ネビュラがガントレットを使用するコンセプトアートから。
***
サノスは消えた。宇宙からの脅威は去ったのだ。だが…それは……。
少し離れた所に、彼はいた。
彼の妻は声を押し殺して泣いていた。冷たくなった身体に縋り付き、泣き続けていた。
トニー・スタークは死んだ。
自らを犠牲にして、彼は宇宙を救ったのだ。
と、その時…ネビュラの胸に、悲しみと苦しみがどっと襲い掛かった。それは5年前、義姉が…たった一人の姉が死んだと知った時の感情と同じだった。
ネビュラの目から小さな涙が流れ落ちた。
涙なんか生まれてこの方、流したことがなかった。だが、5年前、22日間という短くも長い期間、死を覚悟しつつ共に過ごした男の最期に、ネビュラは涙を止めることができなかった。
気づけば彼女は、跪くヒーローたちの間をゆっくりと彼に向かって歩いていた。
トニーのそばにやって来たネビュラは、泣きじゃくる彼の妻…ペッパーの肩に触れた。
顔を上げたペッパーは真っ赤に腫れた瞳でネビュラを見つめた。
トニーのそばに跪いたネビュラは彼の右手に触れた。
外れるか分からないが、彼の命を奪った物を引っ張ると、それは簡単に外れた。
彼の右腕が露わになった。黒焦げになった彼の腕だったものは、いとも簡単に崩れ落ちた。
あまりの惨劇に、ペッパーが小さく悲鳴を上げた。が、ネビュラはガントレットを抱えると立ち上がった。
5年前、彼は何の偏見もなく自分に接してくれた。今まで誰も教えてくれなかったことを、彼は教えてくれた。
あの22日間があったから、自分は生まれ変わることができた。初めて仲間と呼べる存在もできた。憎しみと怒りではなく、楽しい思い出を作ることもできた。
彼の妻は、母親のような温もりを与えてくれた。不器用な自分に料理を教えてくれた。
焦がしてばかりでイラついている時も、彼女は
『トニーも同じようなものよ。彼が料理をすると後が大惨事なの。だから彼は皿洗い担当なのよ』
と、楽しそうに笑っていた。
何より、妹のような存在もできた。
純粋無垢な少女は、彼や彼の妻同様、自分を無条件に受け入れてくれた。少女と触れ合う時だけは、本当の自分でいることが出来た。小さな手を握りしめる度に、心が浄化された気がした。
全て彼のおかげだ。
感謝しかない。
だからこそ、彼のためなら…。彼の妻や、小さな『妹』のためなら…。
トニーを見つめたネビュラは、小さく笑みを浮かべた。
「スタークに…伝えてくれ。感謝してると………。あんたのお陰で…私は変わることができたと…。この5年間、本当に楽しかった…ありがとうと…」
「え…」
ネビュラの言葉に顔を上げたペッパーだが、彼女の姿は消えていた。
ネビュラは走った。
誰もいない場所を目指して…。
その瞬間を誰にも見られたくなかったから…。この5年間で出来た大勢の仲間の悲しむ顔を見たくなかったから…。楽しかった思い出だけを胸に、死を迎えたかったから…。
ネビュラはガントレットを付けた。凄まじいエネルギーに、悲鳴を上げそうになった。だがその時、ネビュラは感じた。亡き姉がそばで寄り添ってくれているのを…。
「姉さん…待ってて…。もうすぐ会えるから…」
目を閉じたネビュラは指を鳴らした……。
***
ガントレットを抱えたまま姿を消したネビュラに気づいた者は、幸か不幸か誰もいなかった。と言うのも、皆跪き、俯いていたから。だが、いつまでもこのままでいる訳にはいかないと、顔を上げたスティーブはソーを見た。
「スタークを運ぼう…」
言葉なく頷いたソーは、スティーブと並んでトニーの遺体に向かって歩き出した。2人に気づいたローディは、トニーに抱きつき泣いているペッパーの肩に触れた。
「ペッパー…」
ローディを見上げたペッパーは、トニーから身体を離した。
その時だった。
トニーの身体が光に包まれた。
何が起こっているのだろうかと、ペッパーがトニーを見つめると、彼の頬に血の気が戻った。そして小さく身震いしたトニーは、息を吐き出した。
ペッパーだけではなく、ローディもピーターも、スティーブもソーも目を見開いたままトニーを見つめた。
彼の右腕を見ると元に戻っており、顔の火傷も治っているではないか。
