「ねぇ、トニー…目立たないわよね?」
少し大きくなったお腹を隠すよう、ふわっと広がった黒のドレスを着たペッパー。
「とても似合ってはいるが…なぁ、いいじゃないか、目立っても…。ダメなのか?」
なぜ妊娠していることが目立つのが嫌なのか…。
不思議そうな顔をしているトニーにペッパーは苦笑い。
「いろいろあるのよ…」
今日は取引相手であるB社主催の慈善パーティー。
今までも何度も招待されてはいたが、アメリカ国外であったり予定が合わなかったりと、参加するのは今回が初めて。
今回もロンドンで開催だったのだが、旅行がてら行ってみないか?とトニーに誘われて、ペッパーも参加することになったのだ。
トニーはもてる。
昔からパーティーなど行けば、あっという間に女性が群がってくる。ペッパーと恋人になる前はそれなりに楽しんでいたが、ペッパーが恋人にしかも今では妻になり子供までできれば、他の女性に見向きもしないことなど分かってはいるのだが…。実は、スターク社主催のもの以外では、夫婦として参加するのは初めてのパーティー。もし私たちのことを知らない人ばかりだったら…いきなり妻です、しかも妊娠していますと言われれば、トニーに好意を寄せている女性はやっかむかもしれない…。トニーに聞けば「そんな馬鹿なこと考えるな」と怒られるだろうけど…。妊娠して少し弱気になっているのか、なぜか最悪のパターン…トニーを巡って女たちの修羅場…まで考えて彼女なりに出した答えは、妊娠していることは隠しておく、というものだった。
会場となっている18世紀の建造物には色とりどりの花で飾られた庭もあり、家では見ることのない景色にペッパーは夢中だった。
楽しそうにはしゃぐペッパーをトニーは嬉しそうに見つめた。
車から降り、会場に入る時もペッパーを見るトニーの目は優しい。どこから見ても仲睦まじい2人の姿は否応がなしに注目を集めた。
「あら?珍しい。スタークが来てる」
「隣の女性は?」
「スタークがあんな顔をするなんて…」
トニーがホールに入ると、主催者であるB社の社長がすぐに駆け寄ってきた。
「スタークさん!遠いところをようこそおいでくださいました」
「こちらこそ。毎回招待頂いていたのに、なかなか来られず申し訳ありません」
2人が握手をするのを1歩下がってニコニコと見つめていたペッパーに、B社の社長が気付いた。
「おや、こちらは…もしかして…」
「紹介します。妻のヴァージニア・スタークです」
「社長、お久しぶりです」
トニーに腰を引き寄せられ隣に並んだペッパーは、B社の社長に頭をさげた。以前から取引時に秘書としてトニーに同行していたため、顔見知りなのだ。
トニーとペッパーの姿を口をポカンと開けて見ていたB社の社長だが、突然歓声をあげてトニーに抱きついた。
「いや!スタークさん!ご結婚されたとは風の噂で聞きましたが…やはりお相手はミス・ポッツだったんですね!いやはや、他人事ながら、お二人はいつ結婚なさるのかとヤキモキしていたんですよ!いや~よかった、よかった。私も一安心ですよ、ガハハハ」
抱きついたままのB社の社長をトニーは引き剥がすと、引きつった笑みを浮かべ
「ありがとうございます、社長…」
とお礼を言った。
「ところで…お子様はまだですか?」
嬉しそうにいろいろ尋ねてくるB社の社長に、トニーは真っ赤になったペッパーのお腹に手を当てて
「実は…」
とニヤリとすると、B社の社長はますます大喜びし、
「今日は盛大にお祝いしましょう!」
と祝杯をあげたのだった。
その後トニーの周りには、取引がある会社の関係者から今後関わりを持っておきたいと願う者まで、男女問わずたくさんの人が集まってきた。
仕事の話となり出したので、輪から少し離れてジュースを飲んだり軽くつまんだりしていたペッパーだったが、お腹の子がゴソゴソと動き始めたため、どこか座 れる場所がないかとあちこち探し始めた。するとバルコニーの片隅…会場からは死角となる場所だが…に、ベンチがあるのを見つけたペッパーは、ゆっくりと腰をおろした。
仕方ないわよね…パーティーと言っても半分は仕事だもの…。
「ここでパパのお仕事が終わるのを待ちましょうね…」
お腹に手を当てて優しく撫でていると、賑やかな数名の女性の声が聞こえてきた。
聞く気はなかったペッパーだが、彼女たちの会話にトニーの名前が出てきたので、つい耳をそばだててしまった。
「それにしても、あのトニー・スタークが結婚していたなんて!」
「あ~ん!私、妻の座狙ってたのに!」
「大丈夫よ!まだ愛人の座は狙えるわ!」
「でも、結婚したのよ?」
「きっとたいしたことのない妻なのよ?今も隣にいないじゃないの」
「そうよね!愛人は何人いても大丈夫だし。それに、あれだけ遊んでた男なのよ?結婚しても遊びまくっているに決まってるわよ」
「そうよね~。じゃぁ、早速アプローチしに行かなきゃ♡」
聞くんじゃなかった…。トニーの愛は揺るぎないものだと分かっている。だけど…。
一人沈み込むペッパーに追い打ちをかけるような会話が聞こえてきた。
「でも、結婚相手って誰なの?」
「知らないわよ。だって結婚したことすら知らなかったのよ?」
「そういえば!あの秘書!いつもまとわりついていた秘書がいたじゃない?もしかして、あの娘?」
「え~、何年も前に見た時は、そんなそぶりなかったじゃないの?」
「もしかして、うっかり手を出して、できちゃったとか?」
「ありえる!そうだったら、愛はないからそのうち捨てられるわね!チャンスよ!」
酔った勢いもあるのだろう。人を不幸に陥れるような会話が…しかもその当事者である本人の目の前で繰り広げられている。
そんなことない…私たちのこと何も知らないのに…勝手に面白おかしく話さないで!
