地球のヒーローたちを襲ったウイルス。ヒーローたちは次々とゾンビと化し、逃げ惑う人々は襲われた。
そしてそれは…私の大好きなトニーも例外ではなかった…。
周囲の人々が次々と襲われる中、トニーに守られるように隠れていた私。
ある日、ガタっという音がし、トニーが帰宅したことに気づいた私は、彼を出迎えるために隠れていた部屋から出た。
暗闇の中、アーマーを着たトニーは佇んでいた。
「トニー?」
私の声にビクっと身体を震わせたトニーは
「ペッパー!来るな!」
と振り返らずに叫んだ。
彼の様子に異変を感じた私は不安を感じながら、恐る恐る彼に近づいた。
「トニー?」
彼に近づいた私は気づいてしまった。彼もあの恐ろしいウイルスに感染してしまったことに…。
「トニー…大丈夫…大丈夫だから…」
背後からそっと彼に抱きつくと、彼は私の手を掴み離そうとした。
「離れろ!」
「いや!離れない!」
「ペッパー!私は…」
「分かってる!あなたもみんなと同じようになってしまったんでしょ?でも、あなたがどんな姿でも…私の大事なトニーには変わりないの…」
「だが…私は…いつか君のこと…」
「それでもいいの…」
次々とあふれる涙が彼の背中を濡らす。
しばらく黙っていたトニーだけど、くるりと向きを変え私を抱きしめた。
彼の姿は…変わってしまっていた。だけど、涙があふれる目は…以前の彼と同じだった。
「お願い…トニー…。最期までそばにいさせて…。お願い…」
唇にキスをすると、彼は黙って応えてくれた。でも、彼の唇は以前のような温かみはなかった…。
その日から私は部屋から一歩も出なかった。…いえ、出られなかった。
彼は食事を持ってきてくれたけど、捕獲者はいても生産者のいなくなりつつあるこの地球は、食べるものすらも手に入りにくくなっていた。
逃げ延びた人間が集まる場所があるらしい…。それを聞きつけた彼は、私に言った。「生き延びてくれ…」と。だけど、彼のいない世界で生きるつもりのない私は、彼の元に留まる道を選んだ。
一度だけ、部屋を出て彼の様子をこっそり伺ったことがある。
彼は真っ暗な部屋の中に座り、誰かのものであっただろう一部を貪っていた。その目は…私の知っている彼の目ではなかった…。
彼に見つかる前に部屋に戻った私は、涙が止まらなかった。今の彼は、私の知っているトニーではない。私の大好きなトニーは、もういないの?
だけど、部屋にやって来たトニーは、やはり私の大好きなトニーだった。
いつものように冗談を言い、目を腫らした私を何も聞かずに優しく抱きしめてくれた。
私はズルい。外の世界では大変なことが起こっているのに、トニーがいるだけで幸せだった。こんな姿のトニーだけど、私はトニーにずっとそばにいてもらいたかった。他の誰かを犠牲にしてでも、トニーと永遠に一緒にいたかった。
でも、彼は違っていた。
最初は感じていた人間を襲うという罪悪感も飢えには勝てず、逃げ惑う人々を襲い欲望を満たす行為を楽しむようになっていたのだ。そしてそれは、人間である私にも向けられていた。本能という名の欲望と私への愛情で、トニーの心は板挟みになっていたのだ。
そして次第に彼は私に接することを避けるようになった。
ある日、我慢できなくなった私は、食事を持って来てすぐに立ち去ろうとする彼の腕を掴んだ。
「ねぇ…トニー…。お願い…そばにいて…」
私に掴まれ身体を震わせた彼は、私の腕を乱暴に振り払った。
「ペッパー…。もうダメだ…。限界だ…!知ってるか?!私が何をしているか…。私は….人間を襲って…。以前は罪の意識を感じていたが、今では飢えを満たすための当然の行為になっている。それに…君を襲いたくてたまらない時もある…。大切な君だけは…何としても守りたい…。だが…みんな薄々気づいている…。私が君をかくまっていることに…。お願いだ…ペッパー…。君を失いたくない…。君を傷つけたくない…。お願いだから…安全なところに…」
