「Until now I have been looking for you」カテゴリーアーカイブ

Until now I have been looking for you.⑯

病院へ担ぎ込まれたトニーは、衰弱しきっていることもあり、入院することになった。
身体中鞭で叩かれたような傷だらけ、食事も与えられていなかったのか、痩せ細ったトニーの胃の中は空っぽだった。
そして何より、かなりの精神的な苦痛を与えられていたらしく、トニーは不安定な状態だった。

「ペッパーちゃん…」
廊下に座り待っていたペッパーは、マリアの声に顔を上げた。手招きされ部屋に入ると、トニーは眠っていた。
首や手首には包帯が巻かれ、青白い顔をしたトニーは、辛そうに眉間に皺を寄せたまま眠っていた。
ホイットニーはトニーに一体何をしたのだろう…。
トニーがどんなに辛い目にあっていたのか、考えただけでも涙が出てきた。
小さな涙を流したペッパーは、トニーの手をそっと握りしめた。

「しばらく入院ですって。精神的にも相当参ってるから、落ち着くまで眠らせておくそうよ…」
そう告げたマリアは、ペッパーに向かって頭を下げた。
「ペッパーちゃん、ありがとう。あなたには何てお礼を言ったらいいか…。あなたは息子を救ってくれた…。取り戻してくれた…」

ホイットニーと対峙したペッパーは、その足でスターク邸へ向かった。そして録音した音声をハワードとマリアに聞かせた。ハワードはすぐさま警察に知らせ、決定的な証拠だと、警察は逮捕状を取った。
つまり待ち合わせに指定された場所は、警察が包囲しており、トニーを安全に確保すると同時にホイットニー・フロストを監禁容疑で逮捕する段取りになっていたのだ。
それも全てあの時ペッパーが勇気を出して行動してくれたから…。だからマリアとハワードは、ペッパーに感謝してもしきれない程の恩を感じていたのだ。

何度もお礼を言うマリアにペッパーは首を振った。
「みんなの願いが通じたんです。トニーが無事に戻ってきますようにという願いが…」
そう告げたペッパーは嬉しそうに笑っており、マリアは彼女をギュッと抱きしめた。その温かさに、ホッと安心したペッパーは声を震わせた。
「でも…私…本当は凄く怖かったんです…。トニーが…もう2度とトニーが…戻ってきてくれないんじゃないかって…。私の話、聞こえないかもと思うと…。だから…本当によかったです…」
泣き出したペッパーをマリアは抱きしめ続けた。

暫くして泣き止んだペッパーだが、外はすっかり暗くなっているではないか。帰り支度を始めたペッパーを家まで送り届けるよう、マリアは廊下で待機していたスターク家の運転手に告げた。
下まで送ると言われ、ペッパーはマリアと並んで歩き始めた。
「トニーの気持ちが落ち着いたら、話を聞いてみるわ。あの子が本音を話してくれるかは分からないけど…」
寂しそうに笑ったマリアだが、ペッパーの手をそっと取った。
「その時は、あなたにも一緒にいて欲しいの…」
「え…私がですか?」
トニーの恋人とはいえ、部外者の自分がいてもいいのかと、ペッパーは目を白黒させた。
「えぇ、あなたが良ければ…ですけど。トニーはあなたのことを誰よりも信頼してるわ。だからあなたがそばにいてくれれば、あの子も心を開いてくれると思うの…」
マリアの縋るような視線に、ペッパーはトニーを取り戻すと覚悟した時の気持ちを思い出した。彼のことを何があっても受け止めるという覚悟を…。
「私でよければ…。私、彼の力になりたいんです。トニーが立ち直ってくれるなら、私は何だってします」
力強く頷いたペッパーに、マリアは感謝の言葉を述べた。

数日後、トニーは目を覚ました。
が、目を覚ますなり、彼は怯えたように震え始めた。
「トニー…」
母親の姿を見たトニーは、安心したのか、大粒の涙を流し泣き始め、堪らずマリアは息子を抱きしめた。小さな子供のようにしがみついてくる息子を、マリアも涙ながらに抱きしめ続けた。
「大丈夫よ、トニー…。ママがそばにいる…。あなたはもう大丈夫よ…」

マリアは病院に泊まり込み、ずっとトニーに付き添った。というのも、トニーは両親かペッパーがそばにいないと怯えるのだ。だが、マリアとペッパーの献身的な世話のおかげで、3日もするとトニーはようやく落ち着きを取り戻した。

