何度も愛し合った二人は、夜が明け始めほんのりと明るくなってきた寝室で、身体を寄せ合っていた。
トニーの腕に抱かれたペッパーは、その力強く逞しい腕の中で幸せそうに微笑みながら、胸元に口づけをしていた。リアクターにキスをしているペッパーの頭を優しく撫でていたトニーは、あの事件の後、ずっと考えていたことを口に出す決心を固めた。
「なぁ、ペッパー。話したいことがある」
「何?」
情事の後なのに、いつになく深刻な声に、ペッパーは視線を上げた。真剣なトニーの眼差しを捉えたペッパーは、思わず背筋を伸ばした。
「君も治ったし、私も新しい人生を踏み出そうと思うんだ」
「どういうこと?」
新しい人生の意味が分からず、ペッパーが首を傾げていると、トニーは胸のリアクターにそっと手を当てた。
「リアクターを取るよ」
「リアクターを取るって…。手術を受けるの?!」
胸にリアクターを埋め込んで以来、何度か彼が手術を受けるよう勧められてきたのは知っている。だがトニーは頑なに手術を拒み続けてきたのだ。『これは私の一部だ。だから取る必要はない』と…。だが、彼はあの悪夢を自ら終わらせようとしている。
見開いていたペッパーの目に涙が溜まるのに気付いたトニーは、優しく微笑んだ。
「あぁ。今までずっと逃げてきたが、そろそろ悪夢は終わらせようと思う。正直怖かったんだ。手術が失敗すれば…と思うと。実は、エクストリミスを完成させたんだ。あの治癒能力を利用させてもらおうと思う。それに、君がそばにいてくれる。だから怖くない。ペッパー、二人で新しい人生を歩もう…」
腕を伸ばしたトニーは、ペッパーの身体を包み込んだ。
「えぇ…」
リアクターに頬を押し付けたペッパーをトニーは優しくそして力強く抱きしめた。
「香港に腕のいい心臓外科医がいるんだ。Dr.ウーだったかな?ちょうどNYに滞在しているらしい。午後から会う約束をした」
トニーがペッパーに告げたのは、その数日後だった。
病院へ向かった二人だが、トニーが様々な検査を受ける間、ペッパーは一人待合室で座っていた。
一人になると、今後のことを悪い方向に考えてしまう。
おそらく手術は難しいものになるだろう。もし、失敗したら?成功しても、その後彼は今までの生活ができるのか…。彼が回復する間、私はきちんと彼の体調を管理してあげられるだろうか…。
不安に思う事はこれから聞けばいいわよね…と、考えていたペッパーは、名前を呼ばれ顔を上げた。
「ポッツさん、中へどうぞ」
診察室へ入ると、トニーは採血中だった。
何本も転がる採血管に思わず目を背けると、年配のアジア系の男性がやって来た。
「ウーです。ミス・ポッツですね。よろしくお願いします」
レントゲンを見せながらDr.ウーは説明を始めた。
「スタークさんの場合、心臓の周辺に破片が多数散らばっています。まずはリアクターを取り、破片を全て除去します。
リアクターを入れていた箇所は、プレートを埋め込み、治癒を待ちます。もちろんリスクはあります。術後の合併症にも注意が必要ですので、三週間ほどは入院となります」
ペッパーは不安の色を隠せなかった。自分が思っていたよりも、彼は『悪い爆弾』を抱えていたらしい。でも、この手術は彼が受けると決めたこと。それに、一番不安に思っているのは本人なのだから…。
チラリとトニーを見ると、彼は不安など一切見せずにすがすがしい顔をしている。
「では、早速手術の予定を…。香港まで来ていただけますか?二週間後は…」
カレンダーを見ながら話すDr.ウーをトニーが遮った。
「先生、待ってくれ。急ぐ話じゃないだろ?手術の前にやらなければならないことがある。もう少し先に…」
結局トニーの手術は一ヶ月半に行うことになった。
病院からの帰り道、黙って運転するトニーにペッパーは声を掛けた。
「やりたいことって?」
ペッパーの顔をじっと見つめたトニーは、言葉を選ぶように話し始めた。
「手術にはリスクが付き物だろ?もし失敗して死んだらできないことをしておきたい」
トニーの口から『死』という言葉が飛出し、ペッパーは青ざめた。
「死ぬって…そんなこと言わないでよ!!」
