とあるパーティーで、見覚えのある女に言われた。
「トニーったら、あんな冷たいオンナのどこがいいの?」
「冷たい?誰が?」
訳が分からないというように、ポカンと口を開けたトニーだが、女は呆れたように肩を竦めた。
「ペッパー・ポッツのことよ。あなたのオンナって、今は彼女以外いないじゃないの」
『ペッパーが冷たい』
一体どういう発想でそういう結論が出てくるのだろう。不可解な表情を浮かべるトニーに、女はペラペラとペッパーの噂を語り始めた。
抜群のスタイルを持つ美人。
一瞬の隙も見せない完璧主義。
仕事に関しては、誰が相手であろうと容赦しない、血の通わない鉄壁の女。
しかも、あのトニー・スタークを堕としたのだから、仕事でもプライベートでも、交渉術は抜群の腕前なのだろう。
「で、ミス・ポッツは噂通り、ドSなの?かのトニー・スタークを尻に引いているんだから…相当なSなんでしょうね?」
そういえば、目の前にいる女性は記者だった。名前は確か………。
5秒ほど頭を捻ったトニーだが、一度だけ一夜を共にした記憶はあるが、名前を思い出せるはずもない。だが、彼女はいつも自分たちのゴシップネタを探しているはず…。
「悪いが、私は秘密主義なんでね」
これ以上ここにいれば、根掘り葉掘り聞かれるだろうと考えたトニーは、足早に会場を後にした。
(ペッパーが冷血人間だと?)
翌日、会議に出席していたトニーだが、退屈極まりない議題に、昨晩の女とのやり取りを思い起こしていた。
(ペッパーは完璧だ。それに完璧主義だ。それは私もよーーく知っている。仕事の手は抜かないし、交渉も上手い。だからこうやって会社を任せられる。だが……)
「……ニー………トニー!」
ハッと我に返ると、ペッパーが呆れたような視線を送ってきていた。
「どうした?」
ボンヤリしており話を聞いていないことがバレたと顔を引きつらせたトニーだが、そんなことはいつものことだから今更だろうと辺りを見渡すと、椅子に座るメンバーはすっかり入れ替わっているではないか。
目をパチクリさせているトニーに、頭を抱えたペッパーは溜息をついた。
「それはこっちのセリフ。会議は終わったわ。それに、あなたは次の会議には出なくていいでしょ?」
つまり、さっさと退室しろということだろう。
「そうだったな」
頭を掻いたトニーだが、何となく今日はこの場に留まりたい気がしたため、ダメ元で提案してみることにした。
「暇なんだ。それに、君と…」
『離れたくない』
その言葉を告げる前に、再び溜息をついたペッパーは視線を合わせることなく言い放った。
「私は忙しいの。これから会議が5つもあるの。だから、用がないなら、帰って頂戴」
付け入る隙がないとは、まさにこのことだろう。あまり機嫌を損ねると、後が面倒なことは身を以て知っている。
「…あぁ…そうだな」
やれやれと首を振ったトニーは立ち上がると、ドアに向かって歩き始めたのだが…。
「会長」
ペッパーに呼び止められ、気が変わったのかとトニーは目を輝かせて振り返った。
「どうした?」
が、トニーの側にやって来たペッパーは、一枚の紙とペンを差し出した。
「先程の議案の書類にサインを頂けませんか?」
分かってはいたが、完全にビジネスモードのペッパーに、トニーも合わせることにした。ペンを受け取ったトニーは素早く書類にサインをすると、姿勢を正し咳払いした。
「これでいいか?ポッツくん」
「はい。ありがとうございます」
ニコッと笑みを作ったペッパーは、それ以外何も言うことなく、席へと戻って行った。
と、何処からともなく、社員たちの揶揄が聞こえてきた。
「社長も相変わらず容赦ないよな」
「会長は恋人でしょ?あの態度は、ないんじゃないの?」
「結局は、地位と名声目当てなんじゃないの?」
「仕事ができても、俺、あんな冷たい女が恋人だったら、嫌だなー」
「社長ってSなんじゃない?会長が実はMで…」
ペッパーの耳にも届いているはずだが、彼女は顔色一つ変えない。真剣に話をしているペッパーを見つめながら、トニーはそっと会議室のドアを閉めた。
(ああいうのが、冷たいというのだろうか…)
車を運転しながら、トニーは先ほどのやり取りを思い返した。
ペッパーは仕事に対して非常に厳しい。それは秘書だった頃から変わらない。そのため、どちらかというといい加減だった自分はよくペッパーに怒られていたし、そのせいでペッパーはよくイラついていた。
その厳しさ故、あの頃から実質社内を取り仕切っていたのはペッパーだったし、だからこそ、今こうやって彼女に安心して会社を任せているのだ。
ペッパーがああいう言い方をするの今始まったことではないし、それに関しては別に何も思わない。それに、互いに信頼し合ってあるからこそ、今の関係を続けているのだと思うのだが、他人から見れば自分たちはそういう風には見えないのだろうか。
(ペッパーだって、2人きりになると可愛いんだぞ?)
