We Found Love.

「ペッパー、君のご両親に挨拶したいんだが…」
ある晩、家で夕飯を食べている時だった。トニーが突然姿勢を正したかと思うと、ここ最近、二人の間で専らの話題を口にした。

ペッパーは自分の家族…正確には彼女の妹は何度かトニーと顔を合わせたことはあるのだが、両親を正式に紹介したことはない。元々、ペッパーは、理想の生き方を押し付ける両親に反抗してLAの大学に進み、それ以来実家とは疎遠になっていたのだ。

「トニー!いい加減にして!何度も言っているけど、私はイヤなの!」
「だが、先日の会見をご覧になっていたらどうする?赦しもなしに…と思われているかもしれない。こういうことはきちんとしておかないと…」
妙なところで昔気質なトニーは、同時に非常に頑固でもあった。
「ママには電話で報告したからいいの。それに、結婚してからでいいわ」
「しかし、ペッパー…。いきなり結婚しました…という報告だと、君のお父さんもいい顔はされないだろ?それに…」
もう何度もこの話題で口論している二人。いつもペッパーが突っぱねて終わりなのだが、今日のトニーはなかなか折れなかった。渋い顔をし、何か言いかけようとしたトニーを遮るようにペッパーは叫んだ。
「もう!いいって言っているでしょ?!トニーなんて嫌い!」
テーブルをバン!と叩いたペッパーは立ち上がると、トニーから逃げるように寝室ではなく、ゲストルームへと向かった。

どうして彼と喧嘩しなきゃいけないの?
彼のことは何度か両親に話したことがある。最初はスターク社に就職した時。『トニー・スターク?!あんな女たらしの秘書になるのか?!秘書は遊び道具で飽 きたら捨てるという噂だぞ!』と両親は反対した。その後顔を合わせるたびに、彼がいかに素晴らしい人間か嬉しそうに話す私の気持ちに気づいたのだろう。 仕事を辞めるよう言われ続けた。
そして彼と付き合うことになり両親に報告したものの…『どうせ捨てられる!子供でも出来てみろ!そうなる前に別れろ!』と、やはり大反対。逃げるようにトニーの元へ戻り、それ以来両親とはほとんど連絡を取っていない。だが最近母親は「あなたが選んだ人だから」と密かに応援してくれている。急にどうしたのかずっと不思議だったけど、最近その理由が分かった。トニーは私にプロポーズする前、内緒で両親のところへ挨拶に行ってくれたみたい。世間のイメージと違 い、真面目でそして私への愛が真剣であることに気付いた母親は、すっかりトニーを気に入ってくれた。だが、父親は…。私と別れるようにトニーに迫ると、許しを請うため頭を下げるトニーを殴り、追い返したらしい。

会いに行っても、パパに殴られて追い返されるに決まっている…。パパに殴られるトニーなんて見たくない…。
でも、いつかはパパにも分かってもらいたい。トニーが世界一素敵な男性であることを…。

ベッドに潜り目を瞑ったはいいものの、ペッパーはなかなか眠れなかった。
しばらくたった頃、部屋のドアが開き様子を伺うようにトニーがそっと入ってきた。トニーと話すとまた喧嘩してしまいそう…。そう思ったペッパーは、枕に顔を押し付けると眠っているふりをした。
トニーはベッドサイドまで静かに歩み寄るとひざまずいた。

「ペッパー…起きてるか?」
「…」
無言を突き通すペッパーの頭を優しく撫でたトニーは、小さく息を吐き話し始めた。
「じゃあ、一人で喋るから聞いていてくれ…。ペッパー、知ってのとおり、私には両親はいない。何十年も前に事故死した。突然のことだったから、何も聞けな いし言えないままだった。君のことも…私の妻になってくれる大切な女性のことも紹介できないんだ。だが、君のご両親は健在だろ?すぐに認めてもらえるとは 思っていない。私の評判は…その…あまりに良くないだろうから…。だが、君の家族に認めてもらいたいんだ。君が私を選んでくれたこと、そしてこんなに素晴 らしい女性を妻に出来ることを君のご両親に感謝したい…。だから…」

