「I love you three thousand…」カテゴリーアーカイブ

I love you three thousand…③

2週間経ち、ようやく身体を起こしてよいと許可されたトニーだが、相変わらず右腕は動かせないし、顔も半分以上がガーゼで覆われていた。右腕と顔だけではなく、トニーは全身が弱り切っていた。あの時凄まじいエネルギーが駆け巡り、トニーの身体は死に直面する程のダメージを受けていたのだから…。

それでもトニーは、ペッパーとそしてモーガンの顔が見えるだけで…そして話が出来るようになっただけで満足だった。

「スタークさん、顔の包帯とガーゼを交換しますね」
そう言いながら、看護師は包帯とガーゼを剥がしたが、何も感じることもなく、そして相変わらず右目は見えにくかった。
(今の自分の顔はどうなっているのだろう…)
ふとそう思ったトニーは鏡を見せてくれと告げようかと思ったが、ペッパーが『痕は残るが必ず治る』と言っていたのだ。それに、確実に死んでいてもおかしくない状況だったのに、こうやってまだ生きていることができるのだから、例え治らなくても良いと考えることにした。

包帯を取り替え終わり、背中に枕を入れ、少しだけトニーの身体を起こした看護師が出て行くと、ドアがそっと開き、誰かが入ってきた。
「パパ…」
目を開けると、身を乗り出して自分を見つめている娘と視線が交錯した。
「やぁ、ミニ・ミス」
左手を動かしたトニーは、娘の髪をくしゃっと撫でた。くすぐったそうにクスクス笑い始めたモーガンは、トニーの枕元に何かを置いた。
「これ、もってきたの」
「ん?何だ?」
首を曲げ視線を送ると、それはアイアンマン のヘルメットだった。
「モーガン、どこで…」
「あたしがみつけたのよ」
得意げに言う娘に苦笑していると、ペッパーがやって来た。
「やぁ、ハニー」
まだ弱々しいが、1日1日と元気になっていく夫の声に、ペッパーは安心したように微笑んだ。
「気分はどう?」
「…12%ってとこだ」
いつものような軽口に、ペッパーは少しだけ微笑んだ。見つめ合う両親を見比べていたモーガンだが、気を引くようにトニーの腕を突いた。
「パパ?」
「どうした?」
「あのね、いつおうちにかえってくるの?おにわのね、ブランコ、こわれちゃったの…」
いつ退院できるかは分からない。そう告げられていたため、娘を変に期待させないように、トニーは誤魔化すことにした。
「もう少し先かなぁ…」
父親が当分帰って来られないと知ったモーガンは頬を膨らませた。が、いつもように甘えてみることにした。
「おはなしして?」
小首を傾げ見つめてくる姿はペッパーそっくりで、トニーは頬を緩めた。
「昔々……おしまい」
「ちがうおはなし!」
クスクス笑い始めたモーガンだが、何か思い出したのか、すぐに悲しそうな表情になってしまった。
「モーガン?」
くるくる表情を変える娘は可愛らしいが、一体どうしたんだとトニーは慌てた。娘の様子に気づいたペッパーも、隣に座ると、背中を撫でた。と、モーガンが大粒の涙を流した。シクシク泣き始めたモーガンをペッパーは抱きしめた。

「モーガン、どうして泣いてるのか、パパとママに教えて?」
しゃくりあげながら顔を上げたモーガンは、トニーを見つめた。
「あのね…あのね……あたしね、パパが…いなくなっちゃうっておもったの…。パパがね、いなくなったらね、もうおはなしもできないしね、ブランコもなおしてくれないでしょ?だからね、あたしね……かなしくなっちゃったの……」

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I love you three thousand…②

ピッというか細い音に、トニーはゆっくりと目を開いた。
そこは真っ白な部屋だった。
あぁ、ここは天国か…と思ったが、先程から聞こえる電子音は聞き覚えのある音で、トニーはボンヤリした視界を何とかしようと瞬きした。
何度も瞬きをすると、見覚えのない天井が見えてきた。

顔の右半分は布のようなもので覆われているようで、何も見えなかったが、左目で確認すると、点滴のようなものも見えた。
(生きてる…のか…)
確認しようと右手を動かそうとしたが、固定されているのか動かない。
(誰か……)
声を出そうとしたが、チューブが入っているため、動かすことができない。
どうすればいいかと考えていると、人の気配がした。
「スタークさん、気がつかれました?よかった」
ほっと息を吐いたその女性…つまり看護師は、モニターを確認すると頷いた。
「お待ち下さいね。今、奥様をお呼びしますから…」