トニーの気持ちが落ち着いたため、彼の気持ちをしっかり聞こうと、その日、病室にはハワードとマリア、そしてペッパーの姿があった。
「トニー、何があったのか、説明してくれる?」
手を握りしめた母親に何度か言われ、トニーはようやく本心を語る気になった。が、どう話せばいいのか分からない。話せば軽蔑されるかもしれないと思うと、怖くて仕方なかった。と、空いた手に温もりが触れた。ペッパーだった。安心させるように両手でトニーの手を包み込んだペッパーは、笑みを浮かべた。ペッパーの顔を見た途端、トニーはすぅと胸の中が軽くなった。両親も、そしてペッパーも、きっと思いを受け止めてくれる…そう感じたトニーは、ポツリポツリとこの数年間のことを話し始めた。

トニーの話を聞き終えた3人は、絶望と苦しみしかない話に、胸が張り裂けそうになった。
涙ながらに息子を見つめたマリアは、トニーの手をギュッと握りしめた。
「どうして…どうしてパパとママに相談してくれなかったの…。あの女に関係を強要されていたこともだけど、ずっといじめられてたことも…学校に馴染めなかったことも…。あなたが悩んでいたことも…。すぐにでも転校するなり方法はあったはずよ…。どうしてそんなに我慢してたの…。どうしてあなたが我慢し続けなきゃならなかったの…。パパとママはそんなに頼りなかった?」
母親の言葉にトニーは首を乱暴に振った。
「違う…。違うよ…。言えなかった…。言えなかったんだ…。父さんと母さんに、心配かけたくなかった…。それに、怖かったんだ…。こんなことで負けるようじゃ…父さんと母さんが望むような男になれないって……。父さんに認めてもらえないって…。俺、父さんにずっと認めてもらいたかった…。頑張ったなって、褒めてもらいたかった…。だから俺…」
ボロボロと涙を流したトニーは言葉を切ったが、その言葉はマリアと、そして特にハワードの胸に突き刺さった。
「あなたが心にずっと不安を抱えていたのに、パパもママも気づいてあげることができなかった…。もっと早く気づいてあげられてたら、あなたをこんなに苦しめることはなかったわ…。親失格ね…。ごめんなさい、トニー…。ごめんなさい…。ずっと我慢させててごめんなさい…。辛かったでしょ…」
母親の言葉に何度も首を振ったトニーは、目元を乱暴に擦った。
「そんなことない……父さんも母さんも……俺のこと…愛してくれてるだろ……。だから俺は頑張ろうって…。父さんと母さんに喜んでもらえるように、一人でも頑張ろうって…。で、でも…俺…ずっと寂しかった…。昔からずっと寂しかった…。いつもひとりぼっちで…寂しくて…誰かに頼りたかった…。だから俺…先生に…。俺のことを親身に考えてくれてるって…俺のことを信頼してくれてると思って…。それで俺、先生に…」
鼻を啜ったトニーは、目をギュッと閉じた。
「先生の信頼を裏切ると、本当にひとりぼっちになってしまうと思うと…怖くて従うしかなかった…。言うことを聞いていれば、褒めてもらえるし、そばにいてもらえると思うと…従うしかなかった…。それが愛情だと勘違いしてた…。だから、気づいたら抜け出せなくなってた…。先生の言葉だけが正しいって…そう思い込まされて…誰のことも信じられなくなってた…。でも、間違ってた。先生は俺を信頼してくれてた訳でも、親身になってくれていた訳でもなかった。俺、誰が一番俺のことを考えてくれているのか、分かってなかった…。ごめんなさい…ごめんなさい…。父さん、母さん…本当にごめんなさい……」
謝り続けたトニーは、顔を伏せると声を上げて泣いた。
「トニー…お願い。もう謝らないで…。あなたの苦しみに気づいてあげられなかった私たちを許して…。それから、もう我慢はしないで…。一人で苦しまないで…。パパもママも…あなたがあなたらしく…楽しく生きていてくれるのが…あなたが幸せになってくれるのが、一番の望みなのよ…」
トニーの背中をマリアが優しく撫でた。顔を上げたトニーは、母親に抱きつくと泣き続けた。

妻と息子の様子を黙ってみていたハワードだが、目元の涙を拭うと、ペッパーを手招きした。ハワードについて病室を出たペッパーは、ドアをそっと閉めたハワードを見つめた。
「ポッツさん、すまないな。君まで巻き込んで」
頭を下げたハワードに、ペッパーも頭を下げた。
「いえ…。私こそ…ご家族の話に入らせて頂いて…」
かなり立ち入った話だったのに、トニーが信頼しているからと、ハワードもマリアもペッパーが同席することを望んだのだ。それは彼らがペッパーを家族同然と考えてくれているからだろう。
「君はトニーが大切に思っている人だ。だから私たちにとっても大切な人なんだよ」
そう言うと小さく微笑んだハワードだが、彼は溜息をついた。
「しかし、情けないな。親として、トニーの何を見ていたのだろうな…。息子の苦しみを全く分かっていなかった。私はトニーにとって、良い父親とは言えないな…」
そう言うと、ハワードは苦しそうに顔を歪めた。

