トニーが危篤状態で運ばれてから、ペッパーは手術を終えたトニーにずっと付き添っていた。何度も手術を受けるトニーは、持ちこたえられない可能性があると宣告され、誰もが諦めそうになった。だが、きっと彼はもう一度だけ戦いに勝ち、戻ってきてくれるとペッパーは信じ続けた。その間、モーガンはハッピーやローディが面倒を見てくれていた。夜には家に戻るようにしていたペッパーだが、それでも最初の3日はトニーの容態が安定せず、家に戻ることが出来なかった。4日目にようやく帰宅したのだが、モーガンは泣きながら抱きついてきた。パパはどこ?と探すモーガンに、ペッパーはもしもの時のために…と、娘に話をした。父親は悪い人達と戦い地球を守ったこと、だが勝利と引き換えに酷い怪我をしてしまったこと、そのため今は病院で必死に戦っていること…。分かりやすく話したつもりだが、4つになったばかりの娘には、やはりピンと来ないようだ。トニーに似て年齢よりも賢いモーガンだが、父親が家に帰って来ないという現実を受け止めることが出来なかったのだ。
モーガンには現実を受け止めさせるのは重すぎると、ペッパーはトニーが意識を取り戻したら会わせようと考えていたが、モーガンはずっと父親の帰宅を待っていた。父親が作ってくれたブランコに座り、ずっと待っていた。が、1週間経っても父親は戻ってこなかった。夜になるとモーガンは泣いた。パパに会いたいと泣き続けた。そんな娘を抱きしめ、ペッパーは気づかれないように涙を流した。
10日経っても、トニーは生死の境を彷徨っていた。
「パパは?」
帰宅したペッパーに、モーガンは尋ねた。毎日尋ねても母親の答えは同じだと分かっているが、もしかしたらという淡い期待を込めて尋ねた。
「まだ眠ってるのよ…」
目線を合わせてしゃがみこんだペッパーは、娘の顔を覗き込んだ。口を尖らせたモーガンは、どこから持ってきたのか、アイアンマン のヘルメットを抱きしめている。
「モーガン、それはパパのよ。どこから持ってきたの?」
「あたしがみつけたの。パパのだいじなアイアンマン…」
目を瞬かせたモーガンは、ぐすっと鼻を啜った。
「ママ……パパ…おうちにかえってくるよね?」
「えぇ…」
見通しが立たないのだから、はっきりと答えることができず、ペッパーは思わず唇を噛み締めた。
「あたし……パパにあいたい…」
ペッパーは躊躇した。娘の声を聞けば、もしかしたらトニーは目を覚ますかもしれない。だが、全身包帯だらけで、全く面影のない父親にモーガンがどう反応するのかが怖かったのだ。そのため、ペッパーは娘の要望に応えることが出来なかった。黙ったままの母親に、モーガンは抱きついた。
「ねぇ、ママ…パパは…いなくなっちゃうの?」
ポツンと呟いたモーガンに、ペッパーは胸が張り裂けそうになった。
娘はショックを受けるかもしれない。だが、娘の存在がトニーの生きる気力に繫がるかもしれないのだ。
ようやく決心したペッパーは、娘の目を真っ直ぐに見つめた。
「分かったわ。パパに会いに行きましょ?モーガンの声を聞いたら、パパ、目を覚ますかもしれないわ」
翌日、ペッパーはモーガンを連れて病院へやって来た。
ICUの一番奥の個室でトニーは眠っていた。
無機質な音の響く部屋にそっと入ったモーガンは、消毒薬の匂いに思わず顔をしかめた。
「くそっ!」
トニーの真似をしているのだろうが、ペッパーとしては娘にそんな言葉を使って欲しくなかった。
「モーガン。パパの真似はしないで」
顔をしかめた母親を見上げたモーガンは、目をくるりと回した。どこまでもトニーにそっくりな、それでいて自分にも似ている大切な娘。きっとトニーは娘の声を聞けば…と、モーガンの手を繋いだペッパーは、ベッドに近づいた。
母親に抱き上げられ椅子に座ったモーガンは、恐る恐るベッドを覗き込んだ。
そこには頭と顔の右半分が包帯で覆われ、左半分もガーゼで所々覆われた人物が眠っていた。口元には何本もチューブを入れられ、身体中からは沢山の線が伸びている。
一瞬、モーガンは父親だと分からなかった。自分の知っている父親とはかけ離れた姿だったから…。黙ったままのモーガンは、怯えたように母親を見上げた。
「モーガン…パパよ」
母親の静かな声に、モーガンは身体を震わせた。
「パパ………なの?」
小さく頷いた母親からモーガンは再び父親に視線を移した。
「パパ…あたしよ…。モーガンよ…」
そっと呼びかけたモーガンは、唯一包帯の巻かれていない左手の人差し指に触れた。冷たく温もりのないその手に、モーガンはどうすればいいのか分からなくなってしまった。
「パパ……」
指を握りしめもう一度呼びかけてみた。だが、機械的な音がするばかりで、何も変わることはなかった。
やはり父親はもう家に帰ってこないのかもしれない…。二度と父親と遊んだり、話をしたり出来ないのかもしれない…。
そう思うと、モーガンはどうしようもないくらいの悲しみに襲われた。
「ママ…………」
母親を見上げたモーガンは、ポロポロと大粒の涙を流した。そして母親に抱きつくと、声を上げて泣き始めた。
「いやよ…あたし…パパとバイバイしたくない!パパと…パパと…またブランコしてあそびたいの!」
号泣する娘をギュッと抱きしめたペッパーは、背中を何度も何度もさすった。
しばらくしてモーガンはしゃくりあげながらも泣き止んだ。そして母親の肩に顔を埋めると、ポツリと呟いた。
「…どこもいかない?」
「え?」
悲痛に満ちた娘の言葉に、ペッパーは思わず聞き返した。するとモーガンは顔を上げると、涙で濡れた瞳でペッパーを見つめた。
「パパも…ママも…あたしとずーっといっしょよね?」
モーガンは震えていた。父親を失うのではないかという恐怖と、そして母親もいなくなるのではないかという恐怖と…。震える娘を安心させようと、ペッパーは小さな身体をギュッと抱きしめた。
「えぇ、そうよ。モーガンのそばに…パパもママもずっといるわ…」