Everyone likes “Happy Ending”.

小さい頃からから大好きだったお伽話は、いつだってハッピーエンドで終わっていた。だが、アイアンマンの物語は、ハッピーエンドで終わらなかった。


『ハッピーエンドで終わらない物語もある』父親の遺したメッセージは、何度見ても納得がいかなかった。誰だってハッピーエンドが好きに決まっている。父親が死んだ後、母親は滅多に笑わなくなった。自分の前では笑っていたが、その笑顔はぎこちなかったし、影で母親はいつも泣いていることに、モーガンは気づいていた。それも全て、アイアンマンの物語がハッピーエンドで終わらなかったから。


アイアンマンは世界を救ったヒーローだと言われても、自分と母親には苦痛と喪失感しか残らなかったのだから、正直嬉しくも何ともなかった。
そのため、モーガンは考えた。どうしたらアイアンマンの物語もハッピーエンドで終わるのか、モーガンはずっと考え続けた。

そして数年考えた彼女は、一つの結論に達した。

それは、父親が開発したタイムトラベルの装置を使い2023年のあの日に戻り、父親を救うこと…。そのためには、まずはタイムトラベルの装置を作らねばならない。そしてストーンのパワーにも負けないようなアーマーも…。
そう考えたモーガンは、その日から亡き父親のラボに篭った。トニーに似て頭の回転の早いモーガンだが、8歳の彼女には困難なことばかりだった。誰かに手伝ってもらおうかと思った。父親と共に装置を開発したブルース・バナーの顔が浮かんだが、これから自分がやろうとしていることに反対されるかもしれないと思うと、相談することは出来なかった。そこでモーガンは、何年かかっても良いから、一人でやろうと決めた。

F.R.I.D.A.Y.はいつもモーガンの味方だった。『過去に戻って未来を変えるなんて、やってはいけまけん』と、F.R.I.D.A.Y.は一度も言わなかった。小さなモーガンにも分かりやすいように、F.R.I.D.A.Y.は資料やデータを解析し、モーガンの代わりにプログラムを構築してくれたりもした。ダミーとユーも不器用ながら手伝ってくれた。

休みの日もラボに篭っている娘を、ペッパーは黙って見守った。
「モーガンはパパにそっくりね」
おやつに手作りドーナツを持ってきたペッパーは、美味しそうにかぶりつく娘の頬を撫でた。
「懐かしいわね。パパもよくラボに篭ってたわ。ママがこうやってドーナツを持って行くとね、パパは鼻の頭にチョコレートや砂糖を付けてかぶりついてたわ」
懐かしそうにトニーの写真を見つめる母親に、モーガンは尋ねた。
「ねぇ、ママ。パパに会いたい?」
するとペッパーは、寂しそうに笑みを浮かべた。
「えぇ。ママは今でもパパを愛してるもの。パパはママの夢の中によく出て来るけど、いつも途中でふらりといなくなっちゃうのよ。どこに行ったのかと探したら、突然戻ってきて、ママのことを驚かせるの。だから、もしパパに会えるなら…今までの仕返しよって、パパのことを驚かせたいわ」
クスクス笑ったペッパーだが、やはりどこか寂しそうで、モーガンは母親のためにも何が何でも父親を救う未来を作ろうと決めた。

***

数年後。彼女はついにやり遂げた。それはモーガンが14歳になった年のことだった。

父親のアーマーのデーターを元に、モーガンは自分専用のアーマーを作った。アイアンマンと同じ色合いのアーマーは、計算上はタイムトラベルにも、ストーンのパワーにも耐えれるはずだ。
アーマーを着たモーガンは、机の上に飾られた写真を手に取った。
10年前、最後に撮った家族写真。父親は笑顔だが、どこか悲しそうだった。
この時のことだけはハッキリと覚えている。あの戦いが起こる前日、父親は家に戻ってきた。そして母親と自分に告げた。『みんなで写真を撮らないか?』と。父親の提案に、庭に出て家族3人で写真を撮った。何枚も何枚も…。あの日は家族3人で一緒に眠った。父親はいつものように冗談を言い、楽しい話を沢山してくれた。母親も父親にキスをしてもらい、嬉しそうだった。

翌朝、父親はいつものように出かけていった。
『3000かい、あいしてるよ、パパ』
そう告げると、父親は頬にキスをしてくれた。
『モーグーナ、行ってくるよ』
手を振りながら父親は出掛けていった。そしてそれっきり、二度と戻ってこなかった。

