26:131.骨抜き注意報

トニーが大学を卒業することになったのは、ペッパーが2年生を終了した年だった。MITを首席で卒業したトニーは、そのまま大学院へ進学したが…。
あっと言う間に修士号を2つ取ったトニーは、翌年大学院を卒業。跡取りとして当然なのだが、スターク・インダストリーズに就職することになった。
LAの本社に…と言われていたが、トニーはペッパーが卒業するまでは…と、NYの支社に行かせてくれと頼んでいた。
ペッパーはまだ一年大学がある。となると、NYに勤務するトニーとは離れ離れになるわけだ。お互い離れたくない二人にとっては死活問題。トニーとしては、ペッパーを毎日通わせるわけにはいかないと思ったのだろう。
「君と離れたくない。だから、NYまで車で通うよ」
と言ったが、ペッパーは猛反対。
「通うって…車だと4時間近くかかるのよ?!」
一日や二日ではないのだ。これから毎日一年間トニーにそんな生活をさせるわけにはいかない。
「大丈夫だ」
と、トニーは言うが、途中何かあったら…と、ペッパーは気が気でない。
「大丈夫じゃないわ!あなたが大変じゃない…」
泣き出しそうなペッパーにトニーは何も言えなかった。しばらくして、顔を上げたペッパーは、真っ直ぐな瞳をトニーに向けた。
「あと1年頑張ればいいのよ。また離れ離れになっちゃうけど、卒業したらあなたのところに行くわ!それに、飛行機で1時間よ。週末には会えるもの…」
「ペッパー…」
いつの間にか彼女はこんなに強くなったのだろう。数年前、ボストンへ行くと告げた時は離れたくないと泣いていたのに…。
(俺が彼女を手放したくないわけか。どれだけ骨抜きなんだろうな…)
口の端を上げたトニーは、ペッパーをギュっと抱きしめた。トニーの力強い腕に抱きしめられながら、ペッパーはそっと目を閉じた。
「私は大丈夫。だから、安心してNYに行って?それに、離れてても私たちは大丈夫…」

結局トニーはNYへ行き、ボストンに残ったペッパーとは離れて暮らす生活が始まった。今まで表舞台にほとんど立ってなかったトニーは、その容姿と若さ、そして『スターク』という名前もあり、マスコミの格好の餌食となった。そして、会社としてもその人気にあやかって、跡取りであるトニーを売り出そうとしたのだった。毎日パーティー三昧の生活。本当は嫌で仕方がないのだが、仕事なのだから仕方ない。パーティーに行けば、多くの女性に囲まれる。わざとドリンクをこぼしては、トニーに擦り寄ってくる女性もいる。だが、取引先の相手、そして今は関わりがなくても、今後要人となる可能性がある人物ばかりなのだ。変な顔や態度をすることなど出来るはずがない。毎日無理やり笑顔を貼り付けて対応するトニーの心の支えは、ペッパーの笑顔と、そして毎日のメールや電話でのやり取りだった。

(ペッパー…会いたいな…)
つかの間の休息。一緒に撮った写真を眺めているトニーの元に広報部の人間がやって来た。どうやら新しいCMを作るらしい。
企画書を見たトニーはため息を付いた。ろくな企画ではないと分かっている。だが、本社からの命令だ。…いや、この内容だと少なくとも父親は関わっていないだろうが…、私情で断る訳にもいかない。それが、今のトニーの仕事なのだから…。

それから数週間後。トニーは忙しいのだろうか、メールは来るものの、ペッパーは一週間ほど声を聞いていなかった。
そんな中、何気なしにテレビを付けたペッパーは、画面に釘付けになってしまった。
スクープと題した派手なタイトルと共に現れたのは、トニーが二人の美女とキスしながらホテルに入っていく映像。隠し撮りされた様子もなく、テレビカメラに気がついているトニーは、カメラに向かってVサインまでしているではないか。
「嘘……」
目の前が真っ暗になったペッパーは、震える手でトニーに電話をかけた。だが仕事中なのだろうか、トニーは電話に出ない。
何度も何度も電話しているうちに、ペッパーは情けなくなった。自分はこんなに信じていたのに、独りになった彼は裏切ったのだ。あの調子だとおそらく、他にも大勢の女性がいるに違いない…。
トニーが見も知らぬ女性とベッドで戯れている光景が頭に浮かんだペッパーは、携帯をゴミ箱に投げ捨てた。

