腕時計を奪われ目隠しをされたペッパーは、どこに向かっているのか探ろうとした。30分ほど走ると、車は止まった。すると今度はヘリコプターに乗せられた。こうなると、どこに向かっているのか分からない。小一時間ほど飛んだヘリコプターは、何処かに降り立った。目的地に到着したのか、手を引っ張られ、建物の中に入った。階段を降り、地下へ向かうようだ。
コツコツと足音だけが耳についた。ギイっと鈍い音がして、埃っぽい部屋の中に放り込まれたところで、ようやくペッパーは目隠しを外された。窓のない冷たい部屋には、古びたマットレスがポツンと置かれていた。そして部屋の隅には水の入った小さなポリタンクが置かれていたが、それ以外は何もなかった。
「ここにいろ。旦那を連れてきてやる」
男たちが部屋から出ていくと、ドアが閉まり、その場は暗闇に覆われた。
***
「どうです?スタークは」
硬い台の上に寝かされたトニーは、苦痛に顔を歪め呻き声を上げている。口からは血が溢れ、身体から流れ落ちている血は、床の上にも広がり始めた。
トニーの状態をチェックしていたのは、神経質そうな若者だった。が、その顔には表情はなく、冷酷な視線でトニーを見つめた若者は、血塗れの足を持ち上げた。途端にトニーの全身を、突き刺すような痛みが走った。
「うわぁぁ!!!」
あまりの痛みにトニーが悲鳴を上げた。すると若者は、
「うるさい!」
と叫ぶと、腹に刺さったミサイルの破片を押し込んだ。破片がさらに身体の奥深く突き刺さり、トニーは悲鳴を上げ続けた。
「酷い状態ですよ。生きているのが不思議なくらい。両足の骨は粉々ですし、背骨も折れてます。肺も一つ潰れているみたいですね。腹の中にもミサイルの破片が山ほど埋もれてます。取ってあげてもいいですけど、このままにしていても、すぐに死にますよ」
ククっと笑い声を上げた若者は、壊れ妙な方向に曲がっているトニーの右腕の義手を撫でた。
「これだけは取ってあげましょう」
右の脇腹に食い込んでいる義手をもぎ取ると、血が噴き出した。パッと飛び散った血飛沫を浴びた若者は、それをペロリと舐めると、悲鳴を上げ続けているトニーの首元に注射器を刺した。
「スタークさん、少しは静かにしてください」
すると、大きく息を吐いたトニーは眠り始めた。
手についた血を拭っている若者に、年配の男が尋ねた。
「どうします?計画が台無しです」
すると若者は、トニーの眠っている寝台を蹴った。
「予定を変更するしかないでしょ?彼は放っておけばそのうち死にます。このままにしておいてもいいですが、彼の奥さんがお待ちですよ。部屋に閉じ込め、この建物は爆破して、生き埋めにしましょう。そうすれば、誰にも気付かれることなく、2人とも死にます」
ハハッと楽しそうに笑い声を上げた若者のあまりの非情さに周囲の男たちは恐れ慄いたが、ボスである彼に逆らうことはできないため、何も言うことができなかった。
***
暗闇の中で、ペッパーは何とか脱出しようと試みていた。が、ドアの隙間から微かに漏れる光以外何も見えない。
トニーは何処にいるのだろう。
酷い怪我をしているであろう夫のことが気になって、ペッパーは気が狂いそうだった。泣き叫んでドアを叩きまくれば、誰かに気づいてもらえるだろうか…。
そんなことを考えていると、ドアの向こうから足音が聞こえてきた。そしてドアが嫌な音を立てて開いた。先程とは別の若い男だ。若者が部屋の隅に持っていたライトを置くと、続いてぐったりとしたトニーを担いだ年配の男が入ってきた。
「トニー!」
駆け寄ろうとしたペッパーだが、それを制した若者は、年配の男に合図した。すると年配の男は、マットレスの上にトニーを乱暴に寝かせた。
トニーは酷い状態だった。
右腕の義手は奪われ、シャツは血で真っ赤に染まっていた。
