社長生誕祭 2013

5月29日と言えば、歴史的にはコンスタンティノポリスが陥落し、東ローマ帝国滅亡した日なのだが、LAのちょっとしたセレブに聞けば、口を揃えて言うだろう。『トニー・スタークの誕生日』と。
毎年5月29日は、マリブの海沿いのスターク邸で派手なパーティーが開催されるのが恒例となっているのだが、今年は様子が違った。
というのも、昨年末のあの恐ろしい事件で、トニー・スタークの自宅は全壊。本人も一時は行方不明となり死んだのでは…と噂になったが、実際のところ彼は生きており、そればかりか大統領をも巻き込んだテロ事件を解決し、アイアンマンはまたしてもヒーローとなったのだった。
だが、あの事件以降、アイアンマンはおろか、トニー・スタークは公式の場に姿を現していなかった。あの事件で人前に出られないほどの怪我をしたのでは…な どとゴシップ誌は憶測を立てているのだが、スターク・インダストリーズからは『自宅療養中』と発表があったのみ。彼の恋人で現CEOのペッパー・ポッツも 口を閉ざしたままのため、真相は闇の中だった。
実際のところ、トニーは長年自分を苦しめていた『胸の問題』を解決したばかりで自宅療養中。そして、誕生日パーティーで華麗に公の場に復帰するという計画だったのだが…。

「39度8分!昨日より上がってるじゃないの!」
ベッド脇に仁王立ちしたペッパーは、体温計を見て声を上げた。
額にタオルを置きベッドに潜っているトニーは、真っ赤な顔をしている。

ここ2、3日、くしゃみばかりしていたトニー。あの大手術から二か月、完全には体力の戻っていないトニーの体調管理に目を光らせていたペッパーは、病院に 行くよう勧めたが、病院嫌いのトニーは頑として行こうとせず、予想通りと言うべきか、昨晩より発熱。青い顔をしているのに『何ともない』と言うトニーに薬 を飲ませ早めに寝かせたペッパーだが、熱は下がるどころか上がる一方。

「トニー!病院へ行くわよ!」
目を吊り上げたペッパーを、トニーは上目遣いに見上げた。
「イヤだ。注射をするんだろ?行かない。それに今日は私の誕生日だ。誕生日にわざわざイヤな思いをする必要はないだろ?」
(それが43にもなる男の言うセリフかしら…)
まるで子供のような言い草に、ペッパーの眉間に皺が寄った。
「我儘言わないの!そういう問題じゃないでしょ!昨日より悪化してるのよ?しかもあなたは病み上がりなんだから!このまま治らなかったらどうするの!」
「治らないだと…?」
治らないと聞いて、トニーは顔色を変えた。
「そうよ。きっともっと熱が上がっていくわよ。熱が上がりすぎたら…」
「上がりすぎたら?」
ゴクリと唾を飲み込んだトニー。病気の彼を脅すなんて我ながらズルイと思いながらもペッパーは叫んだ。
「あなた、死んじゃうんだから!」
死ぬと言われたトニーは大慌て。ベッドから飛び起き、ペッパーに縋り付いた。
「し、死ぬだと?!ぺ、ぺ、ペッパー!死ぬのはイヤだ!どうすればいいんだ!!」
高熱で思考回路が少々麻痺しているのか、普段の彼なら絶対に騙されないような子供騙しに、トニーはまんまと引っかかった。
(まさかこんなに効果があるなんて…)
目に涙を溜めているトニーに少々罪悪感を覚えたペッパーだが、これで彼が治るなら…と抱きつき離れないトニーの背中を優しく撫でた。
「そうね。注射をしたら治るわよ」
治ると分かり、トニーは顔を輝かせた。
「そ、そうか!よ、よし!早くしてくれ!」
「分かったわ。すぐに来てもらうから…」
額に手を当てると、燃えるように熱い。
横になるように促すと、トニーは大きなくしゃみを立て続けに二回した。
「あ、そうそう。今日のパーティーは中止したわよ」
「そんな…」
がっくりと肩を落としたトニーは、もそもそとシーツに潜った。
(そんなに高熱があるのに、どうするつもりだったのかしら…)
思わずため息をついたペッパーは、かかりつけ医に電話を掛けた。

往診に来た医師はトニーを手早く診察すると、
「風邪ですね」
と、尻に大きな注射をし帰って行った。
しばらくの間、痛かったとブツブツ文句を言っていたトニーだったが、薬が効いてきたのだろう。ウトウトとし始めたトニーはあっという間に眠ってしまった。
トニーが眠ったのを見届けると、ペッパーはそっと部屋を出た。

『今日は誕生日なんだぞ!』
そう、今日はトニーの誕生日。あの事件で生まれ変わった彼の最初の誕生日。
だからこそ、きちんとお祝いしてあげたかったんだけど、仕方ないわね…。

