「Everything Is For You」カテゴリーアーカイブ

Everything Is For You⑲

病院を出たところまでは確認できたが、その後のペッパーの足取りは掴めなかった。
事件に巻き込まれたに違いないと、警察が捜索を始めたのだが、数時間後事態は最悪の方向へ動いた。ペッパーに同行したスタッフが病院からほど近い廃ビルで遺体で発見されたのだ。
暴行され無残な姿で発見されたスタッフは、あの事件で重体となった自分の姿を重なり、トニーはキリアンがペッパーを誘拐したのだと確信した。
警察の見解もトニーと同じであり、キリアンはすぐさまペッパー・スターク誘拐事件の首謀者としても手配されたのだが、2人の痕跡は3日経っても何も掴めなかった。
対策本部の立てられた社に泊まり込み、一睡もしていないトニーは疲労の色濃く、様子を見に来たジャーヴィスとアナは何とか休むように言ったが、トニーは頑として言うことを聞かなかった。
「トニー様、少しお休みになられて下さい」
食事も一切口にしていないトニーに、アナは彼の大好物のドーナツを作ってきたのだが、トニーは首を振るばかりで手を付けない。
と、トニーの携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。
「おい!逆探しろ!」
準備が整ったと警察が頷いたのを確認すると、トニーは電話に出た。

「よお、スターク。半殺しにしてやったのに、元気そうだな」
聞こえて来たのは忘れたくても忘れられない声…アルドリッチ・キリアンだ。ずっと記憶の奥底に封印していたはずの悪夢のような時を思い出したトニーは、ゴクリと唾を飲み込んだ。殴られ刺された古傷が痛み、携帯を持つ手が震えだした。またあの時のように傷つけられ、そして殺されかけるのではないかという恐怖がトニーに襲いかかり、心拍数はどんどん上がっていった。電話を切り、この場から逃げ出したかった。だが、ペッパーの命が掛かっているのだ。弱い所を見せる訳にはいかない。努めて冷静でいようと深呼吸をしたトニーは、今この瞬間にもペッパーが泣いているかもしれないと、自分を奮い立たせた。
「ペッパーは…妻は無事だろうな!」
怒り狂うトニーをキリアンは嘲り笑った。
「俺のオンナを返してもらっただけだ。そうだ。いいものを見せてやる。メールをチェックしろ」
その言葉と共に電話は切れ、同時に一通のメールが届いた。
「スタークさん、メールを確認させて頂いていいですか?」
頷いたトニーから携帯を受け取った警察は壁に掛けたスクリーンにメールを映し出した。
トニーの目の前にあるモニターにもメールは映し出されたのだが、トニーはその内容に震えあがった。
『お前の子供は邪魔だ。生まれたら始末してやる。だが、ヴァージニアは永遠に俺のもの。彼女もそれを望んでいるぞ?』
顔面蒼白になっているトニーに添付ファイルの開封許可を警察は求めて来た。
「あぁ…」
と小さくうめいたトニーだが、彼は次の瞬間後悔した。
それはキリアンがペッパーを暴行している動画だった。ペッパーを拘束したキリアンは嫌がる彼女の身体に馬乗りになっている。音声こそ入っていないが、泣き叫ぶペッパーはトニーの名前を呼んでいるようだ。と、映像が消えた。流石にまずいと思った警察が消したのだ。
(俺の…妻だぞ…。どうして…こんな…)
口元を抑えたトニーの目からは、涙が零れた。もう耐えきれなかった。他の男が最愛の妻を乱暴し続ける映像を見せられるのは…。
立ち上がったトニーは部屋を飛び出した。
「トニー様!」
慌てて後を追いかけたジャーヴィスは、トイレでかがみ込むトニーを見つけた。咳き込んでいるトニーの隣に座ったジャーヴィスは、主人の震える背中を撫でた。
「じゃ、ジャーヴィス…ど、どうしよう…。お、俺……また…何も出来なかった……」
ガタガタと震え始めたトニーは、ジャーヴィスにしがみついた。その姿は、両親が死んだと告げられた時、パニックに陥った彼と重なり、ジャーヴィスは何とかトニーを落ち着かせようとした。だが、次第に呼吸が荒くなっていくトニーは、ついには過呼吸に陥り、胸を押さえ苦しみ始めた。
「トニー様!」
とにかく医務室へと思ったジャーヴィスだが、彼一人でトニーを運べそうにない。と、そこへハッピーが走り込んで来た。トニーを抱きかかえたハッピーはジャーヴィスと共に医務室へと急いだ。

