夜空を彩る花火をしばらく抱き合って見上げていた二人だったが、ペッパーがおもむろに口を開いた。
「トニー…本当によかったの?」
晴れやかな顔をしているが、やはりどこか寂しそうなトニーに気づいたペッパーは、不安げに彼を見つめた。
「あぁ。いいんだ。今日はクリスマスだぞ?新しい出発にはふさわしいだろ?」
ペッパーの背中を撫でるとトニーは笑った。
「さぁ、帰ろう。だが、帰ると言っても家がない。そうだ、服も車も何もないな…。しばらくホテル暮らしだな…」
歩き出そうと足を一歩踏み出したトニーだったが、苦痛に顔を歪め悲鳴を上げた。
「トニー?!」
その場に倒れるように座り込んだトニー。左の足首を押さえ、右足は曲げることができないのか、伸ばしたままだ。慌てて左の靴を脱がせると、足首は真っ赤に腫れ上がっている。
「トニー!折れてるんじゃないの?大変!病院へ行かなきゃ!」
目に涙を浮かべたペッパーは辺りを見回したが、この船上からどうやって脱出したらいいのか検討もつかない。
「しまった。アーマーを一体残しておけばよかった。そうしたら君を抱えてここから脱出できたのに…」
頭を掻いたトニーは、ペッパーの手を引っ張ると横に座らせ肩を抱き寄せた。
「心配するな、ハニー。大丈夫だ。おい、ジャーヴィス。救助…」
『すでに救助は呼んでおります。後三分で到着予定です』
「さすがジャーヴィスだ。ペッパー、もうすぐ救助が来る。だが、その前に…」
片袖の取れたパーカーを脱いだトニーはペッパーの肩にかけた。
「寒くないわ、大丈夫だからあなたが…」
「いや、そういう問題ではなくて…。君のそんなセクシーな格好を他の奴に見せる訳にはいかない」
ムスッとして答えるトニーにペッパーは小さく笑った。パーカーにはトニーの温もりと匂いが残っており、それを楽しむようにペッパーは息を吸い込んだ。ペッパーの様子に気付いたトニーは、彼女の腰を引き寄せると、頬にキスをした。
「ペッパー、私はここにいる。君の隣に…。よかった…。君が今、私の隣にいてくれて…。あの時、君を失ったと思った瞬間、あいつを倒せるなら死んでもいいと思った。君のいない世界では生きていたくない…と。だが、君は戻ってきてくれた…。ありがとう、ペッパー…」
頬を撫でたトニーはペッパーの目をジッと見つめると唇を奪った。
数日ぶりのキス。最後に唇を合わせたのは、あの朝―攻撃され離れ離れになった日の朝だった。口付けは次第に深くなり、ペッパーは腕をトニーの首元に回し身体を摺り寄せた。腰を撫でていたトニーの手がペッパーのスポーツブラの下から入り込もうとしたその時、上空にヘリの音が鳴り響いた。
「どうやら救助が来たようだ…」
残念そうに肩をすくめたトニーは立ち上がろうとしたが、足に力が入らずよろめいた。トニーの手を掴んだペッパーは、そのまま彼をヒョイっと抱きかかえた。
「!!ぺ、ペッパー?!」
いつも自分がしているように、所謂『お姫様抱っこ』をされたトニーは目を白黒させ、降ろせと暴れ出した。
「トニー!暴れないの!あなた、歩けないでしょ?!」
目を吊り上げたペッパーの目は…オレンジ色に光っており、ゴクリと唾を飲み込んだトニーは暴れるのをやめ、大人しくなった。
トニーを抱きかかえたままヘリへ向かって歩き出したペッパー。
『トニー様、大人しくされていた方が身のためです。当分、ペッパー様には逆らえませんね』
からかうようなジャーヴィスの声が聞こえ、真っ赤になった顔を隠すようにトニーは両手で顔を覆った。
***
左足首と右膝、そして肋骨も数本骨折し、他にもあちこちの骨にヒビが入っているトニーは思いのほか重傷で、病院へ到着するとそのまま手術室へと運ばれた。
