子トニー+ハワマリ
ある晩、パーティーから帰宅したマリアは、小さな息子の顔を見ようと子供部屋に急いだ。
「ただいま、トニー。いい子に…」
真っ暗な部屋の中、トニーは部屋の隅っこで泣いていた。
「どうしたの?!」
慌てて駆け寄り抱きしめると、大きな目を真っ赤に腫らしたトニーは、マリアに抱き着いてきた。
「ママ…」
しくしくと泣くばかりで理由を離さない息子の背中を撫でながら、マリアは彼が話し出すのをじっと待った。
しばらくして、トニーは目を擦ると母親をじっと見つめた。
「私の可愛い坊や、あなたが泣いていた理由をママに聞かせてくれない?」
額にキスをすると、トニーは母親の顔色を伺うように恐る恐る話し始めた…。
「あなた!どうしてトニーからおもちゃを取り上げたの!」
リビングへ向かったマリアは、ソファーに座っている夫ハワードに向かって叫んだ。だが、ハワードは何も言わない。
(まただわ…)
ため息を付いたマリアは、夫の前に立つと酒のボトルを奪い取った。
「おい!何をするんだ!」
何本ボトルを開けたのだろう、真っ赤な顔をしたハワードはマリアを睨みつけた。
「だから、どうしてトニーからおもちゃを取り上げたのよ!」
妻から視線を逸らせたハワードは、鼻を鳴らした。
「おもちゃなどくだらない。そんな時間があるなら本でも読ませろ」
ハワードが取り上げたおもちゃ…トニーのお気に入りの車のラジコンは、半年ほど前のトニーの3歳の誕生日にハワードが買ってきたものだ。それ故に、ハワー ドの言葉にマリアは耳を疑った。しばらく口をポカンと開けていたマリアだが、手をギュッと握りしめ、ハワードを見つめた。
「ハワード、あの子はまだ3歳なのよ?それに、あの子は本もたくさん読むし、勉強だってしてるわ。あなたがあの子に期待しているのは分かるわ。でもね、まだ小さいの。あの子はあなたと一緒に遊びたいのよ?」
妻の言葉に黙ったままのハワードは、ボトルの酒を煽るように飲んだ。
「うるさい!私は忙しいんだ!」
空のボトルをマリアに向かって投げつけたハワードは、足元の新たなボトルの封を開けた。投げつけられたボトルが足元へ転がってきたが、マリアは怯まなかった。
「そんなに仕事が大事?それとも、家族よりもキャプテンの捜索が大事?私はいいわ。あなたの気持ちは分かってるから。でも…少しはトニーのことも考えてあ げて!あの子はあなたのことが大好きなのよ?一緒に遊んだり話をしたりしたいのよ?それなのにあなたが相手にしないから、最近はすっかり怖がってるじゃな いの!」
この数か月、毎晩のように繰り広げられる口喧嘩。原因は、ハワードがアルコールに溺れ始め、家族を顧みなくなったこと。特に、あれだけ可愛がっていたト ニーに対し、態度を一変させ、厳しくそして冷たくなったこと。それはマリアだけでなく、スターク家に仕える使用人の目から見ても明らかだった。
立ち上がったハワードは、何も言わずマリアの横を通り、リビングを出て行こうとした。
最後はいつもこうだ。ハワードは何も言わずマリアから逃げ、再び酒に溺れる…その繰り返しだった。
情けなくなったマリアの目から涙が零れ落ちた。
「あなたはあの子が生まれるのを楽しみにしてたじゃないの?あなただってトニーのこと、愛してるでしょ?」
声を震わせている妻が泣いているのに気付いたハワードは足を止めた。
「…あぁ…、当たり前だ」
「だったら、もっと愛情を示してあげて?言葉にしなくても分かるなんて大間違いよ、ハワード。あの子はまだ小さいんだから…」
だが、ハワードは何も言わなかった。何も言わずそのまま寝室へと上がって行った。
庭に出たマリアは、ベンチに座ると顔を覆った。
しばらくして、誰かが近づいてくる気配がし、
「ママ?」
と言う可愛らしい声が聞こえた。顔を上げると、両手を握りしめたトニーが目の前に立っていた。
「どうしたの、トニー?」
目に浮かんでいた涙を急いで拭ったマリアは、トニーを抱き上げると笑みを浮かべた。賢いトニーは、自分のことで母親が父親と喧嘩をして泣いていたことを見抜き、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「ママ、ぼくね。パパにごめんなさいってするね。ぼくがあそんでたから、パパはおこってるんだよ。ぼくがわるいこだから…」
唇をキュッと閉じたトニーは、拳に力を入れた。
(この子は悪くないのに…。どうして大切なこの子を悲しませなきゃならないの?)
小さなトニーが心を痛めている…情けなくなったマリアは新たに浮かんだ涙を堪えるように、何度か瞬きした。そしてトニーの頭を優しく撫で始めた。
「トニー、あなたは悪い子じゃないわ」
マリアの言葉に俯いていたトニーは顔を上げた。
「ほんと?ぼく、わるいこじゃないの?」
「えぇ、トニー。あなたはこんなに優しいのよ?悪い子なわけないわ…」
笑顔を浮かべたトニーは、マリアの前に両手を差し出した。
「あのね、ママにプレゼント!」
小さな手を開くと、淡い光が幾つも浮かび上がった。
「綺麗ね…」
小さな手から飛び立った数匹の蛍は、しばらく二人の周りを飛び回っていたが、やがて静かに消えて行った。
トニーを膝の上に乗せたマリアは、小さな身体を抱きしめた。
「トニー、ありがとう…。あなたはママの光よ…。いいえ、あなたは賢いから、世界中の人の光になれるわね…」
頬にキスをおとし頭を撫でると、トニーはくすぐったそうに母親の肩に顔を埋めた。
程なくして小さな寝息が聞こえてき始め、マリアは息子の背中をゆっくりと撫でると立ち上がった。
「忘れないで、トニー。パパもママもあなたのことを愛してる。パパはあなたのことが大好きだから、あなたに厳しくするの。でもね、本当はいつもあなたのことを考えているわ…。あなたはパパとママにとって、大切な光なのよ……」
身体が離れた後、力強い腕に抱きしめられたペッパーは、胸元に光る青白い光に顔を寄せた。腕の中の最愛の人の髪を撫で、頭に何度もキスをおとしていたトニーだが、光に照らされる美しき横顔を眺めながら、ふとあの夜のことを思い出した。
「光か…」
ポツリとつぶやいたその言葉は、ペッパーの耳にも入っていた。
「どうしたの?」
いつもとは違う声色に、ペッパーは顔を上げた。彼女の瞳に不安の色を見出したトニーは、安心させるように彼女の額に口付けをした。
「いや…昔のことを思い出した。お袋は私を自分たちの『光』だと言った。そして、世界中の人の光になれと…。お袋が望んだような男に…いや、その約束を果たせてあるかは分からないが、ただ一つ確かなことがある」
上目遣いで見上げるペッパーの頬をゆっくりと撫でたトニーは、ベッドの中でしか見せない笑顔で微笑んだ。
「それは、君が私の光だと言うことだ…」
IM3の音声解説で、『依存症のハワードと喧嘩をしたマリアにトニーが蛍を見せて慰めるシーンが、脚本の構想に あった。光はアイアンマンで、トニーは母親を喜ばせるためにアイアンマンを作った』とあったので、それに基づいて妄想。タイトルは『あなたは私の光』とい う意味だそうです。