「トニー。あなたのお父様とお母様にお会いしたかったわ…」
ベッドの上で甘い時間を過ごした後、密接した身体を離したペッパーがキスをしながら突然言った。
「何だ、急に?」
「だって、あなたが私の隣にいるのも、お父様とお母様がいらっしゃったからでしょ?だからお会いしてお礼を言いたかったわ」
「そういうものなのか?」
首筋にキスをすると、クスクスとくすぐったそうに笑うペッパー。
「そうよ。あなたのご両親ですもの。きっと素敵な夫婦だったんでしょうね…。ねぇ、お父様とお母様、どうやって出会ったのかしら?何か知ってる?」
改めて言われると、自分の両親の出会いなど知らない。聞いたこともなければ、当時の自分は知ろうと思ったこともなかった。ただ、母親には何度も聞かされたことがある。「お父様は、あなたが産まれるのを本当に楽しみにしてたのよ」と。
ハワード・アンソニー・スターク。
ろくに話もしたこともなければ、一緒に遊んだ思い出すらない。
愛していると言われた記憶は一度もない。
晩年の父親は酒に溺れ、反発する自分は寄宿学校に送られ、ますます距離を置くようになった。
そして何も語ることなく、両親は交通事故で他界した。
どうしてあの厳格な父親があの優しい母親と一緒になったのかいつも疑問に思っていた。
だが、父親が託してくれた時を超えたメッセージ…そして自分のために遺したあのエキスポで命を救われてから、トニーは不器用な父親の愛情をようやく理解することができたのだった。
もうすぐ自分も親になる。
子供には父親が表しきれなかった分まで、愛情を思いっきり伝えるつもりだ。
トニーはペッパーを抱きしめ、大きくなったお腹を両腕で包み込むと眠りについた。
***
あの世界中を巻き込んだ戦争も終わった。
それと引き換えにハワードは友人を失った。
同じ年ということもあり、出会ってすぐに意気投合した友人。
真っ直ぐで恐れを知らない瞳をした友人。
極寒の海に消えた友人。
自分の命と引き換えに世界を救った友人。
ハワードは友人を探すため必死に捜索を続けた。
だが、キャプテン・アメリカことスティーブ・ロジャースを見つけることはできなかった。
奇しくも国家は軍事力を必要としており、スターク社はますます繁栄していった。
無数の命と引き換えに私腹を肥やしている成金と陰で言われていることは知っていた。
仕事に打ち込み会社が全米屈指の企業へと発展していくのと引き換えに、ハワードは虚無感を埋めるように酒と女に溺れていった。
***
マリア・コリンズ・カーボネルと出会ったのは、ベトナム戦争が始まった頃だった。
「社長、そろそろ跡継ぎを…」
言われ続けて数十年。
一夜を共にする女性は無数にいても、一生を共にしたいという女性は現れない。所詮近寄ってくる女性は、自分の名声と財産目当てなのだから…。心の隙間を埋めてくれる女性に巡り会えるはずがない。
気が付けば、ハワードは50代に差し掛かろうとしていた。
ある日、ハワードが帰り支度をしていると、社長室のドアを叩く者がいた。
「こんな時間に誰だ?…どうぞ」
遠慮がちに入ってきたのは、見覚えのない若い女性だった。
「あの…社長。お帰りになるところをすいません…」
「何だ?」
「この書類なんですが…こちらに社長のサインを頂かないといけなかったんですが…。申し訳ありません。こちらの手違いで頂いていなかったんです…」
おずおずと差し出された書類を見ると、今朝、技術部の人間が持ってきた書類だった。
さては、私に怒られるのが嫌で、この入社したばかりのような若い女性に押し付けたんだな…。
「君は?」
「今年入社しました。マリア・カーボネルです…」
俯いたままのマリアと名乗った女性は、小さく震えハワードの方を見ようともしない。
いつの間にか気難しく手厳しいと社内で言われるようになったハワード。
書類にサインをし、雷を落とされるのではないかとビクついているマリアの肩を軽く叩きニッコリと微笑むと、マリアは真っ赤になりうつむいた。
その新鮮な反応…色目を使って近寄る女性たちとは全く正反対な態度のマリアにハワードは興味を覚えた。
「カーボネルくん、よかったら食事でも行かないか?」
***
行きつけのお洒落なレストランにマリアを連れて行ったハワード。
最初は何をされるのかと怯えていたマリアだが、優しくユーモアのあるハワードの話に次第に引き込まれ、いつしか二人のテーブルは笑顔で溢れていた。
20歳以上も違うマリアは、今までハワードが出会った金と名声目当ての女性とは違い、ハワードは心からマリアに惹かれ始めていた。
それから二人は頻繁に会うようになり、いつしか将来を誓い合う仲になった。
そして出会ってから2年後…二人は夫婦となった。
毎晩のようにハワードの愛を受け取るのに、いい知らせはやって来ない。
「仲が良すぎるとなかなかできないのよ」
親子ほど年の離れた二人は、どこへ行くのも一緒だった。いつもしかめ面のハワードもマリアがそばにいると別人のようだった。仲睦まじい二人はどこへ行っても注目の的だった。
「マリア…愛してる…」
結婚して1年…。
今日もハワードの甘い言葉を聞きながら、力強い腕の中でマリアは意識を手放した。
マリアは夢を見ていた。
ハワードと自分の周りを走り回る小さな男の子。ぐるぐると駆け回っていた男の子はやがて自分たちの足元を離れ走り出した。そして男の子は成長し、手を差し伸ばした女性と寄り添うように青い光へ向かって歩き出した…。
「マリア?」
自分を呼ぶ声で目を開けると、ハワードが心配そうな顔をして覗き込んでいた。
「マリア?なぜ泣いているんだ?怖い夢でも見たのか?」
頬に流れ落ちた涙を唇で拭いながら、ハワードはマリアを抱きしめた。
「いいえ、ハワード。これは嬉し涙よ…。きっとすぐにいい知らせがくるわ…」
「いい知らせ?」
不思議な顔をして見つめるハワードの頬を撫でると、マリアは口づけをした。
「えぇ、きっともうすぐ会えるわ…。私たちの大事な宝物に…」
「宝物?」
「えぇ…きっと男の子よ…」
「そうか…。男なら…アンソニー…トニーと名付けたい…。きっと君に似て、優しくて強い子だぞ…」
「あなたに似て、きっと頭のいい魅力的な子よ…」
「それは、将来が心配だな…」
顔を見合わせ笑いあった二人は、どちらともなくキスを始め、シーツの海へ溺れていった…。
***
そして1970年5月29日。
ハワードは腕の中にすっぽりと収まった小さな命に語りかけていた。
「アンソニー…トニー。お前に会えるのを私はずっと待っていたんだ…。お前もいつか分かるだろう…。お前は私にとって最高の宝物だと…」
大きな瞳でじっと自分を見つめるトニーをハワードは優しく抱きしめた。そしてマリアは、二人の姿をいつまでも見つめ続けた…。
***
アベンジャーズに登場した資料によると…
ハワードパパの誕生日1917年8月15日、死んだ日1991年12月17日。
トニー誕生日1970年5月29日。
ということで、トニーはハワードが52歳の時に産まれた子供もいう計算に…。
さすがにマリアママはもうちょっと若いだろう…ということで、ママ30歳の時の子供設定にさせて頂きました。
一応勝手な設定としては…
65年に出会う(ハワード48歳、マリア25歳)
67年に結婚(ハワード50歳、マリア27歳)
70年にトニー誕生(ハワード52歳、マリア30歳)