手術が終わるのを待つ間、ペッパーはあちこちに電話を掛け始めた。
まずは会社の役員。自宅が襲撃されたのだ。そしてその後二人とも姿を消してしまったのだから、皆心配しているに違いない…。予想通り、電話口では歓喜の声 が聞こえてきた。明日の朝、車を一台持ってくるように告げたペッパーは電話を切ると、トニーの親友ローディに電話をかけた。二人が無事であることに安心したように息を吐いた彼は、トニーが手術中であることを伝えると、明日の朝様子を見に行くと電話を切った。
一通り連絡を取ったペッパーは、窓に映る自分の姿を見て気づいた。私たちは文字通り、全てを失ってしまったのだ…と。
(そうよ…。私たちには何も残されてないわ。まず、お洋服を何とかしないと…。いつまでもこんな恰好じゃぁ…。それに、靴にカバンにお化粧道具…、携帯に車もいるわ。トニーの入院中は、ホテルに滞在するとして…。その後のことも考えないといけないわね…)
携帯や車などは会社に言えばすぐに用意できる。だが、服や靴などはやはり好みもあるため自分たちで選びたい。
頭の中で優先順位を考え始めたペッパーだが、壁にかかる時計を見ると時刻はすでに深夜をまわっている。
(どちらにしても明日の朝ね…)
念のため、行きつけのショップに電話を掛け、朝一で洋服や靴などを一式持って来るよう留守電に吹き込んだペッパーは、手術室の前までペタペタと歩いて行った。まだ手術中なのだろう。赤く灯るサインを見上げたペッパーは、暗い廊下に置いてあるベンチに座った。
時間が時間だけに、静まり返った病院。膝を抱えたペッパーは、トニーの気配がまだ残るパーカーをキュッと掴み身体を丸めた。
一人になると、否応がなしにこの数日のことを思い出してしまう。
爆発に巻き込まれたハッピー、マンダリンに…実際はキリアンにだが…攻撃され目の前で崩れ落ちたマリブの自宅、海に飲み込まれたトニーが生きていると分 かった時の喜び、その後キリアンに捕まり与えられた拷問のような苦痛、差し出した手を掴めなかった時のトニーの悔しそうな顔…そしてトニーを守るために必 死だった自分…。
あの時は、あれほど嫌だった力に感謝した。彼を守るために私に与えられた力だと…。これで私も彼のことを守れると…。超人的な力に恐怖を覚えつつも、正直なところ、一瞬手放したくないと思った。それは、彼がアーマーを手放したくないという気持ちと同じだった。でも、彼はそんな私の気持ちをお見通しだった。まるで私にあの力を手放せというように、そしてこの数年続いた彼自身の旅を終わらせるように、彼は自らアーマーを破壊した。
『クリスマスだから盛大にやってくれ』
そう言ってはいたけれど、アーマーは彼の一部であり、愛しい子どもたちでもあったのに…。
何かに憑りつかれたようにアーマーの開発をしていた彼。私との時間を削ってまで作っていたのには正直腹が立ったけど、結局のところ私を守りたい一心だった のかもしれない…。それなのに、私はあの時…彼が悪夢でうなされた時、苦しむ彼の姿を見るのが辛くて…引き留める彼の手を振り切って、置き去りにしてしまった…。
「トニー…」
トニーの辛そうな、そして寂しそうな顔を思い出したペッパーの目から涙が零れ落ちた。
どのくらいそうしていたのだろう。
赤く灯っていたサインが消え、手術室のドアが開いた。反射的に立ち上がったペッパーの目の前を、いくつもの器械に繋がれたトニーが通り過ぎて行く。
「トニー!」
駆け寄ろうとしたペッパーをナースが遮った。
「後でお会いできますよ」
