Jealousy

ペッパーの過去if話

ペッパーは幸せの絶頂にいた。

トニーと愛を交わし、力強い腕に閉じ込められたペッパーは、逞しい胸元にキスをしながらトニーの顔を覗き込んだ。
「ねえ、トニー?私以外に愛を誓った女性がいるでしょ?」
「愛を囁いた女性は星の数ほどいるが…。まぁ、それは君も知っているだろ?だが、愛を誓ったのは君だけだよ、ヴァージニア…。私が心から愛するのは君だけだ。これからもずっと…」
「それはよかったわ」
嬉しそうに胸元に顔をすり寄せたペッパーの頭にキスをしながらトニーはふと思った。そういえば、ペッパーの恋愛遍歴は聞いたことがないぞ?と。
「ところで、君はいないのか?私ばかり追求されるのは不公平だろ?」
ニヤニヤと笑いながら言うトニーにペッパーは頬を膨らませた。
「いないわよ。あなたじゃないんだから…。私もあなただけ…。私は永遠にあなただけのものよ…」
「そうか。ペッパー・ポッツのことを隅々まで知っている男は、私以外にはいないということだな」
気を良くしたトニーは、ペッパーの胸元に赤い花を散らしていった。
「ねぇ、トニー…私たちの間に隠し事はなしよ…」
首筋にキスをしながらトニーはくぐもった声で答えた。
「分かっているよ…ハニー…愛してる」

再びトニーに抱かれながらペッパーはぼんやり考えた。
トニーには言っていないけど…実は一人だけいた。遠い昔…LAに出てくる前…永遠の愛を誓い合った男性が…。ペッパーを大人にしてくれた男性が…。

でも…家族やその男性の束縛から逃げるようにここに来たため、この地に来て以来、音信不通になっている。

あれから15年…。きっとあの人も素敵な女性に巡り合っているわね…私がトニーに出逢えたように…。
与えられる快楽に身を任せたペッパーは、いつしか眠りについていた…。

*****

翌日、ペッパーはウェディングドレスの打ち合わせに来ていた。
「あら?ステキ!よくお似合いですよ、ポッツ様!」
「そうかしら?」
贅沢にレースのあしらわれたエンパイアドレス。ペッパーのためにデザインされた世界で一着しかないオリジナルのドレス。大きな鏡の前に立ったペッパーは、祭壇の前でこのドレスを纏った自分に手を差し伸べるトニーを思い浮かべた。
「きっとスターク様も惚れ直しますわ。では、これで仕上げますので…」

店から出たペッパーが時計を見ると、まだ16時前だった。これから会社に戻っても中途半端な時間よね…。そうだわ、トニーの洋服を見て帰ろう…。この間、 彼のお気に入りのシャツを私が破っちゃったし…。それから、スーパーに寄って…腕をふるって彼の好きなものをたくさん作ろうかしら…。

ペッパーが行きつけのショップに向かって歩いていると、誰かに声をかけられた。

「あの…失礼ですが…ヴァージニア・ポッツさんでは?」
またゴシップ誌の記者かしら…。そうだとしたら…またトニーとのことを根掘り葉掘り聞かれるわ…。
「そうですけど、何か…」
作り笑いをして振り返ったペッパーの顔がこわばった。
「やっぱりヴァージニアだ…。久しぶりだな」
「…ショーン…」
それは、奇しくも昨晩思い起こしていた人物だった…。

久しぶりの再会。立ち話も…と言うことになり、二人は近くのカフェに向かった。
平日の昼下がり。店内には人も少なく、ペッパーは窓際とは反対の奥まった席へと座った。
「久しぶり。15年ぶりかな?」
にこやかに笑うショーンだが、ペッパーの脳裏には15年前、最後に見たショーンの…逃げるペッパーに襲いかかろうとした彼の姿が過ぎり、それを拭うように頭を軽く降った。

燃え上がるような激しい恋。毎日何もせずただひたすらに求めあったこともあった。ペッパーに女の悦びを教えてくれた初めての男性。
だが、それはトニーと出会う前の若かりし頃の思い出。そして同時に忘れてしまいたい思い出でもあった。

「元気にしてた?」
「君は変わらないな、ヴァージニア」
ショーンの指に光る物を見つけたペッパーはホッとした。よかった…彼も結婚したのね。これなら、ただの昔の友達として話ができそう…。
ペッパーの目線に気づいたショーンが、今度はペッパーの指に光る大きなダイアモンドの付いた指輪を見つめた。
「そう言えば、結婚するそうだね…」
「えぇ。再来月…」
「相手はあの有名なトニー・スタークなんだろ?どうやって知り合ったんだ?」
トニーのことを聞かれたペッパーは、嬉しそうに話し出した。
「LAに来てすぐに彼の秘書になって…。お互い惹かれあっていたのになかなか素直になれなかったのよ、私たち。随分時間がかかったんだけどね…」
トニーの話になった途端、笑顔になったペッパーを冷ややかな目で見ていたショーンだが、カバンの中からおもむろに何かを取り出し、ペッパーの目の前に置いた。
「君にプレゼントがあるんだ…結婚祝いだ…」
「何かしら…」
不安に思いながらも封筒を開けたペッパーは愕然とした。
「ど、どういうつもりなの…」
中に入っていたのは昔の写真だった。
ベッドの上で露わもない格好で抱き合う二人。ショーンに抱かれ歓喜の声をあげているペッパー。中身は人には見せられないようなもの…つまりは二人の情事の最中のたくさんの写真だったのだ。