ペッパーは思い出した。いつかトニーが語っていたハワードとの思い出を…。
『親父とは楽しい思い出はない。だけど、うんと小さい頃、初めてエンジンを組み立てた時はさ、親父がこっそり手伝ってくれたんだ。その時の親父、嬉しそうでさ…。俺はあの時のことが忘れられないんだ。あの時の親父の笑顔が。あれが俺の原点。だから俺は親父と同じ道に進もうって決めたんだ。それにさ、親父には感謝してるんだ。このアカデミーを転校先に選んだのは親父だ。別の学校に転校していたら、今の俺はなかっただろうし、何よりペッパーに出会えなかっただろうから…』

あの時のトニーの言葉と笑顔は、偽りではなく本物だった。それをハワードに自分が伝えるべきか一瞬迷ったペッパーだが、きっとトニーは伝えて欲しいだろうと思い直した。
「トニー、言ってました。LAに来て本当によかったって。何度も言ってました。お父様がアカデミーを選んでくれたことも感謝してるって…」
ハワードの目に薄っすらと涙が浮かんだ。ペッパーの手を握りしめたハワードは、何度も何度も頷いた。
「ポッツさん、トニーはあなたに出会って変わりました。だから、これからも、息子のこと、よろしく頼む…」
小さく震えるハワードの背中。不器用ながらもトニーに対する愛情を感じたペッパーもまた、溢れる涙を抑えることができなかった。

⑰へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

Until now I have been looking for you.⑮

数時間後。
指定された場所でペッパーが待っていると、一台の車が停まった。すると、ドアが開き、中からトニーが現れた。
「トニー…」
立ち上がったペッパーはトニーに駆け寄ると抱きついた。
「よかった…無事でよかった…」
が、立ちすくんだままのトニーは何も言わない。そればかりか、虚ろな表情をしたトニーの瞳には何も映っていなかった。
「トニー?」
呼びかけてもトニーは返事をするどころか、瞬き一つしない。ホイットニーの話は本当だった。無表情で、反応のないトニーは、まるで人形のようだった。
(トニーの心は本当に壊れてしまったのかもしれない…)
不安がどっとペッパーの胸に押し寄せたが、兎に角話をしようと、トニーの手を繋いだペッパーは近くのベンチに腰を下ろした。
「トニー、聞いたわ…。彼女とのこと…」
トニーの手を握りしめたペッパーはそう切り出したが、トニーは黙ったままだ。
そこでペッパーは、彼に自分の気持ちを伝えることにした。
「ねぇ、言ったことなかったかもしれないけど、私は今のあなたが好きなのよ。自信過剰でわがままで…。でも、本当は優しくて、誰よりも思いやりのある人。そんなあなただから、私は恋に落ちたの…」
トニーは相変わらず遠くを見つめたまま、黙っている。今のトニーに自分の声は聞こえないかもしれない…。だが、きっと彼の心には届いているはずと、ペッパーは言葉を続けた。
「私のもね、同じなの。私もずっと一人ぼっちだった。誰とも打ち解けることができなかったし、いつも寂しかった。本当はお友達と遊びに行ったりしたかったけど、みんな私のことを遠巻きに見てるだけで…。だから私も心を閉ざしてた。でも、あなたに出会った。最初はいい加減なあなたのこと、苦手だったわ。でもあなたは、今まで出会った人と違っていた。私に普通に接してくれた。壁を作らず、接してくれた。本当はね、嬉しかったの。恥ずかしくて、つっけんどんな態度をとっちゃったけど…。私と同じ視線で世界を見てくれる人がいるんだと思うと、本当に嬉しかった。だからね、あなたと一緒にいるうちに、あなたのことが好きになったわ。私、あなたに初めての恋をしたの」
すぅと深呼吸をしたペッパーは、トニーの頬にそっと手を当てた。
「トニー、あなたは私のこと、見つけてくれたのよ。沢山の人がいる中から、あなたは私というちっぽけな存在を見つけてくれたの…」
と、トニーが何度か瞬きした。そして小さく声を出したトニーはゆっくりと顔を動かすと、ようやくペッパーを見つめた。その瞳に、少しだけ光が戻ってきた。いつものトニーの瞳が…。
「あなたはずっとひとりぼっちで孤独だった私を見つけてくれた。真っ暗な世界にいた私を、光の世界に連れ出してくれた。私に沢山のことを教えてくれた。私にも誰かを愛することができると教えてくれた。ありがとう、トニー。ずっと前にあなたは私に言ったわ。ペッパーに出会えてよかったって。でもね、私も同じなの。あなたに出会えて、本当によかった。私ね、心からそう思ってるの」
トニーの目に薄っすらと涙が浮かんだ。その涙を優しく拭ったペッパーは、トニーの頬をそっと撫でた。
「だからね、もう大丈夫。私はあなたのそばにずっといるわ。何があっても絶対にあなたの手を離さない。あなたが嫌だって言っても、絶対にね…。あなたのこと、全て受け止めてみせる。だから、あなたの苦しみ、私にも分かち合わせて…。今、あなたは暗闇の中でもがき苦しんでいる…。だけど絶対に私が助け出してみせる…。何があっても絶対に…。だからお願い。私のことは信じて…」
ペッパーの目から涙が溢れ落ちた。その涙は頬を伝わり、トニーの手に落ちた。ペッパーの涙の温もりが、トニーに伝わった。氷のように閉ざされた彼の心にも…。