そう声を大にして叫びたいが、自分にしか見せないペッパーの姿を大衆の前に晒そうとは思っていないので、やれやれと首を振ったトニーは音楽のボリュームと共にスピードを上げた。
***
その夜。
リビングのソファーで、コーヒーを飲みながら寛いでいると、ペッパーがはぁとため息を付いた。
「ねぇ、トニー…。私って…冷たいのかしら…」
甘えたようにトニーの肩に頭を乗せたペッパーは、いつになくしょんぼりとしている。
「どうしたんだ、急に」
さては、今日の一件を気にしているなと気づいたトニーは、ペッパーの肩を抱き寄せると髪を撫でた。
「今日もみんなの前で、あなたに用がないなら帰ってって言っちゃったでしょ?」
顔を上げたペッパーは、トニーを見つめると優しく髭を撫でた。
「ごめんなさい。もう少し、あなたに優しくしないとって分かってるのよ。でも…みんなの前だと恥ずかしくて…」
申し訳なさそうに目を瞬かせたペッパーにキスをしたトニーは、彼女を膝の上に乗せた。
「なぁ、ハニー。君は冷たくなんかないさ。確かに今日は少しばかり周りが驚いていたが…。だが、君は仕事に誇りを持っている。仕事だけではなく、君は何事にも全力で、それも真面目に取り組んでいる。君が本当は心優しく美しく、完璧な女性であることは私が一番よく分かっている。だからいいじゃないか」
トニーの言葉に目にうっすらと涙を浮かべたペッパーだが、小さく頷くと彼にギュッと抱き付いた。
首筋に唇を滑らせたトニーは、チュッと音を立てて印を付けると、甘ったるい声で囁いた。
「こういう甘えてくれる君を見れるのは、私だけの特権だ」
「そうよ。あなたにしか見せるつもりはないから」
顔を見合わせた2人だが、クスクス笑い声を上げると、キスの続きを始めた。
***
数日後。
トニーはまたしても退屈な会議に出席していた。あまりに退屈なので、眠気覚ましにスタークPadでアーマーをデザインしているうちに、会議は終了。
「…ニー……トニー」
何度かペッパーに名前を呼ばれ、ようやく気付いたトニーは可愛らしく睨みつけてくるペッパーに手を振ると、立ち上がった。
先日と同じやり取りが聞けるぞというように騒めく社員に気付いたペッパーは、立ち去ろうとしているトニーを呼び止めた。
「待って」
振り返ったトニーに小走りで駆け寄ったペッパーは、
「忘れ物よ」
と言うと、唇にキスをした。そして
「愛してるわ」
と、小声だが2人きりの時にしか出さないような甘ったるい声で囁いたペッパーに、室内はシーンと静まり返った。
予想外のペッパーの姿に、次の展開を固唾を飲んで見守っている社員を見渡したトニーは、ペッパーの腰を抱き寄せると、今度は自分から唇を奪った。
「知ってるさ。私も君のことを愛してるから…」
頬を真っ赤に染めたペッパーにもう一度キスをしたトニーは、手を振りながら会議室を後にした。
***
Happy Birthday Gwyneth!
付き合い始めのトニペパ