Protect what we should protect.

トニーが死んで2週間が経った。夫亡き後、ラボへは近寄れなかったペッパーだが、トニーが恋しくてたまらなくなり彼の痕跡に触れようとラボに向かうと、彼の『子供達』であるダミーとユーは、せっせと掃除をしているではないか。
トニーはもう帰ってこないのに、そこには彼が生きていた頃と変わらない光景が広がっていた。健気なダミーとユーの姿にいたたまれなくなったペッパーは、彼らに向かって告げた。
「ダミー、ユー…掃除はもういいのよ…」
ペッパーを不思議そうに見たダミーとユーは機械的な音を発した。まるで『片付けないとトニーにワイン棚にされる』と言うように…。ゆっくりと近づいたペッパーは、ダミーとユーのアームを撫でた。
無骨だが繊細なトニーの手とは違い、柔らかく温かなペッパーの手。過ごした時間はトニーと比べると圧倒的に少なかったが、彼女がトニーの秘書になって以降、彼らもまたトニーと同じ年月だけペッパーと過ごしてきた。そのため、トニーの大切な存在であるペッパーもまた、ダミーとユーにとって大切な人になっていた。ラボに籠っているトニーに食事やおやつを持ってきた時…眠ってしまったトニーに優しく毛布を掛ける時…いつだって彼女はトニーに優しくキスをした後、自分たちのアームをそっと撫でてくれたのだ。だからトニーが父親なら、彼女は母親だと言えるだろう。
そのペッパーは、暫く見ない間にすっかり窶れ、物悲しげな表情を浮かべているのだから、何かあったのかと、どちらかというと鈍感なダミーとユーですら、感づくことができた。
「あなたたちは…トニーを待ってるんでしょ?」
ペッパーの言葉にピーと音を発した彼らは、頷くようにアームを振った。するとペッパーは、2台の間に立つと、そっとアームに触れた。
「トニーはね…トニーは…」
言葉を切ったペッパーは、ポロポロと泣き始めた。
ユーは慌ててそばにあったタオルを掴むと、ペッパーに渡した。それを受け取ったペッパーは顔を拭ったのだが、それはトニーが使っていたタオルだった。タオルには彼の匂いが残っており、トニーを思い出したペッパーの目からは涙が止まることなく零れ落ちた。
『ペッパーを泣かせた』
ダミーはユーに向かって非難めいた音を出した。するとダミーの言いたいことが分かったのか、ペッパーは首を振った。
「違うのよ…。ユーは悪くないのよ…」
何度か深呼吸をしたペッパーは、涙を拭うともう一度深呼吸をした。
「ダミー、ユー。あなたたちに話しておかないといけないことがあるの。トニーは…パパはもう帰ってこないのよ」

ペッパーの言葉にダミーとユーは首を傾げた。
トニーはいつだって帰ってきた。例え何ヶ月も戻って来なくても、彼は必ずここに戻ってきた。だからトニーが帰って来ないなんてあり得ないことだ。
否定するように音を出したダミーとユーに、ペッパーは悲しそうに首を振った。
「今度はもう帰ってこないの。いくら待っても絶対に…。トニーはね…天国に行ったんだから…」
天国ってどこ?というように再び首を傾げたダミーとユーに、ペッパーは分かりやすく説明した。
「つまりね…トニーは…遠い遠い世界に行ったのよ…。ここではなくて…私たちが会いに行けない…遠い遠い世界に…。そこでトニーはね…永遠の眠りについているのよ…」

ダミーとユーはようやく理解した。
いくら掃除をしても、トニーはもう帰って来ないのだと。失敗しても怒ってくれるトニーはもういないのだと…。

ダミーが握っていたドライバーが音を立てて床に落ちた。と同時に悲痛な音も…。
まるで泣いているかのように音を立てるダミーとユーを、ペッパーは泣きながら抱きしめた。

***
翌日。
2台は部屋の隅でじっとしたまま動かなかった。トニーはもういないのだ。もう掃除をする必要もない。トニーの手伝いをする必要もない。彼らはずっとトニーのために働いてきたのに、そのトニーがいないのだから、彼らは何をしていいのか分からなかったのだ。
と、パタパタと小さな足跡が聞こえてきた。そして可愛らしい声が足元から聞こえた。
「ダミー、ユー?どうしたの?」
モーガンだ。モーガンはアイアンマンのヘルメットを抱きしめていた。まるで父親の代わりというように。
いつも元気なダミーとユーが、すっかり意気消沈しているのは、小さなモーガンの目から見ても明らかだった。それはきっと自分たちと同じ理由…そう考えたモーガンは、彼らに尋ねた。
「パパがいないからないてるの?」
モーガンの言葉に2台はアームを少しだけ動かした。するとモーガンは口を尖らせると、アイアンマンを抱きしめ直した。
「あたしもさみしいよ。ママも、ハッピーおじちゃんも、ローディおじちゃんも…。みんなパパがいないからないてるよ…」
すると父親を思い出したモーガンの目から涙がポロッと零れ落ちた。涙は止まらなかった。グズグズ泣き始めたモーガンを泣き止ませようと、ダミーがアームで彼女の頬に触れると、しゃくりあげながら彼女は顔を上げた。
モーガンの瞳は…彼女の大きな琥珀色の瞳は、トニーそのものだった。
トニーと同じ瞳をした、トニーのたった一人の大切な娘…。トニーは確かに彼女の中に生きている…。
その瞬間、ダミーとユーは思い出した。
『モーガンのこと、頼むぞ』
4年前、産まれたばかりのモーガンを抱き、ラボにやって来たトニーが、自分たちにそう告げたことを…。見たことがない程トニーは嬉しそうに笑っていたことを…。

あの時トニーは自分たちに娘を託したのだ。
悲しんでいてばかりでは、きっとトニーに怒られる。いつもの決まり文句のように『ワイン棚にするぞ」と…。

ダミーとユーは決めた。
小さな主人を守ろうと決めた。
父親が…トニーが守ろうとした『妹』を、今度は自分たちが守ろうと…。

「ピー!!」
けたたましく音を立てた2台に、驚いたモーガンは飛び上がった。
「もう!ダミーもユーもびっくりするでしょ!もうあそんであげないわよ!」
頬を膨らませて告げるモーガンは父親そっくりで、ダミーとユーはアームを何度も動かした。彼らが人間ならばきっと泣きながら笑っていた…そんなところだろう。

ダミーとユーは、きっとこれからも、トニーの血を受け継いだ存在のそばで、新たな思い出を刻んでいく…。彼らが役目を終え、トニーの元に行くその日まで…。

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