Another World of 2012:NY…⑱

トニーは眠り続けた。このまま目覚めないのでは…と、時折ペッパーは不安になったが、エクストリミスのお陰で怪我もすぐに治り、そして容態も安定していた。
結局一週間眠り続けたトニーは、大欠伸をしながら目を覚ました。
「おはよう…ハニー」
まだ微睡んでいるトニーは、開口一番ペッパーを見つめるとそう囁いた。
「おはよ、トニー。ゆっくり眠れた?」
トニーはこの数年間、ずっと不眠に悩んでいた。が、この一週間眠り続けるトニーは、本当に穏やかな顔をして眠っていたのだ。
「あぁ。久しぶりにゆっくり眠った気がする」
そう言いながら大きく伸びをしたトニーは、辺りを見渡した。
「モーガンは?」
「ハッピーと留守番してるわ。後で連れてくるわね」
頷いたトニーは、大きく深呼吸をすると、妻の手を握りしめた。
「あの子に救われたな…」
ポツンと口に出したトニーに、ペッパーはあの日のことを思い出した。

***
あの時…トニーが宇宙に向かってから、ペッパーはモーガンを抱きしめ、トニーが作った例の頑丈な部屋に篭った。何かあってもここなら安全だと思ったから…。
すると突然、目の前にあのストレンジが現れた。急に出現したストレンジに悲鳴を上げたペッパーだが、ストレンジはサノスと戦うトニーの映像をペッパーに見せた。
戦うトニーの姿は、エクストリミスの力に身を任せているのか、怒りしか感じられなかった。
「私はアイアンマンだ!」
そう叫んだトニーは、サノスに飛びかかった。そこまでは、まだいつものトニーだった。
だが、サノスを殺したトニーは、ペッパーの愛するトニーではなかった。彼は笑っていた。笑いながらサノスの首を切り落とした。
彼の瞳と表情は、残忍な殺戮者と化していた。
顔を上げたトニーが唇を舐めた。全身血飛沫を浴びた彼は、唇に付いた血を味わうように舐めた。その姿は、もはやトニー・スタークではなかった。
狂気に満ちたトニーの姿は、もはや救いようがないように見えた。
震えるペッパーの腕をストレンジが掴んだ。
「このままでは、彼が次のサノスになる。宇宙の殺戮者になる。スタークの心は力に飲み込まれてしまった。あれはもう、お前の夫ではない。スタークの姿をした悪魔だ。もはや救いようはない。やられる前にスタークを殺す。いいな?」
ペッパーはストレンジを見た。彼はトニーを殺すと言った。それを言いに来たのだ。
ペッパーは映像を見た。トニーはピーター・パーカーにじわじわとにじり寄った。凍り付きそうな程の笑みを浮かべたトニーは、ピーター・パーカーを嬲り殺すのを楽しもうとしているのか、笑い声を上げているではないか。
だが、あれは彼女の夫のトニー・スタークだ。ペッパーの愛する…世界でたった一人の男性だ…。
「ママ…」
モーガンがペッパーに抱き付いた。父親の映像を見たモーガンは、悲しそうに顔を歪めた。
「パパ…ないてるよ…」
自分には見えないが、モーガンには見えたのかもしれない。自分を取り戻そうと必死に抗おうとしている父親の姿が…。

この子は特別…。自分たちの大切な娘…。だからもしかしたら…この子ならトニーを救えるかもしれない…。

そう感じたペッパーは、戻ろうとしているストレンジのマントを引っ張った。

「待って!少しだけ時間を頂戴!トニーに会わせて…。それでもだめだったら…」

『トニーを殺して』
そんなこと言えるはずがなかった。
だが、振り返ったストレンジは頷くと、ポータルを開いた…。

***

あの時のトニーは本当に恐ろしかった。彼の瞳には誰も…自分とモーガンすら写っていなかったのだから…。
狂気に満ちたトニーを思い出したペッパーは、思わず身震いした。
妻の様子に、トニーは自分が酷いことをしたのでは…と思った。というのも、彼は何も覚えていなかったのだ。
サノスに刺され、止めを刺されそうになったことは覚えている。すぐに傷は回復したが、ここでサノスを倒さねば、ペッパーとモーガンに危害が及ぶと考えたトニーは、怒りに身を任せた。そこからは何も覚えていなかった。薄らと覚えているのは、『私はアイアンマンだ』と叫んだことだけ。だからサノスを自分が倒したという実感など何もなかった。
「私は宇宙一の極悪非道人になったのか?」
茶化すようにそう聞いてみると、ペッパーは小さく笑みを浮かべた。
「いいえ、あなたは世界を…いいえ、宇宙を救ったヒーローになったのよ」
そういうと、ペッパーは安心したように息を吐いたトニーの頬を撫でた。
「覚えてるの?」
トニーの様子から、彼があの時のことを覚えていないのは明白だった。だが、一応確認してみようと…どの時点で正気に戻ったのか、ペッパーは尋ねた。
「はっきりとは覚えてない。あの時サノスを倒せるのなら、どうなってもいいと願ったんだ。正直、どう倒したかも覚えてない。気がついたら、モーガンが手を握ってくれていた…。そして君が見えたんだ…」
何度か深呼吸をしたトニーは、握りしめたペッパーの手の甲にキスをした。
「ありがとう、ペッパー。いつも私のことを信じ、愛してくれて…。ありがとう…」
トニーは笑っていた。嬉しそうに笑っていた。そして彼は全てのことから解放されたように、スッキリとした表情だった。

⑲へ…

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