「トニー?社長!どこですか?」
今日は重要な商談があると伝えていたのに、肝心のトニー・スタークは行方不明。車もあるし、運転手であるハッピーもいるし、社内にいるのは間違いないのに、一体どこへ雲隠れしているのか知らないが、秘書であるペッパー・ポッツはかれこれ小一時間、社内をウロウロと捜索していた。
広大な社内を一周したペッパーは、少しばかり痛み出した足を引き摺るように、社長室の前へ戻ってきた。もしかしたら入れ違いで戻っているかもしれないと、勢いよくドアを開けたが、相変わらず室内はもぬけの殻。
「社長!いい加減に…」
と、金切り声を上げようとしたペッパーの腕を、背後から誰かが引っ張った。
えっ?と叫び声を上げる間もなく、ペッパーは社長室の向かいの小部屋へと押し込まれた。
さては変質者ねと一瞬頭を過ぎったペッパーだが、セキュリティがガチガチな社内にいるはずもなく、一体誰の仕業なのかと振り返ろうとしたが、途端に口元を塞がれた。
「静かに…」
いつもより低い声だが、間違いない。声の主は探し人であるトニー・スターク。どこにいたのか問い詰めようとしようにも、モゴモゴという声しか出ない。
「んー!」
口元を覆っているトニーの手をペシペシと叩くと、彼は悪戯めいた声で囁いた。
「騒がないと約束するか?」
何が目的なのか知らないが、早々にここから脱出しなければ仕事にならない。乱暴に頭を何度か振ると、トニーは口元から手を離した。
「トニー!何され…」
文句を言おうとしたペッパーだが、トニーはあろうことか、ペッパーを背後からぎゅっと抱きしめた。
身体が密着し、首元に彼の息が掛かった。
「ペッパー……」
聞いたことがないような、甘ったるい声で名を呼ばれ、ペッパーの胸はドキドキし始めた。きっと顔は人には見せられないくらい真っ赤になっている。
胸の前で固く組まれたトニーの腕にそっと触れると、首元を彼の唇が何度か往復した。その感触に堪らずペッパーの口からは甘い吐息が零れた。
「とにー……」
舌足らずな口調なペッパーに、トニーの心臓は跳ね上がった。この後の商談は面倒くさいから、少しだけ秘書をからかって中止にさせようと思い始めたことなのに、これでは本気で彼女をものにしたくなってしまうではないか…。
身体の力が抜け、もたれかかってきたペッパーに、ゴクリと唾を飲み込んだトニーだが、何とか理性を総動員すると、ペッパーの手を引き部屋を飛び出した。
が、ペッパーの首元にはキスマークがくっきりと刻まれており、それに気づいたペッパーに、トニーはこっぴどく叱られたとか…。
※キスの日