Everything Is For You㉓

一週間もすると、トニーはすっかり落ち着いた。少しでも自分のことを…そしてペッパーとの時間を思い出したいというトニーのために、今日もジャーヴィスが写真片手に思い出話を語っていた。
「こちらは、トニー様が初めてご自分で作られたロボットでございます」
古びた新聞記事には確かに自分の名前が書いてある。
「ロボット?ぼく、ロボット作ったの?」
にわかに信じられないトニーだが、ジャーヴィスは誇らしげに告げた。
「はい。トニー様は幼い頃よりとても優秀でございました。お父様のハワード様もとてもお喜びになられましたよ」
当時を思い出したのか、ジャーヴィスは懐かしそうに記事を眺めている。
別の記事を手に取ったトニーは、写真をじっと見つめた。
幼い頃の自分と写っている男性…ハワード・スタークという名前のこの男性が自分の父親のようだ。と、ここで彼はあることに気付いた。目覚めて何日も経つが、この男性の姿は一度も見ていないと…。父親だけではない、母親の姿も見たことがないばかりか、誰も両親の話は口に出そうとしないということに…。
「ねぇ、ぼくのパパとママは?」
誰も話題にしないのだから聞いていいのか迷ったトニーだが、今聞かなければ誰も教えてくれない気がした。
ジャーヴィスはトニーの言葉に一瞬顔を強張らせた。真実を告げるべきか否か…。ジャーヴィスが助けを求めるように妻を見つめると、アナはトニーにやんわりと告げた。
「お父様とお母様は、お仕事で遠くにいらっしゃいますが、すぐに戻って来られますよ」
十数年前、頻繁に口に出していた台詞をまた言うことになるとは…。悲しい嘘だが、今のトニーに真実を知らす訳にはいかないのだ。両親に当分会えないと聞き口を尖らせたトニーだが、大好きなジャーヴィスとアナが辛そうな表情をしているのに気づくと、わざと明るい声で告げた。
「ジャーヴィスとアナがいるからいいや。パパとママみたいだもん。それから、ペッパーがいるから、ぼく、さみしくないよ!」

その頃ペッパーは、NICUにいた。2週間経ち、ようやく娘を抱くことが許可されたのだ。
産まれた時よりも少しだけ大きくなった娘を抱きしめたペッパーは、父親によく似た娘の小さな頭をそっと撫でた。
「アナスタシア…早くパパに会いたいわよね…。パパもあなたに早く会いたいって言ってるわ…」
小さな手で母親の指を掴んだアナスタシアは、ふにゃっと笑ったように見えた。可愛らしく天使のような顔に、もしかしたらこの子を見たらトニーの記憶は戻るかもしれないとペッパーは感じた。一方で、余計に混乱させる可能性もあるという不安も拭いきれなかった。だが、ペッパーは賭けてみることにした。娘は必ず希望を見出してくれると…。

「トニー、散歩に行かない?」
病室に戻りトニーを誘うと、彼は嬉しそうに顔を輝かせた。
「うん!」
ペッパーと過ごすことが何よりの楽しみになっているトニーは、ベッドから飛び起きた。

中庭にやって来た2人は、木陰のベンチに腰を下ろした。
「トニー、気分はどう?」
頭に包帯を巻いたトニーの顔色はまだ悪いが、彼は2人きりで過ごせると嬉しそうだ。
「うーん。あたまがいたくなることはあるけどね、ペッパーといるとわすれちゃうよ」
ヘヘッと笑ったトニーは、ペッパーの腰に手をまわすと抱きついた。
「こうやってるとね、ぼく、いやなことはぜんぶわすれちゃうんだ。ペッパーがぼくのおよめさんでよかった!」
トニーの頭をそっと撫でると、彼は目を閉じペッパーの胸に顔を押し付けた。記憶を失う前の彼も、何かあるとよくしていたこの光景。懐かしさとそして切なさがペッパーに襲いかかり、彼女は彼女だけのトニーを取り戻したくて仕方なかった。
娘のことを話そうと覚悟を決めたペッパーは、何度も深呼吸するとトニーの身体を離した。そして彼の手を取ると、じっと目を見つめた。
「トニー、実はね、話してないことがあるの。でも…話すとあなたは混乱してしまうかもしれないわ…」
真剣な眼差しにトニーは思わず姿勢を正した。彼女は自分の記憶にない重要なことを話そうとしている。それはもしかしたら、記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。そう思うと、居ても立っても居られなかった。
「おしえて」
真摯な瞳に見つめられたペッパーは、再び深呼吸をすると、真実を話そうと口を開いた。
「実はね…あなたと私には…あか…」

