会議中、一本の電話がかかってきた。
画面を見ると愛しい女性からの電話。
「失礼…」
窓際に立ち、電話に出たトニーの耳に入ってきた声は、ペッパーのものではなかった。
「トニー・スタークか?お前の大事な女を預かってる。返して欲しければ、お前一人で来い。場所は…」
「おい、待て。お前は誰だ?ペッパーの声を聞かせろ!」
トニーの怒鳴り声に室内は静まりかえり、その場にいた全員がトニーを振り返った。
しばらくして
「トニー…」
電話の向こうから泣き出しそうな声が聞こえてきた。
「ペッパー!大丈夫か!」
「トニー!絶対に来ちゃ…」
ペッパーの声が途絶え、先ほどの男の声が聞こえた。
「分かったろ?30分で来い。仲間は連れてくるなよ。妙なマネをしたら…」
バーン!
電話口から銃声とペッパーの悲鳴が聞こえ、トニーは顔色を変えた。
「おい!何し…」
「大丈夫だ。大事な人質には傷一つ付けてない。さっさと来いよ。1分でも遅れたら…。分かってるな。場所は…」
電話を切ったトニーの表情は青ざめ怒りに震えていた。
「社長?ミス・ポッツに何か…」
「すまない。会議は中止だ…。ペッパーが…誘拐された…」
**
家に戻る時間はない…。携帯用のアーマーを装着したトニーは、指定された場所へ急いだ。
「ジャーヴィス!あと何分だ?」
「トニー様、残り5分です。お急ぎ下さい」
「急げ急げ…」
トニーは全速力でペッパーの元へ飛び続けた。
**
「あと1分…。お前の彼氏…いや、婚約者だったな…。来そうにないな?」
「トニーをどうするつもりなの!来ても殺すんでしょ?それなら…」
「威勢のいい女だな…。まあいい。スタークが間に合わなかったら…お前をスタークの目の前でめちゃくちゃに犯して殺してやる。さぞかしいい身体なんだろうな?あのスタークがベタ惚れなんだから…」
男はペッパーの頬を掴むと唇を奪った。
「ん!!!」
椅子に縛られた身体を動かし、必死で抵抗するペッパー。
トニー以外のキスなんていらない!トニー!助けて…。
こぼれそうな涙を堪えようと目をギュッと閉じたペッパーの耳へ、大好きな声が聞こえてきた。
「おい!ペッパーを離せ!」
目を開けると携帯用のアーマーをつけたトニーが少し離れた場所に立っていた。
「スターク。ギリギリだが、間に合ったな」
ペッパーの後ろに回った男は、ニヤニヤしながらペッパーの口を布で塞ぐと、手に持っているナイフでペッパーの首筋を撫でた。
「ん…」
背筋が凍るような感覚にペッパーは目を閉じ身震いした。
「約束どおり一人で来た。彼女を解放しろ。それと、お前は誰で目的は何か話してもらおうか?」
いつでも攻撃できるように身構えたトニーの周りを何十人もの男がぐるりと取り囲んだ。
「慌てるな…」
リーダーなのだろう。ペッパーのそばにいる男は、楽しそうに笑いながら顔を覆っていた布を外した。
「お前は!」
それはトニーもよく知っている男だった。
「覚えていてくれて嬉しいよ?」
「ステインの息子の…」
「親父が世話になったな?お前のおかげで俺の人生はめちゃくちゃだ。幸いにもお前…いや、アイアンマンを恨んでる奴は山のようにいるからな。俺がちょっと声をかけただけで、こんなに集まった。せっかくこれだけ人数がいるんだ…。詳しいことはまた後で話してやるよ。女は解放してやる。ただし、まずはお前で ゆっくり遊んでからだ…。アーマーを脱げ」
「何だと?」
「アーマーを着てたらお前が勝つに決まってる。だから脱げよ。脱がないと…」
ステインがペッパーの首筋にナイフの刃先を滑らせた。
「んー!」
ペッパーの白い肌が傷つき、涙とともに一筋の血が流れ落ちた。
「ペッパー!」
目の前で大切なペッパーが傷つけられるのを見て、トニーは怒りに震えると同時に、要求に従わなければ彼らは何をするか分からない…と感じた。
「分かった!頼むから…彼女は傷つけないでくれ!」
