『トニー様がお帰りになりました』
J.A.R.V.I.S.の声に、ふかふかの絨毯の上で遊んでいたエストは、パっと顔を輝かせるとおもちゃを放り投げた。そして四つん這いになるとラボへと続く階段の元へとハイハイし始めた。
ラボへ通じる階段は転落防止のための柵で封鎖されているが、帰宅した父親はその階段を上って来ると知っているため、エストは母親よりも先に父親を出迎えようと、こうして前で待っているのだ。
やがてがちゃんと扉の閉まる音がし、靴音が聞こえてきた。それと同時に、キッチンから母親が降りてくる音も聞こえて来た。
母親が来る…つまり、父親は母親にキスをしてから自分にキスをするということだ。実に10連敗中。それも11日前は母親は出張で不在であり、自分一人が父親を独占できていたのだから、それを差し引くと、おそらく20連敗以上しているだろう。トニー・スタークの娘とあろう者が、大敗を期すとは許されぬ事態。ということで、今日こそは母親よりも先にキスしてもらうのだとエストは決意していたのだ。とにかく存在をアピールせねばと考えたエストは、柵を握ると階下に向かって声を上げた。
「だっだっー!!」
娘の可愛らしい声にトニーは階段を駆け上がった。ゲート開けたトニーは、足元で腕を伸ばし出迎えてくれたエストを抱き上げた。
「ただいま、エスト」
髭を引っ張る娘の頬にチュッとキスをすると、エストはキャーと歓声を上げた。
「おかえりなさい」
少し遅れてやって来たペッパーは、父親の腕の中でいつも以上に興奮している娘に目をやると、トニーの唇にキスを落とした。
「ただ今、ハニー」
妻の唇に先程よりも長めのキスをしていると、エストが抗議するように声を上げた。
「どうした?」
トニーとペッパーが2人そろって娘の顔を覗き込むと、エストはペッパーを見ながらトニーの頬をペチペチと叩いた。そして何やら訴えるように言葉を発すると、にやりと笑いトニーの頬にキスをした。
『パパは私のものよ』とでも言いたいのだろうか。見せつけるようにキスを繰り返す娘にペッパーは苦笑い。ちなみに娘にキスされデレデレと鼻の下を伸ばしているトニーは気付いていないようだが…。
「エストは本当にパパが大好きね」
柔らかな頬を擽ると、ひとしきりアピールでき満足したのか、エストは満面の笑みで手を叩き始めた。
「仕方ない。君の娘だ」
片手で娘を抱きなおしたトニーは、反対の手で妻の腰を抱き寄せると、キッチンへと向かった。