運ばれるトニーを不安そうに見つめるペッパーに執刀した医師が声を掛けた。
「ミス・ポッツ。大丈夫です。朝には目を覚まされると思います」
***
病室を覗くと、トニーは眠っていた。薬のおかげもあるだろうが、悪夢にうなされることなくぐっすり眠るトニーは、いびきをかいている。
ベッドの横の椅子に腰掛けたペッパーは、顔の傷に貼られたガーゼを避けるように頬を撫でた。
「トニー、お疲れ様…。ありがとう」
時計を見るとすでに2時。安心したためか、どっと疲労感を覚えたペッパーは、毛布を手に取ると部屋の隅に置かれたソファーに横になった。
目を覚ますと、外は明るくなっていた。大きく伸びをしたペッパーは、ベッドサイドに誰か座っていることに気付いた。
「やぁ、ペッパー。大丈夫か?」
トニーに付き添っていたのは、彼の親友ローディ。
「えぇ。私は大丈夫。いつ来たの?」
毛布を肩から掛けたペッパーは、立ち上がるとトニーの顔を覗きこんだ。
「さっきさ。トニーはまだ目を覚ましていない。ちょうど診察中だったんだが、血圧も安定しているし、問題ないそうだ。それと、さっき荷物が届いたぞ?」
「あ、もしかして…」
部屋の隅に置かれた袋は、ペッパーが昨晩頼んでおいた物が入っていた。
「ごめんなさい。着替えてくるわ」
「あぁ、そうしてくれ。正直目のやり場に困るから…。あまりじろじろ見ているとトニーに怒られる」
楽しそうなローディの声から逃げるように、顔を真っ赤にしたペッパーは部屋にあるシャワールームへと向かった。
久しぶりに浴びるシャワー。
降り注ぐ熱いお湯は、この数日の出来事を洗い流してくれるよう。髪と身体を洗ったペッパーは、下着と服を着替えると、丁寧にメイクをした。そして髪をポニーテールにすると鏡の中にはいつものペッパー・ポッツがいた。
(私、変じゃないわよね?)
脳裏に過ぎるは変わってしまった自分の姿。
「怒ったりしなければ…大丈夫よね?」
鏡に向かって呟いてはみたものの、返事があるはずはない。
(酔っぱらった時に、治療薬が完成しかけたんだ。私の得意分野だ。必ず治す…)
あの時言われたトニーの力強い言葉を思い出したペッパーは、鏡で笑顔を確認すると、シャワールームを後にした。
「ごめんなさい。トニーはまだ目を覚まさない?」
「あぁ、いびきをかいて寝てるぞ?」
おかしそうに笑ったローディにペッパーは笑いかけると、椅子へ座った。
「目を覚ました時には、そばにいてあげたいの」
そう言いながらトニーの手を握りしめたペッパー。眠るトニーを見つめるペッパーの瞳はどこまでも優しく慈悲に満ち溢れており、ローディは眩しそうに目を細めた。
すると、小さな唸り声がし、トニーがゆっくりと目を開けた。
「トニー?気が付いた?」
「トニー!よかった…」
ペッパーとローディの顔を見たトニーは嬉しそうに笑った。
「おはよう…」
大あくびをしたトニーは、辺りをキョロキョロと見回した。
「…どのくらい寝てたんだ?」
「ほんの数時間よ。まだ寝足りない?」
クスクスと笑ったペッパーの手の甲にキスをしたトニーは、身体を動かすと顔を顰めた。
「トニーったら、動いたらダメよ。あちこち骨折してるんだから…」
何となく甘い空気になり始めた病室。居心地が悪くなったローディは咳払いをすると立ち上がった。
「お前が目を覚ましたことを言ってくる。そのまま俺は帰るからな?いいか、こんな所でヤリ始めるなよ?」
からかうように告げたローディにトニーはにやりと笑いかけた。
「大丈夫だ。こんな昼間からはしないさ」
***
「ペッパー…すまなかった…」
二人きりになると、トニーはペッパーに頭を下げた。
