X’mas Time

あの事件から3週間。今日は12月25日、クリスマス。
5日ほど前から、やっとまともに話しができるようになったトニーは、身体をやや起こしてはいるものの、今だ長時間起き上がっておくことができず、一日のほとんどを眠って過ごしていた。

「トニー、メリークリスマス」
満面の笑みを浮かべ病室に入って来たペッパーに、トニーの頬も自然と緩んだ。
「本当は美味しいものをたくさん作ってあげたかったんだけど…」
ベッド脇の椅子に腰をおろしたペッパーは、カバンの中から何やら取り出した。
胸部と腹部に何発もの銃弾を浴びたトニーの内臓は大きなダメージを受けており、食事を取れるようになったのもつい三日前。だが食事制限があり、固形の物を食べることはまだ許可されていなかった。そんなトニーでも食べれるようにと、お手製のスープを作って来たペッパー。
「あなたが好きなスープよ。今日はクリスマスだから、特別仕様なの」
少しでもクリスマスを楽しんでもらおうと、ランチョンマットにクリスマス柄のお皿、スプーンなどを持ってきたペッパーは、トニーの目の前に次々とセッティングしていった。部屋に備え付けのミニキッチンでスープを温めたペッパーはお皿に盛ると、最後にワイングラスを取り出し水を注いだ。目の前の皿を覗き込んだトニー。スープには星やツリーの形をした色とりどりの野菜が浮かんでいる。
「うまそうだな」
まだ力が入らず震える手でスプーンを掴もうとしたトニーにペッパーがそっと触れた。
「今日は特別よ。食べさせてあげるわ」
柔らかく煮込んだ野菜をスプーンで潰しスープを掬ったペッパーは、ふーっと息を吹きかけ冷ますと、トニーの口元へ運んだ。久しぶりに味わうペッパーの手料理は、この三週間、ひたすら痛みに耐え続け、自分では動くことはおろか喋ることすらできなかったトニーの身も心も温めてくれるようだった。

皿の中のスープがほとんどなくなりかけた頃。
「もういい。うまかった。ありがとう」
口の端に笑みを浮かべたトニーは、大きく深呼吸すると頭を枕に沈めた。
「良かったわ。たくさん食べてくれて。また作ってくるわね」
「あぁ、頼む」
食器を手際よく片付けると、ペッパーは再び椅子に腰をおろした。トニーは何も言わないが、嬉しそうにじっとペッパーを見つめている。
(やっぱりまだ起きておくのが辛いのよね)
青白い顔をしたトニーのすっかり痩せてしまった頬を撫でると、トニーは点滴の付いていない右手でその手にそっと触れた。
「プレゼントもあったんだけど、それは家に帰って渡すわ」
「ここじゃダメなのか?」
「えぇ、ちょっとね」
苦笑するペッパー。それもそのはず、ミニスカートのサンタ服とセクシーな下着を着て、一晩中トニーを喜ばせるつもりだったのだから、まさか病院でそんなことができるはずもなく、しかもトニーもそれどころではない状態だ。
「でも、その代わりに…」
腰を浮かせたペッパーは、ベッドの淵に腰かけるとトニーの頬を両手で包み込み目をじっと見つめた。
「これは今渡せるわ…」
目を閉じたペッパーは、トニーの唇を奪った。少し開いた唇の間から舌を侵入させたペッパーは、トニーの舌に吸い付いた。飲み込みきれなかったお互いの唾液 が口の端から伝わり落ちる。甘く温かくぴったりと寄り添い合った永遠とも思えるような二人の空間は、突然のノック音で打ち破られた。
慌てて身体を離したペッパーは、ドアに向かって「どうぞ!」と叫んだ。
(せっかくいいところだったのに…誰だ?)
いいムードをぶち壊されたトニーの眉間には深い皺が刻まれている。だが、入って来たのがナースだと分かると、顔を強張らせた。
「スタークさん、点滴の交換と採血させてくださいね」
「…今日はクリスマスだ。血を採らなくてもいいだろ?」
口を尖らせたトニーだが、彼の注射嫌いは今始まったことではないので、ナースも手慣れたものだ。
「そんなこと言わないで下さい」
苦笑しながらナースはトニーの腕に針を刺した。
やせ細った腕に残る無数の針痕。その痛々しい光景にペッパーは思わず顔を背け俯いてしまった。
「終わりましたよ。では、スタークさん、メリークリスマス」
点滴を交換し終わったナースは、トニーとペッパーに頭を下げると病室を出て行った。