「…トニー?」
ペッパーはトニーの左手を軽く握りしめた。するとトニーの瞼がピクピクと動き、彼はゆっくりと目を開けた。
「やぁ…ペッパー…」
掠れた声で囁いたトニーはそっと右手を伸ばした。そして彼は妻の頬に流れる涙を拭った。
トニーが生き返った。何故か分からないが、奇跡が起こったのだ。
「トニー………」
ペッパーの目から大粒の涙がポロポロと流れ落ちた。そして声を上げて泣き始めた彼女は、最愛の夫に抱きついた。
トニーが生き返った。
もしかしたらナターシャも…と、辺りを見渡したブルースだが、やはり彼女の姿はなかった。だが、彼の友人は戻ってきたのだ。
ブルースだけではなく、クリントも目に浮かんだ涙を乱暴に拭った。
そして立ち上がったヒーローたちは歓声を上げると、トニーの生還を喜びあった。
ペッパーの温もりを感じながら、トニーは妻の頬にキスをした。
死を覚悟して指を鳴らしたはずだった。意識が遠のき、ペッパーの声が聞こえなくなり…。
自分は死んだはずなのに、奇跡が起こり生き返ったということなのだろうか…。もしかしたらこれは夢なのかもしれない…。そう思いつつ顔を上げると、ローディが泣いていた。ピーター・パーカーもローディに抱きしめられたまま泣いていた。
やはり本当に生き返ることが出来たようだと、ようやく受け入れたトニーだが、そうなると、どうやって生き返ったのかという話になる。見ると右腕にあったはずのストーンはアーマーごとなくなっているではないか。自分の生存をあの時願う暇すらなかった…。が、ストーンがなくなっているということは、誰かがストーンを使い、自分を生き返らせたのでは…と、トニーは気づいた。
「誰か……石を使ったのか?」
トニーの言葉にペッパーは顔を上げた。すると彼女はハッとしたように目を見開くと震えだした。
「ネビュラ……」
トニーが視線を彷徨わせると、ガーディアンズの仲間が何かを取り囲んでいるのが見えた。
「おい…まさか…」
立ち上がろうとしたトニーだが、体力は著しく消耗しているのだから一人で立ち上がることができない。
倒れかかった夫の身体を受け止めたペッパーは、彼を支えると歩き始めた。
ペッパーの手を借り、支えられるように歩き出したトニーの目に、倒れているネビュラの姿が写った。
ネビュラは息絶えていた。
右腕にガントレットを嵌めた彼女は、少しだけ笑みを浮かべて息を引き取っていた。
彼女は自分を救うために自らを犠牲にしたのだ。
「…どうして………」
ネビュラのそばに座り込んだトニーは、冷たくなった彼女の頬に触れた。
何故彼女は命をかけてまで、自分を生き返らせてくれたのだろうか…。
トニーの目から涙が溢れ落ちた。
身体を震わせ泣いている夫の横に腰を下ろしたペッパーは、彼の背中を撫でた。
『スタークのおかげで変わることができた』
先程の彼女の言葉をペッパーは思い出した。
5年前、彼女は宇宙を漂流していたトニーに寄り添い、地球へ生還するための手助けをしてくれた。そしてその後も時折だが、トニーを訪ねてくる仲間に付いて彼女もやって来た。トニーは性格故に、彼女にも何の隔たりもなく接しており、彼女もトニーにだけは素直な反応を見せていた。そのため、『宇宙でも腕利きの暗殺者であり、サノスの義娘』と聞いていたはずなのに、そんな素振りはちっとも感じることがなかった。モーガンも彼女に懐いており、あまり表情を崩さないネビュラだったが、モーガンと遊んでいる時は、嬉しそうに笑みを浮かべていた。
「彼女…あなたにありがとうって…。あなたのおかげで変わることができた…楽しかったって…。だから彼女は…」
泣きながらペッパーは夫に抱きついた。
跪いたトニーはネビュラの手を握りしめた。
「ありがとう…。本当にありがとう…」
泣きながら何度も何度もトニーは感謝の言葉を口にした。
***
ネビュラの遺体は宇宙で埋葬することになった。
ソーはガーディアンズと共に宇宙へ向かい、スティーブは過去に石を返しに行った。
そしてトニーは…。
生き返ったといえ、ストーンを使ったことで、かなり衰弱しており、病院に担ぎ込まれた彼はずっと眠りっぱなしだった。