医務室へ担ぎ込まれた時、トニーは酷いパニック状態に陥っていた。泣き叫び暴れるトニーは鎮静剤を打たれると、ようやく落ち着き眠り始めた。だがずっとうなされており、ジャーヴィスとアナは交代で看病した。

トニーは夢を見ていた。最悪の夢を…。
目の前にペッパーとキリアンがいた。
ペッパーの拘束は解かれ、キリアンの足元に跪いている。
「その目だ。その目だよ、ヴァージニア。従順な俺の可愛いヴァージニアが戻ってきたな」
くくっと笑ったキリアンは、下腹部に顔を埋めて舐めているペッパーの頭を抑え込んだ。
咳き込みながら頭を離したペッパーはうっとりとした表情でキリアンを見上げている。
「次はどうするんだったかな?」
キリアンに問われると、ペッパーはノロノロと四つん這いになった。口や胸元は白く汚れ、瞳は靄がかかったように空ろなペッパーは尻を高く掲げた。
「あぁ…愛してるわ…キリアン…」
トニーに向かって笑みを浮かべたキリアンは、ペッパーを後ろから貫いた。同時にペッパーは、歓喜の声を上げキリアンを求め続けた…。

「ペッパー!!」
自分の叫び声で目を覚ましたトニーは、起き上がると大粒の涙をボロボロと零し始めた。泣き叫ぶトニーを抱きしめたアナは、彼が小さい頃のように背中を優しく摩り始めた。
「しー…坊ちゃま…大丈夫…大丈夫ですよ…」
アナに抱き付き泣いていたトニーだが、しばらくすると落ち着いたのか、しゃくり上げながらつぶやいた。
「アナ……ペッパーは…もう…」
トニーは諦め心が折れかけている。今の彼は数年前、両親が死んだ時の彼と同じ状態だ。だが、ペッパーはまだ生きている。望みが全て潰えたわけではないのだから、二度とあの悲劇を繰り返してなるものか…。
トニーを奮起させようと、アナは彼の頬を平手打ちした。
「トニー様!あなたが信じなくてどうするんですか!!しっかりして下さい!もうすぐ父親になるんですよ!」
頬を抑えたトニーは何度か瞬きをすると、小さく頷いた。
「大丈夫ですよ、きっとご無事です。ペッパー様はトニー様をおいて遠くに行かれたりしませんから…」
そう言い続けるとトニーは落ち着きを取り戻した。しばらくして顔を上げたトニーは、いつものトニーに戻っていた。
「何か食べて下さい」
頷いたトニーはアナからドーナツを受け取ると食べ始めた。
「…旨い…」
ボソッと呟いたトニーはあっという間にドーナツを平らげると、
「もう1つ、いい?」
と、アナに向かって微かに微笑んだ。

と、誰かがバタバタと走り込んできた。
「スタークさん、奥様の居場所を突き止めました!これから現場に向かいます」
制服を着た警官の言葉にトニーはベッドから立ち上がった。
「俺も行く!」
「危険ですからお待ちください」
一応知らせに来ただけだと立ち去ろうとする警官に向かってトニーは叫んだ。
「捕まってるのは俺の妻だ!それに子供もだ!」
点滴を引き抜いたトニーは、椅子にかけてあったジャケットを手に取ると、走り出した。