父親は死を覚悟して戦いに臨んだのだと思っていた。遺されたメッセージからも、そう思っていた。だが、最後のアーマーのデーターを分析したモーガンは気づいた。父親は自分がストーンを使う想定でアーマーを作っていなかったことに…。
戦いの最中で命を落とす可能性がある…それは少なくとも毎回考えていたかもしれない。だが、あの時は、タイムトラベルという未知の領域に踏み込むため、万が一のためにあのホログラムを遺したのだろう。そのため、ストーンを使い死ぬという結末は、父親にとっても想定外だったのだろう。
つまり、父親は自分と母親の元に…この家に戻ってくるつもりだったのだ。
だからこそ、モーガンは一つでも父親が生き残る世界を作りたかった。

『過去を変えても、今自分が生きている現実が変わるわけではない』
そんなことは分かっている。だが、自分が過去に戻り、父親が生き残る世界を作ることで、一つでも多くのハッピーエンドを作りたかった。

写真をジーンズのポケットに入れたモーガンはアーマーを装着した。そして深呼吸をすると、タイムトラベルの装置を起動した………。

***

***

2023年10月……。

凄まじい破壊音にモーガンは思わず悲鳴を上げた。
そこはまさに戦場だった。
話には聞いていたが、全てが破壊された場所で、凄まじい数の敵がヒーローたちと戦っていた。

(パパはいつもこんな所で戦ってたの?)

モーガンは足が震えだした。いつ命を落としてもおかしくない戦場で、父親はいつも命懸けで世界のために戦っていたのだ。

『パパはね、いつも傷ついて帰ってきてたわ。心も身体も…。だからママはね、本当はパパに戦って欲しくなかったの。でもパパは、自分の使命だと、止めようとしなかった。世間から非難されても…。だからママはパパのことを支えようって決めた。でもね、いろいろなことがありすぎて、パパの心は壊れそうになった…。それを救ってくれたのが、モーガン、あなたなのよ。あなたが生まれて、パパは救われたの…。あなたのために生きようって、パパは必死だった。だからあの戦いが終わったら、もう二度とアイアンマンにはならないって決めてたの…。パパは、あなたの未来を守るために、命をかけたわ…。もうママとあなたのそばにいられないけど…ようやくゆっくり眠れるようになったのよ…』

母親の言葉を思い出したモーガンは、理解した。父親が深く傷ついていた理由も、眠れなかった理由も…。
涙が溢れそうになったが、今は泣いている暇はない。鼻を啜ったモーガンは父親を探そうと、アーマーをステルスモードにした。

が、広大な戦場で、アイアンマンを見つけるのは至難の技だった。誰かにぶつからないように慎重に飛んでいるのだから、尚更困難を極めた。
と、すぐそばを誰かが飛んで行った。
レスキュー…つまり、母親だ。
(ママ!)
母親がアーマーを装着したのは、この日の一度だけ。今、あのレスキューアーマーは、ラボの片隅で、父親が最後に着ていたアーマーと共に大切にしまってある。
母親が近くにいるということは、父親もすぐそばにいるかもしれないと、モーガンは必死で上空から探した。
すると、紫色のゴリラのような大男の姿と、そしてその腕にしがみついた女性が見えた。
(あいつは……サノス…)
父親を殺した憎き敵。ゴクリと唾を飲み込んだモーガンが視線を移すと、すぐそばに座り込んでいる男性が見えた。それは、トニー・スターク…父親だった。
(パパ!見つけた!)
モーガンは地上に降り立った。父親のそばにそっと近寄ろうとしたが、彼は遠くの方を見つめていた。と、その顔に、絶望と計り知れない程の悲しみが浮かんだ。が、目をギュッと閉じた父親は、何か覚悟したように立ち上がった。

父親が死を覚悟した瞬間を目の当たりにしたモーガンは、足がすくんで動けなくなった。

父親の右腕のアーマーと自分のアーマーを気づかれないように交換するつもりだった。が、気づかれないようになんて無理だ。だが、姿を見せて説明する時間なんてない。
そうこうしているうちに、サノスはガントレットを使おうとしているではないか。
早くしなければ、父親がストーンを使ってしまう。それは彼の死を意味する訳で…。

アイアンマンがサノスの腕にしがみついた。が、モーガンの方が一瞬早かった。父親がストーンを奪う前に、モーガンは自分のアーマにストーンを移した。そしてステルスモードを解除すると、ストーンが輝き始めた。だが、モーガンの計算通り、アーマーはびくともしていない。