トニーはアーマーを脱いだ。アーマーはトランクケースになり、トニーの足元に転がった。余程急いでいたのだろう。アーマーを脱いだトニーはスーツ姿だった。
「さてと。トニー・スタークはどれだけ強靭かな?いいか?少しでも反撃してみろ…。女が死ぬぞ?」
「分かった…」
トニーは両手をあげ目を閉じた。
「やれ。ただし、まだ殺すなよ…」
ステインの合図とともに、トニーを取り囲んでいた男たちが一斉に襲いかかってきた。
男たちは手に持っている鉄パイプでトニーの身体を殴りつけた。
腹に一撃を食らったトニーはくぐもった声を出し、膝をつき倒れかけた。男の一人が倒れそうなトニーの髪を引っ張り起こすと、男たちは次々と全身に蹴りやパンチを入れトニーを暴行し始めた。
痛めつけられるトニーをじっと見つめていたステインは、泣きながらトニーを見つめるペッパーの方を向くと楽しそうに笑った。
「我慢強いな、スタークは」
「んー!!!」
ペッパーがジロリと睨むと、ステインは「怖~い」と大げさに肩をすくめ震えるふりをした。
「おいおい、あいつらやりすぎだぞ。死んだらどうするんだ…。おい!やめろ!」
トニーを取り囲んでいた男たちがステインの声で一斉にトニーから離れた。
身体を丸めたトニーは、血を吐きながら苦しそうに咳き込んだ。
「なぁ、スターク…」
腹を押さえうずくまるトニーに近づくと、ステインはつま先でトニーの腹部を思いっきり蹴った。
「うっ!!」
倒れこんだトニーの背中を足で踏みつけたステインは、ニヤニヤ笑いながらトニーの右手を掴んだ。
「今までこの手で武器やあのアーマーを作ってきたんだろ?この腕が使い物にならなくなったら…お前は終わりだな」
「や、やめろ…」
顔色を変えたトニーを一瞥すると、ステインは右腕を掴み、本来とは逆方向に思いっきり動かした。
ボギっ!という嫌な音がし、トニーは悲鳴をあげた。
「大げさだな。まだ肩の関節が外れたぐらいだろ?」
トニーの肘を足で押さえつけると、今度は手を掴み逆方向へ曲げた。
「うぁぁ!!」
鈍い音とともに、トニーの悲鳴が響きわたった。
「おい、黙れ!」
押さえつける位置をずらしながら、ステインはトニーの右腕を破壊していった。その度に悲痛な叫び声が部屋中に響き渡る。
「うるさいぞ!静かにしろ!」
ステインはトニーの髪を掴むと、地面に顔を叩きつけた。
何度も繰り返し叩きつけられ、意識が遠のき始めたトニー。ステインはトニーの血だらけの顔にナイフを突きつけ、頬をえぐるように切りつけた。
「スターク。女にモテるのに、顔が台無しだな…」
無抵抗のトニーを嘲笑う男たちの声とペッパーの泣き声を聞きながら、トニーは意識を手放した…。
**
「トニー…トニー?」
「ん…」
気がつくとトニーは窓一つない部屋で、ペッパーの膝を枕にして横になっていた。
「トニー…大丈夫?」
「あぁ…君の膝枕は…相変わらず気持ちがいい…。起こしてくれ…」
「無理しないで…」
ペッパーに支えられ起き上がろうとしたトニーだが、全身に激痛が走り思わず悲鳴をあげた。
「横になってた方がいいわ…」
壁にもたれかかり大きく息を吐いたトニーをペッパーは涙を浮かべて見つめている。
トニーは素早く怪我の具合をチェックした。
だらりと下がり妙な方向に曲がった右腕は動かすこともできず、指先に触れても感覚すらなかった。殴られた顔は腫れ上がり、左目は開くことができない。
これは…ヤバイな…。
だが、ペッパーは…どこも怪我はしてないようだ…。よかった…。
口の中に転がった折れた歯を血とともに吐き出し、空気を深々吸い込むと、肺が焼けるように痛みトニーは顔をしかめた。
「トニー…私たち、どうなるの?」
「あいつらの目的は…私だ。身代金目的の誘拐ではないだろう…」
二人が話していると、ドアが開きステインが数名の男とともに部屋に入ってきた。
