On Your Side Forever⑭

その夜、トニーはキリアンが指定したナイトクラブにやって来た。マリブ一の人気のクラブということもあり、大勢の人で賑わっていた。
目的の相手はどこにいるのかとトニーがキョロキョロと探していると、いつの間にか周囲を数人の男が取り囲んでいた。
「来い」
背中を押されたトニーはキリアンが待つバーに連れて行かれた。
「彼女は来ない。代わりに私が来た」
トニーが声を掛けるとキリアンは憎々しげに彼を見つめた。
「そうだろうな。予定通りだ。お前が彼女を来させるはずがない」
嫌な笑い方をしたキリアンは、手元の酒を飲み干した。
「ついでに言っておくが、動画なんてない。全てお前を呼び出すための餌だ」
どうしてキリアンが自分を標的にしているのかさっぱり理解できないが、早々に退散した方が良さそうだ。だが、2度と彼女に近づくなと警告だけはしなければと、トニーは拳を握りしめた。
「俺とお前と2人で話をするためか?それなら一言言っておく。彼女に2度と近づくな」
睨みつけてくるトニーをキリアンは指さした。
「正義感振り回しやがって。お前は偉大なトニー・スターク様だもんな。だが、今じゃああの女にヘコヘコして生きていくしかないじゃないか。情けないな、スターク。次期社長として崇めたて祀られていたお前が、オンナに跪く毎日だ。だが、彼女はお前のことを気に入っている。知ってるぞ。お前たちが愛し合ってることは。だからお前に言っておく。彼女のそばから消えろ。亡きポッツ夫妻はお前を彼女の婿にしようと計画していた。運がいいことに、ポッツ夫妻はその計画を彼女に話す前に死んだ。だが、お前は聞いてるだろ?計画を知るお前は邪魔な存在だ。お前がいなければ、俺が彼女の婿になれるんだからな」
くくっと笑ったキリアンに、トニーは背筋が凍りついた。
「まさか…お前が…」
2年前のポッツ夫妻の事故には、不審な点が多くあった。だが、それを工作した人物は結局未だに分かっていなかったのだ。
もしキリアンが事故の一端を担っているのなら、彼はヴァージニアから幸せを奪ったことになる。許せなかった。ヴァージニアには絶対に幸せになって欲しかったから。
「ジニーに…彼女に指一本でも触れてみろ!俺が許さない!」
そう叫んだトニーはキリアンに殴りかかった。

突然始まった喧嘩に、その場はわっと盛り上がった。キリアンを殴り続けるトニーだったが、すぐにキリアンの部下たちも加わり、倒れ込んだトニーに殴る蹴るの暴行を加え始めた。
収まることもなく、次第に酷くなっていく乱闘騒ぎに、誰かが叫んだ。
「警察を呼べ!」
警察を呼ばれたら厄介だと思ったのか、口元の血を拭ったキリアンは、腹を抱えうずくまっているトニーのそばに屈み込んだ。
「スターク、彼女の目の前から消えろ。いや、間違えた。この世から消えてなくなれ。それが世のためだ」
懐からナイフを取り出したキリアンはチラチラと見せつけるように動かすと、トニーの頬に当てた。チリッとした痛みが走ると同時に、一筋の血が流れ落ちた。
「ほら、行け。どこかで死んでこい。このナイフ、貸してやるぞ?それとも、そんな勇気はないか?だったら死ぬ手伝いをしてやろうか?」
可笑しそうに笑ったキリアンだが、彼のナイフを持つ手をトニーは掴んだ。ナイフを奪い合いもみくちゃになった2人だが、鋭い痛みがトニーを襲った。
「しまった…」
キリアンが何か呟いた。
トニーが自分の腹部を見ると、腹の中央にナイフが深々と刺さっているではないか。
本当に刺すつもりはなかったのだろう。呆然とするキリアンを、部下が引っ張った。
「逃げろ!」
キャー!という女性の悲鳴がホールに響き渡った。
「刺されたぞ!」
「救急車を呼べ!」
現場は途端に騒然とし始めた。