押し殺したような泣き声が聞こえ、トニーは言葉をきった。ペッパーの顔を覗き込むと、枕に顔を押し付けて泣いているではないか。
「ペッパー…」
頬に伝わる涙を拭うと、ペッパーはそっと目を開けた。トニーがペッパーの彷徨う左手をそっと取ると、ギュッと握り返してきた。
「…一緒に寝てくれる?」
「あぁ、もちろんだ」
手の甲にキスを落としたトニーは、静かにペッパーの隣に潜り込んだ。セミダブルのそのベッドはいつものキングサイズのベッドよりも狭く、トニーはベッドから落ちないようにペッパーをいつも以上にギュッと抱きしめた。

しばらくして、トニーの胸元に顔を押し付けていたペッパーが囁くような声で言った。
「ねぇ…トニー…。パパに殴られる覚悟はある?」
「あぁ。何度殴られてもいい。君とのことを許してもらえるのなら…」
「ありがと…」
トニーからのキスを顔中に受けながら、いつしかペッパーは眠りについていた。

***

3日後。
アメリカの広大な大地に真っ直ぐ走るハイウェイに、ペッパーの実家へ向かう二人の姿があった。
「本当に大丈夫?」
運転するトニーに何度も確認するペッパー。その度にトニーは
「言っただろ?許してもらうまで今日は帰らないからな」
と、ペッパーに向かってウィンクしたのだった。

郊外の閑静な住宅街に佇む一軒の家の前にトニーは車を停車させた。
エンジンを切ったトニーは掛けていたサングラスをダッシュボードに放り投げると、不安そうな顔をしているペッパーの頬にキスをし手をギュッと握った。
「では、行こうか」

「ヴァージニア!来るなら来るって言いなさいよ!」
ペッパーの姿を見るなり抱きついたのは、ペッパーの母親。一年ぶりの再会を邪魔しないように後ろに控えていたトニーだが、顔をあげたペッパーの母親がそんなトニーに気づき嬉しそうに声をあげ駆け寄った。
「あら!トニー!いらっしゃい!ますます男前になって!」
ペッパーの母親はトニーに抱きつくと、頬に何度もキスをした。
「ミセス・ポッツ…お久しぶりです」
ペッパーの母親は苦笑いするトニーを軽く睨むと肩を叩いた。
「あら?そんなよそよそしく呼ばないでよ。シルヴィアでいいわ。もうすぐ家族になるんだから」
と、シルヴィアはトニーの腕を引っ張り家の中に入っていく。
「では、遠慮なく…。ところで…お義父さ…いや、ポッツさんは?」
「ごめんなさい。主人は出かけていて…。もうすぐ帰ってくると思うわ。どうぞ、中に入って…」

ソファーに座ったトニーは落ち着かなかった。
(公聴会ですらこんなに緊張しなかったぞ?)
額から流れ落ちた汗を拭い隣に座るペッパーを見ると、彼女は楽しそうに母親と話をしている。
何度か話を振られたが、トニーはうわの空。珍しく緊張しているトニーの横顔を見つめたペッパーは、そっと手を握りしめた。

