Everything Is For You⑲

病院を出たところまでは確認できたが、その後のペッパーの足取りは掴めなかった。
事件に巻き込まれたに違いないと、警察が捜索を始めたのだが、数時間後事態は最悪の方向へ動いた。ペッパーに同行したスタッフが病院からほど近い廃ビルで遺体で発見されたのだ。
暴行され無残な姿で発見されたスタッフは、あの事件で重体となった自分の姿を重なり、トニーはキリアンがペッパーを誘拐したのだと確信した。
警察の見解もトニーと同じであり、キリアンはすぐさまペッパー・スターク誘拐事件の首謀者としても手配されたのだが、2人の痕跡は3日経っても何も掴めなかった。
対策本部の立てられた社に泊まり込み、一睡もしていないトニーは疲労の色濃く、様子を見に来たジャーヴィスとアナは何とか休むように言ったが、トニーは頑として言うことを聞かなかった。
「トニー様、少しお休みになられて下さい」
食事も一切口にしていないトニーに、アナは彼の大好物のドーナツを作ってきたのだが、トニーは首を振るばかりで手を付けない。
と、トニーの携帯に見知らぬ番号から電話がかかってきた。
「おい!逆探しろ!」
準備が整ったと警察が頷いたのを確認すると、トニーは電話に出た。

「よお、スターク。半殺しにしてやったのに、元気そうだな」
聞こえて来たのは忘れたくても忘れられない声…アルドリッチ・キリアンだ。ずっと記憶の奥底に封印していたはずの悪夢のような時を思い出したトニーは、ゴクリと唾を飲み込んだ。殴られ刺された古傷が痛み、携帯を持つ手が震えだした。またあの時のように傷つけられ、そして殺されかけるのではないかという恐怖がトニーに襲いかかり、心拍数はどんどん上がっていった。電話を切り、この場から逃げ出したかった。だが、ペッパーの命が掛かっているのだ。弱い所を見せる訳にはいかない。努めて冷静でいようと深呼吸をしたトニーは、今この瞬間にもペッパーが泣いているかもしれないと、自分を奮い立たせた。
「ペッパーは…妻は無事だろうな!」
怒り狂うトニーをキリアンは嘲り笑った。
「俺のオンナを返してもらっただけだ。そうだ。いいものを見せてやる。メールをチェックしろ」
その言葉と共に電話は切れ、同時に一通のメールが届いた。
「スタークさん、メールを確認させて頂いていいですか?」
頷いたトニーから携帯を受け取った警察は壁に掛けたスクリーンにメールを映し出した。
トニーの目の前にあるモニターにもメールは映し出されたのだが、トニーはその内容に震えあがった。
『お前の子供は邪魔だ。生まれたら始末してやる。だが、ヴァージニアは永遠に俺のもの。彼女もそれを望んでいるぞ?』
顔面蒼白になっているトニーに添付ファイルの開封許可を警察は求めて来た。
「あぁ…」
と小さくうめいたトニーだが、彼は次の瞬間後悔した。
それはキリアンがペッパーを暴行している動画だった。ペッパーを拘束したキリアンは嫌がる彼女の身体に馬乗りになっている。音声こそ入っていないが、泣き叫ぶペッパーはトニーの名前を呼んでいるようだ。と、映像が消えた。流石にまずいと思った警察が消したのだ。
(俺の…妻だぞ…。どうして…こんな…)
口元を抑えたトニーの目からは、涙が零れた。もう耐えきれなかった。他の男が最愛の妻を乱暴し続ける映像を見せられるのは…。
立ち上がったトニーは部屋を飛び出した。
「トニー様!」
慌てて後を追いかけたジャーヴィスは、トイレでかがみ込むトニーを見つけた。咳き込んでいるトニーの隣に座ったジャーヴィスは、主人の震える背中を撫でた。
「じゃ、ジャーヴィス…ど、どうしよう…。お、俺……また…何も出来なかった……」
ガタガタと震え始めたトニーは、ジャーヴィスにしがみついた。その姿は、両親が死んだと告げられた時、パニックに陥った彼と重なり、ジャーヴィスは何とかトニーを落ち着かせようとした。だが、次第に呼吸が荒くなっていくトニーは、ついには過呼吸に陥り、胸を押さえ苦しみ始めた。
「トニー様!」
とにかく医務室へと思ったジャーヴィスだが、彼一人でトニーを運べそうにない。と、そこへハッピーが走り込んで来た。トニーを抱きかかえたハッピーはジャーヴィスと共に医務室へと急いだ。

医務室へ担ぎ込まれた時、トニーは酷いパニック状態に陥っていた。泣き叫び暴れるトニーは鎮静剤を打たれると、ようやく落ち着き眠り始めた。だがずっとうなされており、ジャーヴィスとアナは交代で看病した。

