、生涯にわたって支え合っていく社長と秘書の話の始まり。