気付くとペッパーの目からは、涙が溢れ、お腹の上にポタポタと零れ落ちていた。するとまるで「ママ、泣かないで…」と言うように、子どもがペッパーのお腹をポンっと蹴った。
「ペッパー?ここにいたのか?」
しばらくたってから、大好きな声が背後から聞こえ、ペッパーは慌てて涙を拭い振り返った。
目を赤くしたペッパーを見たトニーは顔色を変え横に座った。
「何かあったのか?!」
「何でもないわ」
さっきの女性のグループの中には、もしかしたら会社にとって重要な人物も含まれているかもしれない…。そう思ったペッパーは、本当のことを言わず嘘をついた。
「あのね…少しお腹が張ってきたの…。でも休んだから大丈夫よ。大したことないから…」
ゆっくりとお腹を撫でるペッパーを心配そうにトニーは見つめると
「そろそろひき時だな…帰ろう、ハニー」
ペッパーの唇にキスを落とすと、手を取り玄関へと向かった。
「ペッパー、ここで待っていてくれないか?帰ると挨拶してくるから…」
ホールへと小走りで向かったトニーを見届けると、ペッパーは目の前に広がる庭でも見ていようと、階段に向かった。
その時…
「ねぇ、なんであなたなのよ?」
後ろから声をかけられ振り返ったペッパーの目の前に、目を釣り上げた先ほどの女性たちが並んでいた。
「え?」
一瞬、何のことか分からずキョトンとしたペッパーに、彼女たちは嘲り笑うように次々と暴言を吐き始めた。
「だから、何であんたなの?何であんたみたいなのが、あのトニー・スタークの妻なのよ?」
「あんた、秘書だったんでしょ?どうせ色目使って迫ったんでしょ?」
「もしかしてできちゃったとか嘘ついて、責任取れって迫ったんじゃないの?あんたみたいなの、選ばれるわけないわよ!」
ヒステリックに叫び迫る彼女たちから逃れるように、ペッパーは後ろへ下がった。すると女性の一人が
「どういうことか説明しなさいよ!」
と、ペッパーの肩を押した。
よろめいたペッパーはさらに後ろに下がったが、運悪くその先は階段で…ペッパーは足を滑らし階下へと転がり落ちた。
キャー!