「何で…こんな写真が…」
やっとのことで声を絞り出したペッパーの手から写真を奪うと、ショーンは笑いながら一枚ずつテーブルの上に並べ出した。
「愛する君との記録だからな…。ほら、君と愛し合う時は記録に残していただろ?全て保存してあるんだ…。今日持ってきたのは、ほんの一部さ。これは、君が 初めて僕のものになった時…これは…そうだ、君のことを縛って数時間放置していたんだよね。僕が戻ってきたら君の椅子の下は水…」
「やめて!」
大声を出して立ち上がったペッパーに、店内の視線が集まった。
「ごめんなさい。何でもないわ…」
頭を軽く下げ座ったペッパーは、声を潜めてショーンに尋ねた。
「何が目的なの…。お金?」
テーブルの上で硬く握りしめたペッパーの手をショーンはニヤニヤしながら触った。
「金なんて興味ない。僕が興味があるのは君だけだ。昔からね…。知っているだろ?僕が君のことをどれだけ愛していたか…。」
やはりこういう人だった…。一度狙った獲物はそれが死ぬまで離さない獣のような男。
恐怖で震え上がるペッパーの頬を優しく撫でたショーン。
「今日の夜、 ホテルに来い。言っておくが…あいつに一言でも話してみろ。写真を送るぞ。それと…来なかったら…」
耳元で囁かれた言葉は、ペッパーを絶望の淵へと突き落とした。
青ざめ動けないペッパーの頭にキスをすると、
「じゃあ、ヴァージニア…また今夜…」
そう言い残し、ショーンは手を降りながら店を出て行った。

座り込んだままのペッパーの耳からは、先ほどの悪魔のような囁きが離れなかった。

「君の愛する男を破滅…いや、この世から抹消する」

*****

その夜、ラボで作業をしているトニーにペッパーは電話をかけた。
今、トニーの顔を見ると、全て話してしまいたくなる…。きっとトニーはショーンのところへ殴り込みに行くだろ…。でも、それは…トニーの命を危険にさらすことになる…。

「トニー、出かけてくるわ…」
「どうしたんだ?こんな時間に?」
「…式の打ち合わせで…友達が急に時間ができたって言うから…。すぐ戻ってくるわ…」
「そうか。楽しんで来いよ」
トニーの心からの言葉に、ペッパーの胸が痛んだ。ごめんなさい…トニー…。嘘ついてごめんなさい…。でも、あなたを巻き込むわけにはいかないの…。

*****
30分後、ホテルに到着したペッパーは、指定された部屋のドアを叩いた。
「よく来たな…」
出迎えたショーンはペッパーの腕を引っ張るように部屋の中に入れると、抱きついた。

「いや!離して!!」
身体を捩り抵抗するペッパーの唇をショーンは無理やり奪ったが、ペッパーは胸元を強く押しショーンを突き飛ばした。
「イヤ!!」
ペッパーの腕を掴んだショーンはベッドサイドまでペッパー引っ張って行った。
「こうなると分かって来たんだろ?!少しは期待していたんじゃないのか?」
「わ、私は話し合いにきたの!」
「うるさい!君は昔みたいに僕の言うとおりにしとけばいいんだ!」

震えるペッパーをベッドに押し倒すと、キスをし始めたショーン。
「嫌!!トニー!助けて!」
泣き叫ぶペッパーの手首を押さえつけると、ショーンはニヤニヤしながらペッパーの耳元で囁いた。
「いいのか?抵抗すると…あの男を殺すぞ?」

トニーを殺す?

その言葉を聞いたペッパーは動けなかった。

「いい子だ…。さぁ、昔みたいに楽しもう…。ヴァージニア、君は激しいのが好きだったろ?」
ショーンは、抵抗しなくなったペッパーのブラウスのボタンを外すと、胸元にキスしようとした。だが、目の前の胸元には無数の赤い花が散らばっており、それをニヤニヤしながら見つめたショーンはペッパーの姿をカメラで撮影した。
「ずいぶんお楽しみなんだな…。あの男に教え込まれたか?まぁ、いい。これからは僕だけのヴァージニアだ…。僕の愛をたっぷり受け取ってくれよ?子供も作らないとね。あ、そうだ。僕の子供だけど、あいつの子供として育ててもいいんだよ?」

胸を鷲掴みにしたショーンは、震えるペッパーの唇を奪い、逃げ惑う舌を捕まえた。その間にも柔らかな胸を揉んでいた手がスカートの裾から侵入し、下着をなぞり始めた。

(嫌!!トニー以外の人に触れられたくない!!!)
ペッパーのギュッと閉じた目からは、次々と涙が零れ落ちた。その涙に気付いたショーンは、唇で涙をぬぐうと、ペッパーの頬を撫でた。
「泣くな、ヴァージニア。あの男を忘れるくらい愛してあげるから…」

サイドテーブルに置かれた縄を取ろうと手を伸ばしたショーンに隙が出来た。その隙をペッパーは見逃さなかった。ショーンを突き飛ばしたペッパーは、カバンを掴むとドアの方へ走った。
「ヴァージニア!」
慌てて追いかけてきたショーンの方へ振り返ったペッパーは、ドアを閉める前に叫んだ。
「あなたになんか抱かれたくないわ!!私はトニー・スタークの婚約者よ!!二度と私たちの前に現れないで!!!」