その夜遅く、鳴り続ける携帯に気づいたペッパーが画面を見ると、トニーからだった。話したくないが真相を知りたい…しばらく悩んでいたペッパーだったが、通話ボタンを押すと携帯を耳に当てた。
「ペッパー、すまない。ずっと電話できなくて…。一日中会議だったんだ」
聞きたくてたまらなかった声なのに、今のペッパーには言い訳にしか聞こえない。
「いいの。あなたはいろいろ忙しいんだもの」
やけに棘のある言い方に、トニーは眉間にシワを寄せた。
「どうした?何かあったのか?」
本気で心配しているトニーだが、ペッパーは昼間見たテレビを思い出し、苛立った声を上げた。
「どうしたって…。あなた、自分がやったことを分かって言ってるの?!」
ペッパーに怒鳴られたトニーは、状況が分からずキョトンとしている。
「は?おい、何の話だ?」
「とぼけないでよ!!浮気しといてよくそんな口が聞けるわね!」
ペッパーの口から『浮気』という言葉が飛び出し、トニーは唖然としてしまった。どうしてそんなことになっているのか、全く見当もつかない。
「浮気?ペッパー、俺は浮気なんかしてない」
浮気していないと言うとますます怪しい。
「してないですって?」
自分の感情を抑えられなくなったペッパーは金切り声を上げた。
「ペッパー!俺の言うことが信じられないのか!」
自分の言うことを信じてもらえず、トニーも次第に腹が立ってきた。
「信じないわよ!」
電話の向こうでペッパーはまだ喚き散らしている。怒りで顔を真っ赤にしたトニーは、
「勝手にしろ!」
と叫ぶと、電話を投げ捨てた。

翌日もメディアはトニーのスクープを報道し続けた。数々のモデルや女優の名前を挙げ、トニーと寝たという女性が彼のセックスは最高だと力説している。
テレビを付ければトニーのニュースを目にする羽目になる。
「もう、いや……」
頭からシーツをかぶったペッパーは、ベッドに潜り込んだ。
何度もトニーから電話がかかってきたが、ペッパーは頑なに出なかった。そのトニーからの電話も、そのうち掛かってこなくなってしまった。

(私たち…このまま終わってしまうの?)
両親に相談すれば心配するだろう。スティーブと結婚したナターシャは、二人目を妊娠中でもうすぐ出産。ジェーンもノルウェーに留学中。相談できる相手が身近におらず、ペッパーは一人孤独だった。

あの喧嘩から一週間。
体調のすぐれないペッパーは、二日前から寝込んでいた。
熱を出したペッパーは、出かける気力もなく、昨日から何も食べていなかった。
こんな時、トニーがいてくれたら、真っ先に病院に連れて行ってくれるし、不慣れな手付きで美味しい物を作ってくれるのに…と思ったペッパーだったが、NYで一人頑張っているトニーに…しかも喧嘩の真っ最中なのだから連絡することは出来なかった。

夜になり、ペッパーがうとうととしていると、大きく温かな手が額に触れた。
「ハニー、大丈夫か?」
薄っすらと目を開けると、目の前には会いたくてたまらなかった恋人の姿。
「とにー?」
トニーはNYにいるはず…きっとこれは幻ね…と考えたペッパーだが、冷たいタオルを額に置かれようやく目の前のトニーは現実だと分かった。
目を白黒させているペッパーにトニーは笑いかけた。
「あぁ。俺だ。連絡しても繋がらないし、何かあったのかと心配で来たんだ。寝込んでるなら、連絡してくれればよかったのに…。いや、出来なかったんだよな?ペッパー、すまなかった。君に誤解させるようなことをして、本当にすまなかった…」
頭を下げたトニーだが、熱で頭が回っていないペッパーは、彼が何を言っているのか理解出来なかった。
「誤解って?」
目をパチクリさせているペッパーの頬を優しく撫でたトニーは、彼女の隣に横になると、シーツごと抱きしめた。
「その話は、君の熱が下がってからにするよ。今はゆっくり休んでくれ。そばにいるから…」
「うん……」
広く大きく全てを受け止めてくれるトニーの腕の中で、ペッパーは久しぶりにゆっくり眠ることが出来たのだった。

