Everything’s Not Lost⑥

あれから目覚める気配のないトニーだが、ペッパーは毎日一日中トニーの手を握りしめ呼びかけ続けた。いつかきっと目を覚ましてくれると信じて…。
ローディやスティーブたちが交代しようと申し出てくれるが、ペッパーはトニーのそばを離れようとしなかった。
だが、もう何日も病院に寝泊まりしており、食事もほとんど取らないペッパー。さすがにペッパーの疲労もピークに達していた。

そしてあの日…トニーがもちなおしてから5日目の朝。
トニーの手を握りしめ、笑みを浮かべながら話しかける姿を、様子を見に来たナターシャとクリントは部屋の入口から心配そうにうかがっていた。
時々チラリと見えるペッパーの横顔は、いつもに増して青白く、どこか具合が悪いのでは…と不安になったナターシャは堪らず声を掛けた。
「ペッパー?大丈夫?顔色悪いわ。何かあったら知らせるから、少し休みなさい?」
ナターシャの声に振り返ったペッパー。顔は青白く頬はやつれており、これでは倒れるのも時間の問題ね…とナターシャはため息をついた。
「大丈夫…そばを離れたくないの…」
そう言うと、ナターシャに背を向けたペッパー。
「でも、このままじゃ、あなたが倒れるわ。それに、もしあなたが倒れてからスタークが目を覚ましてみなさい?あなたに無理させたって怒られるのはこっちなんだからね」
冗談めかしたナターシャの言葉に、ペッパーは小さく笑った。
「そうね…トニーなら…きっとそう言うわね…」
そう言いながら立ち上がろうとしたペッパーだが、突然眩暈に襲われ、足元をふらつかせた。座っていた椅子の背もたれを持とうとしたが手が滑り、行き場を失った手がトニーの右手に触れた。
「ペッパー?!」
慌てて駆け寄ったナターシャがペッパーの身体を支えたため倒れずにはすんだが、ペッパーはそのまま気を失ってしまった。
「大変!ペッパー?しっかりして!!」
「お、おい!」
「クリント!何ぼさっとしてるの!早く先生を呼んできて!!」
後ろでオロオロしているクリントに声を掛けると、ナターシャはペッパーの頭を膝に乗せた。
「こんなになるまで無理して…」
脂汗をかいたペッパーの額をタオルで拭ったナターシャは、ふと目線を上げ、言葉を失った。
「…ウソ…」
目の前の光景がにわかに信じられず、しばらく呆然としていたナターシャだが、我に返るとナースコールを押し叫んだ。
「誰か!早く…早く来て!」

「ん…」
目を覚ましたペッパーは、ベッドに寝かされていた。
「やだ…私ったら…」
早くトニーのところに戻らないと…。起き上がろうとしたペッパーを医師と連れ立って入って来たナターシャが遮った。
「ダメよ、ペッパー。ゆっくり休まないと!」
「でも…」
自分の体調よりもトニーが心配で泣きそうな顔をしているペッパーに、ナターシャの後ろにいた医師がニコニコしながら答えた。
「そうですよ。大事な身体なんですから…」
え…?今…何て言ったの?
「…大事な身体って…」
声を絞り出すようにつぶやいたペッパーに、医師は1枚の写真を手渡した。
「えぇ、ミス・ポッツ。妊娠3ヶ月ですよ」

受け取った写真を見ると、小さな小さな胎児が写っていた。
私のお腹に…トニーの赤ちゃんがいる…。
お腹をそっと押さえたペッパーの目からは、涙が次々と零れ落ちた。
「ペッパー…」
声を押し殺して泣くペッパーを、ナターシャは気遣うように優しく抱きしめた。
「は、早くトニーに知らせなきゃ…」
零れる涙を拭ったペッパーは、ナターシャの腕を掴んだ。
ナターシャはペッパーの腕を軽く叩くと微笑みを浮かべた。
「そうね、知らせてあげて?きっと喜んであなたに抱きつくわね」
「抱きつくって…」
戸惑い気味に見返したペッパーの目を真っ直ぐ見つめながら、ナターシャはペッパーの手を握った。
「ペッパー。もう一つ嬉しい知らせよ。あのね…スタークが…」

