Until the last moment番外編⑥

明け方まで愛し合っていた2人が目を覚ましたのは、太陽がすっかり登りきった頃だった。
窓の外から聞こえるヘリコプターの音に目を覚ましたトニーは、枕元の時計を見た。
「F.R.I.D.A.Y.…外のヘリ、どうにかしてくれ」
ガラスの性質上、室内の様子は外から伺うことはできないが、外の様子はこちらから良く見える。そのため、外を飛ぶヘリコプターの中からカメラを構えているマスコミが丸見えで、どうも居心地が悪い。
『こちらは居住区のため飛行ルートを変更するよう要請しておりますが、無駄なようです』
半分諦めモードのA.I.の言葉に、トニーは溜息を付いた。となると、この騒動は会見でも開かない限り、暫く続きそうだ。家にいても落ち着かないし、これでは迂闊に外も歩けない。やはり早々に会見を開いた方がいいのだろうかと考えていると、微睡んだ声が聞こえた。
「…何時?」
「11時だ」
眠気覚ましに…と頬に何度かキスをすると、ペッパーはくすぐったそうに笑みを浮かべた。
「そろそろルーカスを迎えに行かなきゃ…」
シーツを手繰り寄せたペッパーは、身体に巻き付けると起き上がった。
立ち上がったトニーはベッドの下に落ちている下着を身につけると、ジーンズを履いた。
身支度を整え始めた2人に向かい、屋外の監視カメラを確認したF.R.I.D.A.Y.は映像を見せた。
『ボス、タワー下にはまだマスコミが大勢おります』
F.R.I.D.A.Y.の出した映像には、マスコミだけではなく、野次馬まで写っているではないか。野次馬の中には”Congratulations Mr.&Mrs.Stark! “と書かれたプラカードを持った者もいれば、ハンカチを噛み締め泣き叫んでいる者もいる。
車で行けば追跡されるのは目に見えている。いや、車を出すことすら不可能かもしれないが…。こうなると、息子を迎えにいく方法はただ一つ。
「迎えに行ってくる」
Tシャツを被ったトニーは、ペッパーにキスをした。
「大丈夫?」
大騒動の中、トニー1人を向かわせるのも心配だが、彼のことだから上手く対処してくれるだろう。
「それより、帰ってくるまでにちゃんとしておけよ?」
どういうことかしら?と思いつつトニーを見送ったペッパーはバスルームに向かったのだが、鏡を見た彼女は悲鳴を上げた。
白濁液に塗れているのは予想通りだったのだが、それよりも全身キスマークだらけだったのだ。それに胸元や尻にはトニーの手形がくっきりと刻み込まれており、こんな格好を息子に見られれば、一体何があったのかと質問攻めされるだろう。はぁ…と溜息を付いたペッパーだが、息子が帰宅する前に…と、シャワーを浴び始めた。

一方、ラボへ向かったトニーはアーマーを着ると、上空へ飛び立った。幸いなことに、タワーの入口やバルコニーばかり見ているマスコミは、アイアンマンが飛び立ったことに気づいていなかった。
そのままローディの家に直行すると、庭でルーカスはローディと彼の愛犬パトリオットと共に遊んでいた。ルーカスはパトリオットともすっかり仲良くなったようで、じゃれ合う姿を暫く見ていたトニーだが、このままではいつまでも気づいてもらえないと、庭に降り立った。
「パパ!」
アイアンマンに気づいたルーカスは、満面の笑みで駆け寄って来た。ヘルメットを取ったトニーは息子を抱き上げると、頬にキスをした。足元に擦り寄ってきたパトリオットの頭を撫でていると、ローディがゆっくりと近づいて来た。
「ローディ、助かったよ。ありがとう」
子守りのお礼を伝えると、ローディは首を振った。
「いいさ。久しぶりに楽しかった。いつでも預かるぞ?それより、タワーの周りはえらい騒ぎになってるじゃないか」
そうなんだというように肩を竦めたトニーは、もう1度親友に礼を言うと、空高く飛び上がった。

