166. Excuse~175. Impulse

166. Excuse

「どうでした?ベガスの夜は?」
会社で顔を合わせるなり、リンダはヴァージニアにニッコリ微笑んだ。
一昨日、ラスベガスの高級ホテルのスイートルームで、トニーがシャワーを浴びている間、『結婚式を挙げたの』と電話連絡をすると、あまりの展開の速さにリンダは少々呆れ気味だったが、目を輝かしているところを見ると、彼女もこの結婚を喜んでくれているらしい。
「幸せすぎて死んじゃうかと思ったわ」
ふふっと口元を押さえ笑ったヴァージニアの指には、ハリー・ウィンストンの婚約指輪に加え、真新しいカルティエの結婚指輪が光っていた。
「昨夜お戻りになられたんですか?」
腕時計にチラリと目をやったリンダだが、ヴァージニアは気付いていないようだ。
「昼過ぎには戻って来たわ。マリブに家を建てるの。トニーがご両親から受け継いだ土地よ。そこに下見に行って、それから夕ご飯を食べに行って…」
と、ここでヴァージニアが頬を赤く染めた。おそらく夕食後のことを思い出したのだろう。彼女の首筋には無数の赤い印が付いているのだから、その後何があったのかは聞かなくても分かる。
その印を付けた張本人は今朝は何時に彼女を解放したのだろうか…。
「では、スターク氏は今朝お帰りになられたのですか?」
と、ヴァージニアは首を横に振った。
「いいえ、トニーは今週いっぱいこっちにいるわ。本社をこちらに移す手続きとか色々あるからって」
つまりは今週いっぱいはこの調子なのだろうか…。小さくため息を付いたリンダに、ヴァージニアもようやく彼女が何を言いたいのか気付いたようだ。
「ごめんなさい。トニーはちゃんと起こしてくれたのよ。でも私が起きれなくて…」
今朝は朝から会議があるだろ?と、トニーは7時に起こしてくれたのだ。が、ほんの数時間前まで愛し合っていたし、何よりトニーと離れたくないとヴァージニアがぐずぐずとしていたおかげで、ベッドから出たのは10時すぎ。その後シャワーを浴び、朝食を食べ身支度を整え…。結局出社したのは12時近くで会議を3つもすっぽかすことになってしまったのだ。
「で、今日は遅刻された訳ですね。よろしいんですよ、ミス・ポッツ…いえ、ミセス・スターク。何かとお疲れでしょうから」
わざとらしい笑みを浮かべたリンダだが、その眉間には皺が寄っている。つまりはとても怒っている。
「ごめんなさい」
小さく謝罪の言葉を口に出したヴァージニアは、明日からはトニーに起こされる前に起きようと決意した。

167. Resolution

ラスベガスでの挙式の後、本社移転の手続きと称し1週間ヴァージニアの家で過ごしたのだが、共にいる生活にすっかり味を占めてしまった。
『新婚なのにまたしばらく会えない。そんなの耐え切れない』と別れ際に号泣する新妻を何とか宥めNYへ戻って来たトニーだが…。

会議を終え部屋に戻って来たトニーは、ソファーに崩れ落ちた。
あれから3日。毎晩電話はしているが、触れることの出来ない状況に気が滅入っていたところへ、急遽来週から2週間のヨーロッパへの出張が入ってしまった。つまり、また3週間も会えないのだ。
「あのままLAにいればよかった…」
クッションに顔を押し付けたトニーはジタバタと足を動かしたが、続けて部屋に入って来たバンビは時計をチラリと見上げるとメガネに触れた。
「社長、5分後に開発部との打ち合わせです。早く起きて下さい」
秘書を恨めしそうに見上げたトニーはしぶしぶ身体を起こすとソファーに座った。
「バンビ、俺は新婚だぞ?それなのに妻と離れ離れの生活をもう3日もしている。かわいそうだと思わないのか?」
最初はそれでも慰めの言葉を掛けていたバンビだったが、3日間続けてこのやり取りなのだから、いい加減飽きてきた。
「ご愁傷さまです、社長」
つれない秘書の態度に大袈裟にため息を付いたトニーは、ネクタイを直すと立ち上がった。
「よし!俺は決めたぞ!とっとと仕事を終わらせて、一刻も早くLAへ行くぞ!」
大声で喚くトニーだが、今朝も…いや昨日もそう宣言していたのに、ちっとも仕事ははかどってないのだ。
「社長、決意表明はいいですから、先にこの書類に署名をお願いします」
今朝貰うはずだった書類の束をデスクに置いたバンビは、嫌そうに顔を顰めるトニーに向かってニッコリ微笑んだ。