現場に向かうと、今にも飛び出して行きそうなトニーを警官が押しとどめた。
「先程突入して奥様の無事を確認しました。今、こちらに向かわれてます。ですが、他には誰一人いないのです。罠かもしれません。スタークさん、お気をつけて…」
数年前の事件のことを思えば、これはもしかしたらトニーを暗殺するための罠かもしれない。トニーを守るように周囲は警官が取り囲んだ。
すると、救出されたペッパーが婦人警官に支えられ姿を見せた。
「ペッパー!」
「トニー…」
ペッパーの姿を見たトニーは、静止を振り切り彼女に駆け寄ろうとした。
と、2発の銃声が聞こえ、トニーが立ち止まった。
「トニー?」
その場から動かなくなったトニーは、囁くような声を出した。
「ペッパー……ぶじか…… 」
明らかに様子がおかしい。だが、頷いたペッパーにトニーは微かに笑みを浮かべた。
「よかった……」
次の瞬間、トニーの身体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「え……」
何が起こったのだろう…。だが、地面に倒れたトニーの周りはみるみるうちに血で真っ赤に染まり始め、ペッパーはようやくトニーの身に何が起こったのか理解した。
「トニー!!」
誰の仕業だろうかと視線を上げると、トニーの背後にいた警官が銃を構えているではないか。銃口からはまだ硝煙が立ち上っており、そしてそれはペッパーの方へと向きを変えた。
「スタークさん、だから気をつけろって言ったじゃないですか」
ニヤっと笑った警官だが、次の瞬間彼の身体は地面に叩き付けられた。
警官に横から体当たりしたのは、ハッピーだった。トニーが心配で無理矢理同行したハッピーは、警官の身体に馬乗りになると、彼を殴り始めた。
「お前…ボスに…トニーに何したんだ!!」
怒り狂ったハッピーは元ボクサー。彼のパンチは強烈で警官はすぐに失神してしまった。

ハッピーを横目にトニーに駆け寄ったペッパーは、そばに跪く跪くと必死で夫に呼びかけた。
「トニー!トニー!!」
だが、薄らと目を開いたままのトニーは動かない。 側頭部からは血が噴き出し、ペッパーの服を真っ赤に染めていく。
トニーの身体を起こしたペッパーは、彼の頬に手を当てた。光のないどんよりとした瞳に自分の姿は映っていない…。つまりそれは…。
「い…いやぁぁぁ!!!」
トニーにしがみつき泣き叫ぶペッパーの声が、騒然とする現場に響き渡った。

