得意分野(ホームズ×ワトソン)

「僕は今手掛けている事件で動けないんだ。それに今回は君の得意分野だからね」

そう言われて来たものの…依頼者は明らかに不満げな顔をしている。
当然だろう。
依頼先は、あくまであのシャーロック・ホームズ。
それなのに現れたのは、ホームズの助手であるジョン・ワトソンなのだから…。

「ホームズさんは?」
あからさまに嫌悪感を見せる依頼者にワトソンは内心舌打ちしながらも笑顔を向けた。
「ホームズは別件ですぐには動けないんです。取り急ぎということでしたので、先に私の方でお話を…と思いまして…」
愛想笑いを浮かべるワトソンに依頼人は『本当は不本意だが仕方ないから話す』とまるで顔に書いてあるかのように渋々話し始めた。
依頼内容はこうだ。ここ数週間、依頼人の年頃の一人娘の様子がおかしい。どこか上の空で、窓の外ばかり眺めている。日が暮れる前には必ず帰宅していたのに、夜遅く帰ってくるようになった。問いただそうとしても『何でもない』の一点張りだという。

「娘は私の知り合いのご子息と結婚させるつもりなんです。娘にはまだ言っていませんが、先方は娘のことを気に入っておりましてな。明日の夜、対面させる予定なんです。ですから、あの調子では明日上手くいくか心配で…」
一気に捲し立てた小太りな依頼人は、肩で息をしていたが、額の汗を胸元のハンカチで拭った。

(なるほど。ホームズの奴…私の得意分野とはそういうことか…)

「そうですね…ご依頼の件ですが、娘さんの話をしっかり聞いてあげてください。何があっても最後まで…。それからこれは依頼の内容とは直接関係ないことですが、あなたを病院へ連れて行かなくてはなりません」
「び、病院?!何故だ!私を病人扱いするのか!」
顔を真っ赤にした依頼人は、猫脚の見るから高そうな椅子を蹴散らし立ち上がった。だが、立ち上がった瞬間、胸を押さえ顔をしかめたのをワトソンは見逃さなかった。
「落ち着いて下さい。血圧が上がると危険です。最近息苦しかったり、胸が痛むことはないですか?先程からあなたの様子を伺っていましたが、医者の目から言わせて頂くと、心臓が弱っておいでです。このままではいつ倒れるか時間の問題です。お嬢様のこともですが、まずはあなたが健康でいることが一番ですよ」
ワトソンの言葉に真っ青になった依頼人は、床に座り込んでしまった。
「わ、私は死ぬのですか?!」
ガタガタと震える依頼人のそばに跪いたワトソンは、労わるように背中を撫でた。
「大丈夫です。きちんと治療を受ければ良くなります。知り合いの心臓の医者に手紙を書きましょう。今日の午後からでも行ってみて下さい」
迎え入れられた時には嫌悪感丸出しだった依頼人だが、今やワトソンを見つめる瞳は感謝の言葉しかなかった。
床に這いつくばるように頭を下げる依頼人は、帰り支度をし帽子を頭に乗せたワトソンに声を掛けた。
「あなたは、ホームズさんの助手の探偵ではないんですか?」
振り返ったワトソンは、口の端を上げた。
「私は医者です」

数日後、件の依頼人から届いた礼状には、発見が早かったため重篤にはならなかったこと、娘には恋人がおり婚約したことなどがつらつらと書かれていた。
「ほら、君の得意分野だっただろ?今回の事件は僕の出る幕はなかった」
ホームズは、礼状に書かれた『Dr.ジョン・ワトソン』という宛名を指差しながら楽しそうに笑ったのだった。

1人がいいねと言っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。