168. Carry

「ハッピー、そんなに心配するな」
ホテルのロビーで新聞を広げたトニーは、隣に座り辺りをギョロギョロと見渡しているボディーガードである友人の膝をポンと叩いた。

明日はようやく帰国できる。『2週間も出張で疲れた』と、2日だけ休みをもぎ取ったトニーは、LAへ直行しヴァージニアと過ごすことにしている。
3週間ぶりの逢瀬に、遠足の前日の子供のようにワクワクしているトニーの元に不幸な一報が届いたのは今朝の朝食時のことだった。
『交渉を今すぐ打ち切れ。さもなければ、トニー・スタークの目の前で大きな花火を打ち上げる』
脅迫されるのには慣れていると、突っぱねたトニーだが、殺害予告だと周囲は大慌て。
警備の数は3倍になり、そしてハッピーが影のようにトニーにへばりつくことになったのだが、今もどう見ても2人座れないようなソファーにハッピーは無理矢理一緒に座っているのだから、窮屈極まりない。
「ですが、ボス。ボスに何かあれば、ヴァージニア様に合わす顔がありません!」
鼻息荒く顔を近づけたハッピーの鼻をトニーが指で摘まもうとした時だった。

ドーン!!!

静かなロビーに大きな爆発音が響き渡った。

何事かと確認しようとしたトニーだが、ハッピーの方が早かった。
「ボス!!危ない!!」
パッと立ち上がったハッピーはトニーを守ろうと彼の上にのしかかったのだが、勢い余った彼はトニーをソファーごと床に押し倒してしまった。
騒然とする周囲の様子をハッピーの下で伺っていたトニーだが、体格の良いハッピーの重みに加え、押し倒された時に足を捻ったらしく、左足がズキズキ痛み始めた。
「ハッピー!どけろ!」
大声で叫んでも安全が確認出来ないとハッピーは退ける気配がない。
「スタークさん!大丈夫ですか!」
取引先が派遣してくれたセキュリティチームが駆け寄ってきた。どうやらホテルの近くで交通事故があったらしく、その音だったようだ。
ようやく安全が確保できたと立ち上がったハッピーだが、トニーは足を抑えたまま起き上がろうとしない。
顔色を変えたハッピーに、トニーは痛て…と顔を顰めた。
「足を捻った…」
一人で立ち上がれないトニーを病院へ連れていこうと、ハッピーはトニーを抱き抱えた。
まさか抱き抱えられると思ってもいなかったトニーは、ジタバタ抵抗したが、ボスの一大事と全く聞き耳を持たないハッピーに、強制的に車に連れて行かれた。

そしてその様子を撮影していたパパラッチは、大スクープだとクソ微笑んだ。

169. Parade

ヨーロッパからの出張帰りにLAへ立ち寄ったトニーだが、彼は『不慮の事故』で左足を酷く捻挫してしまった。タラップから降りてきたトニーはハッピーに支えられるように歩いており、待ち構えていたヴァージニアにハッピーは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ヴァージニア様、すみません。ボスは足を捻挫しまして…」
「お前がのしかかってくるからだ」
不機嫌そうに頬を膨らませたトニーにハッピーは眉を吊り上げた。
「ですけど、ボス!あの状況ではボスを狙った爆弾だと思います!」
「もっとダイエットしろ」
ギャーギャー喚くトニーとハッピーに、何となく状況が掴めたヴァージニアは目をくるりと回した。
「それが昨日のあの記事なのね…」

昨日の各紙の一面を飾った『トニー・スタークの恋人は親友のハロルド・ホーガン!』という見出し。そしてハッピーに押し倒されキスされているように見えるトニーと、お姫様抱っこされるトニーの写真は、以前より噂のあった2人の決定的な証拠だと、各ワイドショーは2人の話題で持ち切りだった。ちなみに暗殺予告の件は社外秘密事項だったので全く報じられていない。