「どうして謝るの?」
急に深刻な顔をして頭を下げたトニーにペッパーは首を傾げた。
「どうしたもこうしたも…。今回のことは…私の過去の行いのせいだ。いい加減なことをしていたツケが今になって襲いかかってきた。結果、大切な君のことも…傷つけてしまった…。本当にすまない…。どう償えば許してもらえるか…」
頭を下げたまま、トニーは顔を上げようとしない。
(彼は命をかけて守ってくれようとしたのよ。例え今回のことが、昔の彼の行いのせいだとしても、私は彼のことを責めることはできない。確かに私は変わってしまった。でも、彼は約束してくれた。必ず治すと…。それに、今まで築き上げてきた全てを目の前で奪われた彼の方が何倍も辛いはず…)
折れた右脚と左足首をギブスで固定され、あちこちに大きな傷を作ったトニーの顔色が悪いのは怪我のせいだけではないだろう。
いつまでも頭を上げようとしないトニーの手をペッパーはそっと握りしめた。
「トニー、顔を上げて…。今回のことは、あなたのせいじゃないわ。いいえ、今のあなたのせいじゃない。昔のあなたは、知らず知らずの内に他人を傷つけてい たかもしれない。でもね、あなたは変わったわ。あの事件からあなたは生き方を変えたでしょ?それに、今回の事件で、また生まれ変わったのよ」
「…」
黙ったままのトニーの手をペッパーは優しく摩った。
「アーマー依存症は克服できた?」
その言葉に顔をあげたトニーは、口元を緩めた。
「あぁ。もう大丈夫だ。アーマーは私の繭でしかなかったんだ。数を減らすよ。それに、君がそばにいてくれるんだ。何よりも大切な君がね。これからは、君と過ごす時間を最優先にしたいんだ。君が幸せでいることが一番だ。何かに逃げたい時は、君を抱くことにするよ」
楽しそうにウインクしたトニーは、真っ赤になったペッパーを見ると声をあげて笑った。
***
「何か必要な物がある?」
買い物に行って来ると告げたペッパーは、眠そうに目を擦っているトニーに尋ねた。
しばらく考えていたトニーだが、何か思いついたように目を輝かせた。
「チーズバーガーが食べたい。それと、ラップトップと携帯を持ってきてくれ」
(PCと携帯って、何をするのかしら?)
一瞬疑問に思ったペッパーだが、トニーらしくチーズバーガーもリクエストされ、クスッと笑った。
「分かったわ。チーズバーガーはバーガーキングのでしょ?たくさん買ってくるわ。私も久しぶりに食べたいし。他には?」
「今すぐ欲しい物はこの部屋にある」
「え?何?」
「君だよ…ペッパー…。抱かせろとは言わないから、キスしてくれ」
また茶化しているのかと思いきや、トニーはいつになく真剣な眼差しをしている。
「いいわよ…。トニー、愛してるわ…」
ベッドに手を付いたペッパーは、身を屈めると頬を撫でトニーの唇を奪った。半開きだった唇の隙間から舌を入れたペッパーは、トニーの舌を探し当てると自ら 絡め始めた。口づけが深くなるにつれ、二人の息は上がっていった。トニーがペッパーの腰を抱き寄せると、ペッパーは彼の上に跨った。頬を掴み甘く深いキスを繰り返すペッパーは、次第に興奮を抑えられなくなっていた。ペッパーの服の下から包帯を巻いた手を侵入させたトニーは、柔らかな素肌を撫で始めたが…。
「んん!!」
目を見開いたトニーが小さく悲鳴を上げた。
「ど、どうしたの?!」
身体を離したペッパーは、トニーの手に巻かれている包帯が焦げているのに気付いた。慌てて自分の身体を見ると、トニーが撫でていた腰の辺りがオレンジ色に光り熱を帯びている。
「ご、ごめんなさい!わ、私…」