「ペッパー…」
掠れた声で名を囁いたトニーは、ポロポロと涙を流し始めた。そしてペッパーに抱きつくと、声を上げて泣いた。

どのくらいそうしていただろう。泣き続けるトニーの背中をゆっくりと撫でていると、落ち着いたのか、トニーがしゃくりあげながら顔を上げた。彼の涙を拭ったペッパーは、手を握りしめた。
「帰りましょ?みんな、心配してるわよ。放課後、みんなであなたのこと、探し回ってるの」
「え……」
戸惑うトニーにペッパーはニッコリと笑いかけた。
「だって、トニーは大切な仲間ですもの」
トニーの手を握りしめたペッパーは立ち上がった。足元をふらつかせたトニーを支えたペッパーは、ゆっくりと歩き始めたのだが…。
「トニー、待ちなさい!」
血相を変えたホイットニーが、慌てて2人の元にやって来た。
「また約束を破る気?!本気で私から逃げられると思ってるの?あなたは私のもの。私だけのもの!一生私だけのものになるって、あなたは誓ったでしょ!証拠もあるわ!」
そう言うと、携帯を取り出したホイットニーは動画を再生し始めた。
ホイットニーに忠誠を誓う自分の姿を見たトニーが小さく震えだした。
「まだ分からないの?あなたは私がいないと、何もできない男なのよ!」
ペッパーがトニーの背中に手を置いた。まるで大丈夫というように、ペッパーはゆっくりと撫でた。
ペッパーの温もりに気持ちが落ち着いたトニーは、すぅっと深呼吸をした。そしてゆっくりとだが、ハッキリとした声でホイットニーに告げた。
「俺にはペッパーがいる。それに今は仲間が…友達も沢山いる」
トニーはホイットニーの目を見据えたまま話し続けた。
「あの頃の俺とは違うんだ。俺には俺のことを心配して、一緒に泣いたり喜んでくれる人が大勢いる。あなたは俺を束縛するだけだ。俺の身も心も、全て支配しようとする。間違った方法で俺に歪んだ愛を押し付けてくる。あの頃の俺は、あなたの愛が偽りだと気づかなかった。だけど、ペッパーが俺に本当の愛を教えてくれた。ペッパーは、ありのままの俺を受け止めてくれる。愛してくれる。だから俺にはあなたはもう必要ない」
ペッパーの手をギュッと握りしめたトニーは、そう言うと、息苦しくなったのか、何度も深呼吸をした。
悔しそうに唇を噛み締めホイットニーが、近づいてきた。トニーを守るように両手を広げて立ち塞がるペッパーを突き飛ばしたホイットニーは、トニーの手を掴んだ。
「そんなものどうでもいいの!あなたに愛なんて必要ない!こっちへ来なさい!二度と、二度と立ち直れないようにしてやるから!」
怯えたように目を閉じたトニーだが、パッと目を開いたトニーは、ホイットニーの手を払いのけた。
「俺に触るな!ペッパーにもだ!」
そう叫んだトニーは、地面に倒れたペッパーに駆け寄った。
ホイットニーがたじろいだ。初めてトニーが抵抗したのだ。だが、何としても彼を連れ去らねば…と、ホイットニーが再びトニーの手を掴もうとした時だった。
「息子に何をしたの…」
ホイットニーが振り返ると、ハワードとマリアが怒り露わに立っていた。
真っ赤な顔をしたマリアは、ホイットニーにズンズンと近づいた。
「あなた、うちのトニーに何をしたのよ!」
マリアがホイットニーを平手打ちした。何度も何度も…。泣きながらホイットニーを叩き続けるマリアを、ハワードが抱きしめた。
「もういい。後は警察に任せろ」
数人の警官がホイットニーに駆け寄り、手錠を掛けた。それを見届けたハワードは、トニーを救急車に乗せた。そしてホイットニーを睨みつけると、ドスの効いた声で告げた。
「二度と、二度と息子に近づくな」
何か言おうとしたホイットニーを一瞥したハワードは、車に乗り込むと、救急車の後を追った。

⑯へ…

最初にいいねと言ってみませんか?