「全く…。俺にはジニーという最愛の妻がいるんだぞ?それなのにどうしてハッピーとデキてるという話になるんだ?」
後部座席でヴァージニアにキスをしながらトニーは不機嫌そうに唸ったが、運転席から鏡越しに2人を見たハッピーは、楽しそうに笑った。
「それはボスが10年も女の気配がなかったからです」
口を尖らせたトニーはぷいっと横を向くと窓の外を見始めたが、パパラッチの車が数台跡を付けていることに気づいた。これはあいつらを逆手に取ってアピールできると、一人クソ微笑んだトニーは、ハッピーに告げた。
「ハッピー、バーガーキングへ寄ってくれ。チーズバーガーが食べたい」

駐車場に車を止めたハッピーは、3人分のハンバーガーを買いに店へと入っていった。車に残されたトニーとヴァージニアだが、トニーの様子を撮影しようとパパラッチは車の前に廻り一斉にカメラを構えた。
見せつけてやれとばかりに、ヴァージニアを膝の上に座らせたトニーは、首筋にキスをし始めた。
「トニーったら……ん……写真…撮られるわよ…」
腰を撫で回していたトニーはヴァージニアの尻を掴むと彼女をシートに押し倒した。
「見せつけてやれ。俺にはジニーがいるんだって」
「で、でも…」
黙れというように唇を塞いだトニーは、ハッピーが戻りパパラッチを追い払うまで、ヴァージニアにキスをし続けた。

これで『ハッピーと恋人説』も消えるだろうと考えていたトニーだが、世の中そんなに甘くはなかった。
『トニー・スターク、恋人の車で女性と浮気』
という見出しが飾った朝刊をベッドの中で見たトニーとヴァージニアは、一瞬呆気に取られた後、腹を抱えて笑った。

170. Positive

「今度はいつ会える?」
シーツを纏いベッドに横たわったヴァージニアは、シャツを羽織り身支度を整えているトニーに声を掛けた。
「ハニー、すまない。今週と来週はまた出張なんだ」
ズボンを上げベルトを締めたトニーはネクタイを結びながら身体を屈めると、ヴァージニアにキスをした。
つまりまた2週間以上会えないということだ。だがあと1ヵ月すれば共に暮らせるのだ。毎日会いたいのはお互い同じ。ポジティブに考えないと、毎日寂しくてたまらないのだ。
「トニー、あと1ヵ月経てば一緒に暮らせるわ。それに、10年離れてたのよ?1ヵ月なんてあっという間…」
腕を伸ばしトニーの首元に抱きつくと、彼は先ほど結び終えたネクタイを緩め、ベッドにダイブした。

171. Question

「…長……社長!」
何度呼びかけられていたのだろうか。左手に光る指輪を眺めていたヴァージニアが慌てて顔を上げると、リンダが呆れ顔で顔を覗き込んでいた。
「な、何?」
さっと左手を隠したヴァージニアに、リンダはわざとらしい程の笑みを浮かべた。
「気づいて頂けてよかったです」
コホンと咳払いをしたリンダは手帳を開いた。
「スターク氏はいつこちらに引越しされるんです?」
あぁ、そのことねと呟いたヴァージニアは、トニーのことを思い浮かべたのか、指輪をそっと撫でた。
「引越しは明後日よ」
予定では2週間前に引越しは終わっているはずだった。だが、本社移転の手続きや準備等で思う通りにはならず、トニーの引越しは本社移転の前日である明後日になったのだ。と言っても、現在マリブに建築中の新居が完成するまでの仮住まいなのだから、必要最低限の物は既に送られてきているので、後はトニー自身が来るのを待つばかりなのだが…。

ヴァージニアのデスクの上の卓上カレンダーの2日後の日付には、大きなハートマークが付けてある。そしてその翌日…つまりスターク・インダストリーズの本社移転日には大きな星印が。
明後日の引越しの日に、トニーの秘書が挨拶に来ることになっている。トニー自身とは10年前に共に働いていたのだから旧知の仲だが、2人が再会してからはよくよく考えれば顔を合わせていないではないか。これは一度、改めてご挨拶せねば…と、リンダは頭の中でスケジュールを組み立て始めた。