「今年ももうすぐ終わるわね…」
感慨深げに言葉を発したペッパーをトニーは見つめた。そう、今年は―特にこの三ヶ月は二人にとって怒涛の日々だった。ペッパーの誕生日にプロポーズをし、婚約会見、両親へ挨拶をし許しも得て、来年の結婚式まで順風満帆に進むと思っていた矢先のあの誘拐事件。
トニー自身は九死に一生を得、一ヶ月経った今でも病院のベッドから起き上がることすらできないわけだが、ペッパーが傷つけられなかったことだけが救いだった。
婚約後、二人は家族を増やそうと話した。だが、あの事件で思い知った。自分がアイアンマンである以上、多くの敵がペッパーを狙い続けることを…。そしていつの日か、子供が産まれれば…敵は必ず子供を狙ってくるだろう。いつも自分がそばにいて守れるとは限らない。自分がいない時、もしものことがあったら…と 思うと、トニーは気が狂いそうだった。
(きちんとこの問題を話し合わなければならない…)
ニコニコと嬉しそうなペッパーをこれから悲しませることになると思うと、トニーは胸が張り裂けそうだったが、大きく深呼吸をすると、彼女の手を握りしめた。
「ペッパー…大事な話がある」
「あら?何かしら?」
小首を傾げたペッパーは、トニーが真剣な顔をしているのに気付き、姿勢を正した。
「子供のことだ…」

いつかはこの話をしなきゃ…と思っていた。きっとあの事件でトニーは子供を持つことを恐れていると…。子供を持つことは二人の願い。でも、中途半端な気持ちのままではダメよね…。とにかく、私の気持ちをきちんと伝えよう。そして彼の気持ちも受け止めよう…。

「トニー、私はあなたの子供が欲しいの。たくさんの子供に囲まれて、あなたとこれからの人生を歩んでいきたいわ。だから…」
恐れないで…というように、ペッパーはトニーの手を優しく包み込んだ。だが、トニーは、苦しそうに顔を歪めた。
「ペッパー…私も…君に私の子供を産んで欲しい。だが、敵は必ず君たちを狙ってくる。もちろん、そんなことになれば、私は命にかえてでも君たちを守る…。もし、私がいない時に敵が襲ってきたら?この間のように…」
顔を伏せたトニーは、声を絞り出すように言葉を続けた。
「私は…君たちが苦しむ姿は見たくないんだ…。傷つくのは私一人で十分だ…」
辛そうに言葉を吐き出したトニーの目から、涙が零れ落ちた。
ペッパーは何も言えなかった。トニーの気持ちは痛いほど理解できたから…。
言葉に出す代わりにペッパーはトニーの身体をそっと抱きしめた。涙を隠すように胸元に顔を埋めたトニーは、両腕をペッパーの背中に回した。その手が、そして身体が小さく震えているのに気付いたペッパーは、痩せ細ってしまった身体を黙って抱きしめた。