何杯目かの紅茶を飲み干した時だった。
玄関で物音がしたと思うと、ドカドカという足音が近づいてきた。
「何だ!ヴァージニア!来ていたのか?」
ペッパーの父親、テッドは久しぶりに見る娘の姿に目を細めたが、その隣に座るトニーを見るとあからさまに嫌な顔をした。
「なぜこいつがいるんだ!帰れ!」
イライラと足を踏み鳴らしたテッドは、リビングの入口に仁王立ちしている。
(やっぱりパパは、トニーのことを毛嫌いしている…)
ため息をつく娘を見たシルヴィアは、夫に向かって笑いかけた。
「もう、あなたったら。話くらい聞いてあげて?トニーも…」
シルヴィアの言葉を遮るようにテッドは怒鳴った。
「聞く話などない!」
すると、口をへの字に結び目を見開いていたトニーが、突然立ち上がると床に膝をつき、深々と頭を下げた。
「ポッツさん。ペッパー…いや…ヴァージニアさんとの結婚を赦して下さい。お願いします!」
黙ってトニーを見つめていたテッドだが、大きく息を吐くとトニーの前に立ちはだかった。
「スタークさん、あんたの評判は知っている。女たらしでいい加減で…。そんな奴に大事な娘はやれん!」
その言葉に、ペッパーは思わず口出しした。
「パパ!そんなことない!トニーは違…」
「ペッパー、君は黙っていろ。ポッツさん、お願いします!」
ペッパーの言葉を遮ったトニーは再び頭を下げた。
だが、テッドは頑なに受け入れようとしなかった。
「ダメだ!帰れ!」
そういうと頭を下げたままのトニーの襟元を掴み、玄関へ引きずって行こうとした。

堪らなくなったペッパーが、トニーと父親の間に割り込むように、テッドの腕に縋り付いた。
「パパ!私たち、婚約したの!結婚するの!パパに反対されても…私はトニーと生きていくわ!」
「勝手にしろ!だが、その男と結婚してみろ!二度とこの家には帰って来るな!」

頭を下げたままのトニーの背中をペッパーはさすった。
「トニー、帰りましょ?もういいわ…」
だが、トニーは黙ったまま頭を下げ続けている。
こんなトニーの姿は見たことがない…。相手に罵られても頭を下げて…。

「トニー?」
動かないトニーにペッパーは声を掛けた。
すると、相変わらず頭を下げたままのトニーがテッドに向かって話し始めた。
「ポッツさん…私の話は聞きたくないかもしれない…だが、聞いて下さい。私には両親がいません。ご存知かと思いますが、私が20の時、事故でこの世を去り ました。当時私は反抗しており、家にはほとんど近寄ってなかったんです。そんな状況でも、両親の死は私の心に大きな穴を作りました。その穴を埋めるよう に、私は酒に溺れ、そしてたくさんの女性と関係を持ちました。だが、どの女性もその穴を埋めてはくれなかった…。そんな時、ヴァージニアさんが私の前に現 れた。私の秘書になってくれた。最初はすぐに音を上げると思っていた。だが、彼女は違いました。彼女は私のことを心から信頼してくれ、そして理解してくれ た。ありのままの私を受け入れてくれたんです。次第に私も彼女に好意を抱くようになりました。だが…自分に素直になれなかった私は、愛しているの一言がな かなか言えず…彼女をたくさん傷つけました」
肩に置かれたペッパーの手をトニーはそっと握り、言葉を続けた。
「自分に死が迫っていると感じた時、彼女が私にとってどれだけ大切な存在か気付き、お互い素直になれました。彼女は、私の世界になくてはならない存在で す。ペッパーでなければ、私の心の穴は埋められないんです。彼女のことを心から…世界一愛しています。何があっても…例え自分の命と引き換えてでも、彼女のことは一生守り抜きます。ですから…」
「トニー…」
背中にぎゅっと抱きついたペッパーの目からは涙が次々とこぼれ落ちた。
「パパ…お願いします。どうか、トニーのこと…」
頭を下げる二人を見つめていたテッドだが、やがて大きく息を吐いた。
「ヴァージニア…」
名前を呼ばれたペッパーが顔をあげると、優しい目をした父親と目が合った。
「分かってた。分かってたんだよ…。お前が話す彼は、噂とは違うということを…。彼がお前のことを心から大切にしてくれているということも…」
「パパ…」
父親の目に光るものを見つけたペッパーの目からも涙がこぼれ落ちた。目元を擦ったテッドは
「私は、娘を取られるような気がして…。寂しさから君のことを毛嫌いしていたのかもしれないな…」
と言いながら、トニーの前に座り込むと、床についた両手を握りしめた。顔をあげたトニーの目をじっと見つめたテッドは、
「スタークさん…いや、トニー。ヴァージニアは君のことを心から愛し信頼している。どうか…娘を頼む…。これからもそばにいてやって欲しい…」
と、頭を下げた。
頭を下げ続けるテッドにトニーは慌てた。
「頭をあげてください。許して頂いてありがとうございます。ヴァージニアさんのことは、お任せ下さい」
ペッパーを見つめニヤリと笑ったトニーは、いつもの自信満々のトニーだった。