ホテルを飛び出したペッパーは、車に飛び乗ると急いで家へと向かった。

残されたショーンは、怒りに震えていた。
「僕を捨てたくせに…君だけ幸せになるのは許せない…。見てろ…あいつを殺してやる…」
ショーンは携帯を取り出すと、どこかへ電話を掛け始めた。

*****

「ペッパー、帰っていたのか?」
寝室に入ってきたトニーは、服を着たままベッドに横になっているペッパーに気付いた。ペッパーの横へ座り込んだトニーは、髪を優しく撫でた。
「トニー…」
顔をあげたペッパーは泣いていたのか、真っ赤な目をしていた。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
トニーの眉間に皺が寄ったのに気付いたペッパーは、起き上がるとトニーに抱きついた。
トニーの肩に頭をのせたペッパーはTシャツをキュッと握ると、零れる涙もそのままにつぶやいた。
「トニー…お願い…。抱いて…。思いっきり愛して…」
抱き寄せた身体が小さく震えているのに気づいたトニーは、黙ってペッパーの背中を撫で続けた。

*****

翌日、部屋にいたトニーの元に社員が分厚い封筒を持ってやって来た。
「社長宛に速達です」
「ありがとう。何だ?」
差出人のないその封筒には、赤い字で『至急!!』と書いてある。
「誰だ?」
開封しようとしたその時、
「社長、よろしいですか?」
社員数人が顔を覗かせたため、トニーはその封筒を机の上に放り投げた。

夕方、帰宅しようとしたトニーは、今朝届いた封筒の存在を思い出した。差出人は不明だが、急いでいて忘れていたのだろう…。そう思ったトニーは、カバンの中に封筒を突っ込んだ。

帰宅したトニーは、リビングのソファーの上にジャケットとカバンを放り投げると、寝室へ向かった。Tシャツとジーンズに着替えキッチンへ向かうと、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。水を飲みながらリビングへ戻ってきたトニーは、ソファーに腰をおろした。
ペッパーはまだ帰ってきていない。
そう言えば、今日はブーケの打ち合わせがあると言っていたな…。花嫁は毎日大変だなぁ…。

そんなことをぼーっと考えていたトニーだが、例の物を思い出し、カバンの中から封筒を取り出した。
封筒を開け中を確認すると、一枚のディスクと数枚の写真が出てきた。ディスクをデッキに入れ写真を手に取ったトニーは、愕然とした。
「…何だこれは…」
そして追い打ちをかけるように映像が流れ始めた…。

*****
それから数時間後。
ブーケの打ち合わせを終えたペッパーは、帰りに買ったピザを片手に帰宅した。
「ただいま…」
薄暗い明かりの中、トニーはソファーに座り睨むように前を見つめていた。
「トニー、遅くなってごめんなさい。ブーケのお花を選ぶのに…。トニー?どうしたの?」
いつもなら立ち上がってキスをしてくれるトニーだが、今日は無言で立ち上がると、怒りに満ちた顔でペッパーを睨みつけた。
「ペッパー、昨日の晩は誰と会っていた?」
トニーの口から昨晩の話が出たため、ペッパーは肩を震わせた。
「え?友達だけど…」
やっとつぶやいたその言葉を、トニーは鼻で笑った。
「友達?その友達は、男だろ?」

(もしかして…バレた?でも、隠し通さなきゃ…。そうしないと…トニーに危険が…)
正直に言うべきか迷ったペッパーだが、怒りしか映っていないトニーの瞳を見つめることができず、目を逸らし震える声でつぶやいた。
「ち、違うわ…。女友達よ…。式の打ち合…」
ペッパーの言葉に、苛立ったトニーは足を鳴らした。
「嘘をつくな!どういうことか説明しろ!」
トニーは手に持っていた写真をペッパーに投げつけた。
足元に散らばる何枚もの写真。一枚ずつ拾い集めるペッパーは、顔色を変えた。
それは昨晩の写真だった。ショーンとキスをするペッパー。ベッドに押し倒されペッパーの胸元にキスをするショーン。スカートの裾から下着越しに触れる写真…。
「な、何よこれ…」
写真とトニーを見つめるペッパーは明らかに動揺している。何か言わなければ…と必死なペッパーだが、なかなか言葉が出てこない。何も言わないペッパーをトニーは怒鳴りつけた。
「こっちが聞きたい!君は言ったはずだ!隠し事はなしだと!」
「ち、違うの…これには理由が…」
自分とは目を合わせないペッパーにますます苛立ったトニー。
「これもか?」
トニーが指を鳴らすとリビングのテレビにショーンと激しく愛し合うペッパーの姿が映し出された。
ペッパーの淫靡な声が部屋中に響き渡る。やがて身を震わせて達したペッパーは、ベッドに横たわったショーンの下腹部に移動すると、口に咥えねっとりと舐め始めた。
『私が永遠に愛するのはあなただけよ…』

「ジャーヴィス!消してちょうだい!」
ペッパーが叫ぶと、テレビの画面は暗くなった。
ペッパーは涙を流しながらトニーのそばに駆け寄った。
「トニー…お願い…説明させて…。それに昨晩は…」
だが、怒りに震えるトニーは、ペッパーの言葉を遮った。
「そんなもの聞きたくない!」
ペッパーも必死だった。誤解を解かなきゃ…と。
「聞いて!これは昔の…あなたと出会う前のものなの!私にだって過去はあるわ!それに…昔はあなただって散々他の女性と遊んでいたでしょ!!」
顔色を変えたトニーを見て、ペッパーは慌てて口を押さえた。
こんなことを言うつもりじゃなかったのに…。
ペッパーの言葉に顔を真っ赤にしたトニーは、抑えきれない怒りを表すかのように、手を大きく振り上げた。
「昔のことをどうこう言うつもりはない。君の言う通りだ。私にはその資格はないからな。私が言いたいのはそういうことではないんだ!私が怒っているのは、 君が嘘をついていることだ!映像は昔のだろうが、この写真は明らかに昨晩のものだ!君は私に隠れて…それも嘘をついてまでして昔の男に会っていた!ずいぶ ん親密そうじゃないか?抱き合ってキスして…。この後抱かれたんだろ?この調子だと、もう何度も会っていたんじゃないのか?帰って来て君は私に抱いてくれ と言った!証拠隠滅のつもりか?昔の男に抱かれて同じ日に私に抱かれたら、例えそいつの子供ができても…」