若者を振り切ったペッパーはトニーに駆け寄った。
「トニー…トニー……」
頬に触れてみたが、酷く顔色の悪いトニーは何の反応も示さない。力のない左手を握りしめたペッパーは、彼をこんな目に合わせた張本人であろう若者を睨み付けた。すると若者はゾッとするような笑みを浮かべると、口を開いた。
「動かさない方が良いですよ。上空から落下したせいで、両足は粉砕骨折していますし、背骨も折れてます。アーマーもなしで地上に落ちたのに、即死しなかったのが不思議ですね。そうそう、右腕の義手は壊れて身体に食い込んでいたので外しましたよ。それから、腹部にミサイルの破片が埋まったままですし、突き刺さっていた破片は、危ないので身体の中に押し込んでおきました。ご覧の通り、出血も止まりませんし、もっても2日ほどでしょう。状態を見ようと身体を動かしたら、ギャーギャーと悲鳴を上げてうるさかったので、鎮静剤を打っておきました。暫くは静かにしてくれますよ」
ククっと笑った若者は、まるで楽しい話でもしているかのような口調だ。が、その声からは何の感情も読み取れず、ペッパーは思わず身震いした。
このままだとトニーは死ぬ。だが、病院に連れて行けば、まだ助かるかもしれない。
目の前の若者に、そんな気がないことは分かっていたが、ペッパーは懇願するように叫んだ。
「……び、病院へ……早く病院へ連れて行って!」
すると若者は、大袈裟に肩を竦めた。
「無駄です。もう手遅れです。それに、このまま死んでくれた方が都合がいい」
彼らの目的は、トニーの死だ。
だが、どうして今なのだろうか。
ヒーローだった頃の彼には大勢の敵がいたが、引退して10年以上経つのに、どうして今なのだろうか…。
「何が目的なの…」
震える声で呟いたペッパーに、若者は鼻を鳴らした。
「本来の目的は、トニー・スタークを我々のものにすることでした。あなた方を無傷で捕まえて、あなたを解放することを条件に、彼は我々の元で一生働いてもらうつもりでした。彼の知識と頭脳は、今でも世界一ですからね。だけど、計画が狂いました。まさかあなたたちが我々と戦い、そして彼があなたを庇って死にかけるなんて、計算違いでした。我々だって、彼を殺したくありません。ですが、彼を病院へ連れて行けば、我々の存在がバレてしまいます。ですから、彼にはこのまま死んでもらいます。勿論あなたも。ここに閉じ込めておけば、酸素もじきになくなります。水だけは置いておいてあげましょう。そのうちあなたも窒息死するでしょうけど」
呆然と見つめてくるペッパーの瞳に恐怖の色を見つけた若者は、彼女を絶望の淵に突き落としてやろうと、さらに言葉を続けた。
「彼はもうすぐ目を覚ますでしょう。そして痛みで苦しみます。終わることのない、死ぬまで続く痛みと苦しみです。ですが、あなたは苦しむ彼に何もできない。苦しみながら死ぬ彼を看取ってあげてください」
若者は笑いながら部屋を出て行った。
ドアが閉まると機械の音が聞こえ、隙間から煙が流れ込んできた。が、それもすぐに収まった。それと同時に、光が完全に見えなくなった。
ペッパーは慌ててドアに駆け寄った。が、溶接されたのか、ドアは何をしてもピクリとも動かなくなった。
それでもドアを叩き続けていると、何かが爆破したのか、ドーンという音が聞こえ、天井から土埃が降り注いだ。
ペッパーは震え始めた。
自分たちは生き埋めにされたと悟ったペッパーは、その場に座り込んだ。涙が止まらなかった。何をしても自分たちがここにいることは、誰にも分からなくなってしまったのだから…。
「…助けて……」
だが、窓一つない部屋では、その声は誰にも届かなかった。
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