「良かったわ。うまくいって。ねぇ、せっかくだから、泊まって帰りなさい!トニー、ポッツ家の味を堪能して帰ってね」
涙ぐんだシルヴィアは手をポンと叩き、嬉しそうにキッチンへと向かった。

*****

所狭しと料理の並んだテーブルを四人は囲んでいた。
「トニー、もっと飲め!」
酒好きのテッドは、トニーと楽しそうに酒を酌み交わし、すっかり意気投合していた。
夕食後も飲み続ける二人の様子を、片付けをする母親を手伝いながらペッパーはこっそりキッチンから伺っていた。
「よかったわ、パパがトニーのことを気に入ってくれて…。最初はどうなるかと思ったけど…」
ふぅ…と息を吐いたペッパーにシルヴィアは笑った。
「あなたの父親だもの。本当はね、ずっとトニーのことを気にしていたみたいよ。テレビに映るたびに、疲れた顔をしているとか、風邪でも引いているんじゃないかとか、ヴァージニアはちゃんと体調管理してやっているのか…とか、一人で文句を言っていたわよ。それに、あの人はずっと男の子が欲しかったから、息子が出来て嬉しいのよ。ほら、トニーはああいう性格だから…」
「うん…。ママもありがとう…。あ、ねえ、ママ。さっきの料理教えて?トニーが気に入っていたから、帰って作ってあげたいの」
「あら?早速ポッツ家の味を気に入ってくれたのね?ちゃんと覚えて帰って」

その夜、ポッツ家からはいつまでも楽しそうな声が聞こえていた。

*****

ゲストルームのベッドに寝そべったトニーは、天井を見つめていた。
さすがに今日は疲れた…。だが、ペッパーのご両親に許してもらえてよかった。そればかりか、こんなに温かく迎え入れてもらえた…。
両親の愛情に飢えているトニーは、家族と食卓を囲むことがこんなに楽しいものだとは知らなかったのだ。

あくびをしたトニーは、ベッドサイドの灯りを落とすとシーツに潜った。
その時、ドアをノックする音と共に遠慮がちにドアが開いた。
「トニー?起きてる?」
「あぁ…」
身体を起こしたトニーを見たペッパーはそっとドアを閉めると、嬉しそうにベッドに潜り込んできた。
「おい、ペッパー。さすがに今日はマズイ。自分の部屋で寝ろ」
抵抗したトニーだが、ペッパーはトニーに抱きついて離れようとしない。
「少しだけ…いいでしょ?」
上目遣いで、加えて甘えた声で言われると、トニーも嫌とは言えず、腕の中にペッパーを閉じ込めると、頭にキスをおとした。
しばらくの間、狭いベッドの中で抱き合っていた二人だが、ペッパーが口を開いた。
「トニー…ありがとう。私ね、あんなに頭を下げるあなたを見たのって初めてだわ…」
ペッパーの言葉にニヤリと笑ったトニーは、
「私だって頭くらい下げるさ。それにしても、許してもらえてよかった。今こうして君のことを抱けるのも、お義父さんとお義母さんのおかげたな…」
と言うと、ペッパーの唇にキスをおとした。
「うん…。ねぇ、トニー…。私たち、幸せになれるわよね?」
「あぁ。なれるさ。私は君がいてさえくれれば幸せだ。愛してる、ペッパー…」
「私も…。愛してるわ、トニー…」
トニーの胸元に顔を摺り寄せたペッパーは目を閉じた。
程なくして気持ち良さそうなペッパーの寝息が聞こえ始めた。ペッパーを抱きしめ直したトニーは、シーツを引っ張りあげ、ペッパーの身体を包み目を閉じた。

「おやすみ、ペッパー…」

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