部屋に乾いた音が響いた。
思わずトニーの頬を平手打ちしたペッパーの目からは涙がぽろぽろと零れ落ちた。
「ヒドイ!ひどいわ!!何でそんなこと言うの?私はあなたしか…」
顔を覆うペッパーにトニーは指を突きつけた。
「私だけだと?よくそんなこと言えるな!君は私を裏切ったんだ!!それも隠れてコソコソとな!」
「違うわ!私…脅されて…。無理やりキスされたけど、それ以上は何もなかったわ!私はあなたに愛されてから、あなたを裏切るようなことはしてないわ!あなたを傷つけると聞いて…あなたを守りたかったの…。お願い…信じて…」
腕にすがりついたペッパーをトニーは振り払った。トニーの目は、今まで見たことのないくらい冷たく感情のない目だった。
「…悪いが信じられない…。そうだ、今日も会っていたんだろ?また抱かれていたのか?そんなにそいつに抱かれるのは気持ちいいか?」
自傷気味に笑ったトニーにペッパーは何も言えなかった。
「ペッパー…君には失望した…。君だけは…私のことを心から信頼してくれていると思ったのだが…。どうやら私が一人で勘違いしていたようだ…」
トニーの目は、深い悲しみに包まれていた。
(どうして彼に相談しなかったの?)
何を言ってもトニーはもう聞き入れてくれないだろう…。激しく後悔に襲われたペッパーは、涙を拭うとトニーの足元にひざまずいた。
「トニー…お願い…」
だが、トニーはペッパーの顔を見ず、冷たく言い放った。
「ペッパー…出て行け…。いや、君が出て行けばあの男の元に行くか?それなら、私が出て行く…」

足元に縋り付き泣くペッパーを振り切り、ガレージに向かうトニー。
「トニー…待って…お願い…」
慌てて追いかけたペッパーだが、トニーは車に乗り込むと、猛スピードで出て行った。

「トニー…お願い…許して…」
ペッパーは、流れ落ちる涙もそのままに、その場に座り込んでいた。

しばらくして、リビングへ戻ってきたペッパー。暖炉を付けると先ほどの写真を燃やし始めた。
どうしてショーンはこれをトニーに送ったの?私があの時…逃げたから?じゃあ…もしかして…彼はトニーの命を…。
真っ青になったペッパーは、トニーの携帯に電話をかけた。だが、すぐそばから呼び出し音が鳴り、ペッパーはソファーの上にトニーの携帯があるのに気づいた。
「ジャーヴィス…トニーはどこ?」
「申し訳ありません、ペッパー様。トニー様は追跡システムを切られていて…」
「そう…。もし居場所が分かったら…」

追いかけるの?追いかけても…トニーはとても怒っている。私に裏切られたと思っている。きっと謝っても許してくれないだろうし、話も聞いてくれないだろう…。
どうして脅されていることを相談しなかったのかしら…。どうして一人で解決しようとしたのかしら…。
きっとトニーなら…一緒に解決する方法を…。

「トニー…ごめんなさい…」

ソファーに掛けてあったトニーのジャケットを抱きしめたペッパー。トニーの温もりを感じることのできるジャケットを抱きしめたペッパーだが、いつの間にか眠ってしまった…。

一方のトニーは、やみくもにハイウェイを走っていた。
昔のことはいいんだ。あれだけ魅力的な女性だ。今まで何人も男がいてもいい。私も人のことは言えない…。彼女は今、自分だけを見てくれているのだから…。
だが、あの写真は、間違いなく昨晩のものだ。昨晩のペッパーの服装や髪形と一致する。私に嘘をついてまであの男に会いに行ったんだ。抱き合いキスをする写真を見た瞬間、失意のどん底に突き落とされた。
ペッパーは私を裏切ったんだ…許せることではない…。
だが、思い出すのは足に縋り付き泣く悲しそうな顔ばかり。
そして『信じて…』という言葉…。

「クソっ!」

道路脇に車を停めたトニーは、ハンドルを叩いた。
嫉妬のあまりひどい言葉を投げつけ、ろくに話も聞かなかったが、もしペッパーの言うことが本当だったら?
結局のところ、ペッパーは私に必要だ。彼女なしで生きていけないのは私の方だ。
冷静になって話し合おう。もし本当に彼女が脅されているのなら、守れるのは自分しかいないんだ…。