(トニーを傷つけてしまった…)
トニーは焦げた包帯をゴミ箱に捨てると、目に涙を浮かべたペッパーの手を取った。
「なぜ謝るんだ?君はこんなに『ホット』な女性だったんだな。最高じゃないか」
決して自分を責めることのないトニーの優しさに、ペッパーの目から涙がポロポロと零れ落ちた。
「ほら、ペッパー。出かけるんだろ?早く行って来い。待ってるから…」
目を赤く腫らしながらも、嬉しそうに出かけて行ったペッパーを見送ったトニー。
彼女が心配するため言わなかったが、掌は真っ赤になっている。掌をしばらく眺めていたトニーだったが、チリチリと痛み出したため、ナースにどう言い訳しようかと考えながらナースコールを押した。
***
社員が持ってきてくれていた車に乗ると、ペッパーはまず会社へ向かった。
待ち構えていた社員に盛大に迎えられたペッパーは、パソコンと携帯を用意するよう秘書に言うと、手早く急ぎの仕事を済ませた。途中、トニーを心配して顔を 覗かせた何人もの社員の相手をしながら、ホテルに電話をし部屋の予約を済ませたペッパーは、用意させた物を車に積み込むと次の目的地へ向かった。
トニーもお気に入りのセレクトショップへとやって来たペッパー。当面必要な物…トニーの下着やTシャツにスエットや、退院時に着るであろうシャツにジーンズにジャケットなどを買ったペッパーは、自分の洋服に靴に鞄など必要な物を買うと、自分の物はホテルに届けるよう頼み、トニーの物を車に乗せ移動した。
化粧品やその他の日用品を買い、トニーの好きなCDや本などを買い揃えたペッパー。最後にチーズバーガーを大量に買うと、病院へ向けて車を走らせた。
だが、ふと気になり思わず足を向けた場所。それはマリブの岸壁に佇んでいた二人の家。あの攻撃で破壊された家は、取り壊されている最中だった。
車から降りたペッパーは、しばらく取り壊される様子をじっと見ていたが、攻撃を免れ残っている場所に見慣れた物を見つけたペッパーは、走り出した。
「待って!!」
ペッパーの声に、その場にいた作業員が手を止めた。
そこは、トニーとハッピーがよくボクシングをしていたジム。二人のグローブが辛うじて残っているリングに掛かっているのを見つけたペッパーは、そっと手に取り抱きしめた。
「ミス・ポッツ!あまり入られると危ないですから…」
作業員の声を無視してペッパーは建物の中に入った。
(まだ何かあるかも…)
どんな小さな物でもいい…二人の思い出の品が何か残っていないかと、ペッパーは歩き回った。
二人で買ったマグカップ、ペッパーがお気に入りだったのにトニーが壊してしまい慌てて修理してくれたロッキングチェア、ペッパーが引っ越して来た時に記念だとトニーが買ってきた絵…。
どれも些細な物だけど、ペッパーにとっては大切な品。
階上にクローゼットがあった場所に辿り着いたペッパーは、キラキラと光る物があるのに気付き、瓦礫を動かし始めた。天井や床の残骸を退けると、様々な宝飾品―二人が恋人になってから、お互いが贈りあった時計や指輪などが辺り一面に飛び散っているではないか。
全てが残っているわけではなかった。だが、二人が記念日に贈りあった物は奇跡的に残っていた。
手に取り大切そうに袋に収めていくペッパーだが、彼女が一番大切にしている指輪がない。
(あの指輪…。あれだけは…あれだけは探さなきゃ!!)
地面に這いつくばり必死で探すペッパーは、何かに呼ばれた気がして振り返った。
「あったわ!!」
奇跡とも言っていいだろう。それは贈られた時と同様、無傷の箱の中に収まっていた。
(もしかして…守ってくださったの?)