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Everything Is For You⑱

予定日まで2ヶ月となった、1月のある朝。
休日ということもあり2人は昼近くになってもベッドの中で微睡んでいた。
「あと2か月で会えるんだな」
お腹に手を当てているトニーの髪を優しく梳いたペッパーは、お腹の中の子供がくるっと動いたのに気づくと、微笑んだ。
「そうね。この子も待ちきれないみたいよ」
クスクス笑うペッパーの表情は優しさで溢れ返っており、すでに母親になる準備が万端の様にトニーには思えた。片や自分はと言うと…。
子供が生まれるのはもちろん嬉しい。昔から自分が両親にして貰えなかったことを子供にはしたいとずっと思っていたから…。
だが、正直、トニーにはまだ実感がなかったのだ。親になる実感が…。家族が…守るべき存在が1人増えるという実感が…。
バースクラスにも病院ツアーにも参加した。おむつの変え方もミルクの与え方も一通り全て習った。だが、一人っ子で常に大人の中で育ってきたトニーは子供との接し方が分からなかったのだ。
チラリと視線を上げたトニーはペッパーを見つめた。
自分よりも人生経験も豊富で聡明な女性。いつまで経っても子供じみた自分とは違い、彼女は全てにおいて大人な対応ができる。それは共に働き始めて改めて実感したこと。時折10歳近く年下な自分が情けなくなる程完璧な女性なのだから、彼女は間違いなく完璧な母親になるだろう。それに引き換え自分は欠点だらけのダメな父親になるに違いない。そうなると、彼女はきっと呆れてしまうだろう…。
「俺さ、正直不安なんだ。まだ子供の俺に、子育てできるのかって…。だから…俺…きっとダメな父親になるよ…」
ずっと胸の内にあった不安を口に出してみると、ペッパーは驚いたのか一瞬目を丸くしたが、すぐにたしなめるような口調になった。
「トニー、あなたは世界一素敵なパパになるわよ。だってあなたは優しくて頼もしい旦那様なんだから。だからそんなこと言っちゃダメ」
まるで子供を宥めるような口調のペッパーに、トニーはやっぱり子ども扱いされていると思ってしまい、拗ねた様に口を尖らせた。
「でも、俺…君みたいに完璧じゃないし…いつまでも子供じみてるし…」
トニーの口調でペッパーはようやく気付いた。
(トニーは自分が年下なのを気にしてるの?)
年の差なんて関係ないと常々言っていたトニーなのに、そう言えば一緒に働きだしてから言わなくなった。
何かに没頭すると周りのことが目に入らなくなるトニーは、開発したり実験したりする方がどうやら向いているようだ。そのため、経営に関する問題を社員は社長であるトニーではなくペッパーに視線を向けて話をするようになっていたのだ。それに関してはトニー自身は特に何も言わなかった。『どうせそのうち君は副社長になるし、俺が経営に関わると会社を潰すかもしれない。だから君に任せるよ』と逆に言う始末。だから『実質的にCEOはミセス・スターク』という陰口も、当然2人の耳にも入っていた。でも結局トニーの判断は最終的には的確だし、彼が開発する物はいつだって完璧なのだ。
それに、『子供じみている』と言うが、それはそれでペッパーの大好きな彼の一面なのだ。プレゼンや講演を行う彼は、別人に見える程大人びて見える。そんな大人な彼は自分だけのトニーではない気がする。だが、家に帰り2人きりになった時に見せる子供っぽい彼を見ると、自分だけのトニーが帰って来たと思えるのだ。
つまり、完璧ではないそのままのトニーが好きなのだが、それをそのまま伝えても、彼は素直に受け取ってくれるかしら…とペッパーは言葉を選びながら話し始めた。
「ねぇ、トニー。不安なのは私もよ。私もね、今でも不安でいっぱいなの。ちゃんと子育てできるかって。でも、あなたがいてくれるから、きっと大丈夫だって信じてる。それに私はあなたが言うほど完璧じゃないわ。もしそう見えるなら、それはあなたがいてくれるからよ。私はあなたがそばにいて支えてくれるから、いつも頑張れるの」
ペッパーの言葉、それはトニーにとって予想外の言葉だった。彼女は不安のひと欠片も見せていないのだから…。
目を丸くしたトニーを安心させるように、ペッパーはぎゅっと抱き付いた。
「だからね、トニー。大丈夫。2人で少しずつパパとママになっていきましょ?」
ペッパーの首筋に顔を埋めたトニーは小さく頷くと「あぁ…」とくぐもった声を出した。

しばらくして顔を上げたトニーは、先ほどとは打って変わりすっきりとした表情をしていた。
「名前、そろそろ決めないといけないな」
お腹の中の子供が女の子であることは、数か月前に知らされていたが、妊娠が分かった時から胎児のことを『ちびちゃん』や『お姫様』と呼んでいる2人は、名前を決めかねていたのだ。きちんとした名前は生まれてから決めればいいだろうが、候補はいくつか挙げておいた方がいいだろう。
「そうねぇ。候補はいくつか出しておいた方がいいわよね?」
もっともだと頷いたトニーは
「ママに似てきっと美人だぞ、俺のお姫様は」
と、お腹にキスをすると子供に向かって話しかけ始めた。