「大切な人を失うのは…もうごめんだ…」

つい1時間ほど前、逃げるように車を走らせていた道を、今度ははやる気持ちを抑えきれず、トニーは家路を急いだ。
家の近くでハイウェイを降りると、深夜の道は走る車も少なく、猫の子一匹いない。
「ん?」
ふとバックミラーを見たトニーは、1台の大型トラックが後ろを付いてくるのに気付いた。
あのトラック…確かハイウェイでも私の後ろを走っていたはず…。
同じ方向なのか?
不審に思いながらもトニーはペッパーの様子が気になり、ジャーヴィスへ連絡を取ることにした。
「ジャーヴィス?ペッパーは?」
「ペッパー様はお休みになられています」
「そうか…もし起きたら伝えてくれ。きちんと話…!!」
突然横道から飛び出してきた1台のトラックが目の前に停車し、トニーは慌ててブレーキを掛けた。
「危ないじゃないか!」
車から降り注意しようとシートベルトを外したトニーだが、車内がまばゆいばかりの光に包まれ、後ろを振り返った。すると、先ほどから後ろをつけていたトラックが猛スピードでこちらに向かって来ているではないか。
慌てて車から降りようとしたトニーだが、猛スピードで向かって来るトラックから逃げることはできず、物凄い衝撃を背後から受け、前方に叩きつけられた。
なぜかエアバックは作動せず、トニーはフロントガラスに頭から突っ込んだ。意識は朦朧とし、視界は朱色に染まりよく見えない。
そこへ足音がし、誰かが車に近寄って来る気配がした。
助かったと思ったのも束の間。男は手に持っていた銃で、窓ガラスを撃った。
銃弾とガラスの破片から顔を背けたトニーだが、男はトニーの頭に銃口を突きつけると写真を撮り、そのまま銃口を背中に当てると、立て続けに引き金を引いた。
「っう!」
左の胸部を撃ち抜かれたトニー。息ができなくなり、トニーは空気を求め喘いだ。

「おい!いいぞ!」
何がいいんだ…と思った次の瞬間、トニーの身体は後ろから加わる力で、ハンドルとシートに挟まれ動けなくなった。
頭を動かそうとしたが背後から圧力を受け身動き一つ取れない。
「うぅ…」
息を吸おうとするができない。トニーの口からは空気が漏れる音がし、苦しそうに呻くトニーの耳元でそばにいた男が囁いた。
「僕の女に手を出すからだ…。お前が死ねば彼女は僕のもの…。さっさと死ね!」

彼女?ペッパーのことか?
ペッパーの話は正しかったのか…。
なぜ私は…彼女のことを信じなかったんだ?

遠ざかっていたはずの背後のトラックのエンジン音がまた近づいて来た。車ごとトニーの身体を潰そうとしているのか、再び猛スピードで迫っていたが、意識が朦朧とし痛みすら感じることのなくなっているトニーはそれに気づくことはなかった。

あんな喧嘩別れをしてしまった…。出来ることなら…謝りたい…。
守るべき君を…また傷つけてしまったことを…。
「ぺ…っぱ…」
先ほどよりも一段と強い衝撃を受けたトニーは、意識を手放した。

*****

「…様…ペッパー様!!」
ジャーヴィスの声で叩き起こされたペッパーは飛び起きた。
「トニーが帰ってきたの?!」
立ち上がり玄関へ向かおうとしたペッパーに、ジャーヴィスは悲痛な声で告げた。
「いえ…ペッパー様…警察から電話です…。トニー様が…」

*****

家のすぐ近くで起きた事故。
突然飛び出してきたトラックと後ろからノーブレーキで激突したトラックに挟まれ、トニーの車は原型を留めないほどつぶされていた。
明らかに殺意を持っての行為。その証拠に、後ろのトラックは、何度も何度もトニーの車にぶつかっていた。

ペッパーが事故現場に駆けつけると、レスキュー隊が車を切断し、中に閉じ込められているトニーを助け出そうと懸命に作業をしていた。
車に駆け寄ろうとしたペッパーを、そばにいた警官が慌てて取り押さえた。
「と、トニーは!トニーはどこ?!」
「ミス・ポッツ!危ないですから!スタークさんはまだ車の中です!」

トニーの車が半分に切断され後部座席が取り払われると、シートの間からだらりと垂れさがった腕が見えた。
「いたぞ!」
トニーの身体はダッシュボードとシートの間に挟まれていた。
逃げようとしたのだろう…シートベルトを外していたせいで、フロントガラスに突っ込んだ頭部は血まみれだった。そして、不自然な体勢でつぶされた身体はピクリとも動かず、遠目では生死は分からない。
ドアだった金属の塊を退かすと、トニーの身体を引っ張りだそうとしていた隊員が叫んだ。
「ダメだ!足が挟まれて動かない!」
両足をつぶされ、引っ張り出そうにも引っ張り出せない。
「スタークさん!聞こえますか?」
意識のないトニーに必死に呼びかけるが、反応はなく、隊員は首筋に指を当てた。
「まだ脈がある!」
ボンネット部分を切断し始めたレスキュー隊。その間にも、シートを倒し横にさせたトニーに隊員が駆け寄り、酸素マスクや点滴を付けたり、状態をチェックし始めた。
トニーの下半身は出血のため次第に真っ赤に染まり始め、血圧をチェックしていた隊員が叫んだ。
「血圧が下がっている!早くしろ!」

