Kiss the Teacher~卒業編3

葬儀が終わった後、息つく暇もなくトニーは忙しく動き回った。
まずは、会社の引き継ぎ。虫の知らせか、ハワードは引き続きに必要な書類を少しずつ準備していたらしく、実質的にトニーが動くことはなかったが、それでも会社のことは何一つ分からないのだ。トニーは、経営状況や実績などに関する書類を集めるように命じると、次の仕事に取り掛かった。
電話先は校長だった。やむを得ぬ事情のため予定よりも早く辞めなければならなくなったと伝えると、校長は快く送り出してくれた。荷物は近いうちに引き取 りに行かせると伝えたトニーに、フューリーは「寂しくなるな」と言ったのだった。生徒に別れを言えないのは辛いが、時間が出来た時に改めて挨拶に行くと伝え、トニーは電話を切った。
そして、トニーが一番気がかりだったのは、ペッパーだった。
とにかく声が聞きたかった。そばにいて欲しかった…。彼女に抱きしめてもらいたかった…。

用意させた大量の資料とともに、トニーは自宅へと帰った。
父親と母親の温もりが残る家には戻りたくない…。トニーは別邸として建てられていた岸壁に建つ家に住むことにした。
まだ使われていなかった別邸には家具もなく、リビングにはソファーがポツンと置かれていた。
バルコニーに出たトニーは、暗い海を見つめていたが、携帯を取り出し電話かけ始めた。
向こうも電話を待ち望んでいたのだろう。数回の呼び出し音の後、聞こえた電話の向こうの声に、トニーは零れ落ちそうなものをぐっと堪えた。
「トニー?大丈夫?」
「…あぁ…」
「お願いだから、無理しないでね…」
「…」
ペッパーの優しい声に、トニーは目から溢れた涙をそっと拭った。電話の向こうで、トニーが鼻を啜る音を聞いたペッパーも、トニーがしゃべるまで黙っていた。しばらくして、トニーが重い口を開いた。
「ペッパー…」
「何?」
「…俺は酷い息子だな…。最後に会った時…もっと話をしておけばよかったよ…」
「トニー…」
ペッパーは何と言えばいいか分からなかった。そばに寄り添い、ただ黙って抱きしめてあげたかった…。
そしてトニーも…。
『そばにいて欲しい…』
その言葉を言えないトニーは
「君は、お父さんとお母さんを大事にしろよ…」
と言うと、電話を切った。

スターク・インダストリーズの社長夫妻の事故死ともなると、各メディアはトップニュースで扱い、連日のようにテレビでは事故や葬儀の様子が流されていた。
もちろん、悲劇のヒロインではないが、突然両親を失い大企業を継ぐことになった一人息子のトニーも、マスコミの格好の餌食となった。青い顔をし、どこか呆然としたトニー。現実を受け止められていないトニーの姿は痛々しく、それでもマスコミの前では気丈に対応する姿を見ていたペッパーは、すぐにでも駆けつけ 抱きしめたい衝動に駆られていた。
トニーからもらった指輪を触り、心配そうにテレビを見つめるペッパーに、彼女の母親は何かを感じ取った。
「あら?あれ、スターク先生じゃない?やっぱりすごい人だったのね…。でも、気の毒よね」
「ママ…」
「だって、今まで会社を継ぐのが嫌で、先生をされていたんでしょ?それなのに突然全責任が自分に伸し掛かってくるのよ?しかも、何一つ分からない状況で…。大変よ。今までと環境が何もかも違うんだから」
クッションを抱きしめ涙を浮かべた娘を見た母親は、ペッパーを抱きしめた。
「いい先生だったのに…残念ね…」
「…うん」

トニーはもう戻って来ない…。
戻りたくても戻れない…。
次にトニーに会えるのはいつかしら…。

神様、お願いします…。
トニーを守って下さい…。
この子の父親を守って下さい…。
お願いします…。

ペッパーは毎晩祈った。トニーが無事でいますようにと…。

***

二日後、ベッドでうとうととしていたペッパーは、握りしめていた携帯が鳴っているのに気付き飛び起きた。
「もしもし!」
「ペッパーか?」
二日ぶりに聞くトニーの声は、少しだけ元気を取り戻しており、ペッパーはホッとした。
「トニー…。大丈夫?ちゃんとご飯食べてる?」
「あぁ、何とか…」
言葉に詰まったトニーに聞いていいものか迷ったが、ペッパーは思い切って切り出した。
「ねぇ、トニー。いつ戻って来れそう?」
しばらく黙っていたトニーだが、言葉を選ぶように話し始めた。
「…すまない…。もう戻れないんだ…。会社を継ぐことにした。俺しか跡取りがいないから当然なんだが…。ペッパー、俺は決めた。この会社を今まで以上に大きくするって。今度親父に会った時に、自慢できるように頑張るって決めた。親父が俺に遺してくれた財産だ。だから教師は辞める。こんな時期に辞めるのは、みんなに申し訳ないんだが…。荷物も取りに行く暇もない。二日後に会社の人間にすべて取りに行かせる。だから、ペッパー。もし、君が必要なものがあれば…」
「分かった。それまでに持って帰るわ」
「すまない…」
「謝らないでよ、トニー…。あなただって辛いんだから…。でも、私がそっちに行ったら、また一緒にいられるわよね?」
「ああ。それだけを楽しみに…俺も頑張るから…」
「うん。私も頑張る。でも、電話はしていい?」
「もちろんだ。今まで通り電話する。だが、忙しい時は…」
「いいの。その時はまた電話してね」
トニーの言葉は力強く、ペッパーにも笑顔が浮かんだ。電話越しのペッパーの笑い声に、トニーはあの日のことを思い出した。
「そうだ、ペッパー…。あの日言いかけたことだが…」
今のトニーに妊娠のことを伝えることはできない。これ以上、今の彼に負担をかけたくない。そう思ったペッパーは、明るい声で言った。
「ううん、何でもないの。会った時に話すわ」
「そうか…分かった」
「じゃあね、トニー。おやすみ。愛してるわ…」
「おやすみ、ペッパー。愛してる…」

電話を切ったペッパーは、お腹にそっと手を当てた。

ねぇ…、あなたのパパは一人で頑張ってるのよ。だから、寂しいけど…早くあなたのことを伝えたいけど…ママと一緒に頑張りましょうね…。

お腹をそっと撫でたペッパーは、ベッドに潜りこむと目を閉じた。

4へ…

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