思わず天を仰いだペッパーは、視線の先に見慣れた赤と金色の物が散らばっているのに気づいた。
(あれは…)
駆け寄ってみると、それはアーマーのほんの一部だった。どのアーマーのどの部分なのかは、正直ペッパーには分からなかった。だが、それがトニーの一部であった物ということは分かる。
このアーマーを着たトニーには何度も助けてもらった。無機質な質感なのに、抱きしめられるととても温かい気持ちになった…。
どうしてこんなことになったの?
どうして彼はいつも苦しまなきゃならないの?
アーマーを抱きしめ座り込んだペッパーの目からは、涙がぽろぽろと零れ落ちた。
どのくらいそうしていたのかは定かではないが、
「ミス・ポッツ?」
と呼ばれる声にペッパーは涙を拭き取ると笑顔で振り返った。
「ごめんなさい…。もし、他にも何かあったら…」
「分かりました。一か所に集めておきます」
(トニーはもう見たくないかしら…)
そう思いつつ、自分で見つけた物を車に乗せたペッパーは、病院へ向け車を走らせた。
***
「ただいま、トニー」
病室に戻ると、トニーは新聞を読んでいた。
「おかえり、ハニー。すごい荷物だな?どうしたんだ?」
両手いっぱいに荷物を抱えたペッパーにトニーは目を丸くした。
「いろいろ買ってきたの。あ、これは頼まれてたPCに携帯よ。何するの?」
PCを手渡すと、トニーは頭を掻いた。
「いや…君の治療法を見つけるために、AIMからエクストリミスに関するデータをDLして解析しようかと…。それで、他に何を買ってきたんだ?」
棚の上に荷物を置いたペッパーは、中から戦利品を取り出し始めた。
「いろいろよ。洋服に靴に…。着替えは引き出しに入れておくわよ?タオルもね。それと、あなたが普段使っていた物も買ってきたわ」
シェービングクリームやコロンなど、トニーが今まで使っていた物や、CDや本などが袋から次々と現れ、さすがのトニーも苦笑い。
一通りの物が出揃ったところで、トニーは気づいた。ペッパーの物がないことに…。
「君の物は?」
「私のは、ひとまずホテルに届けさせたわ。あなたが入院中はホテルに泊まるから…」
ベッドサイドの椅子に座りながら、ペッパーは微笑んだ。
「そうか。その後どうするかだな…」
「そうね…」
黙り込んでしまったペッパーの手をトニーはそっと握り締めると、彼女が出かけてから一人考えていたことを口に出した。
「NYへ行くか?」
「え…」
あれほど避けていた『NY』という言葉がトニーの口から飛び出し、ペッパーは飛び上がった。
「でも…トニー…」
ペッパーの言いたいことは分かる。あのことを思い出すと、つい先日までパニックを起こしていたのだから…。
「大丈夫だ、多分。NYと言っても特に発作は起きないから…。…ほら、大丈夫だ。それに、約束しただろ?君を治すと。あそこなら設備も整っている。だからひとまずNYへ行こう。君を治した後、今後のことはまた考えよう」
「うん…」
潤んでいたペッパーの瞳から涙が次々と零れ始めた。やがて声を出して泣き出したペッパーに、トニーは慌てたように話題を変えた。
「おい、泣くな。それに、さっきから気になっているんだが…あれは何だ?」
足元に置かれた大きな袋は少し薄汚れており、何が入っているか検討もつかない。
トニーに渡されたタオルで涙を拭き取ったペッパーは、その袋を机の上に置いた。
「あ…あのね…。さっき行ってみたの、家に…」
「…」
「その時無事だった物を見つけたから、いくつか持って来たんだけど…」
トニーは何も言わず黙っている。
(やっぱり見たくないわよね…。悲しみが増すだけだもの…)
しょんぼりと俯いたペッパーに気付いたトニーは、自分で袋を開け始めた。
「そうか。見せてくれ。何があった?」
「…大丈夫?」