ナターシャに支えられるようにして、ペッパーはトニーの病室へと向かった。
トニーの周りでは、医師やナースたちが何やら慌ただしく動き回っていた。
入っていいものか迷い入り口に佇んでいたペッパーに、1人のナースが気づき声を掛けた。
「先生、ポッツさんが…」
ペッパーの方を振り向いた医師は、にっこりと笑うと身体をかがめ、トニーの耳元で囁いた。
「スタークさん…お待ちかねの方が戻りましたよ…」
ベッドサイドに立っていた医師が横にどくと、そこには頭を動かそうとしているトニーがいた。
ずっと昏睡状態だったのだ。気だるそうに目を開いていたトニーだが、ペッパーの姿を捉えると嬉しそうに目を細めた。
「トニー……」
トニーのそばに駆け寄ったペッパーは、微かに動いた手を握りしめた。
「私のこと、分かる?」
目を潤ませたトニーは頭を少しだけ動かし頷いた。
「よかった…トニー…よかった…」
何も言えず、ただ手を握りしめ泣きじゃくるペッパーをトニーは優しく見つめ続けた。

翌日。
着替えを取りに行っていたペッパーが戻ってくると、ちょうど医師が診察を終えて病室から出てくるところだった。
「順調ですよ。全快するまでには時間がかかりますが、安心して下さい」
「ありがとうございます…」
頭を下げたペッパーの肩を叩くと
「いえ、ミス・ポッツ。あなたの願いが届いたのと、スタークさんが頑張られたからですよ」
と医師もナースも微笑んだ。

「トニー、ただいま」
少しだけ身体を起こしたトニーは、ペッパーを見ると嬉しそうな顔をした。
ベッドサイドの椅子に腰かけたペッパーは、トニーの右手を優しく握った。
まだ顔色も悪く、身体中に無数の点滴やチューブを付けられた姿は痛々しいが、トニーの手の温もりを感じるだけでも、ペッパーの心は満たされた。
「どう?気分は悪くない?」
頷いたトニーは、左手で酸素マスクを外そうとしたが、力が入らないのかうまくいかない。
「外しても大丈夫なの?」
大丈夫だというように瞬きしたトニーから酸素マスクを外すと、トニーは大きく息を吐いた。
「話…あるんだろ?」
小さく掠れた声だが、久しぶりにトニーの声を聞けたことで、こみ上げそうになった涙をペッパーは必死で堪えた。
「誰かに聞いた?」
「いや…。先生が…ペッパーに…聞けと…」
「もう…。私から話そうと思ったのに…。あのね…驚かせてまた息が止まったら困ると思って、昨日は言えなかったんだけど…」
と言いながら、ペッパーはカバンの中から1枚の写真を大切そうに取り出しトニーに渡した。
「?」
不思議そうな顔をしているトニーに、ペッパーは写真に写った小さなものを指差した。
「紹介するわね。スタークJr.よ…。3ヶ月ですって…」
「つまり…」
あら?トニーは眠りすぎてまだ頭がボーっとしてるのかしら?
目を見開いて写真とペッパーの顔を交互に見つめるトニーの頬に両手を添えるとペッパーは大きな目をじっと見つめた。
「赤ちゃんができたの…。3ヶ月ですって。あなたと私の子供よ…」
しばらくポカンと口を開けていたトニーだが、その顔に弾けんばかりの笑みを浮かべると、ペッパーの手をそっと握った。
「そうか…ありがとう…ペッパー…。君は…最高だ…。私に家族を…」
言葉に詰まったトニーの目から涙が一粒零れ落ちた。その涙をそっと拭うとペッパーはトニーの手を握り返した。
「ううん…。私の方こそ、あなたにお礼を言いたいわ。トニー…戻って来てくれてありがとう…。私のこと思い出しくれてありがとう…。私にあなたとの宝物をくれてありがとう…」
ペッパーの目からも涙が次々と溢れ、堪えきれなくなったペッパーは、トニーの身体に腕を回すと、負担にならないように胸元に顔を押し付けた。

抱きついてきたペッパーの頭をしばらく撫でていたトニーだったが、頭の先に音をたててキスを落とすと
「3ヶ月か…」
とつぶやいた。
「ええ。あなたがプロポーズしてくれた日かしら?」
ペッパーが顔を上げると、トニーはじっとペッパーの瞳を見つめていた。
「あの時…言ったこと…」
「ペッパーが帰るべき家だって言葉?」
「あぁ…」
「ちゃんと守ってくれて嬉しいわ…」
「君の…おかげだ…。戻って…これた…」
その言葉に笑みを浮かべたペッパーの頬をトニーは優しく撫でた。

「そう言えば、言ってなかったわ。お帰りなさい、トニー」
「たたいま…ペッパー」
見つめ合っていた二人はどちらともなく唇を合わせた。再会を喜び合うキスはいつも以上に甘くとろけそうなキスだった。

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