「ヴァージニア。どうしてまだそいつといるんだ?」
もう二度と聞きたくない声が聞こえ視線を上げると、目の前にキリアンが立っていた。
唇を震わせ真っ青になったペッパーの異変に気づいたトニーだが、そばにいる男の顔に見覚えはなかった。
「おじさん、だれ?」
キョトンとしたトニーは首を傾げたが、『おじさん』と言われたキリアンはまだそんな歳ではないと、そして何度も顔を合わせているのに覚えてもらえていないことに憤慨した。
「おじさんだと?スタークよ。私のヴァージニアを返してもらおう」
状況はよく分からないが、見知らぬ『おじさん』はペッパーのことを『ヴァージニア』と勘違いしており、彼女を連れて遠くへ行こうとしている…。
ペッパーは自分の『およめさん』なのだから、そんなことは絶対に許されない。だからこの『おじさん』を止めなければ…と、考えたトニーは、キリアンとペッパーの間に腕を広げて立ちはだかった。
「おねえちゃんは、ヴァージニアじゃない!ペッパーだ!ペッパーはぼくのおよめさんだから、どこにもいかせない!」
先ほどから、トニー・スタークは話が通じない。しかも自分の妻のことを『おねえちゃん』と呼んでいる。頭を負傷し意識不明だったことを思い出したキリアンは、もしかしたら…と目を見開いた。
「おい、こいつ…もしかして…。記憶喪失にでもなったのか?!おい、最高だな!それなら話は早い」
ハハッと笑ったキリアンは、トニーに近づくと顔をぐっと近づけた。
「お前は騙されてるんだよ、スターク。この女はペッパーなんて名前じゃない。ヴァージニアだ。それから俺と結婚してるんだ。お前は記憶を失って可哀想だからと、みんなが哀れんで、そういうふりをしてるだけなんだよ!」
「トニー!聞いちゃダメ!こいつの言うことは全部嘘よ!」
キリアンを追い払おうとしたペッパーだが、逆に手を掴まれ逃げられなくなってしまった。そして泣き出しそうな顔をしたトニーは頭痛がするのか頭を抱えると蹲ってしまった。その場から動かなくなったトニーをせせら笑ったキリアンは、ペッパーの手を引っ張り歩き出した。

頭が割れるように痛い。心臓は耳障りな程脈打ち、今にも破裂しそうだ。
ペッパーを取り戻すには、大切なことを思い出さなければならないのに、心と身体は相反し言うことを聞いてくれない。

そうだ…前にもあった…。
ペッパーが…あいつに奪われかけたことが…。
いつも守れず傷つけてばかりだった…。
だから…今度こそ…俺の手で…。

「ちがう……違う…。ペッパーは…俺の…」
地面に握り拳を叩きつけたトニーは、閉じていた目をパッと開いた。
(そうだ…。ペッパーは…世界一大切な俺の妻だ…)

全てを思い出したトニーは顔を上げた。嫌がるペッパーを連れたキリアンは、数メートル先を急いでいる。
「待てよ!」
立ち上がったトニーは大声で叫ぶと走り出した。ふらつきながらもキリアンに追いついたトニーは彼に飛びかかった。
「ペッパーは渡さないぞ!」
不意打ちに驚いたキリアンは、ペッパーの手を離すとトニーを殴りつけた。ただでさえ痛む頭は、殴られどうにもならない程ズキズキし始めた。だがトニーは必死だった。諦めたら全てが終わってしまうのだから…。
揉みあったまま、2人は階段の近くまでやって来たが、お互い必死なため気づいていなかった。このままでは階段から落ち、硬いコンクリートの地面に叩きつけられてしまう。
「トニー!!危ない!」
追いかけてきたペッパーが叫んだ時には遅かった。2人はそのまま階段を転がり落ちた。

㉔へ…

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