トニーは夢を見ていた。最悪の夢を…。
目の前にペッパーとキリアンがいた。
ペッパーの拘束は解かれ、キリアンの足元に跪いている。
「その目だ。その目だよ、ヴァージニア。従順な俺の可愛いヴァージニアが戻ってきたな」
くくっと笑ったキリアンは、下腹部に顔を埋めて舐めているペッパーの頭を抑え込んだ。
咳き込みながら頭を離したペッパーはうっとりとした表情でキリアンを見上げている。
「次はどうするんだったかな?」
キリアンに問われると、ペッパーはノロノロと四つん這いになった。口や胸元は白く汚れ、瞳は靄がかかったように空ろなペッパーは尻を高く掲げた。
「あぁ…愛してるわ…キリアン…」
トニーに向かって笑みを浮かべたキリアンは、ペッパーを後ろから貫いた。同時にペッパーは、歓喜の声を上げキリアンを求め続けた…。

「ペッパー!!」
自分の叫び声で目を覚ましたトニーは、起き上がると大粒の涙をボロボロと零し始めた。泣き叫ぶトニーを抱きしめたアナは、彼が小さい頃のように背中を優しく摩り始めた。
「しー…坊ちゃま…大丈夫…大丈夫ですよ…」
アナに抱き付き泣いていたトニーだが、しばらくすると落ち着いたのか、しゃくり上げながらつぶやいた。
「アナ……ペッパーは…もう…」
トニーは諦め心が折れかけている。今の彼は数年前、両親が死んだ時の彼と同じ状態だ。だが、ペッパーはまだ生きている。望みが全て潰えたわけではないのだから、二度とあの悲劇を繰り返してなるものか…。
トニーを奮起させようと、アナは彼の頬を平手打ちした。
「トニー様!あなたが信じなくてどうするんですか!!しっかりして下さい!もうすぐ父親になるんですよ!」
頬を抑えたトニーは何度か瞬きをすると、小さく頷いた。
「大丈夫ですよ、きっとご無事です。ペッパー様はトニー様をおいて遠くに行かれたりしませんから…」
そう言い続けるとトニーは落ち着きを取り戻した。しばらくして顔を上げたトニーは、いつものトニーに戻っていた。
「何か食べて下さい」
頷いたトニーはアナからドーナツを受け取ると食べ始めた。
「…旨い…」
ボソッと呟いたトニーはあっという間にドーナツを平らげると、
「もう1つ、いい?」
と、アナに向かって微かに微笑んだ。

と、誰かがバタバタと走り込んできた。
「スタークさん、奥様の居場所を突き止めました!これから現場に向かいます」
制服を着た警官の言葉にトニーはベッドから立ち上がった。
「俺も行く!」
「危険ですからお待ちください」
一応知らせに来ただけだと立ち去ろうとする警官に向かってトニーは叫んだ。
「捕まってるのは俺の妻だ!それに子供もだ!」
点滴を引き抜いたトニーは、椅子にかけてあったジャケットを手に取ると、走り出した。

現場に向かうと、今にも飛び出して行きそうなトニーを警官が押しとどめた。
「先程突入して奥様の無事を確認しました。今、こちらに向かわれてます。ですが、他には誰一人いないのです。罠かもしれません。スタークさん、お気をつけて…」
数年前の事件のことを思えば、これはもしかしたらトニーを暗殺するための罠かもしれない。トニーを守るように周囲は警官が取り囲んだ。
すると、救出されたペッパーが婦人警官に支えられ姿を見せた。
「ペッパー!」
「トニー…」
ペッパーの姿を見たトニーは、静止を振り切り彼女に駆け寄ろうとした。
と、2発の銃声が聞こえ、トニーが立ち止まった。
「トニー?」
その場から動かなくなったトニーは、囁くような声を出した。
「ペッパー……ぶじか…… 」
明らかに様子がおかしい。だが、頷いたペッパーにトニーは微かに笑みを浮かべた。
「よかった……」
次の瞬間、トニーの身体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。
「え……」
何が起こったのだろう…。だが、地面に倒れたトニーの周りはみるみるうちに血で真っ赤に染まり始め、ペッパーはようやくトニーの身に何が起こったのか理解した。
「トニー!!」
誰の仕業だろうかと視線を上げると、トニーの背後にいた警官が銃を構えているではないか。銃口からはまだ硝煙が立ち上っており、そしてそれはペッパーの方へと向きを変えた。
「スタークさん、だから気をつけろって言ったじゃないですか」
ニヤっと笑った警官だが、次の瞬間彼の身体は地面に叩き付けられた。
警官に横から体当たりしたのは、ハッピーだった。トニーが心配で無理矢理同行したハッピーは、警官の身体に馬乗りになると、彼を殴り始めた。
「お前…ボスに…トニーに何したんだ!!」
怒り狂ったハッピーは元ボクサー。彼のパンチは強烈で警官はすぐに失神してしまった。

ハッピーを横目にトニーに駆け寄ったペッパーは、そばに跪く跪くと必死で夫に呼びかけた。
「トニー!トニー!!」
だが、薄らと目を開いたままのトニーは動かない。 側頭部からは血が噴き出し、ペッパーの服を真っ赤に染めていく。
トニーの身体を起こしたペッパーは、彼の頬に手を当てた。光のないどんよりとした瞳に自分の姿は映っていない…。つまりそれは…。
「い…いやぁぁぁ!!!」
トニーにしがみつき泣き叫ぶペッパーの声が、騒然とする現場に響き渡った。

⑳へ…

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