Adviser

「スターク、相談があるんだ」
ある日、仕事が終わり帰ろうとしていたトニーに、クリントが声を掛けた。
「私にか?生憎、相談は隔週木曜の…」
一刻も早く帰って妻と娘の顔が見たいトニーは適当に振り払おうとしたが、友人がやけに神妙な顔をしているのに気づき、口を噤んだ。
「仕事の話じゃない!その…お前にしか聞けないというか…」
真っ赤な顔をして視線を伏せたクリント。
(さては恋愛ごとか?)
ニヤリと笑ったトニーは、クリントの肩をポンっと叩いた。
「いいさ。本来ならば相談料を取るところだが、私とお前の仲だ。タダで聞いてやる」
相談に乗ってくれると聞き、顔を輝かせたクリントだが、キョロキョロと辺りを見渡した。
周りにはS.H.I.E.L.D.のエージェント、そしてフューリーにマリア・ヒルにコールソン。ちなみに、スティーブ・ロジャースもいたが、彼に恋愛相談は聞かれても特に支障はないと二人とも思ったのか、残念ながら頭数には入っていなかった。
「ここではちょっと…」
声を潜めたクリントの腕を掴んだトニーは、ずるずると引きずるように出口へと向かった。
「では、家へ来い」
クリントを抱きかかえたトニーは、空高く飛び上がった。

家に帰ると、幸いと言うべきか、ペッパーは留守だった。
「で、レゴラスくんは何をお悩みなんだ?」
アーマーを脱ぎ、シャワーを浴びたトニーは濡れた髪をタオルで拭きながらクリントの前に座った。
「その…実は…あの…」
だが、一向に話を切り出さないクリント。しびれを切らしたトニーは、腕組みをすると鼻を鳴らした。
「おいおい。どうした、バートン。いつものお前らしくないぞ?」
もごもごと口ごもっていたクリントだが、目の前に出されたコーヒーを一気に飲み干すと急に立ち上がり、トニーの手を掴んだ。
「お、俺とナターシャ…どう見える?」
「は?」
どういう話なのかさっぱり分からないトニーは、目を白黒させた。口をポカンと開けているトニーの胸元を掴んだクリントは、身体を揺さぶった。
「だから!お前の目から見て、俺たちはどう見える?正直に言ってくれ!」
「お前とロマノフ?」
クリントの手を振りほどいたトニーは軽く咳き込んだ。
どうやらクリントは、自分たちが他人の目から見て恋人としてどう見えるか知りたいらしい。
からかってやろうかと思ったトニーだが、目の前の友人は真剣な眼差しをしており、とてもじゃないがおちゃらけれる雰囲気ではない。
真面目に答えた方がよさそうだと思ったトニーは、しばらく考えていたが口を開いた。
「そうだな…。お似合いだと思うぞ。仕事でもプライベートでも信頼し尊重し合っている。足りない部分をお互いが補っているというか…。私とペッパーには及ばないがな」
トニーの言葉にクリントの顔には笑みが浮かんだ。
「ほ、ホントか?」
「あぁ。嘘を言ってどうする。本当だ。だが、なぜこんなことを聞くんだ?おい、待て。もしかして…」
こんなことを改まって男友達に聞く理由は一つしかないだろう。目を見開いたトニーに、クリントは照れ臭そうに答えた。
「あぁ、プロポーズしようと思っている」
プロポーズと聞いたトニーは、机を叩くと立ち上がった。
「ぷ、プロポーズ?!お前…まだしてなかったのか?」
『やったな、おめでとう』という言葉を期待していたクリントは、真っ赤になるとぷいっとそっぽを向いた。
「悪かったな。忙しくてチャンスがなかったんだ」
何年待たせたんだ…と一瞬言いかけたトニーだが、自分は彼よりももっと長く待たせたのだから、そんなことは言える義理ではないと、慌てて口を噤んだ。
「で、どういうプロポーズを考えているんだ?」
座り直したトニーは、コーヒーを飲むと話題を変えた。
それも相談したかったんだ…と前置きしたクリントは、自分のプランを語り始めた。
「レストランで食事をして、彼女の好きなワインかシャンパンと共に指輪を差し出す…。プロポーズと言えばこれだろ?でも、定番だよな。俺はもっとナターシャを喜ばせたい。スタークはすごいプロポーズをしたんだろ?噂だと、彼女、その場に卒倒したらしいな?参考にしたい。教えてくれ」
まさか自分もその定番な手を使ったとは言えないトニー。しかも、あの時確かにペッパーは号泣していたが、いつの間にか卒倒したことになっているとは…。世間の噂とは恐ろしい…と、引きつった笑いを浮かべたトニーだが、クリントは気付いていないようだ。
この二人らしいプロポーズか…と頭を捻らせたトニーだが…。
「いい考えがある。お前にしかできないとびっきりのプロポーズだ。だが、あくまで私の意見だ。自分で考えろよ」
と前置きすると、トニーは何やら囁き始めた…。

数日後。
相談があるとやって来たナターシャは、ペッパーの腕の中にいるエストを見て笑みを浮かべた。
「あら?エストちゃん。ますますパパにそっくりになってきたわね」
大好きなナターシャおばさんに顔を輝かせたエストは、あーあーと声を出すと手を伸ばした。
「そうなの。しかも、トニーみたいにニヤリと笑うようになって…。これで性格まで似てたらどうしようって今から戦々恐々としてるわ」
ため息を付くペッパーに、エストを受け取ったナターシャは大げさに眉を潜めた。
「スタークが二人…。それは恐ろしいわね…」
「でしょ?」
笑いあった二人だが、その頃会議中のトニーがくしゃみ連発だったことは言うまでもない。

