183. Deadline

「社長!この書類は今日の10時までにお願いしますと伝えていたではありませんか!」
社長室に響き渡る秘書の金切り声に、トニーはうんざりしたように耳を塞いだ
確かにそう言われた。それに目の前にある書類には、『10時まで!』と赤字で書かれている。トニーもそのことは覚えていた。正確には昨日までは…。だが、昨夜のパーティーで出会ったオンナが素晴らしすぎて、書類のことはすっかり忘れてしまったのだ。
「キーキー喚くな。頭に響く…」
二日酔いの頭には、ペッパーの金切り声は辛い。たかだか書類一枚だ。締切を守らないのは今始まったこもではないので、皆早めに締切を設定してくれているから、今日中に提出すれば大丈夫だ。それなのに、秘書になったばかりの彼女は、律儀に守ろうと必死なのだ。額を押さえたトニーは、ペッパーから逃げるように机に顔を伏せた。そのため、目の前のペッパーが悲しそうに視線を下げたのには気づいていなかった。

「…私が至らないせいですよね…。すみません、社長…。今日限りで辞めさせて頂きます」
ペッパーの言葉にトニーはギョッとした。
「辞めるだと?!」
顔を上げたトニーは立ち上がると、ペッパーの側に駆け寄った。
「おい!ペッパー!何故辞めるんだ!私が締切を忘れたことに君が責任を感じる事はないだろ?分かった!これからはきちんと守る!だから辞めるなんて言わないでくれ!」
本当にペッパーに辞められては困ると思ったのだろう。トニーは唾を散らしながら何とかペッパーを思いとどまらせようと必死だ。
そんなトニーをチラリと見上げたペッパーは少しだけ罪悪感を感じた。
(少し大袈裟だったかしら…)
トニーに毎日振り回され大変だが、彼はいつも優しいし、何より仕事にやりがいがある。だから辞めるなんてとんでもない。だが、いつもワガママばかり言うトニーを少しは困らせてもいいかと思って、そう言ってみたのだが、まさか彼がこんなにも本気にするとは思ってもいなかった。
心なしか涙目になっているトニーに、心の中で謝罪したペッパーは、何度か瞬きすると、トニーをじっと見つめた。
「わかりました。辞めるというのは撤回させて下さい」
そう言うと、トニーはひどく安心したようにふぅと息を吐いた。
「よかった。君に辞められたら困る。私には君が必要なんだ」
秘書になってまだ1ヵ月しか経っていないが、トニーは自分を本当に必要としてくれている…こんな嬉しい言葉はあるだろうか。フフッと笑みを浮かべたペッパーは、お詫びにランチを食べに行こうというトニーに付いて部屋をあとにした。

最初にいいねと言ってみませんか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。