結局トニーが目を覚ましたのは2週間後。つまり、全てが片付いた後だった。
トニーが目を覚ましたのは、丁度ペッパーがモーガンを連れて来ていた時だった。
2週間も眠ったままだった父親がようやく起きたと、モーガンは顔を輝かせた。
「パパ!おはよ!おはよ!!」
嬉しさのあまりその場でピョンピョン飛び跳ね始めたモーガンに、トニーは笑みを浮かべるとゆっくり右腕を伸ばした。
「おはよう…ミニ・ミス」
トニーの手をモーガンは握りしめた。すると、
「トニー…」
と、ペッパーの声が聞こえた。彼女は夫と娘の手に自分の手を重ねた。トニーが視線を動かすと、最愛の女性は大粒の涙を流し、微笑んでいた。
「ハニー…」
口の端を上げたトニーは妻を見つめた。そして点滴の付いた左腕を伸ばすと、右手の上に置かれた彼女の手を包み込んだ。
トニーはペッパーの温もりを感じた。
それはペッパーも同じだった。
あの時、彼の温もりを感じることができなかった。死に行く彼を安心させようと、ただ『ゆっくり眠って…』という言葉をかけることしかできなかった。が、彼が息を引き取った後、悲しみは勿論のこと、後悔しか残らなかった。もっと言いたいことはあった。もっと伝えたい思いは沢山あった。迷う彼の背中を押したことを後悔した。こんな結末になるのなら、あの時引き止めておけばよかったとさえ思った。
だが、奇跡が起こり、彼は戻ってきてくれた。彼は再び自分と娘のそばにいてくれるのだ…。
(もう二度と…あなたを遠くに行かせないから…)
心に誓ったペッパーは、嬉しそうに何度も頷いているトニーに向かって、心からの笑みを向けた。
1週間後。
まだ起き上がることのできないトニーの唯一の楽しみは、妻と娘と過ごすことだった。今日も朝から2人は見舞いに来ているのだが、ペッパーは仕事の電話がかかってきたため、カフェテリアまで行ってくると、先程病室を出て行った。そのためトニーは、ベッドの上に座り込み、一生懸命話をしている娘に耳を傾けていた。するとモーガンは何か思い出したのか、顔を曇らせた。
「パパ…」
「どうした、モーグーナ?」
父親の手を握りしめたモーガンは、何度か瞬きすると、小首を傾げた。
「アライグマさんとネビュラのおねえちゃん、またあそびにきてくれるかなぁ?」
トニーは一瞬息を飲んだ。アライグマことロケットはさておき、ネビュラは自分を生き返らせるために命を掛け、もうこの世にはいないのだから…。
モーガンはネビュラに懐いていた。だからこそ、幼いモーガンに彼女の死を伝えるのは酷だろう…と、トニーとペッパーはネビュラは宇宙に戻ったと話していたのだ。
そこでトニーは、気づかれないように深呼吸をすると、言葉を選びながら話し始めた。
「そうだな…。宇宙は広いしあいつらも忙しいから…、残念ながら、地球には戻ってこないかもしれない。だがな…きっとモーガンのこと、夜空の星の向こうから、ずっと見守ってくれてるぞ?」
ニコッと微笑んだ父親に、モーガンは嬉しそうに笑みを浮かべると頷いた。そして彼女は甘えるように抱きついてきた。
「パパ、おうちにかえったら、いっぱいあそんでね」
「あぁ、勿論だ。パパもモーガンと遊びたくてうずうずしてるぞ?」
娘の小さな身体を抱きしめたトニーは、背中をそっと撫でた。
「パパはもう何処にも行かない…。これからはママとモーガンのことだけを守るヒーローになるからな…」
トニーは窓から見える空に視線を移した。すると、真っ青な空に小さな明るい光が瞬いた。
もしかしたら、あれは宇宙で埋葬された彼女なのかもしれない。何光年と離れた宇宙から、ようやく地球へと届いた、彼女の最期の輝きかもしれない…。
『スターク、ありがとう』
どこからともなく聞こえた声に頷いたトニーの目から、小さな涙が零れ落ちた。
***
それから数週間経った。
ベッドから起き上がれるようになったトニーは、食欲も戻り、3日後に退院出来ることになった。
もうすぐクリスマス。退院したら何処かに遊びに行こうと家族で話をしていると、クリント・バートンがやって来た。
