トニーが入院して2ヶ月になるある日。
チーズバーガーを手土産にスティーブがトニーの病室を訪ねると、トニーは不在だった。
「あぁ、そうか。あの時間か…」
やっと動けるようになったトニーは、リハビリを開始していた。
リハビリ室へ向かったスティーブは、トニーが歩行訓練をしているのを見つけた。
損傷の激しかった左脚にはまだギブスを付けており、そして右手は…感覚も戻り肩や肘も幾分か動かせるようになってはいたが、同じようにギブスが付けられていた。
まだ全快には程遠いが、トニーは動けるようになった喜びをかみしめているのだろう。今日も左手で平行棒を持ち、スタッフに支えられながらゆっくりと歩く練習をしていた。
「スタークさん、今日はこのあたりで…」
「いや…まだ大丈夫だ。早く良くなって帰らないと、みんな待ってるから…。それに…彼女を…ペッパーを早く安心させてやりたいんだ…」
そう言うと、トニーは右手を動かす練習を始めたのだった…。
**
しばらくして、車椅子をナースに押してもらい部屋から出てきたトニーは、廊下の椅子に座っているスティーブに気がついた。
「キャプテン、来てたのか?」
「やぁ、スターク。話がある。少し散歩でもしないか?」
「あぁ…いいが…。どうしたんだ?」
スティーブは無言のまま、車椅子を押して中庭へと向かった。
平日の昼下がりということもあり、中庭にはほとんど人がいなかった。少し離れた木陰に車椅子をとめると、スティーブはすぐ隣のベンチに座った。
「土産だ」
スティーブから手渡された紙袋は、トニーが大好きなハンバーガーショップのものだった。
「もしかしたら、チーズバーガーか?気が利くな」
トニーはチーズバーガーを取り出すと、幸せそうに頬張った。
そんなトニーを優しい眼差しで見つめていたスティーブだが、トニーがチーズバーガーを食べ終わると、真剣な眼差しになった。
「なぁ、トニー…」
「な、何だ?!」
いつになく真剣な眼差しにトニーは何を言われるのかビクついた。
スティーブはトニーの右手を取ると、目を真っ直ぐに見つめた。
「言おうか言わまいか散々悩んだ。だが…言わないと後悔すると思った。だから言わせてくれ。あの時、君を失いかけて気がついたんだ。君は…私にとって大切な存在だ…。仲間としても…そして一人の人間としても…」
「…」
「トニー…好きだ。私は君のことを心から愛してる…。例え世界中を敵にまわしても…君のことは命をかけて守りたい…」
スティーブはトニーの頬に残された傷痕に口づけすると、唇を滑らせた。
いつからだろう。
二人きりの時だけ彼が『トニー』と呼ぶのに気づいたのは…。人前では決して呼ばないその名前を、二人の時には愛を囁くように優しく呼んでくれるのに気づいたのは…。
しばらくして、黙っていたトニーが口を開いた。
「スティーブ…」
戸惑いを隠せないトニーは、伏し目がちに話し出した。
「君の気持ちは嬉しい…。ありがとう…。だが…」
「大丈夫…。大丈夫だ、トニー…。怪我をしている君を今すぐ求めようとは思っていない。だが…これくらいはいいだろ…」
スティーブはトニーの頬を優しく撫でると唇を奪おうとした。だが、トニーは身を捩ると、左手でスティーブの唇を押し戻した。
「トニー?」
顔を上げたトニーは真っ直ぐにスティーブを見つめた。
「スティーブ…。私にとっても君は大切な存在だ。大事な仲間だと思ってる。君のことは好きだ。キャプテン・アメリカは子供の頃からヒーローだったし、実際 に君と一緒に戦い、話をしたりできるなんて、夢のようだ。だが…私の君に対する『好き』は、恋愛感情ではないんだ。私には他に大切な存在がいる。世界中の 誰よりも幸せにしたい存在が…。私が愛しているのは…ペッパー・ポッツだけなんだ…。だから、すまない…。君の思いに答えることはできないんだ…」
頭を下げ顔を上げようとしないトニーをスティーブはじっと見つめた。
分かっていたんだ。
彼にとっての一番は彼女であることは…。彼の心には彼女しかいないことは…。彼が自分の命を投げ出してでも守ろうとした存在の重さにも、とっくの昔に気づいていたんだ。
だが、それでも伝えずにはいられなかった。彼の命が自分の腕の中で尽きようとしているのを感じたあの時…自分の中での彼の存在の重さを思い知ったからには…。
彼に知って欲しかったんだ。君のことを愛しているのは彼女だけではないことを…。君の存在がこの世から消え去れば、心の中に雨が降り続ける存在が多数いることを…。君の大切なもののためなら、一緒に命をかけれるということを…。
スティーブは立ち上がると、トニーの目の前にしゃがみこみ、両手を取ると優しく握りしめた。
「分かってるよ、トニー。君が彼女のことを愛してやまないのは分かってる。だが、知って欲しかった。君がいなくなれば悲しむ仲間がいることを…。君のこと を愛しているのは彼女だけではないことを…。だから、無理しないでくれ…。何でも一人で背負い込まないでくれ…。頼む…」
相変わらず俯いたままのトニーの肩を軽く叩くと、スティーブは立ち去ろうとした。
「…くれるか?」
背後からトニーがつぶやく声が聞こえ、スティーブは振り返った。
「どうした?」
振り返ったスティーブの視線の先には、足元をふらつかせながらも車椅子から立ち上がったトニーがいた。
「キャプテン…。ありがとう…。君の気持ち…嬉しいよ。それと…まだ時間がかかると思うが…また一緒に戦ってくれるか?」
スティーブの方へ一歩踏み出したトニーだが、まだ足元がふらつくため転びそうになり、スティーブは慌てて身体を支えるとトニーを車椅子に座らせた。
「当たり前だ、トニー。アイアンマンはアベンジャーズにはなくてはならない存在だからな。みんな待ってる…」
スティーブは後ろにまわると、車椅子を動かし始めた。
「もう少し元気になったら、トレーニング頼んでいいか?」
「あぁ、何でも言ってくれ。君が復帰する手助けなら…いくらでもするよ」
車椅子を押すスティーブの手を軽く握ると、トニーは嬉しそうに笑った。
**
夕方、ペッパーが病室を覗くと、トニーはベッドの上に起き上がり、窓の外を眺めていた。
「トニー?どうしたの?」
「ペッパーか…。いや、何でもないよ」
トニーは近づいてきたペッパーをベッドに座らせると、身体を引き寄せ抱きしめた。
「トニー?どうしたの?何かあったの?」
急に抱きついてきたトニーの背中を子供をあやすように撫で続けると、トニーはペッパーの髪に顔を埋めてつぶやいた。
「私は…みんなに愛されてるんだな…」
「え?どうしたの、今頃気づいたの?」
「あぁ…薄々気づいてはいたがな…」
くすりと笑ったペッパーは、トニーの額に音を立ててキスをした。
「そうよ、あなたはみんなに愛されてるのよ、アンソニー・エドワード・スターク。でも、その中で一番あなたのことを愛してるのは…」
「ヴァージニア・ポッツだろ?知ってるよ…」
トニーの頬をペッパーは優しく包むと、唇にキスを落とした。
そしてトニーは、久しぶりにペッパーの甘い唇と身体に溺れていった…。