「そうさ、そんなものに興味はない」
トニーはペッパーを守るように自由の利く左手を広げた。
「スターク、目が覚めたか?まだ頑張れそうだな。準備ができたから、最後の仕上げをさせてもらうぞ?」
「最後の仕上げって…」
トニーに背後からペッパーが不安そうにつぶやいた。
二人の様子を薄笑いを浮かべて見たステインは大げさに手を広げ話始めた。
「トニー・スターク…いや、アイアンマンの抹殺だよ。この世界に我々がいることを皆に知らしめるためには…ヒーローの死が必要なんだ。君はヒーローとして も巨大企業の経営者としても多大なる影響力を持っている。だからお前には死んでもらう。それも全世界の人々が見守る中で…」
「目的は私なんだろ?ペッパーは関係ない!なぜ彼女を巻き込んだ!」
ステインは、声を荒げたトニーの後ろに隠れるペッパーを指さした。
「お前の弱点はその女だ。その女を救うためなら、お前は何だってするだろ?」
「だったらペッパーは解放しろ!」
「お前が死んだら解放してやるよ…」
「本当だな?私が君たちに従ったら…彼女には指一本触れず解放してくれるんだな?」
トニーの言葉にペッパーは思わず叫んだ。
「トニー!何言ってるの?!私は、あなたと一緒じゃなきゃイヤよ!」
トニーはクルリと向きを変え、ペッパーの肩を掴んだ。
「ペッパー!いいか、ペッパー…。私は…君を守れるなら…この命を差し出す覚悟はできてる。君さえ無事でいてくれるなら…。世界一大切な君は…何が何でも守りたい…」
ペッパーの目を見つめたトニーはペッパーを抱きしめキスした。
キスをしながらトニーは気付かれないようにポケットに入っていた携帯電話をペッパーのポケットに入れ、ボタンを押した。
「トニー…」
涙が溢れる顔を隠すように胸に顔を押し付けたペッパーの背中をトニーは優しく撫で続けた。
「ペッパー…愛してるよ…」
「私も…愛してるわ…」
顔を上げたペッパーはトニーの頬を撫でキスをした。
キスをする二人を引き離すように、男たちはトニーの腕を掴むと、引きずるようにして部屋から連れ出した。
残されたペッパーに、見張り役の男が笑いながら壁のモニターを指差した。
「泣かせるセリフじゃないか!だが、あの男は死ぬぞ。喜ばしいことに、あいつの死に様は全世界に中継されるんだ。お前もここでしっかり見届けるんだな…」
**
目隠しをされたトニーは車に乗せられ、どこかへ運ばれた。
10分ほど走っただろうか。車が停まり、トニーは車内から蹴りだされた。
「スタークよ、ここがお前の死に場所だ!」
目隠しをはずされたトニーは辺りを見回した。
どこか倉庫のような場所だ。
使われていない古い機器がたくさん置かれており、日のあまり射さない薄暗い部屋の中央には、何台ものカメラが設置されていた。
トニーはそのカメラの前に引きずれるように運ばれた。
「言っておくが…妙なマネしてみろ…。お前の女の頭が吹っ飛ぶことになってるからな…」
「あいにくだが…そんな元気はないから安心しろ…」
軽口を叩くトニーの頬を軽く撫でると、ステインはカメラの前に立った。
トニーは猿轡を咬まされ、二人の男に両腕を抱えるようにして立たされた。
「では、ショーの始まりだ…」
カメラの前でポーズをとったステインは喋り始めた。
「今からアイアンマンことトニー・スターク氏の公開処刑を始める。かのアイアンマンですら、我々の前では赤子同然だ。我々に背こうものなら、スタークのようになるということを、みな覚えておけ…。では、スターク氏の最期の勇姿を皆で見届けようでないか…」
カメラの前から移動したステインが、トニーの周りにいた男たちに合図を送ると、その惨劇は始まった。
先ほどまで痛めつけられていたボロボロの身体に、力強いパンチが次々と決まり、トニーは苦しそうに身を縮めた。
倒れそうになるも支え直され、そのたびに全身に強い衝撃を受ける。