サノスが指を鳴らそうとした。が、ストーンはないのだから何も起こらなかった。
アイアンマンは、突然現れた見慣れないアーマーに身を包んだ人物に目を見開いた。

モーガンは父親を見つめた。
この世界の…今目の前にいる父親だけを救うつもりだった。だが、父親の姿を見たモーガンは、いつしか願っていた。この世界だけではなく、全てのトニー・スタークを救いたいと…。
(サノスと、サノスの味方を全員、消して!この時代だけじゃなくて…全ての世界から消して!)
モーガンは必死で願いながら指を鳴らした。
この世界の自分…いや、どの世界の自分と母親も、父親を亡くして悲しい思いをしませんように…と。父親の物語が、ハッピーエンドを迎えられますように…と。

不気味な程の静寂と共に、サノスは消えた。

湧き上がる歓声を背に、ストーンを外したモーガンは、黙ったままの父親に渡した。

(パパ……)
10年ぶりに会えた父親の姿に、涙が出そうになったモーガンだが、名乗る訳にはいかない。そこで、そのままその場を立ち去ろうとしたモーガンだが、命の恩人の名を聞こうと、トニーは声を掛けた。
「待ってくれ!君のおかげで助かったんだ。君は…誰だ……」
父親の言葉に、モーガンは立ち止まった。
名乗ることはできない。だが、父親をアーマー越しにではなく、せめて直接見たいという気持ちに逆らえなくなったモーガンは、マスクを上げると振り返った。

少しだけ笑みを浮かべたモーガンは、父親を見つめた。
「知ってるはずよ…」
見知らぬ少女をトニーは見つめた。暫く見つめていたトニーだが、少女の正体に気づいた彼は、ハッとしたように目を見開いた。そして唇を震わせたトニーは、少女の名を呼んだ。
「…モーグーナ……?」

父親だけが呼んでいた愛称に、モーガンの目から涙が零れ落ちた。
父親は気づいてくれた…。10年後の自分にも…。

声を上げて泣きたかった。パパを救いたくて、未来からやって来たと言いたかった。だが、この世界の自分はまだ4歳で、今頃ハッピーおじさんと家で留守番をしているはず…。ここで父親と触れ合えば、もしかしたら、この先の未来がまた変わってしまうかもしれない…。

抱きつきたい気持ちをぐっと抑えたモーガンは、母親が父親に駆け寄ってきたのを見ると、小さく手を振った。
「3000回愛してる………パパ…」
囁くように告げたモーガンに、トニーは手を伸ばした。
「待ってくれ!モーガン!」
が、マスクを下ろしたモーガンは、タイムトラベルの装置を起動させた………。

***

***

現代に戻ってきたモーガンは、アーマーを脱いだ。
涙が止まらなかった。
任務は無事に成功したが、それ以上にモーガンは嬉しくてたまらなかった。
父親は、成長した自分に気づいてくれた。
「モーグーナ」と名を呼んでくれたのだ。
10年前の父親だが、会いたくて堪らなかった大好きなパパに会うことができたのだ。

涙を拭ったモーガンは、ポケットに入れていた父親の写真を手に取った。
「ねぇ、パパ…。あの世界の私は、パパとママとずーーっと一緒に幸せに暮らしてるよね?パパが私だって気づいてくれて…私……」
涙が出そうになり言葉を切ったモーガンの耳に、
「モーグーナ…」
と、声が聞こえた。父親の声が…。
「パパ……」
涙が写真に落ち、慌ててタオルで拭っていると、再び声が聞こえた。
「モーグーナ」
今度ははっきり聞こえた。それも背後から…。
「え……」
顔を上げたモーガンは、写真をそっと机の上に置いた。
過去を変えたからといって、未来が変わるはずがない。それなのに、父親の声は、やけにはっきりと聞こえたのだ。
(こんなことって起こりっこないよね…。だって…だって……未来は変わらないはず……)
それでも先程の声はやけにリアルだったし、もしかして、本当に奇跡が起きたのかもしれないと、モーガンは恐る恐る振り返った。