「結婚されたことはいつ発表されるんです?」
「週末にスターク・インダストリーズの本社移転パーティーがあるでしょ?私も出席するから、その時に発表するんですって」

結婚して2ヵ月経つが、どうしたものか1度も結婚をスクープされることはなかった。いや、そもそも2人が付き合っているということすら、マスコミは掴んでいなかったようだ。
「それにしても、今までよくバレませんでしたね」
苦笑するリンダに、ヴァージニアは大きく頷いた。
「そうなのよねぇ。結構堂々としてたんだけど…」

別に隠すつもりはないのだが、未だトニーとハッピーがデキているという噂が根強く残っているためか、誰一人としてトニーとヴァージニアの仲を詮索する者はいなかった。

「パーティーで発表となると、暫く大騒動でしょうね」
クスクス笑い出したリンダに、ヴァージニアは真面目くさった顔で頷いた。
「ホント。だから聞いてみるつもり。どうして誰も気づかなかったのかって」

172. Bathroom

ヒールの音を響かせ、リンダはトイレへと向かった。今日と明日、彼女のボスであるヴァージニアは休暇を取っている。というのも、彼女の最愛の夫であるトニー・スタークがついにLAへ引っ越してくるのだ。引っ越しと言っても、必要な荷物は昨日までに全て届いているので、後は本人が来て荷物を片付けるだけなのだが、今頃片付けも終わり2人は久しぶりの再会を楽しんでいるだろう。
明日、スターク・インダストリーズはここLAに本社を移転する。ヴァージニアも妻として挨拶回りに同行するので、もちろんリンダも同行する。そこで彼女は久しぶりにトニーと再会するのだ。
(もしかして、10年振り?ヴァージニア様の話だと、すっかり雰囲気が変わってるらしいけど。あの真面目で堅物だったトニー・スタークがねぇ…)
そんなことを考えながら、トイレに入ると先客がいた。鏡の前で電話相手に熱弁している女性に、リンダは見覚えがなかった。
「週末のパーティーの後、休暇を取りたい?!は?何言われてるんですか!……え?ジニーとセックスしまくるって…そんなこと電話で言わないで下さい!…え?復唱するお前が悪いって…」
聞き耳を立てては悪いと思いつつ、『ジニー』という名前が聞こえ、リンダは思わず立ち止まった。大声を出したため驚かせてしまったと思ったのだろう。その女性はリンダに小さく頭を下げると、小声で電話に文句言い始めた。
「社長!いつも急に困るんです!それに本社を移転したばかりで、スケジュールは分刻みなんですよ!それを調整しろというのは無理な話です!あまり我が儘言われると、奥様に言いつけ……社長?!トニー様!」
間違いない。電話の相手はトニー・スタークだ。ということは、この女性こそ、この後会う予定の彼の秘書だろう。

「もしかして…バンビさんですか?」
電話に向かって金切り声を上げていた女性は、携帯を鞄に突っ込むといぶかし気にリンダを見つめた。
「あ、はい…」
一体このオンナは誰?と目を細めたバンビに向かって、リンダは軽く頭を下げた。
「申し遅れました。私、ヴァージニア・ポッツ…いえ、スタークの秘書をしております、リンダと申します」
相手の正体が分かったバンビは、パっと顔を輝かせると駆け寄りリンダの手を握りしめた。
「あなたがリンダさん!初めまして!バンビです。もー!あなたにお会いしたかったんですよ!!積もる話がどっさりあって!!!」
握りしめた手をブンブン振り回したリンダのテンションの高さに圧倒されたバンビだが、彼女自身も愚痴りたいネタは山のようにあるので、すっかり意気投合した2人は、仲良くトイレを後にした。

173. Sushi

片付けを終えた2人は、LAでも本格的な寿司が味わえると有名な寿司屋へやって来た。『引っ越しといえば、おスシよ!』と力説するヴァージニアに半ば強引に連れて来られたのだが、トニーは生モノが苦手。トロやタイなどの握り寿司をパクパク食べるヴァージニアの横で、トニーは卵や穴子など生モノではない寿司を摘んでいた。

