Everything Is For You⑱

予定日まで2ヶ月となった、1月のある朝。
休日ということもあり2人は昼近くになってもベッドの中で微睡んでいた。
「あと2か月で会えるんだな」
お腹に手を当てているトニーの髪を優しく梳いたペッパーは、お腹の中の子供がくるっと動いたのに気づくと、微笑んだ。
「そうね。この子も待ちきれないみたいよ」
クスクス笑うペッパーの表情は優しさで溢れ返っており、すでに母親になる準備が万端の様にトニーには思えた。片や自分はと言うと…。
子供が生まれるのはもちろん嬉しい。昔から自分が両親にして貰えなかったことを子供にはしたいとずっと思っていたから…。
だが、正直、トニーにはまだ実感がなかったのだ。親になる実感が…。家族が…守るべき存在が1人増えるという実感が…。
バースクラスにも病院ツアーにも参加した。おむつの変え方もミルクの与え方も一通り全て習った。だが、一人っ子で常に大人の中で育ってきたトニーは子供との接し方が分からなかったのだ。
チラリと視線を上げたトニーはペッパーを見つめた。
自分よりも人生経験も豊富で聡明な女性。いつまで経っても子供じみた自分とは違い、彼女は全てにおいて大人な対応ができる。それは共に働き始めて改めて実感したこと。時折10歳近く年下な自分が情けなくなる程完璧な女性なのだから、彼女は間違いなく完璧な母親になるだろう。それに引き換え自分は欠点だらけのダメな父親になるに違いない。そうなると、彼女はきっと呆れてしまうだろう…。
「俺さ、正直不安なんだ。まだ子供の俺に、子育てできるのかって…。だから…俺…きっとダメな父親になるよ…」
ずっと胸の内にあった不安を口に出してみると、ペッパーは驚いたのか一瞬目を丸くしたが、すぐにたしなめるような口調になった。
「トニー、あなたは世界一素敵なパパになるわよ。だってあなたは優しくて頼もしい旦那様なんだから。だからそんなこと言っちゃダメ」
まるで子供を宥めるような口調のペッパーに、トニーはやっぱり子ども扱いされていると思ってしまい、拗ねた様に口を尖らせた。
「でも、俺…君みたいに完璧じゃないし…いつまでも子供じみてるし…」
トニーの口調でペッパーはようやく気付いた。
(トニーは自分が年下なのを気にしてるの?)
年の差なんて関係ないと常々言っていたトニーなのに、そう言えば一緒に働きだしてから言わなくなった。
何かに没頭すると周りのことが目に入らなくなるトニーは、開発したり実験したりする方がどうやら向いているようだ。そのため、経営に関する問題を社員は社長であるトニーではなくペッパーに視線を向けて話をするようになっていたのだ。それに関してはトニー自身は特に何も言わなかった。『どうせそのうち君は副社長になるし、俺が経営に関わると会社を潰すかもしれない。だから君に任せるよ』と逆に言う始末。だから『実質的にCEOはミセス・スターク』という陰口も、当然2人の耳にも入っていた。でも結局トニーの判断は最終的には的確だし、彼が開発する物はいつだって完璧なのだ。
それに、『子供じみている』と言うが、それはそれでペッパーの大好きな彼の一面なのだ。プレゼンや講演を行う彼は、別人に見える程大人びて見える。そんな大人な彼は自分だけのトニーではない気がする。だが、家に帰り2人きりになった時に見せる子供っぽい彼を見ると、自分だけのトニーが帰って来たと思えるのだ。
つまり、完璧ではないそのままのトニーが好きなのだが、それをそのまま伝えても、彼は素直に受け取ってくれるかしら…とペッパーは言葉を選びながら話し始めた。
「ねぇ、トニー。不安なのは私もよ。私もね、今でも不安でいっぱいなの。ちゃんと子育てできるかって。でも、あなたがいてくれるから、きっと大丈夫だって信じてる。それに私はあなたが言うほど完璧じゃないわ。もしそう見えるなら、それはあなたがいてくれるからよ。私はあなたがそばにいて支えてくれるから、いつも頑張れるの」
ペッパーの言葉、それはトニーにとって予想外の言葉だった。彼女は不安のひと欠片も見せていないのだから…。
目を丸くしたトニーを安心させるように、ペッパーはぎゅっと抱き付いた。
「だからね、トニー。大丈夫。2人で少しずつパパとママになっていきましょ?」
ペッパーの首筋に顔を埋めたトニーは小さく頷くと「あぁ…」とくぐもった声を出した。

しばらくして顔を上げたトニーは、先ほどとは打って変わりすっきりとした表情をしていた。
「名前、そろそろ決めないといけないな」
お腹の中の子供が女の子であることは、数か月前に知らされていたが、妊娠が分かった時から胎児のことを『ちびちゃん』や『お姫様』と呼んでいる2人は、名前を決めかねていたのだ。きちんとした名前は生まれてから決めればいいだろうが、候補はいくつか挙げておいた方がいいだろう。
「そうねぇ。候補はいくつか出しておいた方がいいわよね?」
もっともだと頷いたトニーは
「ママに似てきっと美人だぞ、俺のお姫様は」
と、お腹にキスをすると子供に向かって話しかけ始めた。

「名前……か」
1ヶ月後。会議も終わり自室で書類整理をしていたトニーだが、気が付けば思いついた名前を羅列していた。この1ヶ月で書き溜めた名前は何枚にも及んでいるが、トニーは候補を絞りきれないでいた。
ペッパーは検診のため不在。会議があり一緒に行くことが出来ず、信頼できるスタッフを同行させたのだが、腕時計をちらりと見たトニーは顔を顰めた。とっくに検診は終わっているはずなのに、連絡がないのは珍しい。何かあったのかもしれないと携帯を取り出した時だった。
「ボス!アルドリッチ・キリアンが脱獄したと連絡が!」
飛び込んできたのは、トニーの運転手兼ボディーガードで親友のハッピー・ホーガン。
「脱獄って…どういうことだ!」
国内でも警備の最も堅い刑務所に収容されているはずなのに、どうして脱獄できたのだろうか…。
だが、それよりも先に確かめなければならないことがある。
慌ててペッパーの携帯を鳴らしたトニーだが、一向に出る気配がない。
「ハッピー!病院に確認を取れ!」
ハッピーが血相を変えて部屋を飛び出していくのを横目に、トニーはペッパーに同行したスタッフの携帯を鳴らし続けたが、こちらも何の応答もない。
最悪の事態がトニーの頭を過った。
「くそっ!!!」
携帯を握りしめたトニーは、怒りをぶつけるかのように椅子を蹴飛ばした。

⑲へ…

1人がいいねと言っています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。