マリブの自宅が再建されるまでの仮住まいのこの家も、トニーがいろいろと手を加えていた。ジャーヴィスにダミーとユー…。小さいながらもラボを作ったト ニーは、またアーマーを作り始めた。『あの時アームをはめた君はセクシーだった。だから今度は君の分も作る。もちろんスポーツブラで着てくれよ』と言った トニーは、自分の物と並行してペッパーの物まで作り始めたのだった。以前のように何かに取り憑かれ追い詰められた様子はなく、生き生きと楽しそうに作業す るトニーを見るのが嬉しくて、ペッパーは何も言わなかった。
こうして二人は元の生活に戻りつつあったのだが、ペッパーはトニーが家からほとんど出ないのが気がかりだった。最初は体力も落ちているためだろう…と思っ ていたが、外に出ると言っても庭か家の周りを散歩したりジョギングする程度で、自分からどこかへ出かけるのは、必要最小限な時…定期的な検診に病院へ行っ たりする時だけ。昔はあれだけ外に出るのが好きだったのに…とは言っても、ここ数年はパーティー三昧な生活ではなかったし、どちらかと言うとペッパーと過 ごしたりラボに籠ることを好んでいたのは事実なのだが…。
だからこそ、今日のパーティーをきっかけに…と、いろいろ用意をしていたペッパー。
こっそりと準備したトニーのタキシードと自分のドレスを眺めていたペッパーだったが、トニーが動けないのだから仕方ない。お祝いは後日することにして、折角だし二人でお祝いしよう!とキッチンへ向かった。

とは言っても、高熱で寝込んでいるトニーに食欲があるのかは聞いてみないと分からない。
(何が食べたいかしら…)
冷蔵庫を覗きながら頭を捻らせていると、
『ペッパー様、トニー様が目を覚まされました』
とジャーヴィスが知らせてくれた。
「熱は下がった?」
『はい、37度5分まで下がりました』

ミネラルウォーターを持ち、寝室に向かうと、トニーは起き上がろうとしていた。
「トニー?大丈夫?」
「あぁ…」
手渡された水を一気に飲み干したトニーは、額の汗をぬぐった。
「あら、汗びっしょりよ。先に着替えましょ?」
ペッパーはトニーのパジャマを脱がせるとタオルで身体を拭き、新しいパジャマに着替えさせた。
「ありがとう、ハニー」
幾分かすっきりした顔のトニーはベッドに横になると、隣に座ったペッパーに微笑みかけた。
「何か食べられそう?」
「いや…あまり食欲がない…」
「せっかくの誕生日なのに、残念だったわね」
頬を撫でるペッパーの手をトニーはそっと握った。
「あぁ…だが、おかげで君と二人きりで過ごせる」
「あら?いつも二人きりでしょ?」
クスクスと笑うペッパーをまぶしそうに見つめていたトニーだったが、握りしめた手にキスを落とすとニヤリと笑った。
「なぁ、風邪が治ったらあのドレスを着てディナーに一緒に行ってくれないか?」
「あのドレスって…見たの?!」
目を白黒させているペッパーに向かってトニーは澄まして言った。
「あんな目立つ所に掛けてあれば、誰だって気づくさ」
「もう…秘密だったのに…」
頬を膨らませたペッパーを見て、トニーはおかしそうに笑った。
しばらくクスクス笑いあっていた二人だが、急にトニーがペッパーの手を引っ張った。自分の方へ倒れこんだペッパーをトニーはギュッと抱きしめた。
「と、トニー…」
真っ赤になったペッパーは、顔を隠すように彼の胸元に押し付けた。
「もう一つ頼みがある。ペッパー。どこか休暇に行こう。君にはこの数ヶ月、散々迷惑をかけた。だから二人でゆっくりしよう」
耳元で囁かれた言葉に、ペッパーは思わずトニーを見上げた。
「あら?今まで外に出たがらなかったのにどうしたの?」
驚いた顔をするペッパーの額に何度もキスをしたトニーは苦笑い。
「出たくなかったわけじゃない。ただ、何となく外の世界に戻るのが怖かったんだ…。自分がどう思われているか…何もかも失い可哀想だと思われているので は…と、少し怖かったんだ。だが、君と一緒なら戻れそうだ。そう思って、今日のパーティーを復帰の場に選んだんだが…残念な結果になってしまったよ」
照れ臭そうに頭を掻いたトニーは、ペッパーの目に光る物を見つけ、指でそっと拭った。
「でも、よかった。元気になって…」
「あぁ、君が支えてくれたからだ。もう大丈夫だから安心してくれ…」
「うん…」
背中に手を回すとペッパーは、再びトニーの胸元に耳を当てた。いつもよりも少しだけ早い鼓動。その力強い音は、ペッパーの心に安らぎを与えてくれる。汗の混じったトニーの匂いを吸い込んだペッパーは、パジャマの隙間から見える傷跡に唇を寄せると甘く優しい声で囁いた。

「お誕生日おめでとう、トニー」

IM3後の誕生日だと、いろいろ片が付いた頃ですかね・・・

2 人がいいねと言っています。

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