AoUではペッパーが(中の人のスケジュールの都合で)出てこなかったのですが、その合間のお話。
①ウルトロン襲撃後
自室へと引き上げたトニーは、一人には大きすぎるベッドに座った。
どうしてこんな事態になったのだろう。ウルトロン計画は自分の思惑とは正反対の方向に進んでしまった。『世界の平和を』と教え人類の守護者を生み出すつもりが、とんでもない悪魔を生み出してしまった。
自分の驕りがあの悪魔を生み出したのだろうか…。
それともこの出来事も今まで同様、必然なのだろうか…。
唯一の救いは、ペッパーがこの場にいなかったこと。ペッパーはビジネスで日本へ向かった。ここから遠いあの国ならば、彼女がウルトロンに狙われることはないだろう。彼女に危害が及ばなくて本当に良かった。もう二度と彼女を失うかもしれないという恐怖は味わいたくないのだから…。
だが、今回の一件はおそらく彼女の耳にも届いているはず。それはニュースでか、社員からか、はたまたジャーヴィスを介したシステムが起動しないことからか…。
ジャーヴィス。
まさか彼が最初の犠牲になるとは思いもしなかった。ジャーヴィスのことだ。ウルトロンの暴走を止めようとしたのだろう。
自分の手で生み出し、ペッパーよりも付き合いの長いA.I.が抹消されたというのは相当の痛手だった。それはシステム上の問題もだが、苦楽を共にしてきた相棒を失ったという意味においても…。
しばらく頭を抱えていたトニーだったが、ペッパーに連絡しようと携帯を取り出した。だが、自分の携帯はウルトロンに監視されているかもしれない。そうなればペッパーの居場所を突き止められてしまう。
そこで、もしもの時のために準備しておいたプリペイド携帯をトニーはベッドサイドの引き出しから取り出した。この携帯から繋がる番号はただ1つ。追跡される心配はないが、それでも通話は手短に済ますべきだろう。
通話ボタンを押したトニーは大きく息を吸った。
数回の呼び出しの後、愛しい声が電話の向こうから聞こえ、トニーは自然と笑みを浮かべた。
「やぁ、ハニー。元気か?」
「トニー!良かった…無事だったのね!電話しようと思ったの。でももし盗聴されてたらと思うと出来なくて…」
泣き出しそうで、それでいてホッとしたような声に、目を閉じたトニーは彼女の顔を思い浮かべた。
「ペッパー、心配は無用だ。世界最強のチームが揃ってるんだぞ?みんな無事だ。いや、無事ではない物もある。君の大切なツヴィーゼルのワイングラスが粉々になってしまった」
電話越しに伝わる重苦しい雰囲気を何とかしようとしているのだろう。ややおどけたようなトニーの声に、クスッと笑ったペッパーも一先ず同調することにした。
「いいの。あなたにまた買ってもらうから。それより何があったの?」
バナーと協力し、ロキの杖の力でウルトロン計画を進めていたことは、毎晩の電話でペッパーに話していた。アベンジャーズの代わりに世界平和を担う者としてウルトロンを作り出せば、ペッパーがいつか言ったように、もう誰も傷つかずに済むはずだった。
「ウルトロンが暴走した」
その一言に、電話越しでもペッパーが息を飲んだのが分かった。
「ウルトロン?!でも、トニー、ウルトロンはまだ先の話だったんでしょ?」
驚きを隠せないペッパーに、トニーはやや早口で説明し始めた。
「詳しくはまた話す。とにかく、ウルトロンは完成した。自分で自分を作り上げたんだ。しかも厄介なことに、世界平和をもたらすように教えたはずが、ウルトロンは世界平和のためには人類を抹消すべきだと考えた。あいつが今後何をしようとしているのかはまだ分からない。だが、ペッパー、私はとんでもないことをしてしまったかもしれない…」
震えるその声に、ペッパーはトニーの苦悩を感じた。いや、言葉にされなくても彼の思いは十分理解できた。
彼は仲間を守るために…これ以上危険に晒さないために、ウルトロンを作ろうとしていた。自分たちの代わりに闘ってくれる存在がいれば、もう誰も傷つかずに済むからだ。
彼がそこまで自分の思いを仲間に語ったとは考えにくい。大事なことは自分の胸のうちに秘める方だから…。だから、間違いなくウルトロンを作り出したことを責められただろう。
本当なら、今すぐNYに戻り、一人苦悩する彼を支えたかった。だが、NYに戻ることをトニーは決して許さないだろう。それは騒動の渦中に飛び込むことになるのだから…。
そこでペッパーはトニーを抱きしめる代わりに携帯を持つ手に力を入れた。
「トニー…あなたはみんなを守るためにウルトロンを作ったんでしょ?もう少し慎重になるべきだったかもしれないけど。でも、あなたも予想出来なかった事態なんでしょ?きっとね、ボタンを掛け間違えたの。だからお願い…自分を責めないで…」
(彼女は全てお見通しってところか…)
全てを語らずとも思いを理解してくれる人間はペッパーだけ。だからこそ、彼女にそばにいてもらいたかった。だが、そんなことは許されない。もう二度と彼女を危険に晒すまいと、あのクリスマスの事件の後固く誓ったのだから…。
何度か深呼吸をし心を落ち着けたトニーに迷いはなかった。一刻も早く事件を解決して、彼女の元に戻る…トニーの思いはそれだけだった。
「ペッパー、何が何でもウルトロンを探してみせる。そしてこの世から抹消する。それが私の取るべき責任だ。だからペッパー、君は事態が収束するまで暫く日本にいろ」
そしてペッパーも…。予想通りの言葉に頷いたペッパーは、今すぐにでもNYに戻りたい思いを必死で封印すると、零れ落ちそうな涙を堪えるように、何度か瞬きをした。
「トニー、お願いだから無理しないでね。私にはあなたしかいないの…。愛してるわ、トニー…」
「あぁ、私もだ。愛してるよ、ペッパー…。しばらく連絡出来ないと思うが…。必ず君の元に戻る」
電話を切ったトニーは、携帯を床に叩きつけると踏み潰した。これでこの携帯は使用不可能だ。追跡される危険もなくなった。だが、ペッパーとの唯一の通信手段も途絶えてしまった。
彼女との繋がりがまた一つ消えてしまい、虚しさを感じたトニーはベッドに横たわると、ペッパーの枕を抱きしめた。
最後にここで抱き合ったのはいつだったろう。数週間前なのに、もう何年も前のように感じる。
消えそうな彼女の残り香を吸い込んだトニーは、柔らかな彼女の身体を思い浮かべるように、枕を抱きしめ直すと目を閉じた。