数週間ぶりに会ったのだから、毎日電話で話していても積もる話は山のようにある。日本酒を飲みながらヴァージニアが話すのを相槌を打ちながら聞いていたトニーだが、少々酔いが回り始めたヴァージニアが、ギュッと抱きついてきた。
「トニー……寂しかった…」
甘えたように顔を胸元に押し付けてくる妻の頭を撫でると、彼女は顔を上げ上目遣いで見つめてきた。
「浮気してないわよね?」
何を今更…と思ったトニーだが、とあることを思い出し、わざとらしく顰め面をした。
「浮気?そうだ。一週間前にハッピーと飯を食いに行ったら、写真を撮られた。窓の外にパパラッチが山ほどいるんだぞ?面白いから、からかってやった。身を乗り出してハッピーにキスしてやったら、決定的証拠だと大騒ぎになった」
ため息をついたヴァージニアは、目をくるりと回した。
「見たわよ、その写真。ハッピーったら、真っ赤になって慌ててたでしょ?可哀想だから、いじめたらだめよ?」
軽くトニーを睨みつけたヴァージニアだが、素早く彼の唇にキスをした。
「やっぱりキスはジニーのが美味いな」
ニンマリ笑みを浮かべたトニーはヴァージニアの背中を撫でると唇を重ねた。

※生モノ苦手設定は、トニーの中の方が苦手なので…( ^ _ ^ ;

174. Stranded

今日はスターク・インダストリーズ本社移転の日。2人揃って式典に出席した後は、市長や取引先に挨拶回りすることになっている。妻としての初仕事だと張り切っていたヴァージニアだが、朝から気分が悪いとトイレに篭ってしまった。
「昨日、寿司を食いすぎたんだろ?」
ドア越しに声を掛けると、中から泣きそうな声が聞こえてきた。
「挨拶回りは俺一人で行くから、お前は病院へ行ってこい」
妻としての初仕事だから絶対に一緒に行くと喚くヴァージニアを「君の体調の方が大切だ!」と一喝したトニーは、彼女をハッピーに任せると家を後にした。

病院へ向かったヴァージニアはすぐさま検査をされたのだが、食あたりだと思っていた彼女は予想外の診断を下された。
「おめでとうございます。妊娠されてますよ」
「妊娠って……赤ちゃんが…」
みるみるうちに笑顔になったヴァージニアの目からは、涙が零れ始めた。トニーと子供について話したことはないが、10年振りに再会し、プロポーズされ結婚したのだから、自然な流れといえばそうだろう。きっとトニーは喜んでくれる。それに、スターク・インダストリーズ本社移転という記念すべき日に妊娠発覚とは、今日は一生忘れられない大切な日になった。

「早くボスに知らせましょう」
自分のことのように興奮しているハッピーに、ヴァージニアは時計を見ると告げた。
「まだ式典の途中でしょ?今から行けば妻としての初仕事に間に合うわ!あ、ハッピー。妊娠したことは秘密よ。トニーには仕事が終わって言うわ。彼のことだから、興奮して仕事を放り出しかねないもの」
確かにそうだと納得したハッピーは、スターク・インダストリーズに向かい車を飛ばした。

が、ものの数分で車は急停車。渋滞で足止めされてしまったのだ。
「どうして渋滞してるの?!」
いつもは比較的空いている道なのに…とイライラし始めた2人だが、見れば映画の撮影をしているとかで、この先は全面的に封鎖されている。回り道をしようにも、渋滞のど真ん中にいるのだから身動きが取れない。そうこうしているうちにトニーからメールが届いた。
『式典は無事終わった。今から挨拶回りに向かう。体調、大丈夫か?やっぱり食あたりか?俺に合流しなくてもいいから家で休んでろよ』

「妻としての初仕事は週末のパーティーにお預けね…」
ため息を付いたヴァージニアだが、足止めされているのだからどうしようもない。
大人しく家に帰り休んでおこう。そして夕食に美味しい物を沢山作って、トニーが帰ってきたら妊娠したことを告げよう。きっと彼は目を丸くして驚くわ。そして私を抱きしめた後、キスをいっぱいしてくれるはず…。