足早に立ち去った看護師だが、ものの数秒もしないうちに、バタバタと足音が聞こえた。
「トニー……」
それは最愛の女性の声だった。
点滴の付いた左手を少しだが動かすと、力強く握り返してきた。その温もりは間違いなくペッパーのものだった。
左目を動かしたトニーの視界に、ペッパーが見えた。
あの時は気丈にも笑っていたペッパーだったが、今の彼女は大粒の涙を流し、真っ赤な瞳をしていた。
「トニー…トニー…」
手を握りしめたペッパーは、何度も何度も確認するように名前を呼んだ。そして左の頬にそっと手を置いた。温かかった。ペッパーの温もりがまた伝わってきた。

生きて帰ってこられた…。
奇跡が起きた…。
ペッパーの元に…そしてモーガンの元に…再び…。

ようやく実感したトニーの目から、涙が一筋零れ落ちた。涙は止まらなかった。自分でもどうしようもない程、涙は止まることなく流れ続けた。

ウンウンと嬉しそうに頷いたペッパーだが、そこへ先程の看護師が医師と共にやって来た。
「スタークさん、チューブを外しますね」
そう言うと、医師は手早く挿管されていたチューブを外した。
口の中がカラカラだった。乾いた咳をし始めたトニーに、看護師は少しだけ水を飲ませると、酸素マスクを付けてくれた。
「あなたには休息が必要です。ですからしっかり休んで下さい」
そう言い残すと、医師と看護師は部屋を後にした。

ゆっくり休めと言われても、せっかく目覚めペッパーと再会できたのだから、すぐに眠りたくはなかった。
それに、あの後のことが気になった。皆無事なのかどうかも…。自分はどうなったのかも…。そして、モーガンのことも…。
言葉を出そうと口を動かしたが、空咳しか出なかった。が、ペッパーはトニーの言いたいことが全て分かっていたので、ベッドのそばの椅子に腰掛けると、夫の左手に指を絡めた。
「あなたのおかげで、世界は救われたわ。皆無事よ。それから、モーガンも…。あの子も元気よ。早くパパがお家に帰ってきますようにって、毎日お祈りしてるわ」
返事の代わりに瞬きしたトニーは、動かない自分の右手にチラリと視線を送った。
「あなたの右手…あの時の力に耐えきれなくて…。アーマーでも持ち耐えられなかった…。酷く火傷を負ったの。右腕だけじゃなくて顔も…身体も…」
だから右腕は固定され、顔の右半分が隠れているのかと納得したトニーだが、命が助かったのだから、火傷の痕くらいなんてことない…と考えた。
「だけどね、今の技術は凄いわね。痕は残るかもしれないけど、時間が経てば治るそうよ」
微かに笑みを浮かべたペッパーだが、トニーの頬をそっと撫でた。
「私…あなたが生きていてくれた…。それだけで十分よ…」
その通りだと頷いたトニーは、何度か深呼吸すると、必死に声を絞り出した。
「ぺ…ぱ……」
「なあに?」
「さん…ぜん…かい…あい……し……」
トニーは最後まで言うことができなかった。というのも、ペッパーが頬にキスをしたから…。
「私もね…3000回…いいえ、30000回でも300000回でも愛してるわ…」
ニッコリ笑ったペッパーの目から再び涙が零れ落ちた。

妻の涙を見た瞬間、トニーは1970年にタイムスリップした時に会った父親の言葉を思い出した。
今度こそ、自分の幸せを優先してもいいのかもしれない。それは自分だけではなく、最愛の家族の幸せにも繋がるのだから…。
何年にも渡り、際悩まされていた脅威は去った。ようやく悪夢は去った。再び別の脅威はやってくるだろう。だが、自分はもうその脅威に立ち向かう必要はない。地球には…いや、宇宙には大勢のヒーローがいるのだから…。
すうっと息を吸い込んだトニーだが、鎮静剤のせいか、再び眠気に襲われ始めた。微睡んだ瞳をしている夫に気づいたペッパーは、もう一度キスをすると立ち上がった。
「少し休んで…。モーガンを連れてくるから…」
今度は目覚めることのない眠りではない。目覚めた時には、もう一人のかけがえのない存在がそばにいてくれるのだから…。
小さく欠伸をしたトニーは目を閉じると、眠りについた。