「名前……か」
1ヶ月後。会議も終わり自室で書類整理をしていたトニーだが、気が付けば思いついた名前を羅列していた。この1ヶ月で書き溜めた名前は何枚にも及んでいるが、トニーは候補を絞りきれないでいた。
ペッパーは検診のため不在。会議があり一緒に行くことが出来ず、信頼できるスタッフを同行させたのだが、腕時計をちらりと見たトニーは顔を顰めた。とっくに検診は終わっているはずなのに、連絡がないのは珍しい。何かあったのかもしれないと携帯を取り出した時だった。
「ボス!アルドリッチ・キリアンが脱獄したと連絡が!」
飛び込んできたのは、トニーの運転手兼ボディーガードで親友のハッピー・ホーガン。
「脱獄って…どういうことだ!」
国内でも警備の最も堅い刑務所に収容されているはずなのに、どうして脱獄できたのだろうか…。
だが、それよりも先に確かめなければならないことがある。
慌ててペッパーの携帯を鳴らしたトニーだが、一向に出る気配がない。
「ハッピー!病院に確認を取れ!」
ハッピーが血相を変えて部屋を飛び出していくのを横目に、トニーはペッパーに同行したスタッフの携帯を鳴らし続けたが、こちらも何の応答もない。
最悪の事態がトニーの頭を過った。
「くそっ!!!」
携帯を握りしめたトニーは、怒りをぶつけるかのように椅子を蹴飛ばした。

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Everything Is For You⑯

翌朝、トニーは朝早くからペッパーを外へ連れ出した。
「一つ、行きたい所があるんだ」
どこに向かうのかは秘密だとトニーは車を走らせた。市街地から離れ、緑豊かな郊外の静けさにペッパーは目を閉じたのだが…。
「おい、着いたぞ」
いつの間にか眠ってしまったようで、トニーに起こされたペッパーは辺りをキョロキョロと見渡した。そこは森の中にある美しい教会だった。
「教会って…」
もしかして、彼のサプライズとは『結婚式』だったのだろうか。目を潤ませ何も言わないペッパーに、トニーはビクビクしている。
「勝手に用意して怒ってる?」
怒るなんてとんでもない。卒業に向けて忙しい中、彼は一人でこっそり準備してくれたのだから、こんなに嬉しいサプライズはあるだろうか。
首を振ったペッパーは感謝の言葉を述べようとしたが、涙が出るばかりで肝心の言葉が出ない。
「まだ泣くのは早いぞ?」
泣きじゃくるペッパーを抱き寄せたトニーは、背中をポンっと軽く叩いた。

トニーが用意していたドレスは、マーメードラインでペッパーのスタイルの良さを最大限に引き出す、とても美しいドレスだった。妊娠は想定外だったのだろうが、幸いにもまだお腹は出ていない。ヘアメイクをしてもらうと、鏡の中には美しい花嫁が現れた。
「お美しいですわ、ヴァージニア様」
鏡の中の自分はまるで別人だった。ドレスとヘアメイクのおかげもあるだろうが、最愛の人とようやく迎えることができた喜びは、全身から溢れ出ていた。
「そろそろお願いします」
声をかけられたペッパーは、鏡の中の自分に微笑むとブーケを持ち立ち上がった。