ローディは勿論のことだが、ブルース・バナーも何度か顔を見せていた。が、突然やって来たクリントに、ペッパーは思わず眉を潜めた。と言うのも、トニーとクリントはあくまでアベンジャーズの仕事仲間であり、今までもプライベートで行き来するような仲ではなかった。しかもあの決別した事件の時、彼はキャプテン・アメリカのサイドに付いていた。だから彼は同じアベンジャーズの仲間でも、ブルース・バナーとは違い、ペッパーにとってはあまり良い印象はなかったのだ。
妻の反応に気づいたトニーは、肩を竦めた。
「私が呼んだんだ」
何度か瞬きしたトニーはペッパーを見つめた。『話がある。だから2人きりにさせてくれ』という訴えを感じ取ったペッパーは、頷いた。
「何か食べたい物がある?」
「食べたい物?そうだな…。そうだ!美味いドーナツが食べたい。それからチーズバーガー。勿論、バーガーキングのだぞ?」
やけに芝居掛かった口調のトニーに合わせるように、ペッパーも跳ねるように立ち上がった。
「モーガン、パパにとびっきり美味しいドーナツとチーズバーガーを買ってきてあげましょ?」
母親の言葉に顔を輝かせたモーガンは、満面の笑みで父親を見つめた。
「うん!まっててね、パパ!おいしいの、かってくるから!」
トニーの頬にキスをしたペッパーは、クリントに頭を下げると、モーガンを連れて病室を出て行った。
クリントの視線は少女を追いかけていた。自分の末っ子と同じくらいの年頃のトニーの娘は、父親にそっくりだった。そしてその娘を見つめるトニーも見たことがない程穏やかな顔をしていた。
思えば、5年ぶりに再会したトニー・スタークは、雰囲気が変わっていた。皮肉屋で陽気なのに、どこか他人を完全には受け入れない空気を醸し出していた彼は、すっかり落ち着き表情も柔らかくなっていた。そして、落ちぶれてしまっていたソーを甲斐甲斐しく世話する姿も、今までの彼からは考えられないことだった。が、彼の娘に会って確信した。トニー・スタークはこの5年間、父親として成長したのだと…。そして、同じ子を持つ父親として、クリントは今までにない程、トニーに親近感を覚えたのだ。
「可愛い盛りだろ?何歳だ?」
思わず尋ねたクリントに、トニーは笑みを浮かべた。
「4歳だ。私ほど溺愛している父親はいないだろうな」
優しげな笑みを浮かべているトニーに、クリントもつられたように口の端を上げた。
「名前は?」
「モーガンだ。ペッパーのクレイジーな叔父の名前を貰った」
「スタークがクレイジーと言うんだから、よほどクレイジーな叔父さんなんだな」
と、トニーがハハっと笑い声を上げた。
こんなに楽しそうに笑い声を上げるトニーを、クリントは間近で見たことがなかった。トニーとは個人的に付き合いがあった訳ではないし、アベンジャーズの仕事で顔を合わせるくらいだ。だから彼の本当の姿を知っているはずがない。だが、素の彼を一度だけ遠目で見たことはあった。それは『時間泥棒』会議をしていた時だ。数日間籠りっぱなしのトニーに、着替えを持ってきたとペッパーはモーガンを連れて一度だけ本部へと足を運んでいた。が、トニーは仲間に妻と娘を会わせようとしなかった。足早に部屋を後にしたトニーは、数時間戻って来なかった。
クリントが窓からチラリと外の様子を伺うと、トニーはモーガンと追いかけっこをして遊んでいた。楽しそうに娘を捕まえて、トニーは腹を抱えて笑っていた。そしてペッパーはそれを楽しそうに見つめていた。
(スタークもあんな顔をするんだな…)
その時はそう思っただけだった。彼の娘の姿に、消えてしまった自分の子供たちを重ねてしまい、慌ててその場から離れた。
だが、もしあのままトニーが死んでいたら、彼の妻と娘はああやって笑うことは一生なかったかもしれない。夫や父親との思い出を二度と作ることは出来なかったのだから…。
あの時のことを思い出したクリントは、小さく頭を振ると、トニーを見つめた。
「で、話って?」
「ロマノフのことだ」
クリントの表情が硬くなった。無理もない。彼とナターシャ・ロマノフには、誰も邪魔をすることの出来ないほどの、強い絆があった。2人に何があったのかは詳しくは知らないが、友情以上の何かがあることに、トニーは気づいていた。だから彼女の死を誰よりも悲しんでいるのはクリントだ。それも彼の目の前で彼女は死んだのだから…。