その光景を危ないからと近づけず、震えながら見守っていたペッパーだが、握りしめていた携帯が鳴っていることに気がついた。
「も、もしもし…」
電話に出たペッパーの耳に、あの人物の声が飛び込んできた。
「ヴァージニアかい?」
「…ショーン?」
ペッパーの震える声にショーンは嘲り笑うような口調で言った。
「そうさ。スタークは無事か?まだ死んでないのか?」
「どういうこと?もしかして…あなたのせい?」
「そうだったらどうする?」
電話の向こうで笑うショーンの声に、ペッパーは背筋が凍った。ショーンは、トニーの命を奪うことなど何とも思っていないのだ…。
「あ、あなたの言うとおりにしたわ!あなたの言うとおり、あの日会いに行ったでしょ?なのに…」
叫ぶように言うペッパーをショーンは遮った。
「会いに来たけど、君は逃げた。僕に抱かれるのを拒んだだろ?スタークがいる限りダメなんだ。だからあいつには死んでもらう」
「と、トニーには手を出さないで!!トニーを傷つけるなんて許せない!!!」
「それなら僕の所へおいで。そうしたらスタークには手を出さない。約束するよ…」
「ホントに?トニーには手を出さないでくれるの?」
「あぁ…」
ペッパーは携帯を握りしめると、車から引っ張り出され担架に乗せられるトニーを見つめた。人工呼吸器とモニターを付けられたトニー。モニターの微弱な反応を見たペッパーは、携帯を耳元へあてた。
「分かったわ。あなたの元へ行く。だから…」

*****
トニーは一時危険な状態だったが、手術も成功。眠り続けるトニーの手を、ペッパーはずっと握りしめていた。
ペッパーの脳裏にショーンの言葉がよみがえる。
「僕のものになったら、スタークには手を出さない。お別れが必要だろ?あいつの生死がはっきりするまで…そうだな…1ヶ月は待ってやるよ…」

ショーンはきっと、私が自分のものになるまで、トニーを苦しめる…。トニーが苦しむ姿…それも私のせいで命を危険に晒す姿は見たくない…。
でも…トニーと離れたくない…。このままずっとそばにいたい…。
私は…どうすればいいの…。

零れ落ちた涙が、握りしめたトニーの手の上に落ちた。すると、小さく唸り声をあげたトニーが、ゆっくりと目を開いた。
「ぺっぱー…」
「トニー!よかった…。ごめんなさい…巻き込んでごめんなさい…。怪我させてごめんなさい…」
泣きじゃくるペッパー。あの時、彼女を信じることができなかった自分を思い出したトニーは、繋いだ手をそっと握り返した。
「ぺっぱー…しんじなくて…すまない…」

目を覚ましたトニーは順調に回復していった。
だが、トニーが快方に近づくにつれて、別れの瞬間が近づいている。
トニーが起き上がれるようになるまで…トニーが歩けるようになるまで…トニーが退院するまで…。
離れたくない…永遠に一緒にいたい…。でも私がそばにいると、トニーはまた命を狙われる…。
タイムリミットを先延ばしにしていたペッパー。気がつくとあの事故から一ヶ月が経とうとしていた。

その日、ペッパーは荷物を取りに家へ帰っていた。病院へ向かおうと家を出たペッパーの元へ一通のメールが届いた。
『時間切れだ。決断しろ。さもなければ…スタークを今度こそ殺す』
メールに添付してある動画。それは、先日の事故…それも事故直後のものだろう…。車の中に閉じ込められたトニーを撮影したものだった。トニーの頭に銃を突きつけ、止めを刺そうと思ったらいつでもできる。トニーの命は自分の手中にあるのだ…と言わんばかりの映像。

トニーに何と言えばいいの?
真実を話しても、もう手遅れ…。でも、誤解されたまま別れたくない。私が愛しているのはトニーだけだもの…。そのことだけは伝えたい…。
零れ落ちた涙を拭いたペッパーは、車に乗り込むと病院へ向かった。

*****
車椅子に乗ったトニーは、病院の中庭をペッパーと散歩をしていた。
「いつ頃退院できるかしら?」
「そうだな…。まだ歩けないから…。だが、早く家に帰りたい」
「家に帰ったら何がしたい?」
「君の手料理が食べたい。それから暖炉の前で君を抱きしめて…」
「あら?抱きしめて何する気?」
「知っているだろ?いつもやっているじゃないか…」
そう言うとトニーはペッパーの手をそっと握った。