スティーブのように増強された肉体でもなく、ソーの様に神であるわけではない。アーマーを脱げばただの人間。相手もそれを分かってやっているのだろう。
意識を失いそうになると、顔を殴られ連れ戻される。
与えられる衝撃に耐えきれなくなった身体は限界を超え、骨が砕ける鈍い音が次々と響き渡った。
いたるところから血を流すトニーに近づいたステインは、トニーの顔を掴み覗き込んだ。
「どうだ?」
トニーは、ステインを鋭い眼光で睨みつけた。そのトニーの目が気に食わなかったのだろう。
「意外としぶといな…」
ステインは、手に持っていたコンクリートの塊でトニーの頭を殴りつけた。
頭から血を流したトニーは、声にならない悲鳴を上げた。
「離せ」
ステインの言葉にトニーを支えていた男たちが手を離すと、もはや自分で立つ気力すらないトニーは地面に倒れこんだ。
「そろそろやばいんじゃないか?」
ステインは、嘲り笑いながら動けないトニーの身体を蹴ったが、意識が朦朧としているトニーは何も答えることができなかった。
「おい!聞こえるか?」
頬を殴られ意識を呼び戻されたトニーをステインは再び殴り始めた。
辺りはトニーの血が飛び散り、地面は真っ赤に染まっていた。
しばらくして、目を閉じ力の抜けたトニーから手を離したステインはカメラに向かった。
「よし、やめだ。このままにしておいても、スタークはそのうち死ぬだろ。皆さん、もうすぐクライマックスです。スタークが死んでいくのを見守りましょう!」
男たちは、最後の仕上げとして、トニーの身体に鎖を巻きつけ吊るし上げた。
吊り下げられゆらゆらと揺れるトニーの下には血溜まりが出来ていた。
それを避けるようにトニーに近づいたステインは、ナイフでトニーの頬を傷つけ無理やり意識を呼び戻させた。
「おい、スターク。仲間は誰も助けに来なかったな。お前はこのままここで孤独に死ぬんだ。そうだ。最後に何か言いたいことがあるか?」
猿轡を外されると、トニーは咳き込みながら口から大量に血を吐き出した。
ただペッパーの無事だけを知りたいトニーは、潰えそうな意識を必死で手繰り寄せ、口を開こうとした。が、その時、半分閉じられたトニーの目が、見覚えのある緑色と青いものを捉えた。
「お…おまえ…たち…の…ま…け…だ…」
小さくニヤリと笑ったトニー。この後に及んでもまだ屈しないトニーに逆上したステインは、手に持っていたナイフをトニーの腹に突き立てた。
返り血を浴びたステインは狂気に満ちた目でトニーを見ると、ナイフを抜き再びトニーに突き刺そうとした。
その時、聞き覚えのある唸声が倉庫に響き渡り、星条旗カラーの円盤状の物がステインを吹き飛ばした。
「な、何だ?!」
緑色の大きなものが、次々と男たちをなぎ倒していき、慌てて逃げようとしたステインを踏みつけた。ハルクが大声で唸ると、ステインは抵抗するのをやめた。
「スターク!!」
真っ青な顔をしたスティーブは、吊り下げられたトニーをそっと下ろし地面に寝かせた。
意識がないトニーの首元に手を当てるとかすかに脈を打っており、ホッとしたスティーブはトニーの手を握りしめ、呼びかけた。
「スターク…。遅くなって悪かった…。助けに来たぞ…」
すると瞼がピクリと動きわずかだが目を開いたトニーは、必死でスティーブの手を握り返し何か言おうと口を動かした。
「スターク。大丈夫だ…」
「ぺ…」
「ペッパー?ミス・ポッツは無事だ。ナターシャとクリントが助け出した。怪我もしていない」
小さく頷いたトニーは再び意識を手放した。ぐったりとしたトニーを思わず抱きしめたスティーブは、首元にトニーの微かな息遣いを感じ、零れ落ちそうな涙をぐっと堪えた。
トニー…頑張ったな…。生きててよかった…。
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