ハッピーにスーパーへ寄るよう頼んだヴァージニアは、トニーにメールを送るとお腹にそっと手を当てた。

175. Impulse

週末のLAの某ホールは、着飾った人々と大勢のマスコミで賑わっていた。
今日はスターク・インダストリーズ本社移転記念パーティー。大勢の人々が到着する中、マスコミは本日の主役であるトニー・スタークの到着を今か今かと待ち構えていた。というのも、トニー・スタークにはここ数ヶ月、『恋人のハロルド・ホーガン』との噂が絶えないのだ。先日もキスをしている写真が一面を飾り、近々2人は籍を入れるという話題でもちきりなのだ。今日もきっと彼を連れてパーティーにやって来るだろうと、待ち構えていたマスコミの前に、彼のAudiが颯爽と現れた。
一斉にフラッシュをたくマスコミの前に、運転席からトニーが現れた。マスコミを無視した彼は助手席に回るとドアを開けたのだが、現れた人物にマスコミはどよめいた。何とお相手はあのヴァージニア・ポッツだったのだ。トニーが10年前までヴァージニア・ポッツの秘書をしていたことは周知の事実だが、パーティーにエスコートしてくるとはどういうことだと、マスコミは大混乱。

「スタークさん!ポッツさんとはどういうご関係で?」
飛び交う質問も知らぬ顔のトニーは、彼に腕を絡ませたヴァージニアにキスをした。
と、ここでとあるレポーターが気づいた。2人とも左手に指輪をしていることに…。
「Mr.&Mrs.スターク…」
某映画のタイトルではないが、ポツリと呟かれたその言葉に、周囲はシーンと静まり返った。
「ということは…」
「そういうことさ。気づかなかったのか?」
ウインクしたトニーは、数秒後に沸き起こった悲鳴を背後にヴァージニアの手を取るとさっさと会場へと入って行った。

パーティーはトニーの挨拶で開始した。本社移転に際して多大なる協力への感謝の念などをつらつら述べていたトニーは、いよいよ本題だと咳払いした。
「もう一つ報告があります。実は2か月前に結婚しました」
突然すぎる発表に、事情を知らなかった人々はどよめいた。
「妻を紹介します」
トニーが手招きすると、ステージ横に控えていたヴァージニアは壇上に上がった。相手があのヴァージニア・ポッツだと知った客からは、10年前の事情を知っている者からは納得したという声が上がり、知らない者…大半は女性の声だったが、泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「妻のヴァージニアです。彼女とは10年振りに再会し、私たちは再び恋に落ちました。もう2度と彼女と離れたくない…そう思い、これからの人生を共に歩む決意をしました」
トニーの言葉に惜しげもない拍手が送られ、挨拶を締めるとヴァージニアの手を握りしめたトニーはステージを後にした。

「ジニー、ちょっといいか?」
と、トニーはヴァージニアを連れて控え室へと向かった。
「どうしたの?」
鍵を掛けたトニーにヴァージニアは首を傾げた。
「今すぐ君を抱きたいという欲求が抑えられなくて…」
妻を抱きしめたトニーはキスをしながらソファーへと座った。
「でも、パーティーは始まったばかりよ?あなたのこと、みんな探してるわよ」
首筋にキスを受けながら、ヴァージニアはトニーの蝶ネクタイを外した。
「ステージの横で、俺の知らないオトコと話してた」
真面目くさった顔で告げるトニーに、あっけに取られたヴァージニアは目を丸くした。
「トニーったら、また嫉妬?私たち、パパとママになるのに?」
昨晩、妊娠したことを告げると、トニーは喜びのあまりその場で踊りだしたのだ。『こうやって、家族を少しずつ大きくしていけるんだな』と、トニーはお腹に手を触れると見たことがないような優しく温かな笑みを浮かべたのだ。だが彼が嫉妬するのはそれとは別で、ヴァージニアに対する独占欲が強いから。そして嫉妬した後のトニーは、必ずヴァージニアに『お仕置き』するのだ。
「でもね、私、嫉妬してるあなたって好きなの。いつもより乱暴だけど」
クスクス笑ったヴァージニアは、ドレスのファスナーに手を掛けたトニーに、とびっきり甘いキスをした。

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