お腹を庇うように無意識のうちに背中から落ちたペッパーだが、うずくまったまま動けない。
お腹を触るも、先ほどまで感じられていた胎動を感じることができない。
どうしよう…赤ちゃんが…。
「ペッパー!!」
騒ぎに気付いたトニーが、顔を真っ青にして飛んできた。
「大丈夫か?!怪我は?」
慌てふためくトニーに抱き起こされたペッパーは、転落したショックで混乱しており、
「トニー…ごめんなさい…赤ちゃん…ごめんなさい…」
と、うわ言のように繰り返した。
「大丈夫だ…ペッパー…。大丈夫。心配するな…私がついている」
ペッパーを抱きしめ、頬を撫で唇にキスを落とすと、ペッパーはトニーにしがみつき、安心したように目を閉じた。
「スタークさん!救急車呼びましたから。奥様をすぐ病院へ…」
B社の社長が持って来てくれた毛布をペッパーに掛け、救急車の到着を待っているトニーに先程の騒ぎの根源である女性たちが声を掛けた。
「あ、あの…」
「何だ?」
振り返ったトニーの目は怒りに燃えていた。
「申し訳ありません…。私たち…あの…彼女がまさか…」
顔を真っ赤にし激昂したトニーは、こういう場では滅多にそうすることのないトニーが…声を荒げた。
「どういうことか説明しろ!君たちは、私の大事な妻と子どもに何をしたんだ!謝罪してすむ問題じゃないだろう!」
トニーの怒りに触れ、言葉を失い何も喋れない女性たち。
トニーは軽蔑したような視線を送り、何か言おうとしたが、ちょうどタイミングよく救急車が猛スピードでやってきた。
担架に乗せられたペッパーの手を握りしめ、救急車に乗り込む寸前、トニーは振り返り、人には見せたことのないような冷たい視線を彼女たちに送った。
「もしも…妻と子どもに何かあってみろ。私は君たちのことを絶対に許さんからな…」
***
幸い、ペッパーも子どもも無事だった。
トニーは眠り続けるペッパーの手を握りしめ、祈るような気持ちで一晩中付き添っていた。
外がすっかり明るくなった頃、ペッパーの目がゆっくりと開いた。
「ペッパー?」
握っていた手を優しく握り直すと
「トニー?」
ペッパーはトニーを見て嬉しそうに微笑んだが、辺りを見回すと顔色を変え、
「赤ちゃん!赤ちゃんは?」
と泣きそうな顔になった。
トニーはペッパーの頭を優しく撫でながら
「大丈夫だ。無事だよ。さっきも先生が来たが、心音も確認できたしな。君にも怪我もなかったし…。よかったよ」
とホッとしたようにつぶやいた。
「でも…全然動かないのよ?」
目に涙を浮かべお腹に手を当てるペッパーの額にキスをすると、
「きっとビックリしたんじゃないか?急にママが階段から転がり落ちたんだ…。きっとすぐに大丈夫だと言ってくるさ…」
と言いながら、トニーはお腹にキスをした。
「それよりペッパー…」
それまでの優しい目から一転、真剣な目をしたトニーがペッパーを覗き込んだ。
「パーティーでの一件、聞いたよ…。君にさせなくてもいい思いをさせてしまったようだ…。すまない…私のせいで…」
「あなたのせいなんかじゃ…」
トニーの言葉を遮るように言葉を発したペッパーだが、その唇はトニーのキスでふさがれてしまった。
「おい、私の話を最後まで聞け。最初にきちんとみんなに紹介すればよかったな。そうすれば変な憶測をたてられずに済んだのに。それに、若い頃の評判のツケがこんな形で大事な君に跳ね返ってくるとは…。嫌な思いをさせてすまなかった。でも、ペッパー。これだけは信じてくれ。君と恋人になってからは、私は君以外とどうこうなろうなんて、これっぽっちも思ってないからな。君さえいてくれればいい。君のことは世界で一番愛している。だから君と…そして君との大事なものを壊そうとする奴は絶対に許さない」
力強くそして頼もしいその言葉に、ペッパーの目は涙で溢れかえった。
「トニー…私、自信がなかったのかも…。あなたに愛されるのに自分はふさわしいのかって正直不安だったの。だって…あなたの周りには私よりも素敵な女性がたくさんいるでしょ?私、あなたに迷惑かけてばかりなのに…」
そう言うとシクシク泣き出したペッパーをトニーは抱きしめた。
「何を言ってるんだ?ペッパー、君以外に私にふさわしい女性はいないよ。君のような素敵な女性は、こんな偏屈な私にはもったいないくらいだ。それに、誰が迷惑かけているだと?迷惑をかけているのは昔から私のほうだ。いつも君を引っ張りまわしているのは私だからな。だから、もっと自信を持ってくれ。いつもの強いペッパー・ポッツはどこへ行ったんだ?」
トニーは笑いながらペッパーの涙を指先で拭うと、赤く腫れた瞼にキスを落とした。
しばらくトニーに抱きついていたペッパーだったが、
「あ!」
と声をあげトニーを見つめた。
「どうした?」
またどこか痛むのか?心配そうに見つめるトニーの手をペッパーは自分のお腹へ当てると
「今、動いたの!私は大丈夫よって動いてくれたの!」
と嬉しそうに言った。
「あ、ほら!また蹴った!元気でいてくれてよかった…」
「本当だ。よかったな、ペッパー。これで一安心だ。」
抱きしめる力を強めると、ペッパーはトニーの胸元に顔を押し付けられる形となった。
ペッパーが嬉しそうに自分の胸元に顔を摺り寄せるのを見たトニーは、甘い声で囁いた。
「ペッパー、元気だったら、折角だしあちこち行ってみないか?」
「3人で?」
「そう…3人でな」
目を輝かして嬉しそうに自分を見つめるペッパー。そのいつも真っ直ぐな君の目が、私を捉えて離さないんだよ…トニーは彼女の瞳に映る自分を見つめながら思ったのだった。
この後のロンドンぶらり旅、書きますね…