チャペルのドアをくぐったペッパーは、一瞬目を疑った。てっきり2人きりの式になると思っていたのに、大勢の笑顔に出迎えられたから…。
ジャーヴィスとアナ、そしてスティーブ、ソーにジェーン、ロキ、ナターシャとブルース、クリントとローラ、フューリーにマリア・ヒルまでいる。それに、アカデミーでのペッパーの同僚や、交流のあった大勢の人たちまで…。
トニーはいつの間にかこんなに準備をしたのだろう。後から聞けば、ジャーヴィスやスティーブがずっと手伝ってくれていたそうだが、それでもペッパーはトニーを含め皆の心遣いが嬉しくて堪らなかった。
「トニー…」
ポロポロと大粒の涙を流したペッパーがトニーの横に並ぶと、神父はお決まりの言葉を述べ始めたが、ペッパーはその間もずっとしゃくり上げている。それでも何とか誓いの言葉を述べ、指輪を交換した2人だが、まだ泣きじゃくっているペッパーのベールをトニーはゆっくりと上げた。
「ハニー、涙はもう終わりだ。君の笑顔、見せてくれ」
涙を拭いながらそう囁いたトニーは、ペッパーの頬を両手で包み込むと唇を奪った。
「ペッパー…永遠に俺のそばにいてくれ…」
きらめく瞳に見つめられそう囁かれると、ペッパーはもうどうしようもないくらい前の男性が愛おしくなった。
「私も…ずっとあなたのそばにいるわ…」
ニッコリ笑ったペッパーはトニーに抱きつくと、唇を奪った。

こうして晴れて夫婦になった2人は、皆に見送られてハネムーンに向かった。
ハネムーンの行き先もサプライズにしたいようで、プライベートジェットが離陸してもトニーは何も言わない。何とか聞き出そうと奮闘したペッパーだったが、逆にトニーに押し倒されて、気がつけば飛行機は目的地に到着している有様。
「ここ…どこ…」
足腰が立たずふらつくペッパーを抱き上げたトニーは、待たしていたリムジンに乗り込んだ。
「出会った頃、言ってただろ?いつか世界中の美術館巡りをしたいって。だからヨーロッパの美術館巡りをしようと思ってる。まずはパリだ。ルーブル、オルセー、オランジュリーがあるだろ?それからイタリア、オーストリアにドイツ。最後はロンドンだ。本当はスペイン、ベルギー、オランダも寄りたかったんだけど、今回は日程的に厳しいから…」
「5カ国も行くの?!」
トニーが羅列する国を指折り数えていたペッパーだが、次から次に国名が出てくるのだから、素っ頓狂な声を上げた。
「あぁ。3週間あればハネムーンも十分だろ?」
もしかして不満なのかと不安げな顔をしているトニーに、ペッパーは慌てて頭を振った。
「じ、十分すぎるわよ!私、アメリカ国内から出たことないし…それに、まさかそんなに長くハネムーンに行けるなんて思ってなかったから」
ペッパーに不満がないと分かり、トニーにもようやく笑みが戻った。
「ハネムーンで思いっきり愛し合いたいと言ったのは君だろ?それに、俺がすることは全て君のため…。だからこれからは何でも言ってくれ」
お互いの指を絡ませると、真新しい結婚指輪から金属音が聞こえ、ペッパーは頬を赤らめた。

ハネムーンのお話は、また別枠で書く予定です(●´ω`●)

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Everything Is For You ⑮

6月。今日はトニーが戻ってくる日だ。
夕方に到着する彼のために、好きな物を沢山作ってあげようと、朝からキッチンへ立っているペッパーだが…。
吐き気を催したペッパーはトイレへ駆け込んだ。
ここ数日、気分が悪いし、アレも遅れている。
最後に身体を重ねて3ヵ月。あの時、避妊もそして薬も飲んでいなかったから、当然の結果なのかもしれないが…。
もしもの時のために買っていた検査薬を手に再びトイレへ向かったペッパーだったが…。
結果は陽性。つまり彼女は妊娠していた。
「大丈夫よね…」
心配なのはトニーの反応。彼は卒業したら結婚しようと言っていた。だが、子供に関する話を彼は一切したことがなかった。もしかしたら子供は嫌いなのかもしれない…。そう思ったことも何度かある。
不安に押しつぶされそうになったペッパーだが、『大丈夫…きっと大丈夫…』と何度も自分に言い聞かせると、再びキッチンへと向かった。