翌朝、熱が下がったペッパーは、どこからともなく漂う美味しそうな香りに飛び起きた。
「そうよ…トニー!」
慌ててキッチンに向かうと、彼はコーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。ペッパーの視線に気付いたトニーは、顔を上げると笑みを浮かべた。
「おはよう、ハニー。何か食べれそうか?」
「うん…」
トニーが来てくれたのは夢じゃなかった…。
薄っすらと浮かんだ涙を拭ったペッパーは、テーブルに着くとトニーが差し出したベーグルにかぶりついた。

空腹が満たされたペッパーは、ふと昨晩の夢心地で聞いたトニーの話を思い出した。
「ねぇ、昨日の話。誤解って…」
あぁ、その話か…と、切り出したトニーはペッパーに向かい合うとそっと手を取った。
「君が見たスクープ映像…あれは、うちの新しいCMの撮影だ」
「CM?!でも、キスしてたわ!」
あの映像でトニーは、車から降りホテルに入るまで美女2人と相当濃厚なキスをしていたのだ。CM撮影だと言われても、ペッパーはすぐには信じられなかった。
ペッパーが信じていないのが分かったのだろう。
「広報部の連中が考えたんだ。俺は嫌だと言ったのに…」
と、言いながらトニーは携帯を取り出した。すると、トニーが開いたスターク・インダストリーズの公式サイトには、その新CMがトップページに掲載されていたのだ。
トニーが言うことは本当だった。だが、彼と一夜を共にしたという複数の女性が出てきたのはどう説明するのだろう…。
「でも、あなたと寝たっていう女の人がたくさん…」
自分と付き合う前の彼はさておき、恋人になってからのベッドの中の彼は自分しか知らないはずなのに、モデル並みの美女が彼の素晴らしさを延々と語っていたのだ。思い出し涙ぐんだペッパーをトニーは困ったように抱きしめた。
「そんなもの、マスコミの考えそうなことだ。名誉毀損で訴えたから、安心しろ」
「訴えたの?!」
虚偽にしろ、まさかそこまでするなんて…とペッパーが呆気にとられていると、トニーは澄まして答えた。
「当たり前だ。大切な君をこんなに苦しめたんだ。それくらいは当然だ」
どちらともなく顔を見合わせた二人は、クスッと笑い合った。
ペッパーの頬を優しく撫でたトニーは、真剣な眼差しで話し始めた。
「ペッパー。俺は君と恋人になってからは、他のオンナとどうこうしようなんてこれっぽっちも思ってない。だから、もっと自信を持ってくれ。それと、俺が君を公の場に連れて行かないのは、君に迷惑がかかるからだ。君が俺の恋人だと分かると、マスコミは君のことを24時間監視し始める。君の捨てたゴミですら漁るような連中だ。君には普通の学生生活を送って欲しいんだ。本当は、俺だって、君のことを自慢して歩きたい…。でも…」
そう言うと視線を伏せたトニー。
その言葉の続きは分かっている。彼は私をマスコミから守ろうと必死なのだ。結婚すれば追い回されるのは目に見えている。だから、私が学生のうちは自由にされてくれている。どうして私は彼の言葉を信じなかったのかしら…。彼を苦しめただけじゃないの…。
トニーの首元に腕を回したペッパーは、ギュっと抱き寄せた。
「トニー、ごめんなさい。あなたの言葉を信じなくてごめんなさい。本当なら、あなたのことだけを信じないといけないのに…。それなのに、私…」
ペッパーの背中を撫でながら、トニーは彼女の胸元に顔を埋めた。
「いいんだ、ペッパー。誤解が解ければいいんだ。それに、君も元気になってくれたし。今日も休みを取ってるんだ。明日の朝までは時間はたっぷりある。だから…な?」
悪戯っ子のような笑みを浮かべたトニーはペッパーを抱きかかえると寝室へと向かった。

27:050.めくるめく甘い夜

高校生パロ。社会人トニー20歳 大学生ペッパー18歳。

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