「…トニー……トニー!」
深夜…出産間近で大きなお腹をしたペッパーを抱きしめるように寝ていたトニーは、その声で飛び起きた。
「!!どうした!!」
「始まったの!そろそろかも…」
ぐっすり眠りすぎていて気付かなかったが、破水したのだろう。シーツは濡れている。
お腹を押さえ顔をしかめるペッパーを見たトニーは、慌てて転がっている服を着ると、荷物を取りに走った。
「トニー、そんなに急がなくても…」
ベッドからゆっくりと起き上がり、着替えていたペッパーの耳に、トニーの叫び声と何かが盛大に転倒する音が聞こえてきた。
いつになく安全運転なトニーの車で病院へ到着した頃には、ペッパーの陣痛の間隔はかなり狭まっていた。
「ペッパー!着いたぞ!だ、大丈夫か?!」
脂汗をかいているペッパーを見たトニーは、車から飛び出ると助手席のドアを開けた。
「トニー…大丈夫だから…」
連絡を受けていた病院のスタッフが車椅子を押して駆け寄って来た。ペッパーに陣痛の間隔など状況を聞いたスタッフは、
「このまま分娩室に行きましょうね。ご主人も入られますか?」
と、トニーに向かって尋ねた。
「え?!」
思わず持っていた荷物を地面に落としたトニーだが、ペッパーに
「お願い…そばにいて…」
と言われると、
「よし!私に任しておけ!」
と、胸を張って言ったのだった…。
分娩室に入り30分…
申し分ないほど超順調だと言われるが、ペッパーは必死だった。トニーは手を握りしめ、背中をさすって励ましてくれるのだが…。
「ペッパー!もうすぐだからな!!頑張れ!!ほら!いきんで!!….違うだろ!ほら!こうやって…」
ペッパーの手を力一杯握りしめ、額に大汗をかきながら励ましてくれている。ありがたいし勇気づけられるに間違いないのだが、問題はその声量。
「トニー!静かにして!」
人一倍大きな声で…しかも部屋に入ってから耳元でずっとこの調子なのだから…。ペッパーは我慢できずに叫んだ。
さすがに言葉には出さないが、励ましているのになぜ怒るんだ!とムッとした顔のトニー。
(いつまでたってもホント子供みたいなんだから…)
ペッパーは内心呆れつつも、
「トニー…抱きしめてくれる?それだけで頑張れるわ…」
とトニーにまで気を配る羽目になったのだった。
数十分後…
元気な産声とともに、一人の女の子が産まれた。
父親譲りの栗毛色のややカールした髪の毛、母親譲りの透き通るような白い肌とオーシャンブルーの目の周りは、父親譲りの長い睫毛で縁取られていた。
「見て…トニー。世界一カワイイ赤ちゃん…。あなたにそっくりよ…」
産まれたばかりの我が子を、涙を浮かべ嬉しそうに抱きしめるペッパーはとても神々しく、トニーは思わず目を細めた。
「ペッパー…よく頑張ってくれたな…ありがとう…」
ペッパーの頬にキスをしながら、我が子の頬を優しく撫でるトニーの目にも涙が浮かんでいた。
「トニー…抱いてあげて…」
ペッパーから恐る恐る受け取ると、小さな我が子は自分の手にすっぽりと収まった。小さな命だが、大きな声で泣き、自分の存在を必死で主張するその姿に、トニーの目から涙が零れ落ちた。
「やあ、初めまして。君のパパだよ」
嬉しそうに話しかけるトニーの姿に、ペッパーはこの人と結婚して子供を産んで本当によかったと思ったのだった。
病室のベッドの上に起き上がったペッパーは、産着を着て綺麗に身づくろいしてもらった娘を抱き、話しかけていた。
あちこちに電話をかけ戻ってきたトニーは、ペッパーが話しているのに気づき、ドアの前で立ち止まった。
「あなたのこと、パパとママはずっと待ってたのよ…。あなたのパパはすごい人なのよ。世界中の困ってる人を助けてるし、悪い人をやっつけるのよ。それにママのことを大事にしてくれるし、いつも守ってくれるの。ママにいつもありったけの愛をくれるのよ。あなたのことも同じように大切に守ってくれるわ。だから安心して大きくなってね…」
そんな風に思ってくれていたのか…。トニーは目にじわっと浮かんだものを袖で拭き取ると、ドアをノックして部屋に入った。
「やぁ、ハニー。気分はどうだい?」
トニーはペッパーにキスをすると、ベッドサイドの椅子に座った。
「何だか興奮しちゃって…疲れたんだけど、眠れそうにないわ」
腕に抱いた子供の頬をくすぐりながら答えるペッパーの顔は、トニーだけが知っている女の顔ではなく、すっかり母親の顔だった。
トニーはペッパーの腕の中で眠る娘の頬を触ると微笑んだ。
「みんな大喜びだ。君のご両親の飛行機の手配もしておいた。明日にでも来られるそうだよ」
LAに出てきて以来、疎遠になっていた両親ともトニーは頻繁に連絡を取ってくれていた。
「ありがとう、トニー」
さすがに疲れたのだろう。ペッパーが大きなあくびをしたのを見たトニーは、
「ほら…少し眠れ。私がそばにいるから…」
「じゃあ…少し眠るわね…」
トニーに子供を手渡すと、ペッパーはシーツの中に潜った。
子供を抱いたトニーは窓際のソファに座ると静かに語りかけ始めた。
「やあ、もう覚えたか?私が君のパパだ。トニー・スタークだ。君を産んでくれたあのゴージャスな女性が君のママのヴァージニアだ。みんなはペッパーと呼ぶんだ。君のママは最高だぞ。優しいし、強い心を持っているし、スタイルも抜群だし、そして何より美人だ。そうだ、料理はすごく美味いぞ。パパは…料理は全くダメだから、期待しないでくれ。パパとママは君と会えるのをずっと楽しみにしてたんだ。これから楽しいことばかりじゃない、悲しいことも辛いこともあるだろう。でも、君のことはパパとママが全力で守るからな。そしてママみたいな素敵な女性になってくれよ。…いや、ママのような素敵な女性になったら、嫁に行くといって知らない男を連れて来て…。ダメだ!大事な娘を知らない奴に取られるのは…」
「トニー…気が早いわよ」
振り返ると、眠っていたはずのペッパーがクスクス笑いながら2人を見ていた。
バツが悪そうな顔をして振り返ったトニーは、再びベッドサイドの椅子に腰かけた。
「何だ…聞いてたのか」
「えぇ。素敵なスピーチだったわ…」
目を潤ませ、鼻をすするペッパーに、トニーは愛おしそうにキスを落とした。
「そうだ、この子の名前を決めないと」
「そうね…ねぇ、前話してた名前は?」
「…エステファニア・マリア・スタークか…」
「ええ。それがいいわ。よろしくね…エスト…」
トニーとペッパーが柔らかい頬をつつくと、エステファニアはまるで「パパ、ママ、よろしくね」と言うように、小さな口を開けてあくびをした。
***
エステファニア:某海外名前付けサイトで、アンソニー&ヴァージニアで入力したらこの名前を勧められたんで、そのまま採用w スペイン語らしいです。ペッパーの中の人がスペイン語喋れるし、社長も喋れる設定なんでいいかなぁ…と。