「で、相談って?」
エストをあやしていたナターシャに紅茶を差し出したペッパーは、エストを受け取ると話を切り出した。
「あのね…その…実は…」
急にモジモジし始めたナターシャに、ペッパーはピンと来た。
そう言えば、トニーが言ってたわね。『とうとうバートンがロマノフにプロポーズするらしいぞ!』と…。
だが、本人が言いだす前に言えるはずもない。
「どうしたの?」
話を促したペッパーに、ナターシャは何度も深呼吸をした。
「あのね…実は……。く、クリントに…ぷ、プロポーズされたの…」
やっぱりね、とニヤリと笑ったペッパーだが、知っているとは言えず友人に祝福の言葉を掛けた。
「そうなの!おめでとう!で、もちろんOKしたんでしょ?」
だが、ナターシャは黙ったままだ。雲行きが怪しくなってきたのを感じ取ったとか、エストも不安そうな顔をして母親とナターシャを見つめている。エストの大きな目に見つめられたペッパーは、恐る恐る切り出した。
「え……。もしかして…嫌って言ったの?!」
叫ぶように言うペッパーと、泣き出しそうな顔をしているエスト。慌てたナターシャは、
「ち、違うわ!イヤだなんて言ってないわ!考えさせてって言ったの…。でも、私もあいつと…その…」
と言うと、真っ赤になりうつむいてしまった。
嫌じゃないならどうして悩んでいるのかと不思議に思ったペッパーは、首を傾げた。
「じゃあ、何で悩んでるの?」
ペッパーの言葉に口を尖らせたナターシャは、声を絞り出すように言った。
「私…いい奥さんになれる自信がなくって…」
何と返していいか分からないペッパーだが、とりあえずナターシャの言い分を聞くことにした。
「私ね、あなたたち夫婦の関係ってすごく素敵だと思うの。お互いに尊敬しあって、助け合って…。それに、あのトニー・スタークを、その…何て言うか…あなたって巧く操ってるでしょ?ペッパーはどう見たって完璧よ。仕事もだけど、料理もできるし、女らしいし…。でも、私…。料理はできないし、男みたいだし…。だから、あいつのいい奥さんになれる自信がないの…」

ナターシャの気持ちがペッパーには痛いほど分かった。
トニーにプロポーズされた時、すぐにOKしたけれど、段々と結婚式の日が近づいてくるにつれ、理想の夫婦を描きすぎて息が詰まりそうになったことがあった。いわゆる、『マリッジブルー』。それが彼女の場合、プロポーズされると同時に来たようだ。
あの時、悩み一人不安定になっていたのを救ってくれたのは、トニーの言葉だった。
『私はそのままの君が好きなんだ。君もだろ?だからお互いもっと気楽に行こう』
そう言われた時…そして彼も内心不安だったと知った時、心がすぅっと軽くなったのだ。

だから大丈夫よ…と言おうとしたその時、ペッパーの携帯電話から軽快な音が鳴り響いた。
俯いたままのナターシャを気遣いながらも携帯を開くと、トニーからメールだった。
『クリントが来た。仕事中なのに帰らない。彼女にプロポーズを断られたと泣きわめいている。どうにかしてくれ! T』
メールには写真が一枚。床に伏せているクリントを指さし、困った顔をするトニーの写真。
全く、トニーったら悪趣味ね…とため息を付いたペッパーは、『すぐに援軍を送るわ♥ あなたのPより』とメールを送ると、ナターシャの手を取った。
「ナターシャ。『いい奥さん』って、料理上手だったり、掃除好きだったりってそういうことじゃないと思うわ。夫婦ってね、あなたが言う様に、お互いに尊敬しあって助け合うことが大切だと思うの。だから、彼にとってそういう存在になることが『いい奥さん』になるってことじゃない?それに、彼もありのままのあなたが好きになったはずよ。だから今のままでいいんじゃないの?」
ペッパーの言葉にパッと笑みを浮かべたナターシャは、
「そうよね。あいつは私を好きになって結婚しようって言ったんだもの。分かったわ。ありがとう、ペッパー」
と言うと、ペッパーの膝の上で笑っているエストの柔らかな頬を突いた。
きゃっきゃと声を上げて笑ったエストを見たナターシャの表情は、先ほどまでとは違いすっきりとしていた。

「ところで、どんなプロポーズだったの?」
立ち上がり帰り支度を始めたナターシャに、ペッパーは二人だけの秘密にしておきたいかしら…と思いつつも尋ねた。すると、ナターシャは一瞬変な顔をすると話し始めた。
「その日はね、ちょうど任務でヨーロッパにいたの。敵も倒して帰ろうとしたら、彼が急に矢を放ってきたの。『危ないじゃないの!』って怒鳴って矢を引き抜いたらね…。指輪が付けてあったの。え?って思って彼を見たら…。あいつったら柄にもなくこう言ったの。『君の身も心も俺の矢で一生貫かせてくれないか?』って。クリントらしくないでしょ?しかも棒読みなの。緊張してたからだとは思うけど…。きっと変な雑誌でも読んだのよ!」
そんなアドバイスをする人間は、ペッパーの知り合いには一人しかいない。
(トニーね…)
おそらく、プロポーズの方法についてクリントはトニーに助言を求めたのだろう。
ニヤリと笑みを浮かべた夫の顏を思い浮かべたペッパーは、ナターシャに気付かれないようにため息をつくと、うとうとし始めた娘を抱き直し立ち上がった。
「ねぇ、ナターシャ。お願いがあるの。私の大事な旦那様がね、ピンチなの。助けに行ってくれない?」

***
2600キリ番リクエスト分です。『社長に相談するクリント、ペッパーに相談するナターシャ』です。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。