「ハワード様、バレンタインにお一人とは珍しいですね」
執事の言葉に大欠伸をしたハワード・スタークは一瞬ムッとしたように眉を顰めたが、事実なのでそれ以上何も言えなかった。
ハワード・スターク。時代の寵児。関係を持った女性は星の数。彼の忠実な執事ジャーヴィスに言わせると『関係を持った女性のリストを作るなら、全米中のインクを使っても足りない』らしい。
そんなオンナには欠いたことのないハワードだが、どうしたものか、今年は違った。先日まで新鋭の女優と付き合っていたはずなのに、執事を送り込みブレスレットをプレゼント…つまり関係を終わらせたのは、つい昨日のことだ。
要するに、彼は暇だった。だが、彼の執事には家で待っている妻がいる。さすがに逢瀬を邪魔する程、ハワードも野暮ではなかった。
どうやって今宵を過ごそうかと思案していたハワードの脳裏に、一人の友人の顔が浮かんだ。
「そうだ。いいことを思いついた。ジャーヴィス、送ってくれ」
立ち上がったハワードは、ジャーヴィスが答える前にすでにドアノブに手を掛けていた。
向かった先は戦友あるペギー・カーターの自宅。
「ジャーヴィス、呼んできてくれ」
後部座席でふんぞり返ったハワードは、運転席にいるジャーヴィスにさも当然かのように告げた。
いつもなら素直に従うジャーヴィスだが、相手はペギー・カーター。自分よりも主人の方が旧知の仲なのだ。
「ご自分で行かれればよろしいかと…」
と言ってみたものの、後部座席の主人はふんっと鼻を鳴らした。
「女性をエスコートするのも執事の仕事だ」
「何でも私の仕事にしないで下さい。ハワード様、私には家で待っている妻が…」
と、押し問答している時だった。窓ガラスを叩く音が聞こえ、ハワードが顔を上げると、そこにいたのは件の人物、ペギー・カーター。
「どうしたの、ハワード?」
「やあ、ペギー」
にこやかに挨拶をしたハワードは、ドアを開けると車外に降りた。
「暇だろ?独り者同士、今日は呑み明かさないか?」
ペギーの肩を軽く叩くと、彼女はジロリとハワードを睨んだ。
「私を暇潰しの道具にしないで頂戴」
「暇潰しではない。むしろ君が寂しいだろうと思って…」
からかうように言ったハワードだが、いつも勝気なペギーの顔に一瞬悲しみが浮かんだのに気づくと口を噤んだ。だが遅かった。
「…彼のことだったら」
顔を伏せたペギーは、涙を見せまいと唇を噛み締めている。
(しまった…)
自分の失言に小さく舌打ちしたハワードは、俯いたままのペギーをそっと抱きしめた。
「スティーブも罪な男だ。こんなにも魅力的な女性を悲しませている。ペギー、悪かった。違うんだ。私だ。私が君と久しぶりに語り合いたかったんだ。だから朝まで付き合ってくれないか?」
ペギーの背中を摩ったハワードは、彼女の額を軽く突いた。
「飲み明かすだけよ?」
顔を上げそう告げたペギーは、いつもの強気なペギーだった。だが、その目が潤んでいることに気づいたハワードは戯けた口調で言った。
「おい、ペギー。君はスティーブの恋人だ。いくら私でも親友の恋人に手は出さない。それだけは神に誓う」
片手を挙げたハワードにクスっと笑ったペギーは、彼の鼻を摘んだ。
「分かったわ。あなたの奢りよ?」
わざとらしくツンと上を向いたペギーは、差し出されたハワードの腕を澄まして取った。
「ジャーヴィス、朝までには帰る」
「かしこまりました」
肩を組み歩く二人は、側から見れば恋人のようだ。だがあの二人は戦友だ。あの大戦に身を捧げ戦い、生き残り、そして共通の大切な人を亡くした戦友だ。
ペギーはハワードが心から信用している数少ない人物の一人であり、そしてペギーにとってもハワードは親友であり、そして兄のような存在なのだろう。
「ごゆっくりお楽しみ下さい」
楽しそうに去って行く二人の背中に告げたジャーヴィスは、妻の元へ帰るべく車を発進させた。
【※CAFA直後の1946年設定。
ハワードの女性の別れ方やジャーヴィスの設定は、”Agent Carter”から。】