クリントに気づかれないように、トニーは深呼吸をすると、話し始めた。
「あの時…一瞬だが、私は確かに死んでいた。現実には数分だったかもしれないが、私にとっては数時間だった。その間に、死んだ人間が山ほど私に会いに来んだ。山ほどと言っても、親父とお袋、昔うちにいた執事の夫婦と子守りと…。それからロマノフだ。私は命をかけて宇宙を守ったんだぞ?だから感謝の言葉の一つでも貰えるかと思ったら、ロマノフの奴、えらく素っ気なくてな。『クリントに伝えて。私が選んだ道だし、私は後悔してない。これは私がやるべきことだった。だから一生責任背負うなんて考えないで。家族を幸せにしなさい』って。それだけだ。私への言葉は一切なしだぞ?」
トニーを見つめたクリントの目から涙が一粒零れ落ちた。
「お前への言葉を託されたんだ。だからきちんと伝えるのが私の責任だろ?」
肩を竦めたトニーは、その時のことを思い出したのか、ふぅと大きく息を吐いた。
「彼女、スッキリした顔をしていたし、幸せそうだった。悩むことも苦しむことも…とうないんだ、これでゆっくりできると、笑ってた。お前への言葉も託せた…、だからこれで本当に……」
肩を震わせているクリントに気づいたトニーは、言葉を切った。
クリントは何も言わずに、顔を伏せたままだった。トニーも黙って彼を見つめていた。しばらくして、クリントは顔を伏せたまま口を開いた。
「俺…あの時…どうして無理矢理でもあいつを引き止められなかったんだって…。どうして俺じゃなかったんだって…。この5年間、俺がしてきたことを思えば…あの場で死ななければならなかったのは、俺の方だったのにって…。それなのに…あいつには…助けられてばかりだった…。最後の瞬間まで…。だから、あれからずっと後悔ばかりしてた…。俺だけ家族と幸せになって…生き残って申し訳ないって…」
鼻を啜ったクリントは、深呼吸をすると涙を拭い顔を上げた。
「ありがとう、スターク。あいつの言葉、教えてくれてありがとう。俺…やっと気持ちの整理が付いた。これからは、ナットの生き様に恥じぬようにする。あいつが助けてくれたんだ。俺のこと…最後まで…」
クリントはトニーの手を握り締めた。そして何度も何度も頷いた。トニーもクリントの手を力一杯握りしめると、何も言わずに頷いた。
トニーはクリントの背中を軽く叩いた。するとクリントは、トニーを抱き寄せた。
(こいつとハグするなんて、初めてだな…)
そんなことを考えたトニーだが、出会って何年も経つが、ようやく彼と気持ちが通じ合った気がした。
トニーは窓の外に視線を向けた。
外はチラチラと白い雪が舞い始めていた。
もうすぐクリスマスだ。
もう二度と祝うことの出来なかったはずのクリスマスを、今年も、そしてこの先もずっと祝うことができる…。それも全て…彼女たちのおかげだ。
(ありがとう…本当にありがとう…)
心の中で何度も感謝の言葉を告げたトニーは、クリントの背中を摩ると、無意識のうちに彼の頬にキスをした。すると、クリントが身体を震わせ、バッっと身体を離した。
「す、スターク?!い、今…俺に……キスしたのか?!」
彼にしては珍しく慌てふためくクリントに、無意識とは言え、何でこいつに…と、トニーは額を叩いた。
「すまない。いつもペッパーと娘にしているから、つい…」
「つ、ついって……」
今や真っ赤な顔をしているクリントに、こんなバートンを見るのは初めてだなと、おかしくなったトニーは、もっとからかってやろうと真顔で告げた。
「何だ?もっとして欲しいのか?私のキスは高いぞ?」
すると、クリントは頬を膨らませそっぽを向いた。が、肩を震わせていた彼は、やがて声を上げて笑いだした。つられてトニーも笑いだしたのだから、病室の外にまで2人の笑い声は響き渡っていた。
そんな2人をとっくに戻って来ていたペッパーとモーガンは、ドアの隙間から見つめていた。
「パパ、たのしそうだね。よかったね、ママ」
「そうね」
顔を見合わせ笑い合った母と娘は、楽しそうなトニーの姿をいつまでも眺めていた。