そう言うと彼は、膝を床に付き顔を覆って泣き出した。
彼と一緒にいたいという気持ちは、知らず知らずのうちに彼を傷つけていたのね…。
「トニー…私もあなたみたいなれたら…」
後ろから包み込むように抱きしめると彼は頭を振った。
「それだけはダメだ!この苦しみは、君に味合わせたくない…。君に…人間を襲わせるようなことはさせたくない…」
頭を抱え声をあげて泣く彼を、私は黙って抱きしめ続けた。
彼をこの苦しみから解放するには…。私が…。
「だったら、答えは決まってるわ…。ごめんなさい…トニー。もっと早く決断してればよかったわね…。あなたを苦しめてごめんなさい…」
私の目から流れ落ちた涙が、彼の身体に降り注いだ。
トニーは私の方を向くと、私の身体をそっと抱きしめた。
「私こそ…君を守れなくて…すまなかった…」
しばらく抱き合っていた私たちだけど、私は思いきって、あの日以来ずっと心にとどめていたことを彼に頼むことにした。
「トニー…最後にお願いがあるの…。昔みたいに…抱いて…。最後に私を…あなたでいっぱいにして?」
「だが…」
変わり果てた自分の姿を見た彼は戸惑った。
「いいの…最後にあなたに抱かれたい…。最期まであなたに愛されたいの…。何が起こっても…後悔しないから…」
しばらく黙っていたトニーだけど、何か決意したように頷いた。
「…分かった…。永遠に愛してるよ…ペッパー…」
「私も…。例え離れ離れになっても…ずっと…愛してる…」
それが私たちの交わした最期の言葉になった。
彼は優しく慎重に私を抱いてくれた。彼の身体は以前と違い、冷たくもろくそして力強かった。
彼にキスをされ、抱かれると、あの日…彼の姿が変わってから、ずっと胸の内に空いていた穴が塞がり、私の心は満たされた。
彼の力に次第に意識が遠のき始めた私は、私の身体を抱きしめる彼の耳元で囁いた。
「トニー…今までありがとう…。愛してくれてありがとう…。守ってくれてありがとう…。これからも…ずっと…そばにいるわ…」
トニーが身体を離すと、ペッパーの身体は冷たくなっていた。トニーの愛する美しい顔には笑みが浮かび、まるでまだ生きているようだった。
「ペッパーっ!!」
冷たくなった身体を抱きしめながらトニーは自分の運命を呪った。
どのくらいそうしていたのだろう。
「スターク…」
顔をあげると仲間の一人が目の前に立っていた。
「おい、お前…美味そうなもの持ってるじゃないか!まさか独り占めする気か?」
そう言うとペッパーを奪おうと襲ってきた。トニーは彼を殴り倒すと、ペッパーを抱きしめ飛び立った。
トニーが向かったのはマリブ。ペッパーとの思い出の詰まった荒れ果てたマリブの家へやって来た。
二人の寝室だった場所に入ると、トニーはペッパーを抱きしめた。
そして…何日たったのだろう…。
他の奴らに食われるくらいなら、いっそ自分が…と思い、飢えにまかせ何度もペッパーにかぶりつこうとした。だが、在りし日の彼女の姿が目に浮かび、トニーはペッパーを再び抱きしめることしかできなかった。
ペッパーの身体が崩れ始めた頃。
「ペッパー…ここならゆっくり眠れる…」
ペッパーへの想いを断ち切るように、トニーは彼女が大好きだった海の見える場所で、ペッパーの亡骸に火を付けた。
ペッパーを天国へ連れていくかのように、煙が空高く登っていくのをトニーはじっと見つめた。
炎が全てを焼きつくした後、トニーは残った灰を海に撒いた。
「お別れだ…ペッパー…私は…また君に会えるか?」
トニーは岸壁に座り込み、いつまでも海を眺め続けた。
そしてそこから二度と動くことはなかった…。
ハロウィン企画第一弾(2012年)。
マーベルゾンビーズ久しぶりに読んでたら、ゾンビ社長×人間ペッパーが浮かんだので…。