しばらくしてドアをノックする音と共に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「スターク、入るぞ?」
「またあいつらか…」
ため息を付きながらも顔を上げたトニーは、いつものトニーだった。
ドヤドヤと病室に入ってきたのは、アベンジャーズの面々。これからS.H.I.L.D.のパーティーなのだろう。皆、それぞれめかしこんでいる中で、なぜか一人だけトナカイの格好をしたスティーブが異彩を放っていた。
「おい、じいさん、何だそれ?一人だけおかしいだろ?」
目ざとく見つけたトニーは、からかうようにスティーブを指差した。
「ほら見ろ。スタークにからかわれるって言っただろ?だから嫌だったんだ…」
ブツブツと文句を言うスティーブだったが、ペッパーはソーがいないことに気付いた。
「あら?ソーがいないわよ?」
「あぁ、ソーならいるさ。おい、神様!出番だぞ?」
クリントが窓の外に向かって声を掛けると、サンタ服に身を包んだソーが大きな袋を抱え部屋に入って来た。
「スターク!メリークリスマスだ!」
ガハハハと笑うソーはまるでサンタクロースのようなのだが、まさかここでパーティーを始めるつもりなのでは…と、トニーは頭を抱えた。
そんなトニーの心中を察してか、ブルースがトニーに声を掛けた。
「トニー、僕らはすぐに退散するよ。せっかくのクリスマスだ。ペッパーと二人で過ごしたいだろ?」
「そうそう。私たちは長官主催のパーティーに呼ばれてるの。絶対にろくなことになりそうにないから、本当は行くのが嫌なんだけど…って、クリントが言ってたわ」
ナターシャに急に話を振られたクリントは目を白黒させた。
「また俺を悪者にするつもりかよ…」
いつもの変わらないやり取りに、トニーの頬も自然と緩んだ。
だが身体を動かした瞬間、青い顔をしたトニーが辛そうに息をしたのをスティーブは目ざとく見つけた。
「ほら、渡す物を渡して、退散しよう」
と、ソーの背負っている袋をから次々とプレゼントを出し、それぞれに渡し始めた。
「じゃあ、僕から。最新の科学雑誌と面白そうな論文だ。入院中、時間があるだろ?読んだら感想を聞かせてくれないか?」
目の前に何冊もの本を積み上げたブルースに、トニーは笑みを浮かべた。
「あぁ…。読んでおくよ」
早速雑誌を手に取ろうとしたトニーだが、手が震え落としそうになった。手を添えたペッパーは、トニーの手に本を持たせた。
「これはね、私とクリントからよ。でも、絶対に今は開けたらダメよ!退院してから家で開けてね!言っておくけど、クリントが選んだの。私じゃないから」
「おい!ナターシャ!お前が選んだんだろ?あの二人にはこれがピッタリだって。スターク、俺じゃない。俺じゃないからな!」
やけに大きな箱は、白く外からは何が入っているのか分からない。箱を手に取ったペッパーが軽く振ってみると、何やらガサガサと音がする。何となく嫌な予感がしたトニーとペッパーは顔を見合わせた。きっとろくな物ではないと…。
「あ、ありがとう…。楽しみにしとくわ。ねぇ!トニー!」
「そ、そうだな!早く退院したいなぁ!」
作り笑いを浮かべた二人だが、ナターシャとクリントはニヤニヤと下衆な笑みを浮かべた。
何となく妙な空気になった室内。それを打破しようと、スティーブは自分のプレゼントをトニーの目の前に置いた。
「私からはこれだ!クリスマスといえば、これだろ!」
トニーは自分の目の前に置かれた物に言葉を失った。口をポカンと開けたトニーは、しばらくの間、スティーブと目の前の物…ブーツ形の容れ物に入ったたくさんのお菓子を見比べていたが、ムスっと口を開いた。
「おい、じいさん。君に比べたら私は子供かもしれないが…。私をいくつだと思ってるんだ?」
トニーに言われスティーブは気がついた。トニーはもうお菓子をもらう年齢ではないということに…。スティーブは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「え?…あ、そうか…。君もいい年だよな。すまない。ただ、昔ハワードが言ってたんだ。子供ができたらクリスマスには両手に抱えきれないくらいのおもちゃやお菓子をあげるんだって。君はハワードの子供だから、その言葉を思い出して、つい…」
(親父がそんなことを?)
クリスマスプレゼントは、いつも小難しい本や工具などで、おもちゃはおろかお菓子すらくだらないとくれたこともなかった父親の意外な面を知ったトニーは目を丸くした。もしかしたら、スティーブの嘘かもしれない。トニーを喜ばせようとした優しい嘘かもしれない。だが、あの純真無垢なスティーブが、そんな嘘をつけるはずもないか…。突然父親を思い出したトニーは、追い払うように頭を軽く振った。
「俺からはこれだ!」
懐から何やら取り出したソーは、トニーの前に音を立てて置いた。
「あら、何?」
吸い込まれそうな色合いの石を手に取ったペッパー。彼女の瞳と同じく、青く澄んだ輝きを放つその宝石のような石をトニーはじっと見つめた。
「これはアスガルドに伝わる石だ。触れると治癒効果があると言われている。早く良くなれよ、スターク!また腹一杯美味い物を食わせてくれ!」
何ともソーらしい言い分だが、怪我のせいで気が弱くなっているのか、トニーは自然と涙が浮かぶのを感じ、目をギュッと閉じた。
「ありがとう、みんな…。ありがとう…。最高のクリスマスだ」
まさかお礼を言われると思っていなかった皆は、顔を見合わせると照れ臭そうに笑った。

「早く戻って来いよ!」
「待ってるからな」
各々言いたいことを言うと、スティーブたちは嵐のように去って行った。
二人きりになり、静けさを取り戻した病室。
嬉しそうに笑っているが、先ほどよりも顔色の悪いトニーの腕をペッパーはそっとさすった。
「顔色が悪いわ。少し休んで?」
「あぁ…そうさせてもらうよ…」
大きく息を吐き出したトニーは、ベッドに身体を横たえると目を閉じた。
「なぁ…ペッパー…。今日は…」
ペッパーの手を握りしめたトニーは、目を閉じたまま何事か言いかけた。彼の言いたいことが分かったペッパーは、耳元に口を近づけると、甘い声で囁いた。
「今日はここへ泊まるわ。いいでしょ?せっかくのクリスマスだし」
目を開けたトニーは、ペッパーをじっと見つめると、
「クリスマスなのに、君のことを可愛がれないのが残念だ…」
と、心底残念そうに顔をしかめた。
「じゃあ、元気になったら思いっきり可愛がってくれる?」
クスクス笑ったペッパーは、トニーの頬を優しく撫でると額にキスを落とした。
「任せておけ…」
ボソッと呟いたトニーだが、目を閉じるとすぐに眠ってしまった。
「ねぇ、トニー。来年は素敵な年にしましょうね…」
トニーの頬を優しく撫でながら、ペッパーは窓際に飾った小さなクリスマスツリーを見つめた。

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