暫くうつらうつらしていたトニーは、再び温もりを感じ薄っすらと目を開いた。
「パパ…」
モーガンだ。最愛の娘は目に涙を溜めており、どこか怯えたようにトニーを見つめた。
無理もない。父親の顔は痛々しいほど包帯とガーゼに覆われているのだから…。
「パパ…おかお…」
大きな目に涙を溜めたモーガンは、何度か瞬きした。小さな涙が零れ落ち、娘の涙にトニーは胸が痛んだ。
「パパ…いたい?」
不安げな娘を安心させるようにトニーは首を振った。
と、左手に温もりを感じた。
「モーガン、パパはゆっくり休まないといけないのよ」
ペッパーの声だ。
「うん…」
小さな声で囁いたモーガンは、トニーの頬にそっと手を触れた。
「パパ、おやすみ…あいしてる」
娘の手の温もりに目を閉じたトニーは、コソコソと話す2人に聞き耳を立てた。
「ねぇ、ママ…。パパ、げんきになる?」
「えぇ、時間はかかるけど、パパは元気になってお家に帰ってくるわよ」
うん…と頷いたモーガンは暫く黙っていたが、ずっと思っていることを母親に聞いてみることにした。
「パパ…おかお、どうしたの?」
ペッパーが息を飲んだ。気づかれないように…。何と説明したら良いのだろうかと思ったペッパーだが、娘に分かりやすく話すことにした。
「パパが世界を…いいえ、宇宙を救ったってお話をしたの覚えてる?」
「うん」
頷いた娘の頭をペッパーは優しく撫でた。
「パパは、皆を助けたヒーローなの。だけどね、頑張りすぎて、大変な怪我をしたのよ…。パパはお顔にも手にも身体にも、酷い火傷を負ったの。だから今はゆっくり休まないといけないのよ」
父親がヒーローだと聞いたモーガンは、パッと顔を輝かせた。
「パパ、アイアンマンだもんね!」
嬉しそうな娘の言葉に、トニーは小さく笑みを浮かべた。

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I love you three thousand…①

「ゆっくり眠って…」

伝えたいことは山ほどある。
君たちを遺していかなければならないのだから、せめて愛してると一言だけ最期に伝えたかった。
リアクターの上に置かれた彼女の手や、頬にそっと触れた柔らかな温もりも感じることができない…もう二度とこの手で君たちを抱きしめることができない世界に行かねばならない。そんな細やかなことですら、叶うことのない夢となってしまう…。

こうするしかなかった。今の生活を…ペッパーを守り、そしてモーガンの未来を守るためには…。妻と子供のためなら何だってしてみせる。例え自分の命と引き換えにしようとも…。

5年前、石と引き換えに助けられた命だったが、結局この時のためだったのだから…。ストレンジの言ったたった一つの方法…それは自分が命を捨て守り抜くことだったのだから…。

5年間、普通の生活をすることができた。家族を持つこともできた。たった5年だったが、幸せ以外、何もなかった…。

だが、後悔はないなんて言えない。言えるはずはない。モーガンに伝えたかった。最期に伝えたかった。幼い娘はきっと父親の死をはっきりと理解できないだろうから…。パパはずっとそばにいると…直接伝えたかった…。もっと生きていたかった。娘の成長を見守り、そしてペッパーと愛し合いたかった…。

もしもの時のために、遺言は遺したが、やはり最期に娘に会いたかった。

だが、きっと大丈夫…。
ペッパーとモーガンには…ローディやハッピーが付いている。
だから、守ってくれる人はいる。自分がいなくなっても大丈夫なはず…。

ペッパーの声が聞こえなくなった。

何も感じることができなくなった。

何も見えなくなった…。

ずっと戦い続けた。
戦う度に、ずっと悪夢に悩まされてきた。
だから、ペッパーの言う通り、これでゆっくり休むことができるのかもしれない…。

『2週間ほど泣いたら、後ろめたさ全開で生きてくれ』
5年前にはそう言い遺した。そう思っていたから…。

だが、実際は…。
家族と離れて…休めるはずなんてない…。
休めなくてもいい…。
家族がそばにいてくれるなら…。

ペッパー……モーガン………

3000回…愛してる…………

②へ

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