思わず顔を覆ったペッパーの腕を掴んだトニーは、車を停めると身体を抱き寄せた。
「もちろん私だって死にたくない。こうやって君の事をずっと抱きしめておきたい。だが、それくらいの覚悟は必要だろ?…こんな最悪のケースまで想定はしたくないが…。いろいろとやりたいことがある。まずは、あの少年にお礼をしたいんだ」
トニーに抱きしめられ落ち着いたペッパーは、あの事件で彼が出会ったという少年のことを思い出した。
「少年って…あの子?」
上目遣いで見上げると、トニーは顔を綻ばせた。
「あぁ、私を救ってくれた小さな整備士だ。彼には世話になったんだ。彼のあの一言で私は解放されたんだから…」
あの時、彼をパニックから救ったのは、『トニーはメカニックだろ?何か作れば?』という一言だったらしい。あの事件の後、そう聞かされたペッパーは、その少年が幼少期のトニーに似ているのでは…と、いつの日か会えることを楽しみにしていたのだった。
というわけで、数週間後、テネシー州の小さな街に自社のトラックを引き連れ向かったトニーの傍には、当然のようにペッパーの姿もあった。
「またここに来ることになるとは…」
懐かしそうに小さな納屋を見ていたトニーだが、手を叩くとスタッフに向かい声を掛けた。
「さあ、始めてくれ」
半日かけて改装された納屋は、さながらトニーのラボのように生まれ変わった。
ポケットからキャラクターものの腕時計を取り出したトニーは、紙にメッセージを書くとペッパーの手を引き車へ乗りこんだ。
「会って行かなくていいの?」
遠ざかる納屋をペッパーは名残惜しそうに何度も振り返った。
「あぁ。私たちは繋がっているんだ。だからいいんだ」
折角噂の少年に会えると思ったのに…としょんぼりしているペッパーにキスをしたトニーは、肩を軽く叩いた。
「さあ、ペッパー。次の目的地に行こう」
二人が次にやって来たのは、マリブだった。
あの事件以来、足を運んでいなかったマリブ。訪れればあの時の辛い記憶が蘇るかと思っていたペッパーだったが、青く美しい海を見た瞬間、懐かしさが込みあげ、歓声を上げた。
嬉しそうなペッパーにトニーも思わず頬を緩めた。
「元の家を再建するにはまだ時間がかかる。ひとまず借りの住まいを探そう。いくつかめぼしい物件は見つけてあるんだ」
用意周到なトニーに舌を巻きつつも、彼が選んだ物件を二人は順番に見て回った。
最後に辿り着いたのは、大きなキッチンにプールにガレージ、そして芝生の植えられた庭もある家だった。
「ここがいいわ」
バルコニーから見える海は、二人のあの岸壁の家と同じで、ペッパーは一目で気に入った。
「偶然かそれとも奇跡か?私もこの家が気に入ったんだ。ここにしよう」
背後からペッパーを抱きしめたトニーは、首筋にキスを刻んでいたが、管理人に声を掛けられ二人は慌てて身体を離した。
契約書は社に送るよう命じたトニーは、ペッパーの手を握り車へ向かった。
「次はどこに行くの?」
この冒険の終着点は香港だが、それにはまだ時間がある。彼は何を用意しているのかしら?と内心ドキドキするペッパーだったが、トニーは何も考えていなかったのだろう。しばらく考えていたトニーだったが、何か思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ、ハッピーの見舞いに行こう。NYに行ってからは会っていなかっただろ?あいつがナースに手を出してないか偵察に行こう。それから、ローディに手術を受けることを報告しよう。あいつに知らせなかったら、後が面倒だ。それから、グレアムだったか?あの先生にも宿題を出されていたんだった。サボったと思われるのは嫌だからな。話しに行ってくる。その後、一度NYに戻ろう。ブルースには世話になった。一緒に飯でも行こう」
「うん…」
トニーはいつの間にこんなに成長したんだろう…。ポロポロと涙を零すペッパーをギュッと抱きしめたトニーは、耳元で優しく囁いた。
「その後は…どこでもいいんだ。君と二人で過ごせる場所なら…。ペッパー…ずっとそばにいてくれ…」
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