Papa’s Birthday.(2021年トニ誕)

「……パ……パパ」
頬を触れる感触にトニーが目を開けると、先月2歳になったばかりの娘が、頬をペチペチと叩いていた。
「おはよう、モーグーナ…」
大欠伸をしたトニーがシーツごと娘を抱きしめると、彼女はキャーっと笑い声を上げた。
「おはよ、パパ!」
手を伸ばしたモーガンは、父親の頬にキスをした。
「おたじょーびおめでと!」
舌足らずな口調の娘の言葉に、トニーは今日が5月29日で自分の誕生日であることを思い出した。そして同時に、2日後はあの日…世界の全てが変わってしまった日であることも…。

『スタークさん……』
あの声が聞こえた。助けを求める少年の声が…。
3年経った今も、トニーを捕らえて止まないあの悪夢のような出来事。あの時のことを…何も出来なかった自分を思い出したトニーは、震え始めた。

突然震え始めた父親にモーガンは顔色を変えた。彼女は幼いながらに気づいていた。父親が常に何かに怯えていることに…。夜中に叫び声を上げて飛び起きているのも、一晩中起きていることも、モーガンは知っていた。そして自分と母親がそばにいると、父親は落ち着きを取り戻すことも…。

「パパ…だいじょぶよ……」
モーガンは父親にギュッと抱きついた。小さな手で父親の背中を撫でた。怖い夢を見て泣きながら両親の寝室に行った時に、父親と母親がよくしてくれるように…。

小さな娘の温もりに、トニーは落ち着きを取り戻した。目の前に浮かんだあの残像を振り払うかのように頭を振ったトニーは娘を見つめた。すると彼女は少しだけ不安げな様子だったが、可愛らしい笑みを浮かべていた。
「パパ…あたちとママがいるよ」
ニコッと笑ったモーガンは、父親に告げた。その言葉に…そして妻と娘の存在に、トニーはいつも救われていた。
「あぁ、そうだな。パパにはママとモーガンがいる」
自分に言い聞かせるように告げる頃には、トニーはいつもの自分を取り戻していた。

着替えを済ませたトニーは、娘を抱き上げるとキッチンへと向かった。キッチンではペッパーが朝食の準備をしていた。
「お誕生日おめでとう、トニー」
トニーに気づいたペッパーは、皿をテーブルに置くと、トニーにキスをした。
「ありがとう、ハニー」
笑みを浮かべているトニーだが、心做しか顔色が悪いことにペッパーは気づいた。それはおそらく、3年前のことを思い出したから…。夫の心の奥に巣食う恐怖は、ペッパーですら完全に取り去ることは無理だった。
だが、きっといつの日か、彼の心の傷が癒え、悪夢に怯えることなく、ゆっくり眠ることができる日がやって来る。それがどういう形でやって来るかは分からないが…。その日まで、トニーのことを傍で支え続けるのが、自分の使命なのだから…。

朝食を食べ終わると、トニーはモーガンと庭で遊び始めた。ジェラルドに餌をやり、庭で鬼ごっこを始めた2人を見ながら、ペッパーはケーキを作り始めた。ケーキを作り終えると、昨晩トニーからリクエストされていたチーズバーガーとフライドポテトを作り、ジュースと共に並べると、ペッパーは庭に向かって声を掛けた。
「お昼ご飯、出来たわよ!」
走って家の中に入ってきたモーガンの後ろから、トニーはのんびりやって来た。
「リクエスト通り、今日のお昼はチーズバーガーよ」
「美味そうだな」
嬉しそうに手を叩いた父親を、先に食べ始めていたモーガンは見上げた。
「あたち、ちーずぶーがー、しゅき!」
トニーは笑いながら、モーガンの髪を撫でた。
「さすがパパの娘だ」
「嫌になっちゃうくらい、あなたにそっくりよね」
クスクス笑ったペッパーに向かい、トニーはわざとらしく眉をつり上げたが、娘が日に日に自分そっくりになってくるのは嬉しくもあり、そして誇らしくもあったので、娘と同じように大きな口でチーズバーガーにかぶりついた。

ランチの後。
「はい、パパ。ぷえぜんとよ」
モーガンから手渡されたのは、彼女の描いた似顔絵だった。
「凄い!パパにそっくりじゃないか!」
大袈裟に喜ぶ父親に、モーガンは誇らしげに鼻の頭を擦った。
「さぁ、パパ。ロウソクを吹き消して」
そう言いながらペッパーが運んできた彼女お手製のケーキの上には、46という数字のロウソクが立っていた。
「フーってしゅる!」
自分が吹き消そうと、モーガンは身を乗り出している。
「モーガン、手伝ってくれ」
そう言いながら娘を抱き上げたトニーは、ゆらゆらと炎の揺れるロウソクを、モーガンと共にふーっと吹き消した。

「何をお願いしたの?」
炎は消えているのに、まだフーっと息をふきかけている娘を見つめながら、ペッパーはトニーに尋ねた。するとトニーは、自分の腕の中にいる娘の頭を撫でた。
「来年もこうやって、家族3人で誕生日が祝えますように…と願った」
喜びよりも寂しさの勝ったその声に、ペッパーには一瞬、トニーが消えそうに見えた。堪らなくなったペッパーはそっとトニーに抱きついた。
「来年だけじゃないわ。5年後も10年後も…ずっと一緒よ…」
「…そうだな…」
トニーはそれ以上何も言わなかった。だが、彼は娘を抱き直すと、ペッパーの中に腕を回し、妻を抱き寄せた。

(神様…お願いします…。トニーがずっとずっと私たちのそばで、笑っていてくれますように…)

ペッパーは願った。自分の誕生日ではないが、願った。この1年…いや、この先ずっと、トニーが笑って過ごせますようにと…。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。