自分を悲しませないためにトニーが無理をしているのではないかと不安になったペッパーだが、トニーは心から楽しそうに笑っている。
「あぁ、大丈夫だ。それに、せっかく君が見つけてきてくれたんだ。見ないわけにはいかないだろ?」
「これは一番お気に入りの時計だったんだ。君が私の誕生日にくれたんだよな。よく無事だったな」
目の前に並べられた物の中から、トニーは腕時計を手に取ると嬉しそうに腕にはめた。
「でも、文字盤が割れてるわ…。修理に出すわね」
「あぁ、頼む。それは、私がプレゼントした指輪だな?」
腕時計をペッパーに渡したトニーは、指輪の一つを指差した。
「えぇ。あちこちに散らばっていたけど、いくつかは無事だったの。どれもあなたに貰った大切な物よ。これ、覚えてる?」
ブルーのサファイアの光る指輪をはめたペッパーは、ニコニコとトニーに見せた。
「それは君を初めて抱いた翌日に贈った指輪だろ?」
「あなたったら、ふらっと出て行ったかと思ったら、サイズぴったりのこの指輪をくれたのよね。『君が私のオンナになった記念すべき朝だ』って」
おかしそうに笑ったペッパーは、鞄の中から大切そうに小さな箱を取り出した。
「あと、これ…」
「これは…」
それは、トニーにとっても大切な物…両親が遺した物だった。
「あなたのお母様の指輪。お父様がお母様に贈られたエンゲージリングよ。一緒に暮らし始めて、あなたが渡してくれた大切な指輪…。これだけは何としても見つけたかったの。あなたのご両親の大切な思い出の品だもの…」
「ペッパー…」
そう、トニーは両親の形見であるこの指輪を、最愛の女性であるペッパーが引っ越して来た時に渡していたのだった。
『君なら必ず大切にしてくれる…。それにお袋がいつも言っていたんだ。生涯共にいたい女性に渡して…と』
その言葉とともに贈られたこの指輪は、ペッパーにとっても最も大切な物になった。
「まだたくさんもらったのに…。ごめんなさい…見つけられなかったの…」
ペッパーの手を取ったトニーは、その指輪をそっと彼女の指にはめキスをした。
「いいさ、思い出は残ってるんだ。心の中に。それにこれからもずっと一緒だ。新しい思い出をたくさん作ろう…」
「えぇ…」
微笑んだペッパーは、トニーにキスをすると、足元に置いてあったもう一つの袋を膝の上に置いた。
「後ね…これも…」
ペッパーが最後に取り出したのは、アーマーの一部だった。
「これは…」
攻撃で粉々になり海に沈んだと思っていたアーマー。 そしてそれをペッパーが持ち帰ってきたことにトニーは驚き、目を丸くすると彼女を見つめた。
アーマーについた煤をタオルで拭き取るとペッパーはトニーに手渡した。
「アーマーは繭だったとあなたは言ったわ。数を減らすと言ったけど、本当は私が嫌がるから作らない気でしょ?アーマーを全部壊したのも…。でもあなたは、トニー・スタークだけど…アイアンマンよ?」
受け取ったアーマーの一部を愛おしそうに撫でるトニー。
「そうだ…アイアンマンだ。全てを奪われても、それだけは奪えない…」
「そう、だから…きっとまた必要になるわ。その日のためにね、持って帰って来たの。ねぇ、トニー。あなたは私の幸せばかり考えてくれてる…。すごく嬉しいわ。でもね、あなたも幸せになるの。いいえ、二人で幸せになるの。私ね、あなたが何か作っている姿が好きよ。それに、やっぱりあなたがあのアーマーを着て闘う姿も好きなの。困ってる人たちを助けるあなたの姿が…。だから、あなたがまた作りたかっただけど…作り続けて欲しいわ」
ニッコリと笑ったペッパーを泣き出しそうな顔をしたトニーは抱きしめた。
「ペッパー…ありがとう…」
震える声で呟いたトニーの背中をペッパーはいつまでも撫で続けていた。
→2へ…
IM3のタンカーでのラストシーンからエンディングまでの合間のトニペパです。