1歳半になったエスト。
よちよちと歩いていた足取りも段々と力強くなり、短い距離なら走れるようになってきた。
ある日、トニーとペッパーはエストを連れて家の近くの公園へやってきた。
トニーがエストと滑り台やブランコで遊んでいるのをペッパーはベンチに座り、うれしそうに見つめていた。
トニーも変わったわね…。昔の彼からは想像もできないわ。トニーは男の子を欲しがってる。前に自分が父親にしてもらえなかったことや教えてもらえなかったことを伝えたいと言っていた。早く赤ちゃんできないかしら…。ペッパーがお腹を押さえて物思いにふけっていると、
「どうした、ペッパー?」
と、トニーがエストを抱いてやって来た。
「何でもないわ。あら?もうおしまい?」
慌てて笑顔を作ったペッパーにエストは手を伸ばし
「ままー」
と、抱っこをせがんだ。
「エストがジュースがいるって言い出してな。そこに売ってるから買ってくるよ」
ペッパーにエストを渡すと、トニーは公園の外にある露店に向かった。
「おりゆー!」
ペッパーの膝の上から降りたエストは、ちょこちょこと周りを歩き出した。
「エスト、危ないから駄目よ」
「あい」
トニーに似て返事だけはいいのよね…。ペッパーが立ち上がりエストのそばへ行こうとした時、エストの足がもつれ、転んでしまった。
「エスト!」
慌てて駆け寄ったペッパーだが、一足先に近くにいた若い男性が転んだエストを抱き起こした。
「大丈夫かい?」
涙がこぼれそうになった目をエストは擦ると、自分を起こしてくれた男性に向かって微笑んだ。
「ありあとー」
にっこり笑ったエストの顏…それはトニーにそっくりなのだが…をじっと見つめていた男性は、その笑顔を見て顔色を変えた。
「ありがとうございます」
ペッパーが声を掛けても、エストの肩を掴み離そうとしない男性。
「あ、あの…」
再度声を掛けられ、我に返った男性の様子を不審に思ったペッパーは、エストを奪うように抱きしめた。
「ありがとうございました」
お礼を言い、その場を立ち去ろうとしたペッパーに男性が声を掛けた。
「あの…失礼ですが…。もしかして、トニー・スターク氏の奥様と娘さんですか?」
トニーの名前を言われ、思わず振り返ったペッパー。
「え?えぇ…そうですけど…」
見ると、先ほどまでにこやかに笑っていた男性の顔はこわばっている。
やだ…何?トニー…早く戻ってきて…。
ペッパーはエストを抱きしめ後ずさりした。
「どうかしたか?」
そこへ飲み物を買ったトニーが戻ってきた。
「ぱぱー!」
キャーっと嬉しそうに声をあげた娘に微笑むと、トニーはペッパーを守るように男性との間に身体を入れた。
「失礼だが、妻と娘に何か用か?」
突然現れたトニー、男性は憎々しげにトニーを睨むと
「妻と娘?俺たちのことを捨てたくせに…!幸せそうだな、トニー・スターク…」
全くもって身に覚えのないトニー。
妻と娘を守るべく、一刻も早く立ち去った方がよさそうだ…。
そう感じたトニーは、ペッパーの手を取ると
「おい、ペッパー、帰るぞ…」
と、帰ろうとした。
すると男性は、その背中に向かって叫んだ。
「待てよ!俺はあんたに用があるんだ!俺は…お前の息子だよ!」
「え?」
トニーの息子?
どう言うこと?