木陰の下のベンチに座ると、トニーはペッパーの手を取り話し始めた。
「なぁ、ペッパー…。その…。すまなかったな…。」
「え?何が?」
「ほら…あの日のことだ。ちゃんと話してなかったから…。君を信じなかったなんて、私は本当に馬鹿な男だ。周りが何と言おうと、一番信じなければならな い、愛する君の言葉を疑ったなんて…。私があの時信じていれば…君が脅迫されたと知っていれば、君を泣かせることもなかったのに…」
「トニー…」
「ペッパー、本当にすまなかった。許してくれ…。酷いことを言ったが、これからもそばにいてくれ…」
「…」
俯き黙ったままのペッパー。
「ペッパー?どうしたんだ?」
心配そうに顔を覗き込んだトニーは、ペッパーの頬をそっと撫でた。
(きちんと話をしなきゃ…)
全てを話そうと決意したペッパーは、大きく息を吐くと、顔をあげトニーの目を見つめた。
「トニー…あのね…私、あなたにちゃんと話してなかったわ…。ちゃんと彼とのこと、話しておかなきゃって…。長くなるけどいい?」
「あぁ…時間はたっぷりあるから…」
微笑んだペッパーは、俯き加減で話し始めた。
「ショーンとはハイスクールで出会ったの。彼は人気者で、みんなの憧れの先輩だった。そんな彼が目立たない存在だった私に告白してきたの。私も彼に憧れていたから…二つ返事で付き合い始めたわ。
何も知らなかった私にいろいろなことを教えてくれたのは彼よ。初めても彼だった。彼にはあなたには言えないようなこともたくさんされたわ…。彼は…自分が 好きなように私を飾り立てていったの…。最初は彼の好きなように何でもしたわ…。嫌われたくなかったから。そのうち、彼は私を束縛し始めたの。ひどい時は 何日も私を閉じ込めたの…。それも彼にとっては愛情だったかもしれないけど、私には苦痛でしかないようなこともされたわ…。私は自由が欲しくなった…。私 には我慢できなかった…。だから卒業と同時に逃げるようにしてLAへ来たの…」
「そうだったのか…」
「えぇ、でも、おかげであなたに出逢えた。あなたに出逢って愛してもらえた。あなたに今まで言わなかったのは…あなたに愛され幸せだったから…。彼とのこ とは忘れたかったの。でもあの日、突然彼が目の前に現れた。そして彼に脅されたわ。言うことを聞かないと…昔の写真をあなたに送るって。あなたには知られ たくなかった…。彼にされたことは…。それで指定されたホテルに行ったの。もちろん、軽率だと思った。あなたに相談すればよかったのよね。でも、言うこと を聞かないとあなた傷つけると言われて…。だから一人で行ったの。そしたら…」
「ペッパー…もういい…」
トニーは言葉に詰まり震えるペッパーを抱きしめた。だがペッパーは、涙を拭うと真っ直ぐトニーを見つめ直した。
「いいえ、聞いて。隠し事はしないって約束でしょ?ホテルに着いたら、彼が私に抱きついてキスしてきたの。もちろん抵抗したわ。あなた以外の男性とキスな んかしたくないもの。でも…あいつ…私に自分の女になれって…。自分の女にならなければあなたを殺すって…。そう言われると動けなかった…。私が我慢すれ ばあなたは傷つかないって思ったの…。でも、実際触れられそうになったら…やっぱりあなた以外は嫌って思って…。ごめんなさい…私があの時逃げなかった ら、あなたはこんな目に合わなくてすんだのに…。ごめんなさい…」
「ペッパー、なぜ謝るんだ。君は悪くない。君をそんな目に合わせていたのに…話を聞かず傷つけるようなことばかり言った私の方こそ謝らなくては…。君のことは守る。だから…」
「トニー…ごめんなさい…。あなたのそばにはいられないの…」
「なぜだ!また脅されているのか?」
「…あの事故の後…電話がかかってきたの。あいつがあなたを殺そうとしたって聞いて…。あなたが生きていると知った彼は、今度こそあなたを殺すと言ってきたの。それで…その時約束したの。あいつの女になるって…。そうすれば…」
「ペッパー…」
「ごめんなさい、トニー。あなたがこれ以上傷つけられるのを見たくなかった…。あなたを守るには…これしか…」
「やめろ…ペッパー…」
「さよなら、トニー…。こんなこと言ってももう遅いけど…私が永遠に愛しているのはあなただけよ…。私はあなただけのもの…。これからも…ずっと…」

ずっと大切にはめていたエンゲージリングを外したペッパーは、トニーの手のひらにそっとのせると、唇にキスをした。ペッパーが自分から望む最後のキスとなるかもしれないそのキスは、甘くそしてどこまでも切ないキスだった。
「さよなら、トニー…」
大粒の涙を一粒こぼしたペッパーは、振り返ることなくトニーの元から去って行った。

*****

「待っていたよ、ヴァージニア…」
ペッパーを出迎えたショーンは、部屋に入ったペッパーを抱き寄せキスをした。

一ヶ月前のあの日とは違う。今度は自分の意思…例えそれが本心とは違っても…で来たんだから…今度は逃げられない…。

ショーンに抱きしめられたペッパーの目から涙が一粒零れ落ちた。
キスをしながらショーンはペッパーの服を引き裂いた。下着姿になったペッパーをベッドに押し倒すと、ショーンはペッパーの上に馬乗りになった。
「ヴァージニア…あの頃とちっとも変らないな…。キレイだ…。さぁ、君がどれだけあの男に教え込まれたか見せてもらおうか?言っておくが…ちゃんとやれよ?じゃないと、スタークを殺す…」
「わ、分かっている…分かっているから…」
ペッパーを組み敷いたショーンは、唇を塞ぎ口内を味わい始めた。お互いの舌が絡まりあい、クチュっという水音が響いた。その間にもショーンの手はペッパー の全身を隈なく愛撫していき、ペッパーは吐きそうになった。だが、ちゃんとしないと…トニーがまた傷つけられる…。ペッパーは必死で思い浮かべた。いつも 優しくトニーに与えられていた快楽を…。

胸を触っていたショーンの手が太腿を触り始め、下着越しに秘部を撫でた。
「んぁ…だめぇっ…」
「あれだけでこんなに?ヴァージニア、あの男に相当教え込まれたんだな?昔はこんなことなかったのに…」
「い、いや…もう…やめて…」
涙を流すペッパーを面白そうに見つめたショーンは、ペッパーの秘部に下着越しにキスをした。
「さて、そろそろ欲しくなったんじゃないか?淫乱女め…。メチャクチャにしてあいつのことは忘れさせてやる!これからは毎日僕のことだけ考えるんだ!」
と言いながらペッパーの下着に手をかけた。

その時、部屋のドアをノックする音がし
「ルームサービスです」
と言う声が聞こえてきた。
「そんなもの頼んでないぞ!」
いい所を邪魔されたショーンは、怒りに満ちた声で叫んだが、この忌まわしいものから逃げられるチャンスと感じたペッパーは、とっさに嘘をついた。
「わ、私が頼んだの…食事でもしてから…と思っていたから…」
「そうなのか?気が利くな…」