いつもよりもゆっくりと飛ぶアイアンマンに、初めて空を飛ぶルーカスは大はしゃぎだ。
「パパ、あのね、ローディおじちゃんにね、ウォーマシーンみせてもらったんだよ!」
興奮気味に話しまくる息子に、トニーも思わず笑みを浮かべた。
「そうか、よかったな」
「ぼくもね、おおきくなったらアイアンマンになるよ!」
「そうかそうか」
息子に跡を継ぐと何度目かの宣言をされ、トニーはアーマーの中でニヤつくのを抑えきれなかった。
「ぼくがアイアンマンでしょ。ウォーマシーンになるおともだちをさがさなきゃ!」
「いつかお前も出会えるさ」
そう相槌を打っていたトニーだが、話の展開は思わぬ方向へ向かい始めた。
「それから、ペッパーも!」
「え…」
一体どういうことかと息子を見つめると、彼は至って真剣なようだ。
「だって、アイアンマンとペッパーはいつもいっしょでしょ?だからね、ぼくもペッパーがほしいんだ。ねぇ、パパ。ベティちゃんがいいかなぁ?」
どうやら息子は『ペッパー』を母親の愛称ではなく、『アイアンマン』や『ウォーマシーン』のようなヒーロー名だと思っているらしい。
「ルーカス、パパはベティちゃんを知らないんだが…」
何と答えてよいか分からないトニーは、とりあえずそう言ってみたのだが、あぁ…と声を出したルーカスは、おともだちの『ベティちゃん』について説明し始めた。
「えっとねぇ、ベティちゃんはね、とってもかわいいんだよ。ぼくのおともだちもね、ベティちゃんのこと、みんなだいすきなんだ。でもね、ベティちゃん、ぼくのことがすきなんだ。ぼくにね、おもちゃをかしてくれるし、おかしもくれるの。だからね、ベティちゃんにありがとう、ベティちゃんのことすきだよっていってあげたんだ。そしたらね、ベティちゃん、ぼくのおくちにチューしてくれたんだ。でも、ぼくはね、ローズちゃんのほうがすきなんだ」
ペッパーから聞いた話では、幼稚園でのルーカスは優等生で大人しく、女の子にも奥手…のはず。それなのに、本人が語る話は聞いていた話と全く逆ではないか。どうやらルーカスは幼稚園でプレイボーイぶりを発揮しているようだ。
(こんなところにまで、私のDNAが…)
アーマーの中で卒倒しそうになったトニーだが、幸か不幸かルーカスは全く気づいていない。黙ったままの父親に、ふぅとため息をついたルーカスは、もう一つとっておきの話を教えることにした。
「ベティちゃんだけじゃないんだ。ぼくのこと、だいすきっておんなのこ、いっぱいいるの。だからね、ぼく、ようちえんにいったらね、まいにちぼくのことすきっておんなのこをぎゅーってだっこしてあげてるの。そしたらね、みんな、ぼくのほっぺにチューしてくれるんだよ。おくちにチューしてくれるこもいたよ。おひるねのときもね、ぼくといっしょにねんねしたいって、おんなのこはね、ぼくのそばでねんねするんだよ。ぼくにね、ぎゅーってだっこしてくるこもいるんだよ!」
得意げに言い放つ息子に、トニーは
「そ、そうか……」
と言うのがやっとだった。
と、ここでトニーは気づいた。この話をペッパーは間違いなく知らないのだろうと。
「ペッパーは…いや、ママはその話、知ってるのか?」
「ううん。ママにはおはなししてないの。パパだけにおしえてあげたの」
ペッパーが知れば卒倒するだろう。自分ですら卒倒しそうになったのだから…。そして彼女は間違いなく言うはず。『女好きなのは、あなたのDNAのせいよ!』と…。
「いいか、ルーカス。その話、ママには話すなよ」
とりあえず息子を口止めしようとそう告げると、彼は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「うん!おとこどうしのやくそくでしょ?」
満面の笑みで答える息子だが、きっといつか彼のプレイボーイぶりは母親にバレるのだろうな…と、溜息を付いた。

タワーに戻ってきた2人だが、相変わらず周辺には大勢の人が押し寄せており、収まる気配がない。
怖がらせてはいけないと、息子の目に触れないようにトニーがルーカスを抱き上げたままリビングへ戻ると、ペッパーは2人の帰宅を今か今かと待ち構えていたようだ。
「ママ、ただいま!」
トニーの腕の中から降りたルーカスは、ペッパーの元に走った。息子を抱きしめたペッパーは、小さな身体をギュッと抱きしめた。
「おかえり、ルーカス。楽しかった?」
「うん!あのね、ローディおじちゃんとハッピーおじちゃんと、アイアンマンごっこしたんだよ!それからね、パトリオットともいっぱいあそんだんだ!」
楽しそうに話す息子にうんうんと相槌を打っていたペッパーは、トニーの頬にキスをすると息子の髪を撫でた。
「さぁ、お昼ご飯にしましょ?」
「うん!」
キッチンへパタパタと走って行ったルーカスを見つめながら、ペッパーはトニーに尋ねた。
「ねぇ、トニー。外のマスコミ、どうするの?」
ペッパーの腰に手を回したトニーは、肩を竦めた。
「会見でも開かない限り、あのままだろう。再来週、パーティーがあるまでは、大人しく家に引きこもっておくか?」
わざわざ会見を開くまでもないというのはペッパーも同意見だったが、四六時中カメラを向けたヘリが飛んでいるし、外出しようにもできないのだから、10日もこの状況が続くのは正直勘弁してほしかった。そんなペッパーの心中を察したのか、それともトニーもこの状況に参っているのか、彼は思いもよらぬ提案をしてきた。
「提案がある。イーストハンプトンへ行かないか?別荘もあるし…」
「イーストハンプトンに別荘なんて持ってないでしょ?」
世界の何ヶ所かに別荘はあるが、イーストハンプトンにある別荘はペッパーの記憶の中になかった。
「買った。君たちがNYに越してくる前に」
鼻の頭を擦ったトニーはニンマリと笑みを浮かべた。
「買ったって…」
あんぐりと口を開けたままのペッパーに、トニーは眉を吊り上げた。
「いいだろ。NYからも近いし、週末は子供たちを連れて遊びに行ける。プールもあるし、庭も広い。海まで5分だし、最高の遊び場になるぞ?」
今までの別荘は、あくまで『大人が楽しめる家』だったが、イーストハンプトンの別荘は『子供たちのための』家らしい。トニーの気持ちが嬉しくなったペッパーは首を伸ばすと唇にキスをした。
「あなたって変わったわね」
「当たり前だ。私も今や父親だ」
ふんっと鼻を鳴らしたトニーは、ペッパーの手を握りしめた。
「飯を食ったら、ここからの脱出方法を考えよう。一応ハッピーとプランは立てているが、君の意見も聞きたい」
「そうね、荷造りしながら考えましょ?」
ふふっと笑みを浮かべたペッパーは、甘えるようにトニーの肩にもたれ掛かった。

⑦へ…

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。