そんなこと聞いてないわ…。
ショックのあまりその場に座り込んでしまったペッパーは、同じく顔を青くしているトニーと顔を見合わせた。
***
まさか公園で修羅場を繰り広げるわけにはいかず、自宅はどうかと思った二人は、その男性を会社へと連れていった。
念のためボディーガードにとハッピーを呼び、会議室で男性と向かい合うトニー。
20歳くらいだろうか。顔をじっと見つめるも、自分には似ておらず、面影から記憶の中の女性を探すも、思い当たる節はない。
「説明してもらおうか…。申し訳ないが、私には…」
記憶にない…とはっきり言うのは気が引けたトニーは言葉を濁した。
膝の上でぎゅっと拳を握ると、隣に座っているペッパーが、大丈夫よ…と言うようにそっと手を握ってきた。
「俺は…アイデン。サラ・バーンズの息子だ。覚えてるか?母を。母はとあるパーティーでお前と出会ったと言っていた。そしてその晩お前に抱かれたと。たった一晩の行為だったが、あの偉大なトニー・スタークに抱かれて俺ができたと今でも言っている。母は俺を身ごもった後、今の親父と結婚して、幸せに暮らしている。だが、事あるごとに『あのトニー・スタークの子供なのよ!』と言われる俺の身にもなってくれ!だから一度顔を拝んでやろうと思ってきてみたんだ。そしたら、何だ?俺はあんたと比べられて母親に小言を言われるばかりなのに、お前は幸せそうな顔をしてやがる…」
肩を震わせうつむいた青年にトニーは何も言えなかった。
自分の手を握っていたペッパーの手に力が入った。
見るとペッパーは顔を伏せて泣いていた。
まさか…ペッパーと出会う前のこととはいえ、昔の自分の行いがこんな形で最愛の妻を苦しめることになるなんて…。
ペッパーよりも青い顔をしたトニーは苦しそうに頭を抱えた。
本当に自分の子供なら、責任は取らねばならないだろう…。
だが…冷静になってみろ…。ペッパーと以外は一度も…。
「ぱぱ?」
足元にぬくもりを感じたトニーが目を開けると、心配そうな顔をしたエストが足元にしがみついていた。
ここはハッキリさせなければ…どんな結果になるにしろ…それがペッパーをさらに傷つける結果になるにしろ…。
トニーはエストを抱き上げると、青年の目をまっすぐに見つめた。
「疑ってすまないが…。本当に私の息子なのか?いや、君の母親とは一度そういう関係になったかもしれない…。すまないが、正直に言わせてもらうと…20年も前の話だ。覚えていないんだ。…あまりこういうことをハッキリとは言いたくないんだが…昔から私は女性を抱くときはきちんと…その…避妊してた。してなかったのは、ここにいる妻とするときだけだ。だから、君が私の息子だと言われても、すぐには認めることはできない。だからハッキリさせよう。きちんと検査しよう。それでもし、君が私の息子なら、今更遅いかもしれないが、父親としてすべきことをきちんとしようと思う。だが、そうでなかったら…」
「トニー…もういいわ…」
トニーのあまりにハッキリとした物言いに若干顔を赤らめたペッパーが恥ずかしそうに手を握った。
「いや!こういうことはきちんとしておこう。いいだろ、バーンズくんも」
「あぁ…」
トニーの迫力におされた青年は頷いた。
検査結果が出るまでの間、トニーとペッパーはエストを連れて社長室へと向かった。
おもちゃで遊ぶエストを見つめながら、ソファーに座ったペッパーをトニーは抱きしめた。
「すまない、ペッパー…。私の昔の行いのせいで、君をこんなに苦しめるなんて…。本当にすまない…。だが、信じてくれ。君と出会ってから、私が心から愛しているのは君だけだ。今は昔の自分の馬鹿な行為を後悔してる…」
「トニー…謝らないで…。あなたが私のことを愛してくれているのは分かってるわ。それに、昔のあなたと今のあなたは違うのよ。昔のことは昔のこと。それにね、こんなこと恐れてたら、あなたの妻なんてやってられないわ」
クスっと笑ったペッパーはトニーにやさしくキスをした。
「愛してるよ…ペッパー」
「私も…」
甘い空気が漂い始めた部屋に、ハッピーが飛び込んできた。
「ボス!結果がでました」
結果は…
青年とトニーは親子ではなかった。
会議室へ戻り結果を伝えると、青年はすっきりした顔でトニーに言った。
「母は…俺にあんたみたいになって欲しくて、あんたが父親だと言い続けたのかも…。ありがとう。おかげですっきりした。あんたは父親じゃないが、俺もあんたみたいに堂々と生きていくことにするよ」
そういうと青年は振り返らずに帰って行った。
「なんだか大変な一日だったわね…」
ハッピーの運転する車で家へと向かう三人。
小さいなりに何か感じ取っていたのだろう。昼寝もせず一日中起きていたエストは、ペッパーの腕の中ですっかり夢の中。
むにゃむにゃと寝言を言うエストの頬を撫でながら、トニーはつぶやいた。
「ペッパー…君が私の妻でよかった」
「あら?今さら気付いたの?」
茶化すように言うペッパーの唇を
「黙れ」
とトニーは照れ臭そうに塞いだ。
家へ着き眠るエストをそっとベッドに寝かすと、ペッパーは寝室へと向かった。
「トニー!」
ペッパーはベッドにダイブすると、横になっていたトニーの上に乗った。
「な、何だ?!」
驚きつつもペッパーを抱きしめ顔中にキスをするトニーにペッパーはギュッと抱き着いた。
「ねぇ、トニー。早くアンソニーJr.に会いたくない?」
「え?!」
いつになく積極的なペッパーにドキドキするトニー。
「君にそっくりな男の子か?」
「そうよ…私は早く会いたいわ…」
「そうだな…では、今日からまた頑張らないと…」
トニーはペッパーを優しく抱くと、ペッパーの身体に溺れていった。
***
隠し子の一人や二人いそうな感じもしないでもないですが…汗