夕方になり、ついにトニーが戻ってきた。満面の笑みを浮かべたトニーは、玄関先にも関わらずペッパーを抱きしめるとキスをし始めた。そしてペッパーを抱きかかえたままリビングへ向かうと、彼女をソファーに座らせたのだが、ポケットに手を突っ込んだトニーは、何か告げようとしているのか、真剣な表情になると大きく息を吸った。
(今がチャンスよ!)
何を言おうとしているのか分からないが、こうなったら早い者勝ちだ。
「と、トニー!あのね…」
と切り出したペッパーは、トニーが口を開く前に叫ぶように告げた。

「に、妊娠したの!!」

何か言おうとしていた口をあんぐり開けたまま、トニーは目をパチパチさせた。しばらくしてようやく我に返ったトニーだが、
「しまった。予想外だ…」
と呟くと頭を掻いた。
子供が出来たと告げたのに、予想外という反応しか返ってこないのだ。やっぱりダメだったのかもしれないと、ペッパーの胸に一気に不安が押し寄せた。
「予想外って…」
泣き出しそうなペッパーに気づいたトニーは、安心させるように彼女をギュッと抱きしめた。そして、飛びっきりの甘い声で囁いた。
「ペッパー、結婚しよう」
(結婚…。今…結婚って言った?!)
確かに卒業したら結婚する予定ではあったが、まさか帰宅してすぐにもう一度プロポーズされるとは思ってもいなかったペッパーは、目を白黒させている。
「会って一番に言って、俺が君を驚かせるつもりだったのに…。予想外だ…。先を越された…」
しょんぼりとしていたトニーだったが、ようやくペッパーの言葉の意味を理解したのか、今度は彼が目を白黒させ始めた。

「ちょっと待て…。妊娠って……子供が出来たのか?!」
「えぇ…」
一体彼は私の話を聞いていたのかしら…と思ったペッパーだったが、トニーは「俺が…父親…」と一人ぶつぶつと呟いている。
そして、ハッと我に返ったトニーはペッパーの肩を揺さぶった。
「い、いつ産まれるんだ?!男か?女か?!た、大変だ!色々準備しないと!!」
どれだけパニック状態なのか知らないが、こんなに慌てふためくトニーを見たのは初めてだ。大きな目をさらに見開いているトニーを落ち着かせるようにペッパーは彼の腕をさすった。
「まだ病院へは行ってないの。今朝、検査薬で調べたら陽性だったから…。あなたが帰って来てから一緒に行こうと思って…」
「そうか…」と呟いたトニーは時計に視線を送った。そして勢いよく立ち上がるとペッパーの手を握りしめた。
「まだ病院は開いてるだろ?今すぐ行くぞ!」
「え?!明日の朝でも…」
そんなに急がなくても…。それにせっかくの料理が冷めてしまうわ…と現実的なことを考えるペッパーを余所に、トニーは唾を散らしながら叫んだ。
「明日は予定がある!大事な予定があるからダメだ!」
(大事な予定って何よ!)
サプライズにしておきたいのだろうが、トニーの考えていることがさっぱり分からないペッパーは、慌てて用意をするとトニーの後を追いかけた。

「おめでとうございます。妊娠3ヶ月目に入られてますよ」
診察を終えた医師からそう告げられると、2人は顔を見合わせた。
「ペッパー…」
震える声でそう呟いたトニーだが、次の瞬間…。

「やったぞ!!!!」

病院中へ響き渡るような大声で叫んだトニーは、ペッパーを抱き上げるとキスをし始めた。
「と、トニー!!」
真っ赤になったペッパーは何とか身体を引き離したが、すっかり舞い上がっているトニーは聞いていない。そのまま診療室を飛び出して行ってしまったトニーの後を、医師にお礼を言ったペッパーは、またしても慌てて追いかけて行った。

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