ショーンは立ち上がるとドアを開けた。
が…
「なんでお前がいるんだ!!」
ドアの方から争う音がしていたが、ギャっという悲鳴と何かが倒れる音がし、ペッパーは身を起こした。
「え?な、何?」

すると青い顔をし、苦しそうに胸を押さえたトニーが足を引きずりながら部屋に入ってきた。
まさかトニーが来てくれるなんて…。目の前の光景が信じられないペッパーは、
「トニー…なんで…」
とつぶやくのが精一杯だった。

「ペッパー…助けに来たぞ…」
肩で大きく息をし、壁にもたれかかるように歩いていたトニーだったが、足がよろめき倒れそうになった。そのトニーを後ろから追いかけてきたハッピーが慌てて支えた。
「ボス!無理するからですよ!まだ動いたらダメだって言われているのに…」
「大丈夫だ…それより…ペッパーは?」
「ここよ、トニー…」
シーツを身体に巻きつけたペッパーはトニーに駆け寄り抱きついた。
「おい…その恰好…間に合わなかったのか?」
「いいえ…危機一髪よ…。間に合ったわ…」
「よかった…」
ペッパーをシーツごと抱きしめたトニーは、大きく息を吐いた。そして、ペッパーの髪に顔を埋めると、彼女の温もりを確かめるように、うなじに唇を這わせた。
「ペッパー…私は君なしじゃダメなんだ。生きていけないんだ…。君を守るためならいくら傷ついても構わない…。だから、そばにいてくれ…頼む…」
「…うん」
トニーの息遣いを感じながら、ペッパーは涙を隠すようにトニーの肩に顔を押し付けた。

病院に戻ったトニーは、勝手に抜け出したことを怒られたが、ペッパーが隣にいるだけで幸せだった。
そしてその夜、ペッパーは狭いベッドで久しぶりにトニーの温もりに包まれて眠った。

*****

一週間後。
ショーンの取り調べも終わり、報告書を読んだトニーは、ペッパーに事件の状況を説明していた。

「彼は半年前に妻と離婚したそうだ。原因は、彼の異常なほどの束縛。君も受けていたから分かるだろうが…。それが、まだ幼い娘にまで及びそうになり、怖く なった妻は、逃げたそうだ。そんな時だ。失意のどん底のショーンは、君と私の婚約のニュースを見たそうだ。幸せそうな君を見て、ショーンは昔のことを思い 出した。彼は君に捨てられたことをずっと恨んでいたそうだ。君だけが幸せになるのが許せなかった。だから、私と君を引き裂いて、今度こそ君に逃げられない ようにしようと、計画を立てたそうだ。よかったよ、君があの男に捕まらなくて…。部屋の写真を見たが…見るんじゃなかったよ。あんな所に君が監禁されたか も…と思うと、今でもぞっとする」
写真を思い出したのだろう、顔をしかめたトニーは、手に持っていた報告書のファイルをサイドテーブルに置いた。
「そう…。ありがとう、トニー。あなたのおかげで助かったもの…。でも、どうして居場所が分かったの?」

ずっと不思議に思っていた。どうしてこの広いLAの街中で、すぐに助けに来られたのか…。

ペッパーの視線を受けたトニーはニヤリと笑った。
「そんなこと簡単さ。市内のホテルを片っ端から…と言いたいところだが…君の携帯は誰が開発したと思っているんだ?」
ウインクしたトニーに向かってペッパーは首を傾げた。
「え…あなたよね?」
「いつかこんなことが起こるのでは…と思って、君の携帯に発信器を仕込んでおいた」
発信器?私の携帯に?
一瞬顔をしかめたペッパーに気づいたトニーは、頭を掻きながらモゴモゴとつぶやいた。
「誤解しないでくれ。いつも探っているわけではないぞ!この間初めて使ったんだからな。私は君のことを尊重しているし、信頼しているから…」
「でも、そのおかげで私は助かったのよね?じゃあ、お礼を言わなきゃ…。ありがとう、トニー」
首に腕を回し頬をすり寄せたペッパーをトニーは抱きしめた。
「礼なんて言うな。言っただろ?君がいないと私はダメなんだって…。ペッパー、もしまた何かあっても、頼むから一人で解決しようなんて思わないでくれよ…」
「うん…分かったわ…。ちゃんとあなたに相談するわ…」
トニーの頬を撫でたペッパーは、唇にそっと口づけした。しばらくお互いの唇を味わっていた二人だが、ペッパーが音を立てて唇を離した。
「あ、そうよ!相談と言えば…あのね、いい?」
「何だ?」
「結婚式のことよ。ブーケのお花、どっちがいいかしら?」
携帯を取り出したペッパーは、写真をトニーに見せた。
「どっちでもいいが…。おい、待て。私は君のドレスを見てないんだぞ?まずはドレスを見せてくれ。そうでないと…」
「ダメ!ドレスは当日のお楽しみよ!あなたを驚かせたいんだから…」
「おい、ペッパー。隠し事はなしのはずだ」
「もう!これは隠してもいいことなの!」
「ペッパーのケチ」
「ケチじゃないわ!」
真剣に怒るペッパーをトニーは楽しそうにからかい続けた。

トニペパ。トニーの秘書になる前のペッパーの動向はまったく不明なので、もし、過去に何かあってLAへやって来たのなら…というIF話。

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