すると、父親がいた。
先程よりも幾分か年老いた、トニー・スタークが笑顔でいるではないか。

立ち上がったモーガンは、叫び声をあげそうになり、口を押さえた。
「パパ………どうして…………」
やっとの思いでそう言うと、トニーはゆっくりとモーガンに近づいてきた。
「過去を変えても未来は変わるはずがない…。パパもそう思っていた。だが、パパは間違っていたようだな。お前が過去で願ったことで、サノスの存在自体が消えた。そして全ての未来が変わった」
小さく笑みを浮かべたトニーは、娘の前までやって来た。
「じゃ、じゃあ……」
顔を輝かせたモーガンに、トニーも笑顔で頷いた。
「ああ。どの世界のパパも、今もずっとモーガンと一緒だ。つまり、パパはモーガンのおかげで生きている。アイアンマンの物語は、全てハッピーエンドで終わったんだよ」
モーガンの目から大粒の涙が零れ落ちた。涙は止まることなく流れ、顔をくしゃっと歪めたモーガンは、父親に思いっきり抱きついた。
「パパ…パパ……」
声を上げて泣き始めた娘をトニーは力一杯抱きしめた。
「モーグーナ…ありがとう。本当にありがとう」
娘を抱きしめたトニーの目からも涙が次々と零れ落ちた。父親が泣いていることに気づいたモーガンは、しゃくりあげながら顔を上げた。
「パパ…。パパは急に生き返ったの?それとも…」
するとトニーは困ったように肩を竦めた。
「正直、パパにも分からん。この10年間の記憶はあるようなないような感じだしな。だから、さっきママに聞いてみた。私はどうやって生き返ったんだと。そうしたら、ママはその場で飛び上がって、『トニーったら!いつ死んだの?!』だとさ。つまり、パパはあの戦いで死ななかったし、ペッパーとモーガンのそばにずっといたということらしい。リビングの暖炉の上を見てみろ。この10年間の写真がてんこ盛りだ。パパの記憶にないことだらけだから、これからはボケたふりをするしかないな」
ふんっと鼻を鳴らした父親に、モーガンはクスクス笑い声を上げた。
「おい、モーグーナ。お前もだぞ?パパが死んだということを覚えているのは、パパとモーガンだけのようだ。だからお前もボケたふりをしろよ」
するとモーガンはわざとらしく頬を膨らませた。
「えー!私、まだ14歳よ?ボケるのは早いわ!」
不満げに口を尖らせる娘の姿に、トニーは鮮明に覚えている10年前の娘の姿を思い出した。
「よし、ミス・スターク。パパの覚えていない10年間のお前の話を教えてくれ。勿論、2人きりで…な?」
「うん!」
椅子に腰掛けたトニーの膝の上に座ったモーガンは、何から話そうかと考えたが、どうしても聞いておきたいことがあった。
今目の前にいる父親は、タイムスリップした自分とは出会ってない父親だ。だから、どうしてあの時自分のことが分かったのか聞いても分からないかもしれないが、きっと父親なら何か答えをくれるかもしれないと、モーガンは淡い期待を抱きながら尋ねてみることにした。
「ねぇねぇ、パパ。過去に戻った私をね、10年前のパパは、私だって分かってくれたの。どうして分かったのか、分かる?」
トニーは首を傾げた。モーガンが過去に戻り会った自分と今の自分は違う。あの時、確かに自分は死んだ。だからタイムスリップしてきたモーガンとは出会っていないのだ。だが、トニーはその答えを知っている。何故なら、もしこの瞬間、20年後のモーガンがやって来ても、きっとすぐに娘だと分かる…それだけは神に誓って言えるから…。
そこで娘の頬を撫でたトニーは、愛おしそうに彼女を見つめた。
「モーガンはモーガンだ。いくつになってもパパの大切な、たった一人の娘だ。パパの作ったものは沢山ある。アイアンマンは最高傑作だと言う奴もいるが、それは違う。モーガン、お前がパパの最高傑作なんだ。だからどの時代のお前に会っても、パパはお前のことをモーグーナだと分かるさ」
と、トニーがにっこりと笑みを浮かべた。その笑顔は、10年前のあのホログラム越しの笑顔とは違い、あの頃、いつも自分のそばで笑っていた父親のものと同じだった。
この笑顔を守るために…そばで共に笑い続けることができる世界を一つでも作るために、過去に向かったのだが、結果的に自分のいる世界も何もかもを変えることができたのだ。

父親の首元に腕を回したモーガンは、ぎゅっと抱きついた。10年ぶりの温もりに、モーガンは目を閉じた。
「3000回愛してる……パパ…」
過去の父親に告げた言葉を口に出してみた。するとモーガンはようやく聞くことができたのだ。
あの時、聞けなかった言葉を…。
10年間待ち続けていた言葉を…。

「3000回愛してる…モーガン」

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