痛みに耐え、必死で起き上がったトニーだが、刺された腹部からは血がどんどん溢れ出てくる。
「ジニー…」
このままだと警察沙汰になり、彼女に迷惑がかかる…。一刻も早くこの場から立ち去らなければ…と、トニーは人混みを押しのけ、ふらつきながら外へと向かった。

***
「トニーったらどこへ行ったのかしら…」
一旦帰宅した後、『少し出てくる』と出掛けたトニーは、2時間経っても帰ってこない。
すぐに帰ってくると思い、注文していたピザはすっかり冷えてしまった。何度電話しても出ないのだから、さすがに心配になったヴァージニアは、ハッピーに連絡した。が、彼もトニーの行先は知らないと言うではないか。連絡がつかないと告げると、ハッピーはそちらに向かうと電話を切った。

玄関でガタッと物音がした。
トニーが帰ってきたと、立ち上がったヴァージニアは、急いで玄関へと向かった。
「トニー!どこに行って……」
トニーの姿を見たヴァージニアは言葉を失った。喧嘩でもしたのか、顔には切り傷があり、鼻や口元には血がついている。そして腹を押さえ壁に寄り掛かったトニーの顔色は酷く悪い。
「すみません…。おそく…なり…」
額には脂汗が浮かんでおり、痛みがあるのか顔を歪めたトニーは軽く咳き込んだ。
ふと足元を見ると、真っ赤な水溜りが出来ているではないか。
「トニー……」
口を抑えたヴァージニアは、目を見開いたまま彼を見つめた。

トニーは怪我をしている…。それもたくさん血が出るくらい…。

頭の中は混乱し、どうしたらいいのか分からない。

泣き出しそうなヴァージニアに、大丈夫だと告げようとしたトニーだが、息を詰まらせた彼の口から真っ赤な血が噴き出した。

「トニー!!」

ふっと力の抜けたトニーの身体が揺れた。倒れ込んできたトニーをヴァージニアは慌てて支えた。彼の腹部に触れると生温かく、恐る恐る掌を見ると、彼女の手は血で真っ赤に染まった。

「…トニー?」

震える手で顔に触れてみたが、目を閉じたトニーは身動き一つしないではないか。

「トニー……トニー……トニー!!」

何度呼びかけても、彼は微笑んでくれない。キスをしても彼の唇は冷たく、血の気が段々と失われていく。
つまり、それは……。

事の重大さをようやく理解したヴァージニアは、ガタガタと震えだした手で頭を抱えた。

「ど、どうしよう……。どうすれば……いいの……。と、トニー……い、いや………。いやぁぁ!!!!」

パニックになったヴァージニアは、トニーを抱きしめ叫び続けた。そこへやって来たのはハッピー。
トニーが行方不明と連絡を受け、慌てて社長宅へ来てみれば、外にはトニーの車が止まっていた。が、車には真っ赤な手形が残されており、そこから玄関へは血で染まった通り道が出来ているのだから、トニーに何かあったに違いないと思っていると、ヴァージニアの悲鳴が聞こえ駆け込んできたのだ。

「ポッツ様!一体……トニー!」
瞬時に状況を把握したハッピーは、急いで救急車を要請した。
「ポッツ様!しっかりして下さい!」
ヴァージニアの肩を揺さぶると、ようやくハッピーの存在に気づいたヴァージニアの目からは大粒の涙が零れ始めた。
「ど、どうしよう…と、トニーが…トニーが…死んじゃう…」
トニーの首筋に触れると、僅かにだが脈打っている。腹部にはナイフが柄まで深々と刺さっており、下手に抜かない方がいいと思ったハッピーは、ジャケットを脱ぐと止血しようと傷口を押さえた。そして、震えるばかりのヴァージニアに向かい告げた。
「トニーは…こいつはあなたを置いて死んだりしません!こいつにとって、あなた様は全て何ですから…」

⑮へ…

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